出会う二人の四十話
大変お持たせ致しました。
よろしくお願いします。
彷徨う騎士の絶叫と、ディザスター・ゲイルの騒音が響く中、セラフィナは自らに問う。
何故、自分は彷徨う騎士の前に立ち塞がったのかと。
答えは簡単だ。
守りたかったのだ。
今、自身の背後にいる仲間達を。
「な、なんて魔術だい!? これは!?」
「うおぉぉぉっ!?」
「やっぱハンパじゃねぇよセラフィナ!」
「セ、セラちゃんすごい!」
収束しているとはいえ、ディザスター・ゲイルの余波でフロア内には暴風が吹き荒れている。
ステルス・フィールドの効果範囲内から飛び出してきたエキドナたち金色の虎は、暴風に舞う土埃が目に入らない様に、顔を手や腕で庇いながら口々に驚愕の言葉を発した。
「エキドナ様! 急いで下さい! 長くは……持ちませんの!」
急激に消費されていく魔力を自覚し、セラフィナは叫ぶ。
装陣器メルカルトの剣身から展開されている魔術法陣からは、未だ暴風が激しく吹き荒れているが、ディザスター・ゲイルは持続させる為に常に魔力を消費し続ける必要の有る魔術なのだ。
如何に魔力量に優れたセラフィナと言えど、そう長く保てるものでは無い。
効果範囲の収束に集中力を割かなければ、ポーションで魔力を回復させつつ長時間に渡って魔術を維持する事も出来たかもしれないが、現状ではそんな余裕も無い。
全員が生きてメリエルに帰還する為には、一刻も早く総員の撤退を完了させなければならない。
しかし、ここに来て、致命的とも思える認識の違いが彼女達の間には存在していた事が浮き彫りとなった。
「大丈夫だセラフィナ! アンタのおかげで聖水の樽が壊れた! 結界が構築できたよ!」
「姉さん! このまま一気に押し切れるんじゃないっスか!? やっちまいましょう!」
「な、何を仰って……っ!?」
暴風の中、背後より聞こえるエキドナとイーサンの声に、セラフィナは我が耳を疑う。
確かにディザスター・ゲイルの余波によって、聖水の入った樽は破壊されている。
それ故にエキドナの発言は、結界によって安全に撤退が出来るという意味合いのものと思われた。
しかしイーサンの発言は、この期に及んで彷徨う騎士を倒せると考えてのものらしい。
その現実に、セラフィナ胸には強く後悔念が押し寄せた。
何故、確証が無くとも仲間達に自身の抱いた確信を伝えなかったのか、と。
伝えていれば、この一刻を争う事態に際し、無駄な時間を費やさずに済んだ筈なのに、と。
「あれは……違いますの! あれは……!」
暴風の中、漆黒のローブのフードが外れ、頑なに隠してきた自身の頭部が露わになるのを顧みず、セラフィナは叫んだ。
騒音に掻き消される事なく、この場に居る全員の耳に、確実に届くようにと。
「彷徨う騎士は……ゴーレムですの!」
人々の叡智、魔術と技術の粋を結集して創造された生命無き人形、『ゴーレム』。
構造上の理由から、その多くが巨人の如き姿をしているとされる、人工創造物。
その身体的スペックは、創造者の実力による個体差は有れど、何れも凄まじく、単純な戦闘能力だけならば、ドラゴンにも匹敵するとされている。
極めて難解かつ困難な創造方法から、ゴーレムを創造できる者は絶えて久しく、今や伝説級の存在となっていた。
そんなゴーレムが、到底信じられない程の小さなサイズで、今、眼前に在る。
エキドナ達は、セラフィナの発言と言えども、直ぐに信じる事が出来なかった。
「な……!?」
「ゴ……!?」
「そんな馬鹿なっ!?」
「ゴーレム!? セラちゃん嘘でしょう!?」
エキドナとイーサンが絶句し、ウルガとアーネが顔を引きつらせながら叫ぶ。
無理もない反応だろう。
発言者がセラフィナでなければ、笑い飛ばされても仕方がないほどに、ゴーレムとは巨大な存在として知れ渡っているのだから。
当のセラフィナでさえも、実際にゴーレムを目にした経験が無ければ、彷徨う騎士がゴーレムだ等とは到底思わなかったに違いない。
「故郷でゴーレムを目にしたことが有りますの! 間違いございません!」
セラフィナの脳裏に、故郷にて代々一族を守護してきたゴーレムの姿がよぎる。
ゴーレムの例にもれず、巨大な姿と膨大な魔力を内包した存在であったが、幼い頃より見知っていた為か、不思議と恐怖を抱かなかった事をセラフィナは覚えている。
