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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
第二章 その少女は殺ししか知らない
19/90

18

「ど、どうしてっ」


 ザッツの位置を掴めないニナは、闇の中で懸命に大剣を振り続ける。

 その刃は壁を削り、床をこすりつけ、一撃であろうと本命に当てることができないでいる。


「スライムっていう種族の特徴を語ってやるよ」


 ザッツは先ほどの話の続きを語り始める。


「あいつら分類上は魔法生物に属しててな。他の生物を食べて生命力テラを取り込むだけでなく、魔力マナもその生命活動の源になるわけだ。それで基本的には周囲の魔力を吸い続けているんだが――その特性が『狡知』の勇者ヘルメスにとっては厄介だったわけだ」


 コンコン、とザッツは波状槌で地面を叩くと、曲がり角の方に顔を向ける。

 そこにはサカナが壁に体を隠し、覗き込むようにして様子を窺っている姿が見えた。


「ヘルメスがやってることは、エコーロケーションと変わらない。自らの微量な魔力をダンジョン内に放ち、反射して戻ってきた時間から構造とかを特定していたわけだ。音でやるか魔力でやるかの違いだな。…しかしスライムってやつは周囲に舞っている魔力を軒並み吸収しちまう。そうなると、上手いこと距離を測れなくなっちまうらしい」


 ニナは体中に纏わりついたスライムの破片を取ろうともがくが、液体のように溶け始めたそれはなかなか離れてくれない。


「ダンジョンにいるだけで探索術式に影響を及ぼすスライムを、直に浴びちまったらどうなるか――とまあ、ちょっと気づくのが遅れちまったが、お前さんの目の仕掛けは強力な反面、先人の体験談でなんとかできたわけだ。詳しくはヘルメスが著した自伝でも読んでくれな。…しかし、ヘルメスが魔術式の補助を使ってようやく大成した探知術を、肌の感覚だけでやっているお前さんは本当に凄いと思うぜ」


 駄目押しにもう一匹、ニナにスライムを投げつけた。

 大剣から思わず手を離し、地面に転がったそれが鈍い音を立てる。

 飛沫して浴びたどろどろを両手ではぎ取ろうと、まるで溺れているように少女はのたうち回っている。


「た、助けてっ――何も、何も見えないよっ」

「もう使えねえ目なんかに頼るんじゃねえ、助かりたかったらまだ使える――その両目を開ければいいじゃねえか!」


 そうすれば、

 ニナの人生を滅茶苦茶にした人物が、ザッツなのかどうかが分かる。

 だが、


「できないよっ、この目はもう使い物にならないってさっきも言ったでしょ!」

「本当にそうなのか?」

「そうだよっ、おにーさんがそうさせたんだよ!」


 戦いにおけるイニチアシブを失ってなお、自らの正当性を主張し続けるニナに対してザッツはだんだんと腹が立ってきた。


「おにーさんのせいで、ボクのこの両目は光を失ったんだ!」

「……歯ぁ食いしばれ、このクソガキ」


 思いっきり。

 ザッツはニナの顔面を殴りつけた。

 続けて、呆気に取られた表情になった少女の首根っこを両手で押さえつける。


「お前さんのルールに則って、オレちゃんは殺し合い(けんか)を制したのにそんな態度かよ。子供の駄々で自分の道理を捻じ曲げてんじゃねえぞ――おい、見えてねえくせに顔背けてんじゃねえ」

