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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
第三章 運命集うは千尋の闘技場
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「ふふ、元気の良いお嬢さんだ。品定めをしなくても上物やるようだと分かってしまう。下手をすれば、せっかくの『商品』を傷物にしてしまうかもしれない」


 金髪の貴公子――ジュールは、ニナのことを『商品』と言った。彼女が奴隷となることを前提とした発言だ。己の敗北をまったく疑っていないその自信は、三桁を越える連勝記録から来ているものなのだろうか。


「御託はいいからさ、さっさとその剣を抜いたらどうかなっ?」


 と、ニナは空いた手でジュールの腰にある突剣を指で示した。

 彼は視線をそれに向ける。


「ああ、これはアクセサリーみたいなものですよ。暴漢に襲われにくくなるという魔除けの効果もあります――このまま始めてしまっても、よろしいですよ?」


 ジュールの視線を受け、実況の男性がリング上から降りていく。

 そして、彼は告げななければならない。


「それでは注目の一戦ですッ、『大胆不敵の挑戦者』ニーニャ・ドラゴンタベターVS『氷の貴公子』ジュール・アイスバーグ――両者、位置について」


 開戦の合図を。


闘技開始ファイッッ!」


 同時に騒々しい鐘の音が響き――二人の賭け試合が始まった。


「悪いけど、さっさと決めさせて貰うよっ」


 先に飛び出したのはニナの方だ。

 素早くジュールに向かって駆けていくと、大きく跳躍してナイフを両手で持つ。


「あ、あれは」


 サカナが気づく。

 それはザッツに対して仕掛けたものとまったく一緒。


「『狡知』の勇者ヘルメスよ――御身の名の元に、秘された真実を曝け出せ」


 ヘルメスの解呪式。

 物に掛けられた魔術的効果を打ち消す術式。

 それによって、ニナのナイフに掛けられた重量減少――すなわち物を小さくする魔術式が解かれていく。


「喰らえっ」


 握られたナイフはみるみるうちに大剣の姿を取り戻し、そのままジュールに突っ込んだ。


「きゃあっ」


 リング上に衝撃が走り、粉塵が舞い上がった。

 その光景を観戦していた者たちから、感心するような声があがった。


「やっぱりニナちゃんすごいっ、勝っちゃったかも」


 ニナの優勢を疑わないサカナは、顔を綻ばせてザッツを見た。

 しかし、彼は訝しげな表情をしている。


「なんか、おかしいな」

「おかしいって、なにが?」

「いや――ニナってあんなに"遅かった"っけ」


 言われてみれば、とサカナは思う。

 ニナとザッツがり合った時は、もう少しスピードがあったような。


 砂煙が晴れていくと、


「な、なんでっ」


 ニナは驚きの声をあげる。

 ジュールは右腕を盾のようにして、ニナの大剣の一撃を食い止めていた。

 粉塵は風圧に耐えられなかった地面が巻き上げたものらしい。


「全体重と武器の重量を乗せた一撃が、どうして通用していないのか――」


 ジュールは不敵な笑みを浮かべて、


「そういった表情をしていますね」


 攻撃を受けた腕を横薙ぎにして、ニナを大剣ごと振り払った。

 ニナは得物を離さず、くるりと一回転して着地する。


「時間凍結の魔術式だ」


 リング上から流れてきた微量の氷の魔力片に触れて、ザッツはそう判じた。


「えっそうなの」


 サカナが驚きの声をあげる。


「酒場を営んでるなら、もちろん知ってるよな」

「うん、『氷心』の勇者メンテーが確立した固有術式ブランド――『メンテーの氷室』でしょ」

「本来の使い方では食料の貯蔵に使われていた術式だ。それをアイテム化することで誰でも使えるようにしたのが『冷蔵庫』になるわけだが」