それでも圧倒的な魔力に、気を抜けば眩暈を感じる程であったのだ。
初めて目にしたゴンザが倒れてしまっても不思議は無く、セラフィナとて故郷で目にしてなければ昏倒してしまっていただろう。
「ゴーレムに聖水は効きませんの! ましてゴーレムを倒す事など、到底……!」
そう、到底不可能な話なのだ。
討伐作戦は、根底から成り立っていなかった。
彷徨う騎士を、アンデッドと誤認したまま練られた作戦では、始まる前から失敗が決まっていたのだ。
もっとも、彷徨う騎士の正体がゴーレムであると見抜けていたとしても、通用する策が練れたかどうかは疑問であったのだが。
「アンタ達っ! 撤退だよ! 急ぎなっ!」
逸早く衝撃から我に返ったエキドナは、ゴンザの左後方に展開されているステルス・フィールドの方へと顔を向けると声を張り上げる。
ゴンザに意識が無く、ゲインも正気とは言えない状況故に、作戦のリーダーとして赤色の両パーティへと指示を飛ばしたのだ。
「りょ、了解しました!」
「逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「って、おいっ!? ゴンザさんは!?」
「ゲインさんはどうすんだよっ!?」
「担ぐしかねぇだろっ! 急げぇ!!」
エキドナの指示を受け、ステルス・フィールドから飛び出してきた赤色のパーティメンバー達。
中には形振り構わず洞窟外へと逃げ出す者も居たが、多くの者がゴンザとゲインを助けるべく自発的に二人の元へと駆け寄っていく。
「うぉっ!? ゴンザさん重過ぎるだろっ!?」
「俺も手を貸すっ! 急ぐぞ!」
「ウルガさん! 助かります!」
「しっかりしやがれゲイン! とっとと逃げるぞ!」
「イ、イーサン……す、すまねぇ腰が……!」
「仕方ねぇなホラ掴まれっ!」
見た目以上に重過ぎたゴンザの体重等、想定外のアクシデントもあったが、先んじてエキドナに指示されていたウルガが手を貸す事により、ゴンザは半ば引きずられながら洞窟外へと運ばれていく。
ゲインもイーサンに肩を貸される形で立ち上がると、悔し気に顔を歪めながら洞窟外へと進んで行った。
「よし、何とかなりそうだね……アーネ! アンタも早く逃げるんだ!」
フロア内に残るのはエキドナとアーネ、そしてセラフィナの三人のみ。
自身が殿として最後まで残る事を決めているエキドナは、アーネにも撤退を促す。
「私も残ります! セラちゃんを置いて先にはいけませんし!」
「まったく、アンタってヤツは本当にブレないね……なら、手伝ってもらうよ!」
どんな時でも変わらないアーネの生き様に、エキドナは苦笑を浮かべながらも無理に撤退させようとはしなかった。
「セラフィナ! 後はアタシとアーネだけだ! アタシ達で通路を塞ぐ! 長くは持たないだろうが、その隙に撤退するよ!」
エキドナは露わになっているセラフィナの後頭部、暴風に揺れる紫色の長髪と、そこから覗く特徴的な耳を、彼女の意思を慮ってか、なるべく見ない様にして叫んだ。
「つ、通路を塞ぐ……? わ、分かりました! お願い致しますの!」
セラフィナはエキドナの指示を聞き、彼女がどの様にして通路を塞ぐつもりなのか分からず疑問の表情を浮かべた。
しかし残り少なくなった魔力では最早撤退のタイミングを自ら作り出す事は困難と考え、エキドナの指示に了承の意を示す。
「アーネ! アタシの合図で通路入り口付近の天井にストーン・ブリットで魔術攻撃だ! 天井ブチ抜いて崩落させるよ!」
「……!」
「了解です! 全力で行きます!」
口早に指示を飛ばしたエキドナはセラフィナの左後方に、アーネは右後方へと移動すると、直ぐに魔術詠唱に入る。
「「顕現せしは―――――!」」
二人は声を合わせて詠唱を開始する。
エキドナの狙いは洞窟の天井を崩し、その土砂で通路を塞ぐ事によって時間を稼ぐというものであった。
無論、大した効果が見込めないのは、彼女自身十分に理解している。
それでもセラフィナが離脱するタイミングを作るため、生死を分けるかもしれない僅かな猶予を作るためにと魔術を詠唱する。
勿論アーネも同じ気持ちだった。
そして、その想いは確かにセラフィナへと届いていた。
「……!(エキドナ様……アーネ様……感謝致しますの……!)」
