質問と応答の四十四話
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自身について知りたいという、セラフィナの突然の発言に、彷徨う騎士は瞬時に反応できなかった。
彼の思考を占めていた、冒険者達に討伐対象として手配されてしまったという現実は、先行きに不安しかない彼にとって重大な問題だったからだ。
それ故に打ちひしがれ、地中にて天を仰ぐという現実逃避じみた有様を呈していた訳なのだが、セラフィナの発言を受け、彷徨う騎士は思考を切り替えた。
「(ソウ言エバ、名乗リモシテイナカッタカ)」
セラフィナには自己紹介をさせておきながら、自身は名乗りもしていなかった事を思い出し、彷徨う騎士は言葉を発しようとする。
しかし……。
「俺ハ……。俺ノ、名ハ……」
自らの名を名乗ろうとした瞬間、彷徨う騎士はどう名乗るべきなのか悩み、言葉に詰まってしまう。
彼、彷徨う騎士と呼ばれるようになった存在が、その両親から名付けられたのは『岸野恭司』という名であった。
それ故に、そう名乗ろうとした所で、召喚されたこの世界に合わせ、『キョウジ・キシノ』と名乗るべきかと悩む。
そして更には、変わり果てた今の自分が、生前の名を名乗る事に、酷い違和感を感じるに至り、言葉に詰まってしまったのだ。
「……?」
自らの名を名乗ろうとした瞬間、沈黙した彷徨う騎士に、セラフィナは小さく首をかしげる。
自身の求めに応じ、名乗ろうとしてくれたのだ。
セラフィナの立場として、彷徨う騎士を急かす事は憚られる。
それ故に彼女は、彷徨う騎士の次の動向を待った。
ただ静かに、真っ直ぐな瞳を向けて。
「セラ」
「は、はい!」
間も無くして、彷徨う騎士は再び言葉を紡いだ。
悩み、迷ったその果てに。
苦肉とも思える答えを。
「俺ハ冒険者達ニ、何ト呼バレテイル?」
「え……? あっ、はい。 貴方様は、『彷徨う騎士』の名で認識されておりますの」
まさかこのタイミングで質問をされるとは思わず、僅かな間戸惑いを露わにしたセラフィナであったが、直ぐに彷徨う騎士の問いに応じ、彼が自分達、冒険者の間で何と呼称されているのかを口にした。
それを知る事で、他ならぬ彷徨う騎士自身が不快に感じるかもしれないとの懸念はあったが、何よりも正直に、包み隠さず真実を語る事こそが誠意であると、セラフィナは判断した。
「彷徨ウ……騎士?」
その名を聞いた当の本人は、不思議そうに首を傾げながら、自らを示すという、その名を口にする。
〝騎士〟というのは自身が今、どんな姿をしているのかを考えれば納得の名だ。
しかし〝彷徨う〟とは一体どういう事なのか、彼には今一つ理由が分からなかったのだ。
「こ、この地竜の洞窟で目撃された貴方様の御姿が、まるで魔獣の血を求めて彷徨っているかの様であると……」
「……成程。ソウイウ事カ」
「は、はい……」
彷徨う騎士の様子から、自らの通称に疑問を抱いているのだと察したセラフィナは、直ぐにエキドナから伝え聞いた、名称の由来を口にする。
明確に質問された訳では無いにも関わらず発言する事に、多少なり差し出がましさを感じていたセラフィナであったが、彷徨う騎士が気分を害した様子も無かった事から、内心で安堵していた。
しかし、安堵したのも束の間、彼女の心中は彷徨う騎士の次の発言で、驚きで満たされる事となった。
「ナラ、俺ノ事ハ、今後モソウ呼ンデクレ」
「っ!? よ、よろしいのですか?」
「構ワナイ。今後、俺ハ彷徨ウ騎士ヲ名乗ル」
〝彷徨う騎士〟という名称は、彼の姿を見た、エキドナを始めとする冒険者達が、勝手につけた名称である。
それを自らの名として認めるというのは、セラフィナとしては少々信じ難い事であった。
何故ならば、名とは親から子へと付けられる際、その子の輝かしい将来や、健やかな成長を願うという、両親の想いが込められていると、彼女は母から伝え聞いていたからだ。
例えば魔術の素養に恵まれた子には、高名な魔術師から名の一部を取って付けたり、王家に生まれた世継ぎには、過去の名君の名を、そのまま受け継ぐ等と、名に意味や由来を持たせる事で、その子の大成を願うのだ。
彷徨う騎士の場合、人間では無く、ゴーレムという存在ではあれど、創造主から意味を込められた名が付けられていないとは考え難い。
そう考えたからこその驚きであった。
現に、彼女の故郷にあるゴーレムには、意味のある名が付けられていたのだから。
無論、セラフィナ自身の名前にも。
だが、彷徨う騎士の場合、事情は少々異なる。
彼にも両親から授かった名を名乗りたいという想いはある。
しかし彼は今の自分を、変わり果てた今の姿を、〝岸野恭司〟であると、認める事が出来なかったのだ。
そう、先の質問の意味は。
自らが、何と呼ばれているかの問いかけとは。
名乗る事が出来ないからこその、苦肉の策としての質問だったのだ。
「畏まりました……。今後は貴方様を〝騎士〟様と御呼びさせて頂きますの」
「騎士、様? 別ニ彷徨ウ騎士ト呼ビ捨テテクレテ構ワナイガ?」
「そ、そのような事! 私は命を奪われても仕方がないほどの行いをした者ですの。そんな私が騎士様を呼び捨てるなど……!」
「ソ、ソウカ。デハ、セラノ好キニスルト良イ」
こうして地竜の洞窟で巡り合った二人、正確には一体と一人は、新たな形で互いを認識する事になった。
ナイト・ゴーレムとなった少年、岸野恭司は、魔術師のセラフィナと出会い、彷徨う騎士を自ら名乗るに至った。
対する魔術師の女性、セラフィナは、彷徨う騎士と呼ばれる感情を持ったゴーレムと出会い、一時は死を覚悟するも、無事生き永らえ、彼の存在との交流の機会を得た。
しかし彼も、そして彼女も、互いを理解するには未だ情報が不足している。
二人の、相互理解を深める為の会話は、まだ始まったばかりだ。
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