出会った二人の四十一話
大変お待たせ致しました。
誠に申し訳ございません。
41-1
彷徨う騎士にとって、状況は控えめに言っても最悪だった。
遭遇した二人の冒険者と思しき人間達との、驚かせない様にと気を使いながらの、ゆっくりとした接触。
それにも関わらず、対面した途端に人間の一人は泡を吹いて卒倒し、もう一人も腰を抜かしたのかその場にへたり込み、手にしていた剣を投げつけて来る始末である。
投擲とも呼べない粗末な行動ではあったが、仮にも抜き身の剣を投げつけられたのだ。
瞬間的に感情が高ぶり、彷徨う騎士の全身各所の関節から、炎の様に魔力が吹き上がったのも無理はない。
彼にとって、それは体質の様なものなのだから。
しかし、やはりそれこそが引き金となってしまったのだろう。
直後、何も存在しなかった空間から、突如小さな影が飛び出した。
小さな影、黒いローブを纏った魔術師と思しき存在は、彷徨う騎士と二人の人間の間に立ち塞がるかの様に躍り出ると、その手に握る一見して実用には不向きと思える剣に魔力を注ぎ込んだ。
剣の切っ先ではなく、腹を突き付ける様な姿勢で。
美しささえ感じさせるその剣は、注ぎ込まれた魔力に呼応するかの様に魔術法陣を構築していく。
「ッ!(マズイ……ッ!)」
彷徨う騎士が、自身が如何に望ましくない状況に置かれているのかを悟ったのは、事ここに至った時である。
眼前では、今正に発動されようとしている無詠唱魔術。
対する彷徨う騎士は、現在洞窟内の狭い通路の中に位置しており、回避行動など取れそうも無かった。
発動されようとしている魔術の種類も分からず、右にも左にも動けない。
前に進み出て、魔術師と思しき存在を斬り伏せようにも最早手遅れである。
この様な事態を防ぐためには、何もなかった筈の空間、恐らくはステルス・フィールドによって隠蔽された空間から、魔術師と思しき存在が飛び出してきた時、即座に対処せねばならなかった。
しかし人間相手の戦闘経験が無いに等しく、また、この場では先ず〝会話〟をするつもりでいた彷徨う騎士には、直ぐに対処する事など出来よう筈も無い。
最初から戦闘するつもりであった者達と、最初は会話をするつもりであった彷徨う騎士の認識の違いが、現在の最悪な状況へと彷徨う騎士を導いたのであった。
「!?(ド、ドウスル……!?)」
胸中で自らの認識の甘さや、自身が人間にどう見られているのかを痛感しながら、彷徨う騎士は思考を巡らせる。
眼前の魔術師と思しき存在が魔術を発動するまでの本当に僅かな時間の中で。
しかし、対魔術戦闘など経験した事が無いに等しい彼には、効果的な対処法など分る筈も無く、取れた行動と言えば、発動する魔術が剣か槍で斬り払う等の対処が可能である事を祈り、身構える事だけであった。
そして直後、発動した魔術、ディザスター・ゲイルの前に、彷徨う騎士は為す術も無く飲み込まれるのであった。
「オォォォォォォォォォォォォォォッ!?!?!?」
彷徨う騎士が、最初に感じたのは浮遊感だった。
そう、浮遊感〝だけ〟である。
荒れ狂う暴風が、鋭い刃で斬り付けるかの様に、時にはハンマーか何かで打ち付けてくるかの如き衝撃を与えてきているのは彼自身理解できている。
しかし、不思議と痛みは感じず、暴風により押し流される様に、浮遊する感覚だけが全てだった。
「ッ! !? !!!」
彷徨う騎士は暴風に押し流されながらも、必死に自身の状態把握に努める。
即座にわかるのは自身が魔術攻撃を受けている事、攻撃は未だ続いている事、そして全くダメージを受けていない事だった。
彷徨う騎士の身体である漆黒の全身鎧は、暴風による攻撃をモノともせず、身体機能に一切の問題が無い事を彷徨う騎士の精神に伝えている。
しかし彼の心は、ダメージが無いから問題ない、という状況では無かった。
