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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
第二章 その少女は殺ししか知らない
20/90

19

「ち、ちょっと待って」


 サカナが会話に割って入ってくる。


「わたしのことを思ってくれるのは嬉しいけど、ザッツについていくって決めたのはわたしの方だし――ニナちゃん、落ち着いてっ」

「もちろん、落ち着いてるよ? 殺すっていうのは言い過ぎたかもしれないけど――王都を目指してるだけなら、エスコート役はおにーさんじゃなくても務まるよね?」

「それは――」

「大丈夫だよっ、ボクが責任持って連れて行ってあげるから」


 サカナの手を取って、ニナは連れて行こうとする。

 そこにザッツは待ったをかける。


その荷物(サカナ)はオレちゃんの戦利品だぜ、勝手に連れていくんじゃねえよ!」


 じろり、とニナは険しい目つきをザッツに向けた。


「サカナちゃんは道具じゃないんだよ。…奴隷みたいな扱いしないでよ」

「不当な扱いをした覚えはないんだがな」

「無自覚な悪だってことだよ。だからボクは――サカナちゃんを助けるために、おにーさんを討たなきゃいけないんだっ」


 ニナは大剣を握り直すと、ふたたび敵愾心てきがいしんを抱いている。


「これだから、背伸びしたがる子供は嫌いなんだ。…そうやって、人を簡単に殺そうとするのは、お前さんの中で無自覚な悪に分類されないのか?」

「一人の悪を殺して、救われる人がいるのなら――それは人を殺すに足る十分な理由になると思うよ」

「その悪は、誰かに判断できるものなのかって訊いてんだよっ」

「ボクはできるよ。だってボクはこの道七年のプロなんだから――さ」

「は、話にならねえ――げほっ」


 ザッツは先ほどのダメージで、既に戦えるような状態ではなかった。

 赤黒い血を吐いて、手の甲で口元を拭う。


「『涼風』の勇者ゼピュロスよ――御身の名の元に、荒れ狂う嵐を以て彼の敵を穿て」


 だというのに、ニナに容赦など微塵もなかった。

 堅牢な地下水道の壁を容易く削り、抉りとった先程の『法技アーツ』――名をドラゴンズ・ブレスと言ったか――ためらいもなくそれを放とうというのか。


「さようならおにーさん。…サカナちゃんの面倒はちゃんと見るから、安心して逝ってね?」

「くそっ」


 やるしかないのか、とザッツは思う。

 幸いなことに、この場所はダンジョンだったから――"この状況を切り抜ける方法ビジョンは、視えていた"。


 スライムという種族は、とても燃えやすいという特性を備えている。それをザッツは知っている。

 そう、全身にスライムの破片を浴びているニナに対し、大剣が振るわれるよりも先にヘパイストスの種火――それは空気に触れるだけで着火してしまう――を投げ込んでやれば、一瞬で火だるまになってのたうち回るはずだ。

 そしてそれは、ニナに深刻なダメージを与えることになるだろう。


(許せよ、悪いのはお前だからな)


 誰かを傷つける、誰かを殺すというのは――自分も傷つき、死ぬ覚悟がある者だけがやっていい行為だから。一方的に人を殺め続けた暗殺者は、それを分かっているのだろうか。


「死んじゃえ――ドラゴ…」


 大剣が振り下ろされようとしていた。

 ザッツは道具袋から、瞬時にヘパイストスの種火を取り出す。


 そして、

 ニナにとって予想外の――ザッツにとっても予想外なことが起きた。


「ば、ばか」

「な、なん――」


 立っていた。

 サカナが目の前に立っていた。


「――で」

 