言葉にして伝える余裕こそなかったが、セラフィナは内心で強く感謝の念を抱く。
無事に生きて帰る事が出来たその時は、必ず言葉で伝えようとも。
しかし今は、眼前の脅威を振り払うべく、持てる魔力の全てを振り絞った。
そして遂に、時は来た。
「―――――セラフィナ!」
「っ! はいっ!」
間も無く詠唱を終えたエキドナは、魔術発動のトリガーとなる魔術名の発声を残した状態でセラフィナに叫ぶ。
その意味する所を、セラフィナは正確に理解した。
ディザスター・ゲイルの暴風の中では、通路を土砂で塞ぐ事は出来ない。
暴風によって、土砂その物が押し流されてしまうからだ。
それ故に先ずはディザスター・ゲイルを止め、その後速やかに通路を塞ぐ必要がある。
セラフィナは、自身の背後でエキドナが叫んだ時間稼ぎの方法を聞いた際、自身が取るべき行動を正確に把握していた。
然るに、エキドナとアーネが詠唱を終えるまではディザスター・ゲイルを維持し続け、エキドナ達の詠唱完了後に魔術を停止し、ストーン・ブリットの発動後は脇目も振らずにメリエル目指して走り抜ける……という事だ。
「く……ぅ……。(魔力はもう……ですがメリエルまで走るだけなら……!)」
ディザスター・ゲイルの停止と共に、否応なく呼吸が乱れるセラフィナ。
魔力が底をつきかけ、久しく忘れていた魔力の枯渇が原因の眩暈を感じながら、メリエルに辿り着くまではと気を引き締める。
そして、ディザスター・ゲイルの余波が残るフロアの中、魔術停止を確認したエキドナは声を張り上げた。
「行くよアーネ!」
「はいっ!」
自身を呼ぶエキドナの声に、待ってましたと言わんばかりにアーネは応じ、魔術発動のトリガーとなる魔術名を紡ぐ。
二人同時に、声を合わせて。
苦い経験ではあるが、明日には笑い話として、パーティ全員で、今日という日を語り合える日々を脳裏に浮かべながら。
「ストォォォン・ブリットォォォッ!」
「ストーーーン・ブ――――――――」
しかし、同時に紡がれ、同時に発動する筈の魔術は、片方しか発動しなかった。
「オォォォォォォォォォォッ!!!」
突如響き渡る絶叫。
そして、同時に前方より飛来した、蒼い輝きを纏った〝何か〟が、セラフィナとアーネの間を凄まじい速度で通り抜け、その衝撃波がアーネの詠唱を妨げたのだ。
通り抜けた〝何か〟の直ぐ近くに位置していた、セラフィナとアーネを弾くように吹き飛ばす事によって。
「ぁ……」
足が地面を離れ、自身が吹き飛ばされている事を自覚したセラフィナは、小さく、息を吐くような悲鳴をあげた。
視界の端には、自らとは反対方向に弾き飛ばされていくアーネの姿。
そして直後、フロアの壁面に全身を打ちつけた彼女は、否応無く意識を失う事となった。
「ぐぅっ!? い、今のは……!?」
エキドナは、セラフィナとアーネよりかは突如通り抜けた〝何か〟から離れた場所にいたが、魔術発動直後、やはり衝撃波によって弾かれ、フロアの壁に叩きつけられていた。
強かに打ちつけた背中の痛みを堪えながら、彼女は周囲の様子を確認し、状況の把握に努める。
そして、最初に目に入ったのは、つい先ほど彼女達の前方より飛来し、後方へと通り抜けて行った〝何か〟がフロアの壁面に穿った大穴であった。
「こ、こいつは……!」
エキドナにも正確に見えた訳では無かったが、恐らくは彷徨う騎士が投擲したと思われる〝何か〟が、エキドナ達三人を弾き飛ばし、壁面を穿ったのだ。
その大穴の深さは一目見ただけでは窺い知れず、現在エキドナ達がいるフロアが比較的地表に近い位置にある事を考えれば、この大穴が地表にまで達していても不思議は無い。
見る者にそう思わせる程、壁面に穿たれた穴は大きく、そして深かった。
「く……なんて事だい……これは……!(ヤツの、彷徨う騎士の力を完全に読み違えてた……これがゴーレムの力ってやつかい……!)」
投擲くらい躱して見せる。
そう言っていたイーサンの言葉に、内心ではエキドナも同調している部分があった。
如何に強大な膂力を持とうが、投擲する素振りを目にすれば、見切るのは容易いと。
しかし今、眼前に広がる光景を前にし、エキドナは背筋が冷たくなる思いであった。
威力も、速さも、エキドナの対応できる範囲を大きく逸していたのだ。
