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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
第三章 運命集うは千尋の闘技場
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26

 それから数分間、ニナは恥辱を受け続けた。

 髪を掴め! 暴力で泣かせろ! こっちに見せろ! 失禁させろ!

 すっかり熱狂した観客の下品な要望に、ジュールは淡々と――パフォーマンスをするように応えていく。

 自らの『命』を賭け金とした者の敗北。ニナはその見本として衆目に晒され続け、観客の盛り上がりが落ち着いた頃に『降参ギブアップ』が認められた。


「ぅ…、ぁ……」


 すっかり目に光がなくなったニナは――黒服の男たちに枷が繋がれ、抵抗することなく奥の扉に連れていかれてしまう。首につけられた鎖によって、引き摺られていく姿がとても痛々しかった。

 その様子を、ザッツたちは遠目から眺めることしかできなかった。


「……」


 サカナは放心状態のままリング上を見つめている。

 散乱したニナの服が、選手の退場をもってなお惨状を物語っていた。


「なっちまったモンは、仕方ねえ」


 ザッツの握った手が震えている。

 片付けもされず、リング上では次の試合が始まった。

 拘束から解放されたザッツは、すぐにパンフレットを広げていく。


「ザッツ、ニナちゃんを取り戻せないの?」


 サカナの問いかけを無視して、ザッツは『4、商品リストと基本スペック』の項目を選択してページを開いた。

 ニナは『商品』として、既にリストに追加されていた。


 ■ 商品No.63 ニーニャ・ドラゴンタベター 最終ランク『E』

   値段:166.26

   優先買取権:シュール・アイスエッジ(水馬ノ月/三十日まで)

   割引開始:空羊ノ月/一日

   処分日時:空羊ノ月/四日


「……」


 ザッツは買い戻しに必要な値段を見て絶句する。

 ジュールの賞金額が、そのままニナの商品価格になっているではないか。


「この優先買取権ってなんだろ」

「まずは――地下闘技場の仕組みについて知る必要があるな」


 続いて、先ほど読みきれなかった『2、闘技場のルール』のページを開く。


 ■ 挑戦する側は、賭け金が必要です。勝利した場合に賞金に加え、払い戻しが発生します。

 ■ 挑戦された側は、勝利した場合に相手の賭け金を受け取ることができます。敗北した場合は、賞金を支払ってください。


「重要な情報は、これだな」


 ■ 試合後に負債が発生しそれが即金で支払えない場合、それを肩代わり致しますが、登録者は当闘技場『鮮血注ぐ黄金の湖(オーラム=テアトルム)』の所有物となります。

 ■ より高く買ってくださるお客様への特典として、新規商品には『優先買取権』をご用意させて頂きます。期限日時までは指定されたお客様のみ、お買い求め頂けますのでご了承ください。


「水馬ノ月/三十日は明後日だな。…それまでニナはジュール以外の誰かに買われることは無いってことになる」

「だ、だったら、それまでにお金を稼げばっ」


 そんなことできるわけがない。

 たった二日で三桁以上の金硬貨を獲得することなど不可能だろう。

 そして、ジュール本人にニナを買われてしまえば終わりだ。


「ジュールってやつは、闘士でありながら――奴隷商でもあるな」


 『優先買取権』に名指しで指名されているような人物だ。

 奴隷売買に関しては、オーナー最大の取引相手なのだろうと推測できる。


(それに……)


 ザッツは感じている。

 それは――獲物を虎視眈々と狙う、狩人特有の視線だ。


「まさか……」


 彼は確認した『闘技場のルール』から、ある考えに思い至った。


(もし考え通りなら――奴らは確実に『それ』を狙ってくる!)

 