「……」

「やっぱり、怖いんだろ」

「こ、怖くなんか」

「オレちゃんがお前さんの復讐相手じゃなかったとき、どうしていいか分からなくなるんだろ――それが怖いんじゃねーのかよ!」


 ニナは泣きそうな顔をしていたが、


「ば、ばかにするなっ」


 ザッツを突き放して、よろめきながら二歩三歩後退していく。


「怖くなんかない、怖くなんかないんだっ」


 ニナは荒々しく息をしながら、ゆっくりとまぶたを開こうとしている。


「ぅ、あ」


 あの時の光景が、蘇ってくる。

 集落にて繰り広げられる、炎髪の剣士による虐殺の光景。

 家々は燃えて、村人たちは切り捨てられていく。


「あ、ああ……」


 幻聴も聞こえてきた。

 何かが燃える音、逃げ惑う彼らの悲鳴――何もかもが蘇る。

 そして、

 ニナを育ててくれた、父親と母親の死ぬ瞬間も。


「ああああっ!」


 黒髪の少女は絶叫する。

 目をあけてもいないのに、見たくもないものを見せられる。


 あの日の出来事から、最初の一年間と一緒だ。

 ニナの目は傷ついていないこと、それは自分自身が一番よく分かっていた。

 だからこそ、何十回何百回と目を開けようと努力したことがある。


 だけど。

 何度やっても駄目だった。

 何度やっても、過去の惨劇が幻影となって少女を傷つけた。

 子供だったニナには当然、耐え切れることではなく。


 やがて少女は、両目を開けることを諦めた。

 忌まわしい記憶から、目を背けることにしたのである。


 自分を守るためには、そうするしかなかったから。


「……無理だよ、おにーさん」


 そして、

 その時の自分から、何ひとつとして変わってはいなかった。


「ボクの両目は、あの日に置いてきてしまったんだから」


 ニナは笑顔でそう言った。

 目元から大粒の涙を零しながら。


「……?」


 闇の中でずっと一人だった少女は――そこで誰かの温もりを感じていた。

 魔力を通して感じる、肌の感覚などではなく。

 自分は今、優しく抱きしめられていると分かるほど、

 その抱擁は居心地良かった。

 

