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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
第三章 運命集うは千尋の闘技場
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 日は昇っていない、朝というにはまだ早い時間帯。

 宿を後にし、表通りに出た三人はさっそく移動を開始する。

 吐く息は白く、街中には霧が出ていた。


「さ、寒いよおにーさん。…どうしてこんな時間に出発するのさ」

「抜け出すには早朝がいいって言ったの、お前じゃねーかっ」

「しかもボクを起こしてくれなかったしさっ、置いてくつもりだったんでしょ?」

「呼びかけても起きなかったんだよ、寝ぼすけめ」


 その言葉に、ニナはきょとんとしている。


「サカナちゃん、おにーさんってボクを起こそうとしてくれた?」

「わたしも手伝ったよ。…ニナちゃん、体を揺らしてもぜんぜん起きないんだもの」


 先ほど分かったことなのだが――ニナは朝に弱いのである。

 体を揺らしても、耳元で大きな音を立てても起きない。

 なので先に街を出ようと判断し、宿を抜け出たわけなのだが、


「まさか、あんなすぐに起きてくるとは思わなかった」


 出てすぐの道。

 その上空から、文字通りニナはザッツに向かって落ちてきたのである。

 そして、反射的に受け止めてしまったことを、彼は後悔している。


「ニナちゃん、窓は出入り口じゃないんだよっ」


 サカナは腰に手を当てて、ちょっと不機嫌そうに言った。

 しかし、ニナは全く取り合わない。


「起こしてくれなかったのはいいけどさっ、置いてくのは許せないよおにーさん。…一回死なないと分かってくれないのかな?」

「だから殺意でコミュニケーション取るのはやめてくれっ、それにきちんと机の上に置き手紙を残しておいたはずだぞ」

「それってこれ?」


 丸められた羊皮紙を取り出すと、それをニナは掲げた。


「まだ読んでないけど」

「読めよっ、『先に東の街門から出て、ゆっくり道なりに歩いてる』って書いておいたのによ」


 この黒髪の暗殺者は、街に置いてきた方が良かったのでは――とザッツとサカナは同じようなことを考えていた。


「それにしても、寒いよおにーさん」

「見てるこっちも寒くなるわ。…どうしてそんな服を買っちまったんだ」


 昨晩までニナが着ていた厚着、ナイフをいくつも仕込んでいた暗殺者用の装束から打って変わって――逆に体のラインがはっきりする、露出度の高い衣装をニナは着こなしていた。へそが出てしまうほどに丈の短い白いシャツに、ショートパンツといった出で立ちで、両太ももには『暗殺』用のナイフを仕舞うためのホルスターを備えていた。そこには複数のナイフが収められていたが、一本だけ形が異なり――地下水道で見たときの『戦闘』で扱う大剣を、魔術式で小さくしているものと判じることができる。


「もちろん、おにーさんを悩殺するためだよっ」

「くっついて暖を取ろうとすんじゃねえっ、それと真面目に話せっ」

「んー、真面目というなら――強いて言えば以前のボクとのケイベツ?」

「ケツベツだろ」

「じゃあそれで。…ま、こうしてザッツと出会ってさ、ボクは復讐にずっと人生を費やして、暗殺者として流れるままに生きてきたけど、それで学ぶことができなかった事も多いから――ううん、学んだつもりになってたことを、正しいのかどうか確かめたいと思った。だからこれは、暗殺者だったボクとの決別のために選んだお洋服」


 復讐は辞めるつもりはないけれど――とニナは続けて。


「ザッツと一緒に居れば、イーギルが本当にボクの復讐に値する人物かどうか、見極めてくれると思うしねっ」


 ニナは覚えたいのだろう。

 殺すという方法以外での、他人とのアプローチの仕方を。


「しばらく会ってないとはいえ、身内きょうだいをいきなり殺しにかかられるのはオレちゃんだって困るからな。…飽きるまでついてくりゃいいだろ、子守りをする気はねーけどな」