実際に投擲動作を見てからでも、どうしようも無い程に。
「は、早いとこ逃げないと……っ!?」
慄く心を何とか静め、一刻も早く逃げなければと気を取り直したエキドナは、その瞬間心臓を冷たい手で鷲掴みにされた様な感覚に陥った。
見当たらなかったのだ。
つい先程まで一緒にいたはずの、仲間達の姿が。
「セラフィナ!? アーネ!? どこだい!?」
周囲にはエキドナが自ら発動したストーン・ブリットによって撃ち崩された天井が、彷徨う騎士の投擲によって発生した衝撃波によって瓦礫となって散乱しており、更には酷い土煙までもが立ち込めている。
彷徨う騎士が姿を見せる様子こそ未だ無かったが、彼の存在が健在である事は投擲の威力を見ても疑いようは無い。
一刻も早く逃げなければ、三人揃って殺されかねないのだ。
それ故にエキドナは、逸る心を抑え、彼女達の名を叫びながら必死に目を凝らす。
そして直後、自身とは対面に位置するフロアの壁面にしたまま崩れ落ちているアーネの姿を発見した。
「アーネ!!!」
叫び、アーネの元へと駆け寄るエキドナ。
アーネの背にしている壁には生々しい鮮血が付着しており、崩れ落ちたアーネの後を追うように血が伝い落ちている。
エキドナは急ぎアーネの状態を確認していくと、やがて安心したように息をついた。
「良しっ! 意識こそないが、命の心配はなさそうだね……!」
後頭部を強く打ちつけたのだろう、頭から激しく出血し、僅かに呼吸が乱れているものの、確かに息づいているアーネの様子にエキドナは安堵する。
そして、最低限の応急処置をしようと、自らの腰に吊り下げた道具入れから治療用のポーションを取り出そうとして、思わず舌打ちをする。
「ちぃっ! 全部割れてやがる!」
先の衝撃波と、壁に打ち付けられた時のせいだろう。
エキドナの所持する治療用や魔力回復用のポーションは、ガラスの小瓶に入っていたが故に、その全てが割れており、中身は道具入れから滴り落ちていた。
冒険者として生きていれば、時折遭遇する災難の一つだが、よもやこのタイミングで訪れた事にエキドナは歯噛みする。
「アーネ! ちょっとゴメンよ!」
焦りながらも、エキドナはアーネの腰にある道具入れに手を伸ばす。
仲間であるとは言え、他人の物を勝手に使うのは気が引けたエキドナだが、事態は一刻を争うのだ。
エキドナは他ならぬアーネ自身の治療をする為に、彼女の道具入れから治療用のポーションを取り出し、出血の酷い後頭部に適量を振りかけ、残りをアーネの口に注ぎ込んだ。
「これで一応は……くそっ急がないと! セラフィナは……っ!?」
アーネの応急処置を終えるも、エキドナは息をつく間も無くもう一人の仲間、セラフィナの姿を探して周囲に視線を走らせる。
周囲には未だ土煙が立ち込め、視界は悪い。
焦りと不安、いつ姿を現すとも知れない彷徨う騎士の脅威に晒されながら、エキドナは必死にセラフィナの姿を求めて視線を巡らせる。
そして間もなく、自らの発動したストーン・ブリットが作り出した瓦礫の直ぐ側に、小さな人影を発見した。
「っ!!!」
エキドナは発見した人影に駆け寄ると、そこには長い紫色の髪と、特徴的な長く尖った耳を持つ女がうつ伏せに身を横たえていた。
漆黒のローブを身に纏い、頑なに素顔を隠す魔術師の女性、セラフィナだ。
もっとも、彼女の全身を覆い隠してきた漆黒のローブは、フード部分を含め、大部分が衝撃波によって引き千切られる様に裂けてしまっており、最早姿を隠す役割は果たせていなかった。
「セラフィナ! しっかりしな!」
うつ伏せの体勢と、長い髪によって表情は窺い難かったが、意識を失っている様子のセラフィナに、エキドナはあまり体を動かさない様に注意しながら肩を叩き、声をかける。
アーネと同様に頭部を強打しているのか、後頭部からは血が滲んでおり、うつ伏せ故に流れる血が彼女の真っ白な額や頬にまで滴り落ち、肌を赤く染め上げていた。
確かに呼吸を繰り返している事、頭部は裂傷こそ有れ頭蓋を損傷している様子が無い事から、一見して命に別状は無いとエキドナには思われたが油断は出来ない。
それ故に彼女は軽く肩を叩く程度にとどめ、声によってセラフィナの覚醒を促していた。
そして幸いにも、反応は直ぐに表れた。
「ぁ……ぅ……」
