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謝罪と許しの四十二話

大変お待たせ致しました。



 42-1


 絶世の美女を体現する女性を前に、彷徨う騎士の精神は著しく冷静さを欠いていた。


 「!?(オ、俺ハ突然何ヲ言ッテイルンダ!?)」


 自らが口走った言葉を思い返し、彼の内心は羞恥の念で溢れ返っていたのだ。

 しかし、そんな彷徨う騎士の状況を置き去りに、事態は進行する。


 「今……今なんと……?」


 聞こえていなかった訳ではないだろう。

 女性の表情は我が耳を疑っているかの様子であった。

 死を覚悟した直後に場違いな言葉を耳にしたのだ。

 彼女の反応は無理も無い事なのかも知れない。

 だが、彷徨う騎士は、その問いに答える事が出来ずにいた。


 「ッ!?(モウ一度言エトッ!?)」


 彼の反応もまた、無理も無いのかもしれない。

 先の言葉は、彷徨う騎士としても、我知らず溢れ出た言葉だったのだから。

 しかし、そんな彷徨う騎士への助け舟は、他ならぬ眼前の女性から齎された。


 「いえ、そんなことより……」


 「ッ!?(ソンナコトッ!?)」


 「言葉が……話せますの?」


 眼前の女性は、その美しい顔に驚愕の感情を籠めて問うた。

 彷徨う騎士に、話が出来るのか、と。


 「……?」


 彷徨う騎士は、一瞬何を聞かれたのか分からなかった。

 正確には、答えの分かりきった質問に、何か別の意図があるのかと勘ぐるも、結局分からなかったといったところか。

 故に彼は、僅かな沈黙の後に単純にして明快な答えを返す。


 「話セル」


 ただ一言、誤解の余地なく簡潔に。


 「っ!」


 答えを聞いた女性は微かに肩を震わせ、やがて沈痛な面持ちで絞り出すようにして声を発した。


 「(わたくし)は何という事を……」


 そして、姿勢を正すと真っ直ぐに彷徨う騎士の、蒼く輝く魔力の瞳を見据え、言葉を紡いだ。


 「誠に、申し訳御座いませんでした……!」


 「!」


 それは誠意ある、心に響く声で紡がれた謝罪の言葉であった。


 「対話など出来ないと決めつけ、出会い頭に攻撃を仕掛けるなどという無礼極まる行い。弁解の余地も御座いません……」


 「ア……」


 「貴方様の御怒りは至極当然の事と存じます。皆殺しにされても致し方のない事だと……」


 「エ……」


 「ですがどうか! 今日、この場で行ってしまった数々の御無礼を、私の命一つで償わせて頂きたく……どうか……どうか……!」


 「……!」


 女性はそこまで口にすると、深々と頭を下げた。

 正座のように膝を折って座り、地面に両手をつけ、額までも地につけるその姿は、彷徨う騎士の知る土下座の様に見えた。

 彷徨う騎士は、土下座というものがこの世界にも存在しているのかと一瞬驚いたが、ルヴォルフの隠れ家で読んだ書物に記されていた、異世界の勇者という存在から。

 そして何より、自分自身がこうしてこの世界に存在している現実から、彷徨う騎士のいた世界の何かしらの文化が、この世界に齎されていても不思議は無いと推測し、勝手に納得する。

 だが、それよりも。


 「……。(私ノ命一ツデ……カ)」


 正直なところ、謝罪の最後に来るのは命乞いであろうと彷徨う騎士は思っていた。

 誠心誠意謝るから、命だけは助けてくれと。

 しかし、彼女は言う。

 自分の命はいらないから、彼等を許してほしい……と。

 こんな時、一体どれだけの人間に、彼女のような事が言えるのだろうかと彷徨う騎士は考える。

 少なくとも自分には出来ない事だと、自覚しているが故に。


 「……。(良イ人……ダナ)」


 彷徨う騎士は、生前の決して長くはない人生で、何となくではあるが悟った事が有る。

 容姿が優れていても、内面まで優れているとは限らないという事だ。

 少なくとも、彼が生前に出会った容姿の優れた者達は、その整った見た目の良さとは相反する内面を持ち合わせていた。

 しかし今、彷徨う騎士の眼前にいる女性はどうだろうか。

 絶世の美女と言って差し支えの無い容姿をしていながら、自らを見捨て、置き去りにした者達の助命を乞うという、その精神性。

 彷徨う騎士は、眼前の女性への興味が溢れんばかりに募っていくのを自覚する。

 もっと、彼女を知りたいと。

 故に自然と、彷徨う騎士は最初の一歩を踏み出していた。

 その手に握ったままであった漆黒の剣を左腰の鞘へと納め、未だ頭を下げ続けている女性の前に片膝をつき、右手を小さく震える女性の肩へと優しく添える。


 「っ! ど、どうか……」


 優しく触れたつもりであったが、女性は彷徨う騎士が肩に手を添えた瞬間、全身を震わせた。

 そんな彼女を落ち着かせようと、彷徨う騎士はゆっくりと優しい口調を心掛けて言葉を紡ぐ。


 「大丈夫ダ。安心シテ欲シイ」


 「!」


 女性は未だ頭を下げ続けている。

 彷徨う騎士は、はやく彼女の顔が見たいと急く心を抑え、言葉を重ねた。


 「突然攻撃ヲ受ケテ驚キ、怒リモシタ。ダガ、謝罪ヲ受ケテ、貴女ノ誠意ハ伝ワッタ」


 「っ……」


 「俺ハ、貴女達ヲ許ス……ダカラ、顔ヲ上ゲテ欲シイ」


 貴女〝達〟を許す。

 その言葉を聞き、女性はゆっくりと顔を上げていく。

 再び露わになる白い肌、赤い瞳、青白い唇。

 瞳には涙が浮かび、既に流れ落ちた跡が白い頬に残っている。

 妙に唇の色が青白い事が彷徨う騎士は気になったが、普段からそうである事を知らない彼は、恐怖で血の気が引いてしまっているのであろうと考えていた。

 だが、それでも彷徨う騎士が彼女の姿を目にし、思わず呟いた言葉は変わらない。


 「綺麗ダ……」


 「え……あ、あの……」


 女性は彷徨う騎士の言葉に戸惑うも、それでも問いかけたのは、自らの謝罪に対する彷徨う騎士の答えについてであった。


 「ほ、本当に……御許し頂けるのですか……?」


 「勿論ダ」


 「ああ……貴方様の御慈悲に、心より感謝申し上げます……!」


 目に見えて安心した様子の女性は、感謝の言葉を紡いだ瞬間、微かな笑顔と共に、一筋の涙を流す。

 不謹慎とは思いつつも、彷徨う騎士は、そんな彼女の涙すらもが美しいと感じてしまい、またしても目を奪われる。

 しかし次の瞬間、名案でも浮かんだかのように彷徨う騎士は言葉を発した。


 「! ソウダ、ソノカワリ……トイウ訳デハ無イノダガ、一ツ頼ミガ有ル」


 「っ! は、はい! 私に出来る事でしたら、どの様な事でも致しますの……!」


 タイミング的に、女性には断る事が出来ないであろう事は彷徨う騎士にも分かっていた。

 それを分かっていながら物事を頼む事に、多少なり引け目を感じつつも、彼はこの機を逃す手は無いと、女性に対し一つ、願う。


 「貴女ノ事ガ知リタイ」


 「え……?」


 時が戻ったかのように、女性は再び虚を突かれた表情で、彷徨う騎士を見返すのであった。

ありがとうございました。

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