 ザッツはジュールの右腕を見つめる。


「やっこさん、自分の腕に魔術それを掛けて、防御に利用しやがった」

「ど、どういうこと?」

「いいか、時間凍結させた物体ってのは、『外部からの干渉を受けない』ってことだ」

「うん」

「ということは、解呪等の魔術的干渉を受けない限り、物理的な影響を受けない――だから、さっきの大剣の一撃は効かなかったんだ」


 不意打ちに近いニナの一撃を、苦もなく止めたのはそういう仕掛けだ。



「氷の魔術式にはこのような使い方もあるのです――大技を出すときは考えたほうがよろしいかと」


 時間凍結を解除したらしく、ジュールの右腕から雪の結晶が散った。


「余裕ぶってるのも、今のうちだよっ」


 ニナは果敢にも攻めていく。

 大剣を滅茶苦茶に振り回してジュールを後退させていくが、全ての斬撃を紙一重でかわされてしまう。


「あ、あれ、おかしいなっ」


 その様子をザッツは腕を組んで見据える。


「やっぱり遅いんだ」

「遅いって?」

「剣の振りも、体の動きも」


 全てが遅い。

 ザッツには、ニナの意識に彼女の体が付いていってない様に見えた。


「ち、調子が悪いのかな」

「もしかしたら」


 考えられるとすれば、体の勝手が違うこと。


「オレちゃんがそうさせちまった、からか」

「それって」

「ああ、『目を治しちまった』ことと、『成長させちまった』せいだ」


 先日の地下水道の一件後。ニナは両目で世界を認識できるようになり、ダンジョンコア破壊による治療の副作用によって、急激に体が成長してしまった。

 それは以前の彼女と、まったく戦い方が変わってしまうことを示していた。空間の捉え方が複合的になり、体躯の違いから肉体の動かし方も変化する。そんな状態でまともに戦えるわけがなかった。


「何が大丈夫だよ、ベストコンディションとは言い難いじゃねーか」


 はっきりと焦りの声色でそう言った。


降参ギブアップして頂けないでしょうか」


 一撃も貰っていない仮面の貴公子は、ニナに対して降参を提案する。


「そろそろ、自分のお立場が分かっていらっしゃると思います。私と貴女では絶対的な力の差があるということを」

「ボ、ボクはまだやれるさっ」


 ニナはステップして後方に距離を取ると、大剣に風属性の魔力を送り始める。


「成る程、それが貴女の勝算――というわけですか」

「そうだっ、六芒星輪の優位性がこっちにはあるんだからっ」


 それを聞いたサカナは首を傾げる。


「六芒星輪の優位性って、なんだろ」

「……」

「ザッツ?」

「あの馬鹿、それだけの理由でアイツを対戦相手に挑んだのか!」

「え、え」

「六芒星輪っていうのは、まず分かるよな?」


 初歩的な魔力に関する問いをザッツは投げた。


「六芒星輪って光と闇を抜いた、六属性の魔力のことでしょ」

「順番は分かるか?」

「それは、……ちょっとよく分かんない」

「魔術を学んでなきゃ、フツーはそういうこと気にしねーからな」


 ザッツは荷物から白紙を取り出すと、羽ペンにインクを染みこませる。


「正三角形と、上下逆にした正三角形を重ねて、最後に丸で囲む」


 ✡と○を重ねた図形が出来上がる。


「上の頂点が『氷』だ、それで時計回りに『地』『雷』『水』『火』そして『風』と続く」


 各エレメントを三角形の頂点に記していく。


挿絵(By みてみん)


「『氷』は大地の生命を奪い、『地』は稲妻を全て受け流し、『雷』は雨水を支配する。『水』は火焔を鎮め、『火』は風気を燃やし、『風』は凍結した時を動かした」


 ザッツは、書きこんだ属性を指でなぞりながら言った。


「このフレーズは魔術式の基礎を覚えるときに使われる。どんな分野でも不変の摂理ゆえに、大陸最大の宗教『ラウグ教』でも創世神話で語られているし、王都アースアルムの方だと自然哲学で扱われている――ま、オレちゃんはこの属性循環をわかりやすく説明するためだけに作られたと考えてるな」

