自己紹介と好奇心の四十三話
よろしくお願いします。
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自身について知りたいと言う彷徨う騎士に対し、魔術師の女性は困惑していた。
自らの一体何を知りたいというのか、皆目見当がつかなかったからだ。
しかし、沈黙を返す事も、聞き返す事も憚られる。
それ故に女性の取った行動は、至極無難なものとなった。
「わ、私は名をセラフィナと申しますの。冒険者として様々な依頼を請け負う事で、日々の糧を得ております……」
然るに、自己紹介だ。
それが彷徨う騎士が望む内容であるとは彼女、セラフィナ本人も思ってはいなかったが、他に語る事が思い当たらなかったが為の事である。
だが、彷徨う騎士としては寧ろ望む所であった。
眼前の女性の名は、彼としても是非知っておきたかったからだ。
「セラフィナ……セラフィナ、カ」
「は、はい。呼び難い名ですので、どうぞセラと御呼び下さいませ……」
「……! 分カッタ。ソウサセテモラウ」
セラフィナの名を、確かめるように発する彷徨う騎士。
彼としては普通に発声していたつもりだったのだが、セラフィナには呼び難そうにしていると感じられたらしい。
セラフィナという名は、一般的に呼び難い名という訳では無いので、彼女が彷徨う騎士に対して気を使った結果の言い訳であった。
もっとも、そうとは知らない彷徨う騎士は、恐らくは彼女の愛称であろう〝セラ〟と呼べることに、互いの距離が縮まった気がして内心では喜んでいた。
一方でセラフィナは、思いのほか彷徨う騎士の反応が悪くない事から、自己紹介が少なくとも間違いではなかったのだと、心中で安堵していた。
「デハ……セラ。幾ツカ聞キタイノダガ、貴女ハ何故ココニ来タンダ? ドウシテ俺ニ攻撃ヲ?」
「は、はい……それは……」
安堵したのも束の間、矢継ぎ早に繰り出される彷徨う騎士としては当然の疑問に、セラフィナは苦心する。
心情的に答え難い内容という事もあったが、それ以上に彷徨う騎士の言葉が聞き取り難いのだ。
肉声ではなく、機能として備わっているナイト・ゴーレムの魔術による発声機能は、創造者のルヴォルフが最低限の機能……命令に対する返事さえ出来れば良しと考えていた為か、非常に拙い。
それは屍竜を倒した後、何故か発声し易くなった現在も、決して覆らない現実であった。
セラフィナは周囲が騒々しい場であれば聞き逃したかもしれないと、洞窟内の静寂に感謝しながら、自分達が何故彷徨う騎士を襲ったのかを語り始めた。
「大変申し上げにくいのですが、ここへは貴方様の討伐に参りましたの」
「! 討伐……?」
「はい……。先日、この地竜の洞窟から最寄りの町、メリエルの冒険者ギルドに、貴方様の討伐依頼が貼り出されましたの」
「ソレハ……一体ドウシテ……」
彷徨う騎士は、自身が討伐対象として手配されているという事実に衝撃を受ける。
彼には人々に敵視されるような事をした覚えは無いのだから当然だ。
それ故に彷徨う騎士は呆然とした様子でセラフィナに問い返していた。
「貴方様と以前に何度か遭遇なされた冒険者の方々が、貴方様の御力に脅威を感じられたとの事です……それで……」
「俺ハ! 誰モ! 傷ツケテイナイ! コノ身ニ降リカカル火ノ粉ヲ払ッタダケダ!」
彷徨う騎士にとって、あまりに理不尽な討伐理由を聞かされた瞬間、彼の身体の節々から蒼い魔力が炎の様に吹き上がる。
「っ!」
確かに力を振るった事はあった、しかしそれは突然攻撃を仕掛けられた際、身を守る為に仕方なく行ったことであり、咎められる謂れなど無いはずであった。
それが理由で討伐を手配するとは一体どんな了見なのかと、彷徨う騎士は語気を強めてしまう。
セラフィナを責めても仕方がない事であるにもかかわらず。
「も、申し、訳……御座いま……」
だが、眼前で身体を竦めて怯えるセラフィナを目にし、彷徨う騎士は気を静め、彼女を責めるような言葉を発してしまった事を素直に謝罪する。
「……ス、スマナイ……貴女ヲ責メテモ仕方ガナイノニ……」
「ぅ……ぁ、い、いいえ……御怒りは御尤もですの……」
降りかかる火の粉を払うという、セラフィナにとっては聞きなれない表現の言葉ではあったが、彷徨う騎士が自らの身を守る為に、止むを得ず力を振るったのだという主張は彼女に伝わったようだ。
だからこそ、セラフィナは彷徨う騎士の怒りを受け止めようとしていた。
理不尽に憤る事が自然であると知るが故に、攻撃を仕掛けてしまった自分も、怒りを向けられて当然だと考えたからだ。
とても、恐ろしくはあったのだが。
「ソレニシテモ、討伐依頼ガ出テルノカ……コレカラ一体ドウスレバ……」
「……」
洞窟の天井を見上げ、その場に立ち尽くす彷徨う騎士。
彼にしてみれば、先行きへの不安がまた一つ増えた事になる。
打ちひしがれた格好になるのも無理はない。
だがセラフィナの目には、その姿は酷く人間染みている、と、少々意外なものに映った。
「(ゴーレムの筈ですのに……何かが違いますの……)」
今、セラフィナの眼前にいる彷徨う騎士という存在は、間違い無くゴーレムと呼ばれるモノだ。
そう、彼女は知っている。
故郷にて、ゴーレムをその目で見ているからこその確信だった。
しかし、彼女の知るゴーレムと、彷徨う騎士は何かが違った。
それは……
「(まるで人間のようですの……)」
理不尽に怒り、現実に悩む。
その姿は、まるで人間のようではないかとセラフィナには感じられた。
セラフィナの知るゴーレムは怒りも悩みもしない。
ただ命令に従うだけの存在であった。
しかし今、セラフィナの眼前にいる、彷徨う騎士は何かが違う。
人間と同じ感性を持つ、人間ともゴーレムとも違う存在だった。
セラフィナは、彷徨う騎士から目が離せなくなっていた。
そして……
「あの……」
好奇心に導かれるまま、セラフィナは言葉を紡ぐ。
「……?」
彷徨う騎士の、蒼い炎の如き瞳がセラフィナを捉えた。
一時は恐ろしくて仕方がなかった瞳だが、今の彼女には不思議と真っ直ぐに見つめ返すことができた。
「私も、貴方様の事が知りたいです」
「エ……?」
この場に第三者が居たならば、三度時が戻ったかのような錯覚に陥ったかもしれない。
しかし、当の本人たちは、そんな事を思いもしなかった。
セラフィナは真っ直ぐに。
彷徨う騎士は呆けたように。
二人は互いの瞳を見つめていた。
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