第88話 湯気と灯りの都アルブレヒト
赤い欄干の橋を渡ると、そこから先は人の世とどこかずれた匂いがした。
油と湯気と、甘い菓子の香りが混ざり合い、胸の奥をくすぐる。
建物は日本風の木造の建物。石畳はしっとりと濡れ、灯りが映り込んで金色にゆらめいている。
そこら辺に温泉が涌いている湯気と灯りの都アルブレヒトにご到着。
神秘的な街だ。日本のアニメの中に入ったみたいな景色で感動する。
「わぁ、着物かわいー」
俺達アルバート魔法学園の連中が、ゾロゾロと観光客気分で街を歩いていると、フーラが通りすがる住民を見て反応する。
「アルブレヒトは独特な恰好をしていますよね。私も着てみたいです」
「ヴィエルジュ。後でレンタルできる店がないか探しに行こ」
「はい」
仲の良い双子姉妹なこって。
そんな微笑ましい光景をよそに少しばかり思いふけってしまう。
「なぁウルティム」
湿った石畳みの上を歩きながらウルティムに話しかけると、長いツインテールを揺らして首を傾げる。
「アルブレヒトは昔からこんな感じなのか? 街並みや服装が、俺の前世の時の光景とそっくりなんだけど」
「さぁ……ぼくの時代にはこんな国はなかったからわかんない」
「そうなのか?」
「ここは“魔術の国”だよね。前にも話したかもしれないけど、ぼくの時代に魔術はなかった。それを発明したのはマリンだ」
日本風の温泉街。日本の転生者が発明した魔術──。
「この国はマリン・アルバートが作ったのか」
「魔術と聞いて薄々そうじゃないかと思ってたんだけどね。今のマスターの発言で確信したよ」
そっかそっか。なんてウルティムが噛みしめながら辺りを見渡した。
「この国は、マリンとマスターが暮らしていた国の風景なんだね」
ニコっとウルティムが嬉しそうに微笑んだ。
「嬉しいよ。マリンから話だけは聞いていたからさ。こうして話の中の国に来ることができて」
「喜んでくれたのなら光栄だよ」
俺が作ったわけでもないし、前世の話だけども、こうやって自分が住んでいた記憶のあるところが褒められるのは嬉しいことだ。
♢
「うし、ほんじゃまぁ目的地に到着っと」
先陣を切って学年全員を引率してくれていたカンセル先生の言葉通り、風情抜群の日本風宿に到着。
「こっから前夜祭までは自由時間だ。宿にいても良いし、観光しても良いし、好きに過ごしてくれ。だけど、前夜祭はアルブレヒト城で行うからな。時間厳守でアルブレヒト城に来いよ」
はーい。なんて声が上がると、カンセル先生は二年、三年の先生と話しをしに行った。
これにて自由時間開始ってわけで、観光でもしたいなぁとか考えていると、ウチの女性陣が「前夜祭……」と呟きながら顔を青くしている。
「どったん? さっきまでのテンションがうそのようだぞ」
「はは……ほんと、うそなら良いのに」
フーラが天を見上げて意味ありげに呟く。
「地面が湿っているぜ」
俯いているウルティムがテンション低く言ってのけた。
いきなりテンションがガタ落ちな二人に首を傾げていると、ヴィエルジュが教えてくれる。
「全員ダンスがど下手です」
「え……え……」
ヴィエルジュが苦手なのは知っていたけど、おたくら王族だよね?
「うっさい!! 王族なのはわかってるよ!!」
エスパーかな? 俺の胸の内を読んで先に言われてしまう。
「勇者にダンスなど不要。あ、やば。勇者の血が騒いで来た。これはあれだ。ダンスなんて踊れなくてもシカタナイナー」
どういう理屈なのか知らんが、とりあえずウルティムは勇者ということを言い訳に踊れなくても仕方ないと言いたいらしい。
「ご主人様。私、ダンスパーティの時間、左腕が疼くのでブラックオブザドラゴンを召喚しに行ったと先生に伝えておいてください」
ヴィエルジュはわけわっかんね言い訳で逃れようとしている。きみ、中二病だっけ?
