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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
第三章 運命集うは千尋の闘技場
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「何もんだよ、あのオヤジはっ」


 ドラゴンズ・ブレスを一太刀――抜き身を見ていないが、そう判断するべきだろう――のもとに両断した年輩の男性は、何事もなかったかのように客席へ腰を降ろした。先日、技の破壊力を間近で見たザッツにとって、放たれた状態のこれを相殺できる人物がいるのが驚きだった。

 しかし、今集中すべきは目の前の試合だ。


「な、なんで、上手くいかなかったの」


 ニナは信じられない、といった顔をした。

 時間をかけて鍛錬に臨み、技を自らのものとしたドラゴンズ・ブレスの暴発。

 絶対の自信があったこの技を、しっかり放つことができなかった。


「だったら、もう一度っ」


 先ほどと同じように、ニナは大剣に魔力を注ぎ込む。


「無駄なことは辞めたほうがよろしいかと」

「無駄かどうかは、ボクが決めることさ」

「私はともかく、観客から死傷者が出ても知りませんよ?」

「それで反則負けになるルールじゃないもんねっ」


 ニナの言葉を聞いた観客たちが、騒然となっている。

 やはり、先ほどの男性が別格なだけで、この『法技アーツ』は危険なのだ。


(落ち着けば、できるはずなんだっ)


 ニナはジュールを見据える。

 腰を深く落として、しっかりと二つの足で大地を掴む。

 大剣を両手でぎゅっと握りこむと、一定のリズムで魔力を供給し続ける。

 その果てに、渦巻く風が最も威力を持つ瞬間が来る。

 放つなら――今だ。


「喰らえっ、ドラゴンズ・ブレ――うわっ!」


 だが、バランスを崩したニナは、またも技を暴発させてしまう。

 東国の細長いドラゴンのように空中で曲がりくねり、今度はザッツの座っているあたりに落ちようとしている。


「やっべ」

「きゃっ」


 ザッツはサカナを右腕で抱えると、すぐにリングの側面方向へと飛び込んだ。

 逃げ惑う観客たちも着弾地点から離れていき。


 次の瞬間。

 制御不能の竜巻が――大地ごと客席を抉りながら破壊していった。


「お、おにーさんっ……くそっ、くそうっ、どうして駄目なんだ!」


 なぜ暴発してしまうのか、ニナには理由が分からない。

 どうにもできなくなってしまい、激情から地団駄を踏んでいる。

 観戦は自己責任とはいえ、観客からはブーイングが起こっていた。


「自分でお気づきになられないのであれば、貴女はここまでです」

「だって、分かんないよっ」


 ジュールは溜息をついた。


「自分の体ができること、その限界点を貴女は理解できていない」


 その言葉にニナは激昂する。


「ドラゴンズ・ブレスは『戦闘』における、ボクの最高の必殺技なんだ! これまで何度も成功させてきた、それがいきなりできなくなるわけがない!」

「それは――何年前の話なのですか」

「え」

「ニーニャさん、と言いましたか。貴女の動きや剣捌き、戦いの駆け引きは洗練されている。長く戦いに従事している者のそれだ。…しかし、貴女の肉体は戦士のそれではない。女性として成熟はしているが、か弱さを感じる」


 ジュールは、ニナの意識と動作が噛み合っていない事を見抜いていた。


「戦うことの空白期間ブランク、理由は色々あるでしょう。…しかし時間というのは残酷で、努力を怠れば積み上げてきた技術も簡単に忘れてしまう――身に覚えはありませんか?」

「……っ」


 大人になること。

 強くなるために先輩の背中を追い続けていたニナにとって、肉体の成長は全てがプラスに働くのだとニナは思っていた。はやく大人になりたいと思っていた。

 ダンジョンコアの生命力テラを取り込んで、その副作用で急成長したとザッツに聞かされたときは驚いたが――それ以上に嬉しかった。

 だから、それで失うものがあるなんて考えもしなかった。


「だったら、」


 ならば、見つけるしかない。


「だったら、今のボクにできる――最高の技を見つけるだけだよっ」

「あんまり無駄なことをしない方がいい」


 ジュールは右腕を真横に伸ばして虚空を握りこむ。

 すると冷気が収束して、アイスエッジの名に恥じない――氷の結晶のような、一振りの凍結剣が具現化していく。


「勝つことができるなら、無駄じゃないもんっ」

「貴女は既に観客の顰蹙を買っている。やれば暴発すると分かっている『法技アーツ』を使って客席を破壊したのですからね。死傷者が出なかったのが幸いですよ。…もっとも、勝敗はともかくとして、このままではお連れも含めて危険が及びますが」


