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ゴールデンウィーク、お出かけ、花

 今年の春は比較的過ごしやすかった、と思っていたのも束の間。ゴールデンウィークを前に半袖でも過ごせるんじゃないかという暖かさがやってきた。


 新学期を迎えて一カ月も経たないが、新しい人間関係の中に放り込まれてやや疲れた高校生たちにとってこの連休はとても良いリフレッシュ期間になる。

 自分もそのうちの一人だ。写真部に入って一年が経ち、放課後はもうすっかり馴染んだメンバーと顔を突き合わせるのだが、たまたま仲のいい同級生や部員とは別のクラスになってしまった。

 そうしてこの一ヶ月間は新たな人間関係を構築したり、休み時間には席が近い人とコミュニケーションを取ったりする期間が続いた。

 だから明日からの連休はゆっくりしつつ、少し足を伸ばしてどこか良い風景を写真へ収めに行くのもいいかも――――。


「お願い! ちょっと付き合って欲しいの!」


 そう思っていた矢先だった。隣の家に住む幼馴染、相沢笑里(あいざわえみり)が家を訪ねてきた。

 彼女が我が家を訪ねてくるのは珍しい。というのも、小さい頃は両親が仕事で不在がちだった自分の方が、彼女の家に預けられることが多かった。それゆえに彼女が我が家に来ることはそこまで多くなかったのだ。


「突然どうしたの」


 そんな彼女が我が家に来るなり両手を合わせて頼んできたのだ。何かがあったのだろう。

 ふと彼女の後ろに小さな女の子がいることに気がついた。彼女の服の裾を掴み俯いている。


「実はね――――」


 話を聞くと彼女の妹、相沢明里あいざわあかりは今年の春から小学校一年生になった。

 自分がそうであったように明里もまた新しい人間関係構築。つまり友達作りに翻弄されていたようだ。


 休み時間のたびに集まって話をして、相手を知り自分の情報を開示する。小学一年生とはいえ同じくかなりのストレスがかかる。

 そしてクラスメイトとゴールデンウィークの話をする中で誰かから、休みに行く場所自慢大会のようなものが始まってしまったらしい。


 みんなが自分はどこどこに行くんだと話をする中、明里は自分がどこにも行く予定がないことを悔しく思った。

 そしてつい出てしまったそうだ。自分にも予定があるという嘘が。でも実際はたまたま両親共に仕事となってしまいどこにも行けない。


 普段ならなんてことない日常のはずなのに、誰かと比較してしまい、その現実が幼い彼女を悲しませ嘘をつかせた。

 学校から帰宅してずっと暗い妹を見かねた笑里は事情を聞いて考えた。

 予定がないなら入れればいいと。姉の行動力は折り紙付きだ。翌日である今日、もう行こうと言うのだ。早い。


「だからお願い。一緒に出かけてくれないかな?」

「特に予定もないし、行くのは構わないんだけど二人で行くのはダメなの?」


 事情は理解した。明里が嘘をついてしまったのも、それを助けてあげようとする姉の気持ちもわかるのだが、別に二人で行けばいいのでは? と思ってしまう。なんで自分が誘われたのかいまいちわからなかった。


「そ、それは」


 彼女が一瞬言い淀んだ。何かあるのだろうか。


「カメラマン!」


 すると明里が突然言い出した。


「カメラがじょうずっておねぇちゃんが、だからとってほしいってあかりがいったの。みんなにみせれるし」


 ああ、証拠が欲しいのか。たしかに本当に行った子はお土産だったりなにか証拠になるようなアイテムを持って自慢するだろう。それに対して何も持っていないと本当に行ったのかと疑われてしまう。写真があればその心配はないだろう。


「なるほどね、いいよ。行こうか」

「「ありがとう!」」


 二人の顔がぱぁっと輝いた。その表情はそっくりで、見合う二人の姉妹仲が良いことも伺えた。


「それで、行く場所なんだけど、どこかいい場所ないかな」

「明里ちゃんはどこか行きたい場所とかないの?」

「うーーん」


 こういうときは子供の行きたい所の方がいい。興味がないところに行ってもつまらないだけだろうしね。


「ううーーーーーん」


 明里はずっと悩んでいる。

 腕を組んで首を傾げて。眉間にも歳に似合わない皺を刻むほどだ。


「ない!!」

「はっきりした子だなぁ」


 そうだよね。行きたい場所に行けなくなったわけではないのだ。どこかに行くことそのものが目的で場所は実際考えていなかったのだろう。


「ばえるばしょがいい!」

「そうきたか」


 映えを知っているとは最近の小学生め、これがネット社会の情報伝達の速さか。いや、いまどきテレビでこのくらいは言ってるか。


「どこかいいところないかな?」

「ふ〜む」


 これなら自分の行きたかった場所でも当てはまるんじゃないだろうか。写真を撮りに行こうと予定を組もうとしていたところだ。渡りに船、棚から牡丹餅。つまり都合がいい。


「じゃあここなんてどうかな?」


 スマホを取り出して画像を見せる。


「え! すごーい!」


 うん。ここだな。




 電車で移動すること一時間弱。

 街中からでも意外と近くに花畑というものがある。

 言葉では簡単に言うけれど花畑というのは維持するのが大変で、学校の花壇なんかでは並んだ花を見ることはあるが、あたり一面が花に埋め尽くされている花畑は意外と見る機会が少ない。