「ま、なんでも良いけどさ。観光行こうぜ、観光」
俺は子供部屋おじさんイン異世界を目指しているわけだけど引きこもりではない。旅行とか大好き。温泉街なんて超テンション上がる。観光するっきゃない。
「着物、レンタルするんだろ?」
そう言ってやると、双子姉妹の顔付きが変わった。
「ご主人様、選んでください」
「私もリオンくんに選んで欲しい」
「わかった、わかった。俺もレンタルしたいから選んでくれるか?」
「「はい」」
郷に入っては郷に従えタイプの俺は着物とかも着たいタイプ。
ここの観光は楽しめそうだし。
「あ、ごめんなさーい」
それぞれが自由行動に移ろうとリブラ先生が声をあげる。
「代表の一〇名の人達は私と一緒に先にお城に行きます。一旦、私のところまで集まってくださーい」
うそん。
♢
観光気分を思いっきりぶっ壊されてしまいちょっと泣きそうだが仕方ない。
リブラ先生によると、今からアルブレヒト城に出向き、アルブレヒト女王陛下への挨拶。合同ダンジョンのパーティ編成を行うみたい。
アルブレヒト城に到着。外観は、うん、街並みとマッチした日本の城風だ。
俺達アルブレヒト代表は、城の関係者さんよりアルブレヒト城内を案内される。
城内も日本の城風で、木造の長い廊下は足を踏み出すたびにきしりと鳴ったりする。
「やばっ。この城エモすぎてウケる」
ギャルパイセンが歩くとたまになる音に反応していた。
「風情がありますわよね」
縦ドリルパイセンが辺りを見上げながらギャルパイセンの独り言を拾った。
俺もつられるように辺りを見ると、壁には淡い墨で描かれた龍や桜の絵が揺れ、障子越しにやわらかな光が差し込んでいた。
「なんだか、アルバートとは雰囲気が、全然違い、ますね」
オタクパイセンが挙動不審に上を向く。
天井は高く、太い梁が幾重にも走っている。
「アルブレヒト城は世界の中でもかなり独特ですよね」
リブラ先生が一言。
街を観光できなくて残念だったが、城の中も十分に観光だよなぁと思いつつ歩いていると、案内人が立ち止まる。どうやら目的地に到着したみたい。
“鳳凰の間”という大広間に、俺達アルバート代表は通された。
この部屋はそりゃもう笑っちまうくらいに広い部屋。三学園全員が余裕で入りそうである。
「女王陛下。此度はお招きありがとうございます」
リブラ先生が真っ先にアルブレヒト女王の元へ向かうため、俺達もその後ろを付いて行く。
──げっ!?
ウチの学園長先生とウチの母上がガッツリ絡んでいる光景が目に入っちゃった。
なんでいんだよ。って言いたいが、二人はアルバート魔法学園とステラシオン騎士学園の学園長だからいて当然か。
なんか嫌な予感がするなぁ……。
「はじめまして、リオンさん」
「はへあ!?」
ふと声をかけられてめちゃくちゃ変な声が出てしまった。
見ると、ハニーブロンドっていうのかな、はちみつみたいな温かい黄色の髪の美しい女性の顔が目の前にある。
「あら、申し訳ありません。驚かせてしまいましたね」
「し、失礼しました。女王陛下」
そうだよ。今はイカレタ学園長先生と自分の母上に構っている場合じゃない。目の前に王族がいるんだ。そっちに集中しないと。
「よそ見、していましたね?」
「も、申し訳ございません」
「ふふ。良いんですよ。ここにはかわいい子が沢山いますものね。目移りしてしまうのも頷けます。ほんと、代わりたいくらいのかわいい子がたくさん」
代わりたいくらい? どういう意味?
「あはは、ほ、本当ですよね」
とりあえずこういう時は笑っとけ。
「ふふ」
アルブレヒト女王は柔らかく微笑む。怒られずには済んだみたいだな。
「アルバートを救った英雄も、年頃の男の子って感じですね」
「え!? ええっと、ご存じでしたか」
「ええ。シュティア学園長とリグナ学園長よりお話を少々。大儀でしたね」
あのババァ共。あんまり言いふらすなや。恥ずかしいだろうが。
「あ、ありがたきお言葉」
「おっと、初対面で名前を名乗っていないのに偉そうでしたね。すみません」
女王様はお茶目に舌を出してから自己紹介をしてくれる。
「私はアクリア・アルブレヒト。このアルブレヒトを納めている女王なんかやっています」
崩れた言葉使いはどこか庶民的で親しみがある。だけど、フーラとはどこか違う崩し方な気がする。
「私、平民出身ですので色々こき使われているんです。アルブレヒト回復学園の学園長も兼任させられているんですよ」
「ええ!?」
「ふふん。すごいでしょ」
この庶民的な親しみやすさは平民を経験しているからこそ出せるのか。根っからの貴族ではなく、成り上がりの女王様。凄い人だ。
「そんなんだからもう大変で大変で……おっと、愚痴になってしまいますね。なんでしょう。リオンさんにはついつい話してしまいますね」
「俺──私で良ければいつでも話し相手になります」
「まぁ嬉しいです。あ、でも、リオンさんだけに時間は取れませんね」
「あ、すみません。出しゃばった発言でした」
「いえ。リオンさんのお気持ちはお世辞でも嬉しいですよ」
そう言い残して次に、「ウルガさん。初めまして」とオタクパイセンに挨拶しに行った。
つか、この女王兼学園長先生、全員の名前覚えてるの? 凄すぎだろ。