ダメージが有ろうが無かろうが、〝攻撃を受ける〟という事自体が問題なのだ。
痛みすら感じる間も無く殺された恐怖が、彷徨う騎士の心を激しく搔き乱していた。
「……ッ!」
脳裏に浮かぶのは、自らの胸を貫く漆黒の剣。
痛みさえ感じず、命を奪われた生々しい記憶。
今この時、痛みを感じないという事が、彷徨う騎士にとって、心底恐ろしかった。
しかし、それ故に、彷徨う騎士は足掻いた。
恐怖に震え、立ち止まりはしなかった。
もう二度と、死にたくはなかったから。
「グ……ゥ……ッ!」
曲がりくねった、狭い通路の壁を削り落とし、一直線の大きな通路としてしまう程の暴風の中、押し流され、ひとつ前のフロアまで押し戻されていた彷徨う騎士。
彼は、自らの魂が宿す膨大な魔力によって、極めて高い性能を有するに至った『ルヴォルフ・ファウスト式自立駆動魔術創造体、ナイト・ゴーレム』となった自らの体を操り、現状を打開すべく行動を開始する。
そう、彼は、彷徨う騎士は知っているのだ。
ルヴォルフとの戦闘を経て、その眼で確認し、体感し、学んでいたのだ。
凝縮した魔力を一気に放出する事によって発生する、衝撃波の様な障壁の事を。
直ぐに霧散し、効果を失う魔術とも呼べず、魔技とも呼び難い行動の結果に残る副産物。
しかし、例え一瞬であろうとも、今尚吹き止まない暴風を凌げるのならば、現状を打開する事は可能である。
彷徨う騎士は、その確信と共に、魔力を漲らせ、解き放つ。
「アァァァッ!」
気合いと共に一気に放出された蒼い炎の如き魔力は、彷徨う騎士を中心に球状の障壁を発生させた。
障壁は彷徨う騎士へと殺到する暴風を押し戻すかの様に発生し、障壁の中心にいる彷徨う騎士を暴風による浮遊感から解放する。
「ヨシ! コレデッ!」
地に足がついていなかった彷徨う騎士は、突如浮遊感が消失した事により僅かに体勢を崩したが、持ち前の身体性能で空中を翻る様にして着地すると、急いで体勢を整える。
時間が無いのだ。
発生した障壁は、この時には既に効力を失いつつあった。
しかし、最早彷徨う騎士に不安は無い。
着地するや否や漆黒の剣を、次に右足、更に左足を地面を穿つかの様に打ち付け、膝辺りまでを地中に沈ませると、体勢を低く保ち、前傾姿勢で体を固定する。
その直後、障壁は完全に消失し、再び暴風が彷徨う騎士へと殺到し始めた。
だが、今回は浮遊感に包まれる事は無い。
先程とは違い、棒立ちしている訳では無いからだ。
しかし、長くは続かない事も分かっている。
如何に彷徨う騎士の身体性能が優れていようとも、暴風は地面ごと標的を削り飛ばす程の威力なのだ。
魔術が続く限り、再び彷徨う騎士が吹き飛ばされる事は目に見えている。
故に、一刻も早く根本を絶たねばならない。
「ク……ッ!」
暴風に耐えながら、彷徨う騎士は次の行動に入る。
暴風の魔術の、発動元を止めるために。
魔術の発動元とは、言うまでも無く術者である人間の事だ。
突如現れた、小さな魔術師。
女性かもしれない。
子供かもしれない。
あるいは、その両方かもしれない。
それを〝止める〟。
それは人を〝殺す〟という事だ。
彷徨う騎士は既に人を殺している。
ルヴォルフ・ファウスト。
自らをこの世に勝手に召喚し、理不尽にも殺した人物だ。
凄まじいまでの憤りが有った。
正当な報復であったと、彷徨う騎士自身は考えている。
ナイト・ゴーレムとなった反動なのか、殺人に対する忌避感が驚くほど薄いという事情もあった。
それ故に、殺人とは、現在の彷徨う騎士にとって、それほど躊躇する行動では無くなっていたのだ。
そして今回もまた、一方的な攻撃を加えられるという理不尽な現実に、彷徨う騎士は憤る。
彼にとって、魔術師の殺害を決断するには十分な理由であった。
「イイ加減ニ、シテクレ……ッ!」