 今のザッツたちは持ち合わせがない。

 そしてそのことは、ニナとのやり取りで会場の全員が知っていることだ。

 その状態で『負債』が発生してしまったなら、どうなるか。


「よし、帰るか」

「えっ」


 ザッツは立ち上がる。


「アイツってさ、勝手にオレちゃんたちに付いて来てただけだしな。…いい厄介払いになったんじゃねーのか?」


 サカナはザッツを睨みつける。


「ニ、ニナちゃんをそんな風に思ってたの?」

「悪いかよ、本当のところはお前もそう思ってたんだろ。…あんな幼稚なやつと一緒にいると疲れるってな」

「ひ、ひどい」


 ザッツはサカナの手を引いて立たせると、


「オレちゃんには――お前が居ればいいからよ」

「えっえっ」


 嫌悪感を顕にしているサカナを、無遠慮に抱きしめた。

 そして、


「今は逃げるぞ、ここで出来ることは何もねえ」


 と耳元で囁いた。

 その言葉にサカナは悲しそうな顔を浮かべるが、まだザッツが奪還を諦めていないことを悟って、


「ん、わかった」


 と、小さく呟いた。


「さーて、今日は誰にも邪魔されずに朝まで頑張れそうだなっ」


 ザッツはそれっぽく茶化してサカナから離れると、彼女の手を握って早足で闘技場の出口に向かおうとした。

 その時だ。

 ピンポーンという喚起音が鳴ったのは。


「なっ」


 アナウンスの声が、音が会場内に響く。

 現在行われている試合は、まだ終わっていないはずだ。


「たった今、対戦を行っていないチームの会場入りを確認致しました。試合順繰り上げを行います。割り当て番号『E13』番はリングへの移動をお願い致します」


 と、すれば。


「挑戦相手に指名されました――割り当て番号『E27』番チームの一名は、至急受付までお集まりください!」


 ザッツは奥歯を噛み締める。


「……やられたッ!」


 『挑戦を受ける側は、それを断ることができません』

 『敗北した場合は、賞金を支払ってください』

 『負債が発生しそれが即金で支払えない場合、それを肩代わり致しますが、登録者は当闘技場の所有物となります』

 これらのルールを編んでいけば、自ずと出てくる運営側の稼ぎ方。

 これで分かった――この闘技場は、ザッツたちを逃がさないつもりだ。


「ザ、ザッツ」

「思った通りの仕掛けになってやがった――奴ら、オレちゃんたちも『商品』として根こそぎ刈り取るつもりだぜ」

「わたしたちを倒しても、その人の所有物になるわけじゃないのに?」

「運営側が用意した闘士ってことだ。…そもそも会場入りしてすぐなのに、未知数だろう『E27(こっち)』に挑戦してくるの、どう考えてもおかしいだろ」

「でも、強さは『E』ランクみたいだし、なんとかなるかな?」

「そんな格付け意味ねえ。『登録者リストの中で、自分と同ランク以上の相手を自由に選び、挑戦することができます』って書いてあっただろ。それを行使するためだけの『E』ランク。奴隷狩りのためだけに用意されたハンターってこった」


 サカナは目を伏せる。


「それって、強いんだよね」

「間違いなくな」

「……」

「だが、オレちゃん的にはいい機会だと思ってる」

「え」

「このままやられっぱなしじゃ、気がすまねえってやつだよ――一矢報いてやるってことだ」


 波状槌を力強く握りこむ。

 その不敵な表情には、反骨心がにじみ出ていた。


「ってなわけで試合にはオレちゃんが出る。…サカナは今のうちにとっとと逃げちまえ。試合中のチームメンバーを拘束するルールはねえ」

「や、やだよっ、ザッツとニナちゃんを見捨てて置いてくわけにはいかないっ」

「お前に何ができるんだ?」

「何もできないっ」

「ならとっとと失せろ、てめーには何も期待してねえ」

「やだっ」


 ザッツは溜息をついた。


「なぁ、頼むよ――オレちゃんに悲しい思いをさせないでくれ」

「……ッ」


 今までに見たことのない、ザッツの寂しげな表情に。

 サカナは気圧されてしまって。


「う……、わかった…、よ…」


 ザッツの顔を見つめながら、ゆっくりと後ずさる。

 そして、ぎゅっと目を閉じて――決心の果てに、出口に向かって走り出した。


「闘技場を相手にするのは初めてだな」


 ザッツは受付に行くと、紙にファイトネームを書くように求められた。

 迷うことなく自分の名前をそこに記すと、無効試合となり誰もいなくなっていたリングへと向かっていく。


「ダンジョンを相手取るのとどっちが手ごわいか、試してやんよ」



「おやおや、貴女は先ほどの『商品』のお連れの方ではないですか」


 サカナが出口の扉を開けて、奴隷売り場を兼ねている通路に辿り着くと――そこにはジュール・アイスエッジが待ち構えていた。


「な、なぜ――あなたがこんなところに」

「何故と言われましても」


 ジュールは右手で顎をさすりながら、困ったような表情を浮かべている。

 目元がマスクで隠れていても、彼の感情を読み取るのは容易だった。


「品定めをしているのですよ、商いは貴族の嗜みですからね」


 ジュールは檻に閉じ込められた奴隷たちを示した。

 その中にニナの姿はない。


「ニナちゃんを、どうしたのっ」

「ニナちゃん――ああ、先ほどリストに陳列された商品のことですかね。…どうしたと申されましても私は知りませんよ。あれは闘技場の所有物なのですからね」


 とはいえ、とジュールは続けて。


「あれは私に負けたからこそ、高額となってしまいました。並べられてるとするなら二階の方ですよ。…貴女には入れませんけどね」

「高額になってしまったのは――掛け金を踏み倒したせい?」

「ええ、そうです。闘技場でも言いましたが、言葉通り『命』を賭して私に挑戦してきたのは初めてですよ。ところがその分、運営側の肩代わり――私に支払われる分の賭け金も大きくなってしまった」

「だから、採算を取るために」

「その通り。貴女たちを『商品』として仕入れることに決めた。…そこまで分かっているなら大したものだ」

「っ!」


 それを聞いたサカナは、ジュールに対して戦いの構えを取った。


「ほほう」


 彼女は明らかに眼前の貴公子を警戒している。

 その様子を見て、ジュールの口元がわずかに歪んだ。


「気づきましたか」

「運営側はわたしも捕らえるつもりなんでしょ。だったらこの通路に"あなた一人なのはおかしい"もの」

「ですね」

「……闘技場のオーナーに雇われたの?」

「正確には『通さぬように』と言われただけです。定めたルールをしっかりと守るのが此処のオーナーの良いところだ。…ですが、今宵は人手不足のようでしてね」


 ジュールは二階の通路を見上げた。


「それに私にとっても悪い話でもない。商品を割引してくれるというのでね。…あの子はニナといったかな」

「……」

「彼女はなかなか良い体をしている、なかなか楽しめそうですよ」

「……っ!」


 サカナは恐怖から毛が逆立った。

 そして、怒りがふつふつと沸いてきた。

 この男はニナを買って――慰みものにしようというのか。


「そんなこと、そんなこと許さないっ!」

「激情から出た言葉など一銭にもなりませんよ。利益を生むのは打算に裏打ちされた言葉と――実際の行動だけです」


 サカナは覚悟を決めて、魔力を練り始める。

 彼女が身につけている黄金のブレスレットが、赤く輝いていた。


「『獣蹄』の勇者アルテミスよ――御身の名の元に、契約せし魔の者を我が血を贄に喚び出さん」

「ああ、それと」


 召喚魔術ガーディアンを呼び出そうとするサカナを気にすることなく、ジュールは話を続けた。


「オーナーは貴女に興味があるようです。…張り切りすぎて、怪我をしないようにしてくださいね?」

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