「うわぁーーー!」


 少し前に写真部の友人が話していた場所に来た。

 とある漫画で有名になった花があり、そのコスプレイヤーなんかがよく来て撮影をしているんだとか。

 そう、ネモフィラの花畑である。

 あたり一面薄紫。思ったよりも面積があり、壮観な景色だった。


「すごーーーーい!」


 明里ははしゃいで花に駆け寄って行った。


「こらー、危ないよー」


 姉である笑里は追いかけながらもすこし浮ついた様子だった。その二人をカメラで捉えながら、花畑の景色も何枚か撮っていく。

 天候も晴れていて気持ちのいい気候だ。薄手のシャツで出かけても寒くなく、なんなら動き回ると少し汗ばむくらい。


 太陽と空と花と人。写真を撮るにはもってこいのスポットだった。

 つい夢中になって写真を撮っていると明里に声をかけられた。


「しゃしんみせて!」


 この子、はきはきしていて良いな。姉の小さい時にそっくりだ。


「いいよ、結構撮ったんだ」


 しゃがんでカメラを操作して見せる。


「すごーい! おねえちゃんのスマホとなんかちがう!」

「お、違いわかるのか。いいね」


 一眼レフカメラはスマホのカメラじゃできない表現ができる。スマホカメラは後から高性能の処理をするけれど、一眼レフは自分で見て決めた設定、その瞬間を思った通りに切り取ることができるのだ。ボケ感や空間の有り様、明暗や色調。確かに昨今のスマートフォンは後からの編集でいかようにも画像を編集できるし、SNSが普及している昨今は渾身の一枚よりも咄嗟の一枚の方が必要だったりする。いや、しかしそれでも自分の欲しい瞬間をしたい表現で切り取ることができる一眼レフカメラはそれだけでも人を惹きつける。以前行ったプロカメラマンの写真展では絶対にスマホじゃできない表現を叶えた作品がいくつもあった。自分もいつかそういう写真を撮りたいものだ。


「――――ぇ、ねぇ!!」

「んぁ、な、なに?」

「あかりもとってみたい」

「ああ、いいよ、やってみようか」


 危ない。一瞬思考の海に沈んでいた。

 カメラストラップを首から外して明里にかける。ただ、長いから首からではなく肩に斜めがけにした。それでも少し長いけど立っていたら落とすほどじゃない。


「明里、気をつけてよ。カメラ高いよ」

「え、カメラってたかいの?スマホより?」

「そう言われると微妙なのなんかあれだな」


 明里は以前、家族がいつも触っているスマートフォンを欲しがったことがあるらしいが、案の定小学生になったばかりの明里には早い。説得するためにスマートフォンがいかに高いかを母と笑里で説明していたらしい。


「ま、まぁとりあえず気をつけてね、大事なものだから」

「もちのろん!」


 どこで覚えたんだそんな言葉。

 明里にカメラを渡して使い方を説明すると近くのネモフィラを撮りだした。

 しゃがんで色々と角度を変えて撮っている。


「ありがとね、付き合ってくれて」

「もともと来たかった場所だから、ついでみたいなもんだよ」

「それでも急だったし、ごめんね」

「そういえば、こんなこと昔もあったな」

「え?」


 ふいに、今日みたいなことがあったことを思い出した。

 小学一年生だったか二年生だったか、クラスで四つ葉のクローバーが流行ったことがあった。

 たしか授業で先生が四つ葉のクローバーは幸運を運んでくるという話をした後だった。その後で四つ葉のクローバーを栞にしてきた子がいてクラス内のブームに火がついた。


 それを持つのが一種のステータスになっていて、特に女子の間では持ってないと馬鹿にされるくらいのものになっていた気がする。当時はよく分かってなかったけど笑里はそれを持っていなくて、下校のときにしょんぼりしていたのを覚えている。