その激情に呼応するかの様に、彷徨う騎士の全身から、蒼い魔力が炎の如く立ち昇る。
そして全身に魔力を漲らせると、左手に握る土塊の槍の投擲体勢をとった。
もっとも、両足は膝まで地中に埋まっており、右手も地面に深々と突き立てた漆黒の剣を握っている為、動かせるのは左腕くらいのものだ。
しかし、それでも十分だろうと、彷徨う騎士は考える。
左腕だけであろうとも、全力で投擲すれば、屍竜の巨体を吹き飛ばした時の様に、攻撃の余波で広範囲に衝撃波は及ぶだろう。
人の身であれば、例え土塊の槍が直撃せずとも、余波だけでも十分に殺傷可能な筈。
無論、暴風の流れを遡る様に投擲する以上、威力の減衰は有るだろう。
しかし、魔術師を殺す事が出来ずとも、衝撃波で吹き飛ばす事さえできれば魔術は止まる。
追撃で仕留める機会は十分に見込めると、彷徨う騎士は考えたのだ。
「サア……喰ラエッ!」
叫び、彷徨う騎士は土塊の槍を構える。
「オォォォォォォォォォォッ!!!」
そして、咆哮と共に、魔力を纏い、蒼く輝く土塊の槍が、遂に放たれた。
狙いは一つ、暴風の発生源。
通路の先に、それは有る。
否、居るのだ。
投擲に不慣れな彷徨う騎士であったが気負いは無い。
何故ならば、標的は眼前の通路の先に間違いなく存在しているのだから。
今となっては暴風で壁を削り取られ、大きく口を開けている、一直線の通路の真ん中目掛けて、投げるだけでいいのだ。
直撃せずとも、衝撃波で勝負は決まる。
暴風の流れを遡り、標的を目掛けて土塊の槍が、砲弾の如く放たれた。
41-2
槍が放たれ、轟音の後、静寂が訪れた。
土塊の槍の投擲は、概ね彷徨う騎士の想定通りの効果を発揮した。
標的となる魔術師を貫く事が出来たかどうかはともかく、暴風を止める事は出来たからだ。
「?(ヤッタカ?)」
暴風の余波によって土煙が舞い踊る洞窟内で、彷徨う騎士は魔術師の様子を探る。
槍の投擲後に響いた轟音は、土塊の槍が洞窟の壁面に衝突した結果として発生したものだろう。
問題は、槍が壁に衝突する前に、魔術師を貫いていたかどうかである。
もしも貫いていなければ、生存している可能性は決して低くはない。
暴風の魔術を再び放たれる可能性が有るのだ。
「ッ!(殺リ損ネタカッ!)」
身体強化の要領で、魔力を全身に漲らせた彷徨う騎士は、その優れた身体性能で魔術師と他二人の人間の気配を感知する。
実際には、その更に先に、逃げ出して行った他の冒険者達の存在が有ったのだが、彼らが逃げ出している最中は暴風の魔術に飲み込まれている最中であった為、そして今は、それなりに距離が開いてしまっていた為に、彷徨う騎士にも感知する事は出来なかった。
「……。(三人カ……魔力ハ尽キテイルミタイダガ……)」
彷徨う騎士が感知したのは、魔力が殆ど残っていない三人の存在だった。
勿論一人は先の暴風の魔術を発動した魔術師。
だが他の二人は、最初に遭遇した男の冒険者達とは感じられる魔力が違っていた。
恐らくは魔術師と同様に、何も無かった筈の空間、ステルス・フィールドによって隠蔽された空間に隠れていた者達なのであろうと、彷徨う騎士は推測する。
そして、その推測は的確であり、推測が的確であるという事は、彷徨う騎士が如何に不用心に冒険者達と接触したのかという現実を、他ならぬ彷徨う騎士自身に突き付けるものであった。
「オォォォォォォォォォォッ!!!」
彷徨う騎士は咆哮を上げる。
自分自身の迂闊さを呪って。
自分自身への怒りを発散するかのように。
「……殺ス」
彷徨う騎士は一言口にすると、右手の剣を強く握りしめ、歩き出す。
正当な報復をする為に。
自身の迂闊さを棚に上げた八つ当たりが、多分に含まれていると理解しながらも。
「!(二人逃ゲルカ!……マアイイ)」
彷徨う騎士が歩みを進めて間もなく、三人の内、二人の気配が遠のいて行くのを彼は察知する。
