20
ザッツの放った波状槌の一撃は、ダンジョンコアを正確に打ち抜いた。
けたたましい衝撃音が響き、八面体の表面にヒビが走り始めている。
一瞬遅れて衝撃からなる凄まじい風が――縦横無尽に部屋の中を駆け巡る。
「きゃあっ」
サカナは風圧に負けないよう前のめりになって耐えている。
コアに刻まれた割れ目からは、表面から放たれていた淡い光とは比べ物にならないほどの明かりが漏れ出している。
それは目を閉じているサカナにも分かるほどに。
「え――」
一瞬の静寂。
その中に聞こえる声。
目の前の光から――誰かが叫んでいるような、何かを訴えかけているような。
そんな奇妙な感覚を、サカナは覚えている。
「な、何を言ってるの――」
それを感じ取る間もなく、
パアン、と小気味の良い音が鳴ったと思えば、
「あ……」
ダンジョンコアは砕け散っていた。
まばゆい光が溢れて、部屋を白一色に染め上げていき――やがてそれが収まると、サカナは閉じていた目をゆっくりと開けた。
「どうした?」
「い、いや、誰かの声が聞こえた気が、したんだけど」
「? 近くには誰もいねえよな。…というか勝手にコアを破壊してっから、見られると非常にオレちゃんマズイんだが――さて、それよりも本番だ」
ダンジョンコアが破壊された場所に、白い光を放つ球体が浮いていた。
想像よりも小さいことにサカナは驚くが、それが凝縮された生命力の塊なであることは一目で理解できた。
「今からこれを、ニナの体に流し込む」
ザッツが手を近づけると、肌には触れないがそれを持つことができている。
そして、ニナに向かって作り出した空気の流れに乗せると――ゆっくりと倒れている少女に向かっていく。
「そうすれば、ニナちゃんの傷は治るんだねっ」
「治ることは治るが」
光の玉はニナの上半身にたどり着くと、じんわりと浸透するように胸の中に沈んでいき、
「耐えられるかは別だ」
ドクンッ、とニナの心臓の音が聞こえてきそうなほどに、
彼女の体が大きく震えた。
「かはっ」
衝撃で意識を取り戻したニナは、体に溢れる生命力の活動で、
「あああああッ! 熱いよおおおおおッ!!」
全身を焼かれるような感覚を覚え、絶叫している。
「ニ、ニナちゃん」
がくがくと痙攣しているニナの手足の傷が――みるみるうちに塞がっていく。
青あざがすっかり消えていき、骨折部もいつの間にか元通りになっていた。
しかし、
「た、たすけ、いやあああああああッ!」
体中の細胞が、コアの持つ膨大なテラを受け付けない。
ニナは激しい痛みにのたうち回り、体を掻きむしっているが――傷つけたその場所もすぐに元通りになってしまう。
「こ、殺し、誰か殺してッ――うわああああああッ!!」
燃えるような熱さと、激しい痛みに耐え切れず、ニナは殺して欲しいと懇願する。
それを深刻そうな表情で、ザッツは様子を眺めている。
「やはり、駄目なのか……」
「そ、そんな」
サカナは泣きそうな顔を浮かべていた。
「ダンジョンコアのテラを取り込んだやつは、化け物みたいになっちまうやつもいるらしい。…そうなっちまったら、気の毒だが」
殺さなきゃいけなくなるかもしれない。
そうならないよう祈りながら、ザッツは波状槌を強く握り直した。
ニナの体から、不気味な音が絶えず鳴り響いている。
細胞ひとつひとつが燃えているのか、白い煙があがっている。
「ああああああッ!」
後ろで一本に束ねていた黒髪の結いがほつれ、際限なく髪が伸びていく。
一拍ごとに手足が長くなり、身長そのものが変わっていっている。
幼さが残っていた顔は、徐々に凛とした大人の女性に近づきつつある。
「ニ、ニナちゃん」