「うんうん、ニナちゃん一人だといろいろ心配だし、わたしも賛成だよ」


 ニナはきまぐれで危険な存在である前に、まだまだ分別のつかない子供だ。

 学ぼうとする意思がある限りは、人として成長してくれる。

 なら、切り捨てないで長い目で見ようとザッツは思った。


「でもよ、もちろん仮にだが、オレちゃんが『イーギルは悪くない』って判断した場合は、どうするつもりなんだよ」

「それは――その時になってみないと、わからないかな」


 いい加減な回答だ。

 しかし、復讐なんてそういうものか、と誰かを激しく恨んだ経験のないザッツは慮った。


「というわけで、人のファッションをあまり気にしないでねっ、おにーさん」

「着てる服で覚悟を示すって理由なら、こっちに前例がいるから分からなくもねーがな」


 ザッツは顎でサカナを示した。

 白と黒の給仕服の少女は、恥ずかしそうに下を向いてしまう。


「そういえばサカナちゃんも凄い格好してるよねっ、やっぱりおにーさんを落とそうと思って必死なのかな?」

「ち、ちがっ、そういう意味じゃないから」


 しどろもどろになりながらサカナは、これまでの経緯いきさつや服にこめられた覚悟などを伝えた。


「えっ、サカナちゃんって酒場の主人だったの」

「そうだよ」

「そっかあ、てっきりボクは娼館で買われた女の子だと思ってたよ?」

「な、な、な」


 サカナは怒りよりも、羞恥心から顔を赤らめる。


「でも、そんな反応するんだもの。酒場女亭主って、経験豊富なイメージがあるけれど、サカナちゃんってまだ男の人を知らなそうだねっ」


 どこまでも失礼な言葉を、ニナは矢継ぎ早に紡いでいる。

 暗殺者として社会の暗部に生きてきたからか、話題の選び方もひどいものだ。


「そ、そんなこと言ったって、ニナちゃんだって一緒でしょ」

「うん、だからおにーさんにこれから教えてもらうんだっ」

「だめっ」

「なんでえ、せっかく大人になっちゃったし、今できることを率先してやってかないとね――って、おにーさんどこいくのっ」


 話の収集がつかなくなったので、ザッツは足早に東の街門へ歩き出していた。

 それに置いていかれないように二人は続く。


 そこでふと、ニナは振り返る。

 山の稜線を越えて、東から太陽が昇り始めていた。


「……すごいや」


 "今まで見たこともない"、太陽の輝きに。

 彼女は顔を綻ばせていた。




 ★ TIPS ★

竜の肉切り包丁(ドラゴンブッチャー)」――アイテム/武器/ランクC


 ニナの愛用している戦闘用大剣。もともとはドラゴンの肉を解体するために用いる包丁。彼女は魔術式で小型化してナイフの一本として持ち歩いている。ドラゴンズ・ブレスという風属性の奥義を持つが、ブレスという名の由来は竜の『咆哮』や『炎』ではなく、『断末魔』とのこと(本人談)




 だんだんと空は青さを取り戻す。

 確認できる限りでは、ザッツたちが東門を出てから先、広大な森と平原を立派な街道が貫いている。そしてその先にはツァウトと比べ物にならないほどの城下町が米粒のように見えている。きっとあそこが首都なのだろう。

 首都リーヴァルトまではそれほど遠くはないが、先日の姫様たち――ザッツは彼らが苦手だ――とばったり出くわす可能性を考えると、経由せずに国境付近の北の街に行くことも可能だった。

 しかし。


「んでよ、金がもうねーわけだよ」


 思い返すはこれまでの出費の数々。

 特にツァウトの街での散財はひどく、これでは首都の割高な宿屋に泊まることはできないだろう。唯一手持ちで売れそうなのが、リーヴァルト領を自由に行き来できるフリーパスと、キングコボルトの血液からサカナが結晶化させた鉱物だが――前者は人の善意を踏みにじることになるし、後者は鑑定次第で価値のない石ころになる可能性も孕んでいる。


