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1265 鬼髑
鬼髑という妖怪がおります。
これは江戸時代後期の本草書、神田玄紀著『日東本草図纂』に次のようなことが記されています。
18世紀半ばの寛延2年8月13日。
常陸国相馬郡の将門山の頂、そこにあった松の大木が大風で倒れると、根元から鬼髑が現れ、それが雨に打たれて苦しそうに叫び始めました。
これに城下数里四方の者が怯え、気絶する者まで出たため、鉄砲隊が出動してこれを仕とめました。
鬼髑は8畳ほどもあり、その姿は鬼か蟹のようで、お碗のごとき目は光り輝き、朱いシュロに似た髪が生えた頭頂部はへこんでいて、あごの下には鋭い毛が生えていたといいます。
この鬼髑。
苦しみ叫んだだけで殺されてキノドクでした。
・キノドク=鬼髑=気の毒
・寛延2年=1790年
・神田玄紀(詳細不明)
・『日東本草図纂』(本草説話集)