「よく覚えてるね、あったなぁそんなこと」

「そうそう、それで二人でクローバー探し回って」

「夜になっちゃって、帰ってから二人でめっちゃ怒られた」

「懐かしい〜」


 家の庭から公園、ちょっと離れたところにある畑の脇まで徐々に家から離れていって気づくと夜だった。


「あの時のお母さん、怖かったなぁ」

「あんなに怒ったおばさん見たの、あれ以来ないかも」


 高校生になってあの時の親の心配もわかる気がする。目の前の明里のような子が夜になっても帰ってこなかったら何かあったのかもしれないと思うことだろう。


「んふー」


 しばらくすると明里が満足そうにこちらに歩いてきた。


「いいの撮れた?」

「じしんさく!」

「どれどれ……むっ!これは!」


 明里が撮ってきた写真はとても独創的で面白かった。目の前に花畑があるというのにしゃがみ込んでネモフィラを下から撮っていた。まるで自分が虫になったかの様な錯覚を起こす写真。もちろん普通に撮っている写真もあるが、それのインパクトが強すぎて驚いた。


「すごいな明里ちゃん」

「でしょ! あかりにはさいのうがあるみたい」


 自信満々自己肯定感の塊みたいなこの子を見ていると、少し羨ましい気持ちになった。

 それにしてもたくさん撮っている。百枚くらいありそうだ。次々と写真を見ていくと、自分と笑里が笑い合っている写真が出てきた。撮っていたのか。


「それ、いいしゃしんでしょ」


 明里がにまにまとしている。小さくても女の子というわけか。


「よく撮れてるね」

「んふふ、おねえちゃん! スマホかして!」

「え? 何するの?」

「いいから!」


 笑里が明里にスマホを渡すと、インカメラで自撮りをしようとしている。


「さんにんでとろ!」


 どうやら3人での写真が撮りたいみたいだ。しかし最近の小学生はすごいな。スマホカメラで当たり前の様に自撮りするのか。


「もっとちかづいて!」


 せっかくのネモフィラは全く写っていないけれど、その三人での写真はなかなか良いものだった。



 

 帰りの電車。明里は寝てしまっている。


「ネモフィラ、綺麗だったなぁ」


 笑里もスマートフォンで写真を撮っていた様で、見返しながら感想を述べていた。


「意外とあちこちにああいう公園があるみたいなんだよね」

「へぇ〜、そうなんだ。違うところも行ってみたいな」

「前にチューリップ畑には行ったけどなかなか良かったよ」


 去年、写真部に入部してすぐのオリエンテーションで訪れた公園には三万本を超えるチューリップが植えてあり、そこもなかなか壮観だった。


「花ってなんだかんだ、綺麗って思っちゃうよねぇ」

「家の庭じゃダメか」

「規模が違うよ」

「まぁそうだね」


 電車の車窓からは落ち始めた太陽が強い光を放っていた。


「次は紫陽花かな」

「ん?」

「写真撮り始めてさ、季節ごとに撮りたいものができたんだよ。三月は桜を撮ったし四月はつつじ、今月はネモフィラって感じでさ」


 中学生の頃までは趣味という趣味もなく、行動範囲も狭かったから家にいることの方が多かった。

 高校に上がり部活をはじめて、あちこち行くようになってこんなにも景色が綺麗なことを知った。よく世界が広がるなんて言葉があるけれど、自分にとってカメラは世界を広げてくれたものだった。


「いいね、なんか」

「あ、そういえば編み物、どうなったの?」

「あれは……練習が必要みたい」

「っす」


 つまりはそういうことみたいだ。遠い目をしている。


「今は勉強も大切だからね! 中間もあるし」

「あ、うん」




 家に着く頃には日も暮れ、あたりを夕飯を作る香りが包んでいた。色んな香りがする中、途中でカレーの家があったらしく、とてもお腹が空いてきた。


「いいなぁカレーたべたい」


 明里もこう言っている。


「じゃあ、今日はありがとね」

「いえいえ」


 家の前で別れるが、隣なのですぐだ。


「またね!」

「写真印刷したら渡すね」

「うん!」


 明里は基本語尾にびっくりマークがついている。元気で良いことだ。

 家に入ると、静けさが今日の出来事を思い出させる。

 今日は自分の両親も仕事で不在だ。春は繁忙期らしく、基本祝日は出勤している。幼い頃は寂しさも感じたが、隣の相沢家にお邪魔できたおかげであまり辛くはなかった。


 部屋の扉を閉め、電気をつける。

 カメラを机の上に置きベッドへ身体を放り投げて、少し脱力。


「ふぅ」


 ネモフィラの薄紫、空の青さ、心地よい風。今日はいい日だった。

 起き上がり写真を見返す。パソコンに移動させて必要なら編集作業をするためだ。

 明里が撮った自分達の写真が目に留まる。

 あまりに自然に笑里と喋っている。

 きちんと風景がボケていて、二人にピントが合っている。まるで世界には二人しかいないかのような写真。


 昔を思い出したり、妹と似ていると思ったり。

 どこか彼女を意識している自分がいて、なんだかいてもたってもいられなくなった。


 カレー、買いに行こ。


においは記憶に残りやすいという

あの時の花畑の香りも、カレーの香りも、いつか薄れる記憶の中で

彼女を思いだすきっかけになってくれるといいな

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