「これは…」
成長している――とザッツは呟いた。
しばらく続いた変化が終わると、ニナの絶叫が収まると同時に、彼女は糸が切れた人形のようにその場に倒れて動かなくなった。
「はぁ…、はぁ……」
体中から汗を吹き出し、大量のテラがもたらす苦痛に耐えた暗殺者の少女は――大人の女性へと変貌を遂げていた。
「なに、これ…、おにーさん、何したの?」
「……お前を助けるために、ダンジョンコアを破壊した。そしてコアに蓄えてあった膨大なテラを注ぎ込んだわけだ」
それをするとどうなるか、ニナは知らない。
しかし、自分が助けられたということは、なんとなく理解できた。
「おにーさんが、助けてくれたんだ……、さんざん、おにーさんのこと殺そうとしてたのに、…さ」
「関わっちゃいけねータイプだと今でも思ってるよ。…でもな、オレちゃんは救いようのないほどのお人好しなわけ。だから助けた」
「……あり、がとう」
そう言って、ニナの顔は綻んだ。
「ったく、報酬のないダンジョン殺しなんてリスクがでかすぎるぜ」
「だけど……わたし、ちょっとだけザッツのこと、見直したかも」
「そうだよ、もっとオレちゃんは尊敬されるべきなんだぜ」
そこまで調子づいたところで、ザッツは何かに気づいた。
「ちょっと待て――あっちの方から声が聞こえる。…やっべ、冒険者たちが調査にやってきたなっ! あれだけ派手に崩しやがったからしょうがねえが」
ザッツはすぐに道具袋から脱出アイテムを各々に配る。
「オラッ、逃げっぞ! オレちゃんがコア破壊したの誰にも言うなよな!」
「あっ、待ってよ」
ザッツは『テセウスの蜘蛛糸』を使って、天井にポータルを形成して地下水道を離脱していく。サカナもそれに続いて脱出していった。
「……おにーさん、ボク決めたよ」
最後に一人残ったニナが蜘蛛糸を使い、コアのあった部屋には――もう誰も居なくなっていた。
★ TIPS ★
「ダンジョンコア」
ダンジョンの奥にひとつ、必ず存在するオブジェクト。
地面に深く沈降し続け、地上からテラを取り入れて迷宮を複雑化する。
ダンジョン内に住み着いた生き物を支配下に置くことができ、もっとも強力なモンスターはボスとしてコアに記憶され、何度でも復活して冒険者の相手を務めることになる。壊すと膨大なテラが溢れる他、ダンジョン属性によってその色は異なる。
「とゆーわけでおにーさん、ボクのお洋服買ってっ」
ここはツァウトの街に構える、とある宿屋の一室内である。
コアを破壊した不届き者がいるという情報はすでに街中に広まっており、街の外に出ようとする者は徹底的に洗われているという状況らしいので、仕方なくニナが宿泊している部屋に訪れたのだ。
「宿代が浮いて助かった――と思った矢先にそれかよっ」
「だって、なんでも買ってくれるって言ったでしょ」
確かに今の成長した暗殺者の少女――否、
暗殺者の女性ニナの成長した体には、先ほど着ていた装束はきつそうだった。
「このままだと隠してあるナイフとかも違和感あってやなんだよお。…ボクを女の体にした責任とってよっ」
「誤解を招きそうなことを言うのはやめろっ、買ってやるからくっつくんじゃねーよ! ……おいっ、サカナてめえなんでむすっとしてやがる!」
サカナはどこか不機嫌そうな顔をしながらぷいっと横を向いてしまった。
「んふふ、焼きもちだよきっと。…こんな美女と楽しそうにしているザッツの姿なんて、見たくないもんねっ」
「だからっ、わたしはザッツとなんでも無いってばっ」
「ふーん」
さらさらとした豊かな髪をかきあげて、ニナはザッツの手を自分の方に引いている。
