第94話 鬼のいぬ間に
二本の角の間に乗る古びた王冠。
赤黒い肌。
岩のように盛り上がった筋肉。
山の様に大きな身体。
その鬼の姿を見て、ほとんどの人は動けなくなってしまっていた。
まるで目の前に立っているだけで、死が確定しているかのようだった。
これは、学生が相手にして良い相手じゃない。
「我の邪魔をするな、虫けらがっ」
巨大な鬼が、近くのパーティ目掛けて巨大な金棒を振りかざした。
「ぇ……」
ターゲットにされているのに、なんのリアクションも取れないのは圧倒的力の差に恐怖しているからだろうか。
「うおおおぉぉぉ!!」
金棒の餌食になると思われたその時、ライオ兄さんが鬼の金棒をハルバートで受け止めた。
「ぐっ、ぉも!!」
相手の攻撃が相当重いのか。ハルバートを構えた腕が嫌な音を立てて沈む。
次の瞬間、ライオ兄さんの身体中から血が吹き出してしまっていた。
「俺は……リーフの弟でも、リオンの兄でも、ねぇ……。ライオ・ヘイブンだっ、おらあ!!」
気合い自己紹介と共に鬼の金棒を弾き飛ばす。
「ナイス、ライオ」
ウルティムが、「うりゃっ」と横から蹴りを入れると、鬼を吹き飛ばした。
「ぼくがこの魔物の相手をする。みんなはその間に逃げて」
ウルティムの言葉に誰も反応できずにいた。
「なにをしているんだ!! 早く行けっ!!」
元勇者の恫喝でようやくとルべリア王女が反応した。
「て、撤退!! 撤退だああああああ!!」
なんとか絞り出したルベリア王女の悲鳴に近い叫び。
うわぁぁ!! とパーティなど関係なく、我先に出口の方へと向かう。
「待て、落ち着け!!」
今までルベリア王女の言うことを聞いていたってのに、緊急事態だから誰も言うことを聞かない。そんなパニック状態で滑りやすい床だから、何人かが転んでしまう。
「焦らずに逃げましょう」
「大丈夫だからね」
ヴィエルジュとフーラが転んでしまった人達に手を差し伸べている。
転んでいる人達の対応は二人に任せるとしよう。
「ライオ兄さん!!」
さっきから血まみれで動けなくなってしまっているライオ兄さんへ駆け寄る。
血まみれだが、ぜぇはぁと荒い息遣いで生きているのがわかる。
「ちっ……リオンとこのチビに……借りを作っちまった……」
「そんなこと言っている場合かよ。立てる?」
「弟の手なんぞ、借りる兄が、どこに、いんだよ、ぼげっ」
「リーフ兄さんは借りまくるタイプだけど」
「……身内にいたのかよ……ぼ、ごっはっ!!」
ライオ兄さんは口から血を吐いてその場で倒れてしまう。
「ライオ兄さん!?」
「うるせぇ、よ。大丈夫じゃ……」
到底大丈夫じゃないセリフ。
辺りを見渡すと、パニック状態はまだ継続中みたいだ。そんな中、動けなくなっている生徒もいる。
エリスさんだ。
「エリスさん!!」
名前を呼んでも反応がない。この地獄のような光景の処理がまだできていないのだろうか。
仕方ない。
俺は彼女の元へと駆け寄る。
「ちょっと来て!!」
有無言わさず、俺は彼女を引っ張ってライオ兄さんのところへ向かう。無理くりに引っ張っているのに、彼女からはなんの反応もなかった。
「ライオ兄さんに回復魔術をかけて」
血まみれで倒れているライオ兄さんを見てようやく、「ぇ? ぁ……」なんて反応してくれた。
「え、え……すごい傷……早く治さなきゃ。でも……私みたいな平民が……貴族を……」
「まだそんなくだらねぇこと言ってんのか!! 命の価値に貴族も平民もねぇだろうがっ。さっさと治しやがれっ!!」
「は、はい!!」
こちらの怒号でようやくとエリスさんがライオ兄さんに回復魔術を施してくれる。
いきなり怒鳴って申し訳ないと思いつつ、こちとら身内が死にかけているんだから許してくれとエリスさんに心の中で謝っておく。
しかし、あの鬼、相当強い。ライオ兄さんは確かにあの金棒を防いでいたよな。それなのに重症を負ってしまった。
ウルティム一人で大丈夫か? あいつ、魔法学園の生徒だから剣は持たせてもらえず杖だけど……。
加勢するか。
「ライオ兄さん。ハルバートを借りるね」
「……」
返事はないが息はある。意識を失っただけだろう。
「エリスさん。ライオ兄さんを頼みます」
「は、はい」
俺はハルバートを構えてウルティムに加勢しようと空中へ高くジャンプする。
ライオ兄さんの技を見よう見真似でやろうとしたけど、足元が滑り、思ったよりも高くジャンプできない。あの人の脚力は凄いんだな。
「ウルティム!! 避けろっ!!」
素手で巨大な鬼とやり合っているウルティムに声をかけると、流石は元勇者。素早く鬼との間合いを取る。
落下の勢いでその冠ごと頭から叩き割ってやる。
兜割。
勝手にライオ兄さんの十八番に名前を付けてハルバートを鬼の脳天目掛けて降り下ろしてやるが、恐ろしいくらいの反射速度。金棒で受け止められてしまう。
「ぅおおおおおおお!!」
負けじと気負いの入った声を出す。気張り過ぎて自分の魔力が吹き出しているのがわかる。
せめぎ合いの最中、鬼の黄金の瞳に自分の姿が映るのがわかった。
「お主……まさか……!?」
信じられないものを見るように見開かれた瞳。
なにか言いたげな様子であったが、次の瞬間、目の前が段々真っ白になっていく。
力を入れすぎて酸欠になっているのだろうかと思っていると、そのまま俺の視界はホワイトアウトしていった。
♢
ホワイトアウトしていった視界が徐々にクリアになっていく。
意識も記憶もはっきりしているため、ハルバートを構えるが、なぜか俺の手にはハルバートが握られていなかった。
鬼の魔法か魔術か。警戒しながら辺りを見渡すと妙なことに気が付く。
「誰もいない……?」
今さっきまで地獄絵図だった現場に人の姿はなかった。そして鬼の姿も見当たらない。
いや、誰もいないというのはウソになってしまう。
「エリスさん」
さっきまでライオ兄さんに回復魔術をかけていたのだろう。そのポーズのまま、俺の呼びかけに気が付く。
「──あれ、リオン、様? ここは? あれ、治していた人もいない……え?」
今の状況が飲み込めないのだろう、エリスさんは少しだけパニックになっていた。
他者視点静穏効果のおかげか、エリスさんが焦っているので自分は妙に冷静になれる。
「俺も一体、なにが起こったのか全く理解ができません。鬼の魔法か魔術でこういうことになったのか。それとも全然別のなにかか。考えていても仕方ありません。今は俺とエリスさんしかここにいない。ここで待つという選択もできますが、一度外に出てみませんか?」
「は、はい」
わけがわからない状況だが、わけがわかるのを祈り、俺達は一度外に出ることにした。
その出口でとんでもないものと遭遇する。
ガイコツが現れた。
「ぎゃああああああ!!!!!!」
エリスさんから放たれたとは到底思えない悲鳴。
同時に。
「ぎゃああああああ!!!!!!」
ガイコツも悲鳴を上げ、エリスさんとガイコツは共に気絶した。
いやガイコツ。お前はなんで気絶してんだよ。