「……サカナちゃん、どうして」


 給仕服の少女はザッツの制止を無視して――目の前のかわいそうな暗殺者を抱きしめていた。


「だ、だって、見ていられなくなって」

「今のボクなら、君を人質として使うこともできるんだよ?」


 ニナは懐から取り出したナイフを、サカナの喉元に押し当てた。

 刃は簡単に肌に食い込んで、鉱石の血を流している。


「死ぬの、怖いよね」


 サカナは震えている。


「うん、正直いって、こわい」


 こわいけど――サカナはぎゅっと抱きしめる力を強くした。


「それ以上に、わたしもザッツと同じで、ニナちゃんに目を開けて欲しいんだ」

「……」

「自分の過去に打ち勝って、本当の世界を見て欲しい。…悲しんでるだけのニナちゃんが本当に辛くて」


 本当に怖がっているのは、ニナの方だから。


「だから、わたしにできるのは、こうして安心させるぐらいしか、できないしっ」


 サカナは恐怖心をこらえて、必死でニナに訴えていた。


「サカナちゃんってさ、本当にお馬鹿なんだね」


 ニナはナイフを床に落として、両手をサカナの背後に回した。

 そして、強く抱きしめた。


「馬鹿がつくほど、いい子ってやつ」


 ニナは目頭が熱くなる。

 悲しみからくる、゜涙なんかじゃなかった。


 思えば、こんな風に抱きしめられたのはいつ以来だろうと。

 子供のままで、大人になれずに、道具として生きてきた日常をニナは省みる。


「っ……あ」


 あの日から、そんなことは一度としてなかった。

 暗殺者として生きていた日常に、愛情を感じたことなどなかった。


「っく」


 だから、目を開けたいと思った。

 自分を優しく抱きしめてくれたサカナという少女の顔を見てみたい。


「ぅ……」


 たったそれだけ。

 それだけの理由のために、ニナは自分に襲いかかる恐怖をこらえながら、


「……は、はは」


 黒髪の少女は、美しい紫電の瞳を晒していた。


「ニ、ニナちゃん」


 二人は抱き合ったまま顔を見つめ合う。

 ニナは目を丸くしている。


「へえ、サカナちゃんって、もっと大人かと思ってたよ」

「なっ」


 ニナはくすりと笑ってサカナから離れると――ゆっくりと立ち上がって、目の前の青年を見据える。


「よお、待ちくたびれたぜ」


 不敵な笑みをザッツは浮かべる。


「どうよオレちゃんのご尊顔はよ。これでもまだ言いがかりをつける気か」


 ニナは目を細めて、じっとその顔を見つめる。


「確かにボクの記憶にあるおにーさんより、ずっと不細工だ」

「おい」

「瞳も金じゃなくて銀だったはずだし――それになんか、おにーさんは若い」


 そうは言いながらも、ニナは大剣を拾い直した。

 まだ腑に落ちないといった表情だ。


「だったら、どうして魔力の質が一緒なの。ボクの村を滅茶苦茶にしたイーギルってやつと、おにーさんの魔力は似すぎてる」


 ザッツはひとつ息を吐いた。


「お前さんは十分、過去と向き合う覚悟を見せたんだ。オレちゃんも語らなきゃならねえだろ――イーギルってやつのことをな」

「やっぱり、何か知ってるんだね?」

「当たり前だ、オレちゃんとイーギルは兄弟なんだからな」


 サカナは思い出す。

 ライツ村を旅立つときに村長テオドアから聞いた、ダンジョンを一人で攻略していったという駆け出しの冒険者の名前――それがイーギルだったか。

 それを聞いたザッツはどこか、思い悩んでいたようだった。

 まさかその二人が兄弟だったとは。


「オレちゃんはミステア大陸西南、ヴァルケニア領ミーリル村の出身なんだけどな。…村の名前を聞いたことあったりするか」

「知ってるよ、勇者ヘパイストスの故郷とされるところじゃなかったかな」

「えっそうなの」


 サカナはあまりミステアの魔術史に詳しくないらしい。

 しかし、酒場の店主という冒険者相手の商売していたのだから、知っていては欲しかったとザッツは思う。


「そこでは十年に一度、村で十五歳を越えたやつだけが一度だけ『選定の儀』を受けることになってんだ」

「『選定の儀』?」

「村のはずれの丘に若者を集めてな。岩に突き刺した剣――こいつはヘパイストスが打ったと言われるな――を抜かせようとするんだ。で、これが力だけじゃ引き抜くことができなくてな。特別な素養を持ったやつだけが引き抜くことができるっていう悪趣味なシステムになってんだよ」

「勇者の、ギフト?」


 かつてザッツが語っていた、勇者になるために必要な、選ばれた者だけが神様から施される祝福のようなもの。


「んで、それを抜いたやつは将来的に勇者になる運命さだめを負う。それが『選定の儀』ってやつだ。それで剣に選ばれたやつは、冒険者として村を旅立たなくっちゃいけなかった。そういう村の掟だったんだよ」

「ま、まさか」

「おう、そうなっちまったのがイーギルだってことだな」


 サカナは旅の途中、何度かザッツに故郷のことを訊ねている。

 しかし、はぐらかされるばかりでなかなか語ろうとしなかったが――まさかこんなところで聞けるとは。


「今はどこで何やってるかもわかんねーや。あれから十年間、オレちゃんも歳を取っちまうわけだぜ」


 ザッツは全てを話し終えて、ニナに問いかける。


「それで、お前さんは納得できたのか?」


 イーギルはザッツとは別の人物で、この復讐は成り立たないのだと。


「……確かに、おにーさんは嘘ついてるように思えないし、手をかけたところで復讐についてはボク自身が納得できないよ」

「だったら――」

「それでも、ボクはおにーさんを殺したい」

「え」


 何を言ってるんだ、とザッツは困惑する。


「なんでそうなるんだよ、意地張ってんのかてめえっ」

「そうじゃないよ。おにーさんが復讐の相手じゃなくても、あいつの兄弟だったら――まともじゃないやつだって、分かるもの」

「い、一族皆殺しってやつか」

「ちがうよ、おにーさんのせいで、サカナちゃんが可哀想だって思ったの」


 サカナも混乱しているようだ。

 しかし、ニナはいたって真面目そうな顔で続ける。


「街を歩いてたときのサカナちゃんへのおにーさんの態度。…とても一緒に旅してるような人の振る舞いじゃなかった。どうしてサカナちゃんにそんな冷たい態度が取れるの? こんなにいい子なのにさ」

「オ、オレちゃんが荷物をどう扱おうが勝手だろ」


 暗殺者は冷たい瞳をザッツに投げかけた。

 それだけで射竦んでしまうほどの、怒気を紫目は孕んでいて。


「決めた――サカナちゃんは、ボクが貰っていくねっ」

「えっ」

「えっ」

「おにーさんには、サカナちゃんを幸せにできない――だからボクが正義のもとに殺してあげる、文句は言わせないからね」

「な、なんで」


 なんでこんな方向にこじれるんだよ! とザッツの絶叫はダンジョン内にこだました。

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