「本当に貰ってもいいの?」
「いいのっ、好きにしてよ」
「……オレちゃんの方が物扱いされてねえか」
どこまで本気なのか分からないが、ニナにされるがままでいるザッツは――そんなことよりと財布の中身を確認する。まだまだ余裕だと思っていたが、服代を差し引けばこれがかなり寂しいことになる。それを思うとため息を吐きそうになった。
「ボクね、暗殺者を辞めてザッツの旅についていこうと思うんだ。この姿なら同業からは絶対バレないしねっ」
「うんうん好きにしろよ――って、冗談じゃねーよっ、なんでお前のお守りをしなきゃいけないんだよっ」
「そうやって、子供扱いするんだからあ」
「子供どころか爆弾だってのっ、ダンジョンで分かったけどお前ほんとこえーよっ」
「うんうん、ダイナマイトボディだよねっ? 自分でも惚れちゃいそうなくらいスタイルよくってさ――胸はサカナちゃんのほうがすごいケド――ザッツがよかったらいつでも堪能していいからねっ」
そう言って、ニナは体を寄せてくる。
ぞっとしたザッツは距離を取ろうとする――その前に。
「だめっ!」
と、サカナが突然割って入ってくる。
「何が駄目なの、サカナちゃんっ」
「だめなのっ」
「だから、何が駄目なのか言ってくれなくっちゃあ」
「だめったら、だめなんだから! 男のひとと女のひとがそんな寄っちゃだめっ」
「男女が相部屋の時点でいろいろ駄目だと思うんだけど、そこまで言うんじゃ仕方ないね……、じゃあボクはお洋服を買いに行って来るからさっ」
ザッツはそこで気づく。
財布の中身がいつの間にか抜き取られていることに。
「て、てめえっ、さっきのタイミングで盗りやがったな!」
「買ったらすぐ帰るから、なにかするなら今のうちだからね? …じゃあ二人とも素敵な夜をっ、じゃあね~っ」
そう言って暗殺者の女性は、音もなく窓を開けてそこから出て行った。
「ここ二階だよな?」
窓から外を眺めれば、ツァウトの街を一望できる。
宿から出てすぐの道路は目抜き通りとなっていて、ぴかぴかと街路灯が光っていて道ゆく人々の様子も分かる。…だが、その中にニナの姿はなかった。
「きれい、だね」
ザッツのとなりにサカナが立つと、同じように景色を眺める。
「そうだな、鮮やかな手口だ」
「そっちじゃないよ、この景色のほうっ。…こんなに活気があるとは思わなかった。ライツ村にいたら絶対にみることができなかったと思う」
「王都はもっと華やかだぜ、目が眩むくらいにな」
「ふふっ、これ以上まぶしかったら、月明かりなんて必要ないね」
夜空を仰ぐ。
煌びやかな街に負けず、三日月が自らの明るさを自己主張していた。
「あっそうだ」
すっかり忘れていた。
ザッツは荷物袋から、魔法道具屋で買った補助道具――三日月の形をしたヘアピンを、夜空を見ながらぶっきらぼうにサカナへ手渡した。
「給料三ヶ月分だからな」
「そ、そんなにしたのっ――大切にするねっ」
「冗談だよ、それぐらいのユーモア身につけろっての」
「もうっ」
サカナは顔を赤くしながら、ヘアピンを己の真白な髪に差し込んだ。
「ど、どうかな」
「ん」
ザッツは横目でちらっと見ながら、
「へっ、少しは田舎娘くささが抜けて良かったなっ」
といつもの調子で言ってやった。
「……」
それを聞いたサカナは、いつものようにムキになることもなく、
「ん、ありがとっ」
と礼を述べた。
…。
……。
………。
それから何も起こることなく、各々は自分のベッドに入って休息を取るのだが、
「ちぇっ、つまんないの」
ずっと部屋の様子を眺めていた暗殺者の女性はつまんなそうにすると、ふたたび夜の街に繰り出していった。