 ニナは眉をひそめる。

 そしてもう一つ、と彼は続けて。


「貴女は私に勝てません」


 ジュールは一歩ずつ、ゆっくりとニナに近づいていく。

 口元からは既に笑みは消えていて、遊びの時間は終わりだと暗に告げている。


 ドラゴンズ・ブレスの直撃を回避し、客席に戻ってきたザッツとサカナは、埃を払いながら腰を降ろす。サカナは未だに心臓がドキドキしていた。

 他の客たちもニナに苦言を呈しながら、空いている場所に次々と座っていった。


「ザ、ザッツ、…どうなっちゃうの」

「分からねえ。だが勝つためには別の技を繰り出す必要がある」


 普通に振り回すだけでは、大剣の攻撃を当てることはできない。

 当たったところで、氷の魔術式で防御されてしまう。

 風の魔術式を絡めた上で、攻撃を当てるしか勝機はないとザッツは考える。


「やるなら場外狙い(リングアウト)だ。…風属性は物体を動かすことに関して一番向いているからな」


 勝利条件が複数あれば、光明も必ず存在するはずだ。

 二人は固唾を飲んで、ニナの動向に注目する。


「……」


 ニナはずっと押し黙っていた。

 そして、彼女は目を閉じた。

 ジュールはもちろん、不思議そうな顔をしている。


「……どういうつもりかな」

「心配しなくていいよ、『昔のボク』に近づけるだけだから」


 ニナの視界は閉ざされる。

 それでもなお、ジュールの姿は見えていた。

 全盛期ではないにしても――彼女の繊細な肌は、空気中を流れる魔力の質を嗅ぎ分ける。


「これももういいや」


 ニナは大剣を捨てる。

 リング上に転がって、鈍い音が鳴った。

 そして太もものホルスターから、ナイフを一本引き抜いた。


「成る程、そういうことですか」


 ニナが両手でナイフを握ったのを見て、ジュールはそう言った。


「武器の大きさが変われば、先ほどの『法技アーツ』――ドラゴンズ・ブレスと言いましたか、それを暴発せずに済むと」

「そういうことっ」


 風の魔力を注ぐと、すぐに小さな刀身に風が渦巻いた。


「いっけーっ、疾風迅雷の短剣技――ドラゴンズ・バイト!」


 振り下ろされると同時に、まるで弾丸のように小さな突風がジュールに飛ぶ。

 だが、


「属性の優位性以前に、それでは弱すぎるっ」


 ジュールは突風の軌道に合わせて、凍結剣の刀身を斜めに動かした。

 すると小気味いい音と共に突風は弾けた。彼に当たる前に威力は殺されてしまったようだ。


「それぐらい分かってるよっ」


 しかしニナは怯まない。

 消費魔力が少ない分連打が効くので、何度もジュールに向けて突風を放った。

 ジュールは素早く刀身を動かして、その一切合切をかき消した。


「はぁ、はぁ……」

「無駄だということが分かりましたか? それでは威力が足りないのです」

「だ、だったら」


 ニナはより多くの魔力をナイフに送る。

 威力を最大限に発揮できる魔力量――その臨界点を越えて、さらに竜巻はその勢力を強めている。

 そして、彼女はジュールに向けて走り出した。


「成る程」


 初めてジュールは迎撃の構えを取った。


「考えましたね」


 ザッツもそこで気がついた。

 ニナは意図的に『法技アーツ』を暴発させる気なのだ。

 それは大剣技ドラゴンズ・ブレスの暴発と違って、客席まで届くものではない。


「へへっ、アナタを倒すなら――これしかないと思ってさっ」


 だけど威力は十二分。

 行き先が定まらないのであれば接近して撃てばいい。


「ですが、体がガラ空きですよ」


 ただし、この攻撃は捨て身そのもの。

 相手の懐に飛び込んで放つのであれば、凍結剣の間合いに入ってしまう。


「これで終わりですっ」


 ジュールはタイミングを合わせて逆袈裟に斬り上げる。

 と、同時にニナはその斬撃を『すり抜けた』。


「『ゼピュロスの飛翔式』だ!」


 ザッツが声をあげた。

 空を自由自在に飛ぶために考案された、風属性の体系化された魔術式。

 その初級編には、ただ体を特定方向に飛ばすだけのものが存在する。

 それを使ってニナは『加速』し――ジュールの一撃を『避けた』のだ。


「いっけええええっ」


 ニナはナイフをジュールに突き出した。

 そして、短剣技の『法技アーツ』ドラゴンズ・バイトを暴発させる。