「夕方には首都リーヴァルトに到着するとして――安い食堂で食事を取るなら数回、宿に限っては一晩も取れないと思う、オレちゃんの手持ちではな」

「どうしてこんなことになっちゃったんだろうね?」

「ほんとだよっ」

「お前らのせいだろうが! 無駄に食べ物は注文するわ、無駄に着飾ろうとするわ」

「無駄じゃないよっ、ちゃんと料理の勉強になったよ」

「無駄じゃないって、こうしておにーさんの目を楽しませてるでしょ」


 二人はほぼ同時に反論した。

 しかしザッツはそれに取り合わず、


「金出せ」


 の一言で二人を黙らせた。


「「えっ」」

「次の街では金を出せって言ってんだよっ、オレちゃんヒモになってやるぜ!」


 サカナとニナは顔を見合わせる。そして文句を言い始める。


「この甲斐性なしっ」

「そんなんでボクたちを養えると思ってるのっ」

「うるせーぞお荷物どもっ、さっさとどれだけ出せるのか確認しろ」


 野宿は嫌だから、としぶしぶサカナは自らの財布の中身を確かめる。

 銀貨が三枚と銅貨が五枚だけ確認できた。

 質の良い宿屋でひと部屋借り、三日は泊まれるだけの価値である。


「あ、あの、サカナさん? 金貨はどこに行ってしまいました?」


 ザッツは唖然とした表情になって、驚きのあまり敬語で話している。

 サカナはなんだかんだ酒場を営んでいた商売人だ。少しは蓄えがあるとザッツは思っていたし、全財産を持ってきたと聞いていた。


「え、えっとね、シレット様に黄金のブレスレット貰ったでしょ。…あれ、実はただじゃなかったの」

「おいぃ、あの姫さん金取ったのかよっ」

「やっぱり純金製で、魔法装飾の中でも組み込む魔術式が複雑らしくて……、でもっ、シレット様が言うには、ザッツが養ってくれるから大丈夫だって!」

「よし、さっさと売るか」

「だめっ」


 純金なら、金貨換算ならば結構な額になるし――困ったときは売り飛ばしてしまおうとザッツは考える。

 次に、ニナに顔を向ける。


「ニナ、お前だけが頼りなんだっ」

「ほんとにっ、ボクを女として見てくれるの?」

「おう考えてやるよ。だが付いてくるなら――それなりのお金をな?」

「ないよ」

「は?」


 無いわけがない。

 暗殺者という、リスクの高い仕事をこなしているのに――それに見合った報酬が支払われないわけがない。ザッツはそんな先入観を抱いている。


「まさか、お金になるお仕事だと思ってた?」

「オレちゃんの仕事だって暗殺者みてーなもんだけどよ、そういう危ない橋を渡るようなのに限っていっぱい対価をもらえるだろ?」

「暗殺者は正義のお仕事なんだよっ、お金のためにやってるわけないじゃん」

「それ、騙されてるんじゃないか?」


 一応は裏社会に通じている者として、ザッツは心配になってきた。

 もうギルドの仕事はやらないというから、要らぬ心配というものだが。


「暗殺者ギルドではねっ、加入してるとこういうライセンスをもらえてね」


 ニナは両手の親指と人差し指で枠のようなものを作る。


「それを使って各地のギルドで申請するとね、進行中のお仕事に応じて旅費とか宿代とか出してくれるんだよ。傷を負えばそれだけで医者にも通えるしさ」


 ニナが言うには、仕事によって莫大な財を成すことはないが、福利厚生はしっかりしているのが加入していた暗殺者ギルドでの仕事らしい。


「じ、じゃあ、それを使わせてもらうだけでも」

「捨てたけど」

「……」

「だってもう使わないもん。必要な技術は全て学んだし、もうお仕事は必要ないよ」


 ザッツが本気で憐れみの目で見てきたので、ニナは取り繕おうとする。


「い、いまあれを使ったら、暗殺者ギルドに目をつけられちゃうよっ、そっちのほうが危険だってば」

「それもそうか」


 ニナの正論がまた、ザッツを落ち込ませる結果になった。

 そこで黒髪の元・暗殺者は、自分にできることを考え始める――あれだけふざけていても、彼女なりにザッツの力になりたいようだ。


「あっそうだっ」


 そこで閃いた。


「いいこと思いついたっ、これならきっとザッツのヒモになれるよっ」

「……なんかアテはあるのかよ?」

「もちろんっ」


 ニナは次の目的地――首都リーヴァルトの方向へ指さして、


「あそこの地下闘技場でやってる、賭け試合でボクが勝てばいいんだっ」


 にっこりと目を細めて、そう言った。

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