一人は忙しなく動き回っていた者、そしてもう一人は全く動く気配の無かった者だ。
報復の為に三人とも殺すつもりでいた彷徨う騎士ではあったが、逃げ出したのが直接攻撃を仕掛けて来た訳では無い二人であった為、そして肝心の魔術師が残っていた為に、二人の冒険者と思しき存在の逃走を黙認する。
魔力が残っていないにも関わらず、未だその場に止まり、逃げる気配の無い魔術師を不審に思いながら。
「?(マダ何カ企ンデイルノカ? ソレトモ……)」
魔術師の気配に何らかの動きが無いか警戒しながらも、彷徨う騎士は一歩一歩確実に距離を詰めて行く。
進む通路は元々は高低差もあれば曲がりくねってもいたのだが、先の暴風魔術の影響で真っ直ぐな通路と化してしまっている。
彷徨う騎士と魔術師の距離は、既に直線距離で数十メートルといった所であったのだが、未だ舞い散る土埃と、砕け散った瓦礫が散乱している為に、彷徨う騎士の視力をもってしても確認できなかった。
「……。(サテ、モウ見エテモ良イ筈ダガ……)」
その後、警戒を緩めないまま歩みを進め、魔術師まで十メートル程といった所まで接近した彷徨う騎士は、魔術師の、気配は有れど姿が見えない事に困惑する。
しかし直後、彷徨う騎士の困惑は、憐れみの感情に変わる事となった。
魔術師の置かれている状況を悟って。
「……。(仲間ニ見捨テラレタ訳カ)」
微かな魔力の気配、魔術師がいる筈の場所を注意深く窺うと、彷徨う騎士は魔術師の姿を発見したのだ。
瓦礫の山に、下半身を挟まれている様な格好で横たわる魔術師の姿を。
察するに、魔力の無い状況ではどうする事も出来ず、仲間に置き去りにされたのだろう。
そうとしか考えられない状況であったからこその憐みだった。
魔術師は意識はしっかりしているらしく、何事かを呟いていた。
その声は嗚咽の様であったが、鈴が転がるような綺麗な声であると彷徨う騎士には感じられた。
しかし、だからといって彼のする事は変わらない。
その手に握る漆黒の剣を、下から上に斬り上げる様に高速で振り抜き、魔力を帯びた衝撃波を発生させ、魔術師の上に積み重なっていた瓦礫の山を吹き飛ばす。
単純に、瓦礫の山が魔術師を直接斬るのに邪魔であったからだ。
魔術師は体を起こす。
逃げ出す気配はない。
下半身は潰されてはいなかった様子であり、正座の様にしゃがみこむと、胸元で両手を組んで、祈る様に俯く。
「……。(覚悟ハ出来テイルトイウ事カ?)」
長い紫色の髪が、ヴェールの様に顔を隠している為、彷徨う騎士に魔術師の表情は窺い知れなかった。
しかし神に祈るような姿が、自らの死を受け入れているかのように感じられたのだ。
「……。(潔イ事ダナ)」
そう思いながらも、彷徨う騎士は剣を振り上げ、地を蹴った。
魔術師の首を、斬り落とす為に。
「オォォォォォッ!」
気合いと共に剣を振り下ろす。
意図せずとも発生する、軽い衝撃の波に、魔術師の髪が舞った。
魔術師の顔が、露わになる。
その瞬間、彷徨う騎士は、自らの視界に入った全てに、一瞬にして心を奪われた。
白い肌。
長い睫。
上げて行けば切りが無い。
人の顔を構築する、全ての要素が美しかった。
「―――……ッ!!!」
時が止まったかの如く、彷徨う騎士の体は硬直した。
動きを止めた自らの体を、彼は褒めてやりたかった。
眼前の存在を、これほどの女性を、殺めずに済んだ事を。
「……?」
彷徨う騎士が、微動だにする事も出来ず女性を見つめていると、彼女は瞳を開く。
涙に濡れた赤い瞳が、彷徨う騎士を見つめている。
彷徨う騎士も吸い込まれる様に、彼女の瞳に目を奪われて離せない。
しかし、ややあって、偽らざる本心が溢れ出た。
「―――綺麗ダ」
そんな言葉に。
「―――え?」
虚を突かれた表情で、女性は騎士を見つめていた。
ありがとうございました。