 仮に戦闘不能にできなくても――後退させて場外に落としてしまえばそこでニナの勝利が確定するからだ。

 だから、これで決着がつくはずだった。


「なっ」


 ところが。

 ニナの両手首が、ジュールの左腕に掴まれていた。

 それだけでドラゴンズ・バイトは暴発ではなく、『不発』してしまった。


「……」


 ニナは閉じていた目を大きく見開いて、自分の腕を見つめている。

 凍結しているわけではないのに、前腕から指先にかけて氷のように冷たく――魔力が流れていかないし、動かせない。

 からん、と支えを失った彼女のナイフはリング上に転がった。


「時間凍結術式というのは、触れなければ発動できないのです。…いや、貴女の方から来て貰えるなんて助かりましたよ」


 ニナは咄嗟にジュールから離れるが――彼女の腕は時間凍結の効果が切れるか、解呪されるまで使い物にならなくなっていた。


「『ヘルメスの解呪式』だ、はやくっ」


 客席からザッツが叫ぶ。

 しかしそれなら、先程からニナは試している。

 優位性を越えた氷魔術の絶対値に負け、解呪式が無効化レジストされているのだ。


貴女の詰み(チェックメイト)です、ニーニャ・ドラゴンタベターさん」


 ジュールは凍結剣を頭上に掲げる。


「そして、見せしめの始まりです」

「ニナ、はやく降参しろ、するんだっ」


 ザッツの叫びも虚しく。

 ジュールは氷の刃を――ニナに向かって振り下ろした。


「っ!」


 振り下ろされた刃は――ニナの衣服だけを切り裂いていた。

 観客のボルテージが上がっていく。

 やっちまえっ! 剥いちまえっ! 泣かせろっ! 思い知らせろ!


「やだっ、なにするのっ!」

「そのままの意味ですよ。…傷つけてしまうと『商品』の価値を落としてしまうのでね。自らの負けを認めるまで、こうするのです」

 

 ジュールは呆然としているニナを押し倒し、馬乗りなると――力づくで残った衣服を手で剥いでいく。


「いやあああああっ」


 ニナは必死で抵抗しようとしているが、両腕を封じられた『か弱い女』が偉丈夫に敵うはずもない。

 みるみるうちに衣服は破かれ――程よく育った乳房が、曲線の美しい腰つきが、チラチラ見えていた臀部が、魅力的な太ももが露出していく。


「ザッツ、辞めさせてよっ」

「こ、降参だ、ニナ降参しろ!」


 ザッツとサカナが狼狽えている間に、ジュールによって『見せしめ』の準備は終わり――一糸纏わぬ姿となったニナが、好奇の目に晒されることになった。


「おおおおおおっ」

「――ぁ」


 子供のような無邪気さは消え失せて、どこまでもニナは女の顔をしていた。


「ぁぁ……、見ないで」


 これ以上ないほどに彼女は身を縮こませて、


「ボクの…負けっ、負けだよっ、……降参するよおっ」


 目元に涙を浮かべて、降参ギブアップを訴えている。

 しかし、試合終了を告げる鐘はまったく鳴らない――ニナがリング上から逃げようとしても、ジュールによって乱暴に連れ戻されてしまう。観客たちはますます熱狂し、下卑た笑い声が闘技場を埋め尽くした。

 それを見ていたザッツは、鬼気迫る表情でリングサイドにいる審判に訴える。


「おい審判ジャッジっ、降参してんだろっ、はやく辞めさせろよ!」


 しかし審判はつまらなそうな顔をして、


「誰が降参しているのですか?」


 という一点張りで無視される。


「くそっ、こうなったら」


 リングに乗り込もうとしたザッツだったが、


「ザッツ、あぶないっ」


 後ろから現れた屈強な男に羽交い締めにされてしまった。


「いけませんな、まだ試合は終わっていませんよ」

「な、なに言ってやがるっ」


 身動きが取れない。体格差が違いすぎる。必死にもがいても離れることができない。


「こんなの……こんなの、ひどすぎる」


 サカナはその場に座り込んで泣き出してしまった。


「……おにーさん」


 リング上から呼びかけられ、ザッツはそちらに顔を向ける。

 ニナと目があった。


「お金出してもらったのに、服を駄目にしちゃってごめんね」


 そして、


「焼き肉奢るって言ったのに、約束守れなくてごめんね」


 彼女の泣き笑いが、とても痛ましかった。

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