 二人の間に割って入ったサカナは、両手を広げてニナの前に立っていた。

 ザッツを守るかのように――その小さな体じゃ、守れるわけないのに。


 このままでは、彼女を巻き込んでしまう。

 だが、


「う、」


 術式の発動を、途中で辞めることはできない。

 大剣の切っ先は上方に向けられたまま、吹き荒れる暴風は天井に突き刺さると――みるみるうちに天井は削られ、抉り取られていき、

 そして、


「うわああああッ」


 がらがらがらがら、と凄まじい音がした。

 崩れた天井が瓦礫となって、サカナたちの目の前に降り注いでいる。

 ザッツは息を飲んだ。


「ニ、ナ、ちゃ……」


 やがて瓦礫の雨が降りやむと、サカナは膝から崩れ落ちた。

 顔面蒼白のまま、目の前の残骸の山を見つめている。

 降り注いだ瓦礫は――ニナの体を、すっかり見えなくしてしまっていた。


「やべえっ、さっさと掘り出すぞ」


 呆気に取られている暇などなかった。

 あれだけの瓦礫にニナは押し潰されてしまったのだ。下手をすれば命に関わる。

 二人は素手で瓦礫をどかしては、ニナの姿を探している。


「くそっ、威力が高い分、瓦礫の数が多すぎる」


 地下水道そのものが崩れなかっただけ、不幸中の幸いだった。


「ニナちゃん、ニナちゃん、ニナちゃん……!」


 サカナは泣きそうな顔で、瓦礫の除去作業を続けている。

 わたしのせいだ――と少女は思った。

 あそこで飛び込んだから、ニナは自滅するはめになったのだと。


 しかし、

 ザッツにも死んで欲しくはなかった。

 ニナの言うとおり――口は悪いし、性格は最低だと分かっているが、

 だけど、ただ悪いだけではないのだと、サカナは感じている。


 そんな複雑な感情を抱きながら、積み重なった残骸をどかしていく。


「見えたぞ」


 ザッツが声をあげる。

 血のついた瓦礫をどかしながら、ニナの姿を確認する。

 夥しい量の血液が、地面を真っ赤に染め上げていた。


「ニナ、ちゃん……」


 ニナの変わり果てた姿を見て、サカナは涙を零している。

 ところどころから出血し、肌の見える場所は大部分が青黒く変色している。骨が折れているのか、右腕がありえない方向に曲がっていた。

 呼吸も弱い。


「や…、おにーさん……」


 ニナは死期を悟ったのか、どこか穏やかな顔を浮かべて――蚊の鳴くような声で、震える口を開いた。


「殺そうとしたボクを……、どうして、助けてくれたのか…、分からないけど……」

「少し黙ってろ、なんとかしてやる」

「サカナちゃん…、こんな…、いい子なのにさ……、いじめないであげてよ……」

「……」


 ニナはあまりにも不器用すぎた。

 ザッツはあまりにも捻くれ者すぎた。

 サカナに優しくしてあげて欲しい――ただそれを伝えたかっただけなのに。

 暗殺者として育った少女は、殺意だけがザッツに伝える唯一の方法だった。


「サカナちゃん」


 ザッツの返事を待たずに、ニナはサカナの方にゆっくりと顔を向ける。


「サカナちゃん…、ありがと……、こんなボクに温もりを教えてくれて……」

「や、やめてよ、これから死んじゃうようなこと言わないでよっ」


 サカナはザッツに向かって言う。


「ザッツ、ニナちゃん死んじゃうの?」

「体中のダメージで生命力テラがなくなってる、このままじゃ死ぬ」

「はやく『テセウスの蜘蛛糸』で脱出して、病院に行こうっ」

「あれは本人が使えないと駄目だ――二人いっぺんだと脱出できない」

「入り口までおぶって運ぶのは」

「ここからじゃ遠すぎる、格下モンスターにも目をつけられるかもしれねえ」

「何か、何かないのっ」

「お、おい、道具袋を勝手に漁るな――」


 サカナは薬草や飲み薬がないか、ザッツの荷物袋の中に手を入れてまさぐっている。

 すると、


「え――これは」


 道具袋の中から偶然取り出したもの。

 それは夕方の買い物で、サカナが魔法道具屋でずっと眺めていたもの。

 三日月の形をしたヘアピンだった。


「おい、今はそんなものどうだっていいだろっ」


 ザッツはさっさとそれを奪って、荷物袋の中にしまっていた。

 それを眺めていたニナは小さな声で笑っている。


「あはは…、おにーさん……、結局買ってあげてたんじゃん……」

「お前はちょっと口を閉じてろ、寿命縮んじまうぞ」

「なんだ……、ボクが心配すること…、なかったんじゃないか……」


 ニナはあまりにも不器用すぎた。

 ザッツはあまりにも捻くれ者すぎた。

 愛想がない態度を取っていても――男はきちんと仲間のことを考えてくれている。

 暗殺者として育った少女は、初めてそういうタイプの人間がいることを知った。


「サカナちゃん…、おにーさんのこと……、悪く言ってごめんね」


 ニナは、そう言って――ゆっくりと、まぶたを閉じた。


「ニナちゃん? ニナちゃん! ああ、ザッツ、ニナちゃんが、ニナちゃんが!」

「落ち着けよ、気を失ってるだけだ」

「でもっ、でもっ」

「決めた」

「え?」

「ここまで来たら仕方ねえよな――これからダンジョンコアを破壊する」


 ダンジョンコアを破壊する。

 そう言ったザッツは、ニナを横抱きすると早足でダンジョンの奥に向かっていく。


「ど、どういうこと」


 それを追いかけながら、サカナはザッツに問いかけた。


「ダンジョンコアってのは、空気中のテラを吸って成長するのは前に話したよな?」

「うん」


 ダンジョン内に必ず存在するコアは、テラを外部から吸収することで沈降し、迷宮の規模を広げる――ザッツが語っていたことを思い出す。


「だから、コアの中には大量にそれが詰まってる」

「まさか」

「そういうことだ――ダンジョンコアは破壊されると大量のテラをばらまくんだ」


 だが、とザッツは続ける。


「その大量に溜め込まれたテラは、普通の人間にとっては有害だ。…前に召喚式を扱うためにボスモンスターの生命力から情報を取り込むって話をしたろ」


 人間には個人差はあるが、テラを貯蔵できる容量リミットが決まっている。

 そして、それを越える量を取ってしまうと、様々な病気を引き起こす。

 全部ザッツが言っていたことだ。


「コアはボスの比じゃない。その膨大な生命力の奔流は、ニナの傷ぐらいなら全て治してしまうが――後遺症がどうなるか分からないんだ」

「そ、それでも」


 サカナは力強く言った。


「ニナちゃんが助かるならっ」

「分かってる。…さあ着いたぜ」


 地下水道の最奥にて。

 冒険者たちがきちんと整備しているのだろう。

 これ以上沈降しないように、魔法石の台座に据えられた――青いダンジョンコアが、不気味な光を放って鎮座している。


「街の冒険者には悪いけどな。…よし、命脈経路パスはオーケーだ」


 ザッツはゴーグルを掛けると、コアの近くにニナを寝かせる。

 少女の心音はとても小さい――今にも命の灯火が消えてしまいそうだ。


「さっさとやらねえと。…サカナ、目閉じてろよ」

「ん」


 言われたとおりに、サカナは目を閉じる。

 ザッツは深呼吸をひとつする。


「行くぜ――これより行うは、ダンジョン殺しの秘儀」


 波状槌を握ると、自分の出せる全ての魔力をザッツは解き放ち、


「『破壊』の勇者アレスよ――御身の名の元に、我これよりひとつの命終わらせたり」


 渾身の力を込めて、


「ぶっ潰れろおおおおおおお!」


 万物を破砕するその一撃を――ダンジョンコア向けて放たれた。

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