「うん」


 補足するなら、とザッツは続ける。


「『地』『水』『風』は命を育むから『光』寄り、逆に『氷』『雷』『火』は死を齎すから『闇』寄りだ。これはうまい具合に三角形に対応してるから『光の三角』と『闇の三角』だの言われてる」

「うん」

「……ちゃんと理解してんだろーな」

「うん」

「近すぎてまたお前の胸が当たってるぞ」


 サカナは顔を赤くして、飛び退くように離れた。


「きちんと聞いてるならいいや――ま、話を戻すとだな」

「分かってる、属性的にみれば『風』は『氷』に強いわけだねっ」


 そういうことになる。

 ニナは風属性の魔術式に秀でており、それを利用した『法技アーツ』もある。


「人は生まれながらにして、出力される魔力の属性が決まってるからな――そう簡単にこれは変えられない」


 対するジュール・アイスエッジ。

 彼はどう見ても、氷属性の魔術式の使い手だ。


「だからニナは、やっこさんを相手に選んだんだろ。…『アイスエッジ』というファイトネームだけで優位性を判断してな」


 ザッツはひとつ大きなため息をついた。


「が、どれだけ属性で主導権イニチアシブを握ったところで」


 絶対値の大きさによっては、その差は埋まらないだろ――と呟くように言った。



「『涼風』の勇者ゼピュロスよ――御身の名の元に、荒れ狂う嵐を以て彼の敵を穿て」


 ニナは『法技アーツ』の発動に入った。

 大剣――竜の肉切り包丁(ドラゴンブッチャー)を軸にして、風が渦巻くように吹いている。

 間違いなく地下水道で見せた必殺技、ドラゴンズ・ブレスに違いない。


「さすがにその技を受けたら、ひとたまりもありませんね」


 しかし、


「当てられれば、の話ですが」

「なっ」


 ジュールは仁王立ちになって、構えも取ろうとしない。


「なにやってんだアイツはっ、あんなモン受けたらただじゃ済まねーぞ!」

「確信が、あるのかも」


 サカナが震える声で言った。


「当たらないっていう、確信がなきゃ、できないよ」


 少女の言う通りだ。

 時間凍結術式『メンテーの氷室』も万能ではない。

 魔力的干渉を受ければ止まった時は動く――特に風属性の『法技アーツ』であるドラゴンズ・ブレスが直撃すれば、強制的に解呪させられてしまうだろう。


「そんなこと言って、ボクを反則負けにさせる気だなっ」

「私は死ぬのも、傷を負うのも嫌ですよ? ……撃ってみれば分かりますよ、その技が如何に不完全であるかが、ね」

「後悔しても遅いからねっ」


 竜巻の規模は、最高潮へと登り詰める。

 魔力を込められる臨界点に達したそれを、あとは振り下ろすだけ。


「疾風怒濤のっ!」


 ニナは両手に力をこめて、大剣を――


「大剣技っ!」


 ――振り下ろした。


「ドラゴンズ・ブレ――」


 そして、全てを破砕する凶暴凶悪な竜の突風が放たれた。


「え」


 はずだった。

 ドラゴンズ・ブレスはジュールを飲み込むことなく――あらぬ方向へ。


「危ねえっ」


 ザッツが叫んだ。

 

 飛んでいく。

 狙いの外れたニナの大技は、観客席に向かって飛んでいく。

 その先には――和風の装束を着た、初老の男性が座っていた。


「ほほう、久々に斬りがいのある流れ弾でござる」


 彼は立ち上がると、腰に携えた刀に手をかける。

 そこで信じられないことが起きた。


「ふんっ!」


 彼は、抜剣することもなく。

 居合抜きのフォームのままで。


「御免」


 ドラゴンズ・ブレスを真っ二つに切り裂いていた。

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