「セラフィナ! 大丈夫かい!? セラフィナ!!」
エキドナの呼びかけに、セラフィナは意識を取り戻した。
「わ……私、は……?」
「よかった! 待ってなセラフィナ! 今〝こいつ〟を退かす!」
エキドナの呼びかけによって、幸いにも早々に意識を取り戻したセラフィナ。
しかし、セラフィナの身には、不幸も同時に襲い掛かっていた。
「ぁ……足、が……!」
セラフィナの身を襲った不幸、それは意識を失い、倒れ伏した直後に起こった。
エキドナのストーン・ブリットによって作り出された瓦礫の山が、彷徨う騎士の投擲によって発生した衝撃波によって吹き飛ばされ、あろう事かセラフィナの上に降り注いだのだ。
不幸中の幸いとして、瓦礫の多くはセラフィナの身体を押し潰す事は無かったが、現状彼女の下半身は、その殆どが瓦礫に埋まっており、エキドナの目からでは分らなかったが、セラフィナの両足は全く動かせない状態であった。
少しでも動かそうとすれば圧し掛かった瓦礫が足に食い込み、鋭い痛みが走るのだ。
しかし、そうとは知らないエキドナは、一刻も早くセラフィナを救い出そうと、彼女の下半身を覆う瓦礫の山を退かそうと力を尽くす。
だが、その行動は余りに遅く、お世辞にも捗っているとは言い難いものであった。
何故ならば、エキドナにも魔力が殆ど残っていなかったからだ。
「クソ……こんなモン魔力が無くたって……!」
「……!」
魔力を用いた身体強化がなければ、如何にエキドナと言えども一人の女性。
鍛えている分、並の女性の比ではないが、当然限界はある。
魔力を回復しようにも、魔力回復用のポーションはガラスの小瓶に入っていたが故に先の衝撃波によって粉々に砕け散り、中身は全て地に還っていた。
事情を察したセラフィナは、自らに支給されたポーションを差し出そうとしたが、彼女がポーションなどのアイテムを入れた道具入れは腰に巻き付けるタイプのモノだ。
下半身が瓦礫に埋まっている状況では、当然取り出す事など出来ず、中身が無事かどうかも怪しい状態であった。
それ故に、セラフィナは別の解決案を口にする。
しかしそれは、彼女自身に、更なる現実を気付かせる事となった。
「エ、エキドナ様……御一人では困難です……! アーネ様と……? っ!? アーネ様は!?」
一緒にいたはずのアーネの姿が見えない。
セラフィナは最悪の事態が脳裏を思わず声を荒上げた。
「大丈夫だ! 気を失ってるが問題ない! さっさと全員で……畜生! 動け!」
「……っ!」
アーネの姿は見えずとも、無事を知らされたセラフィナは胸を撫で下ろす。
しかし、続いて発せられたエキドナの言葉に、事態が非常に差し迫った所まで来てしまっている事を悟らざるを得なかった。
「このままでは……!」
セラフィナは自身がどれ程の間気を失っていたのかは分からなかったが、彷徨う騎士が未だ姿を現していない事から、決して長い時間ではないという事は察しがついていた。
しかし、そんな幸運も、彷徨う騎士が現れれば何の意味も成さず、三人とも碌な抵抗も出来ないまま殺されてしまう事だろう。
自身も、エキドナも既に魔力が無く、アーネに至っては意識すらない状態なのだから。
「く……ぅ!(やはり……動きませんの……!)」
セラフィナは足の痛みを堪え、身体を捻って自身の上に圧し掛かった瓦礫を押し退けようと力を籠める。
しかしエキドナでも動かす事の出来ないものを、セラフィナが身体強化も無しに動かせる筈も無かった。
アーネは意識が無く、エキドナと自身は魔力が枯渇している状態。
瓦礫は身体強化無しでは動かせず、魔力は回復したくてもポーションが無い。
決断しなければならない時が迫っていた。
「エキドナさ―――」
セラフィナは口を開く。
決断を促すために。
だが、その時、彼女を追い立てるかの様に咆哮が轟いた。
「オォォォォォォォォォォッ!!!」
彷徨う騎士の絶叫。
その叫びには、確かな怒りが込められているとセラフィナには感じられた。
「―――っ!」
「くそっ! 急がなけりゃならないってのにアタシは……アタシはっ!」
額に汗を滲ませ、指先から血が流れるのも無視してエキドナは叫び、瓦礫を押し退けんと力を振り絞る。
だが無情にも、瓦礫は動きそうにも無かった。
「……エキドナ様」
「大丈夫だセラフィナ! こんな物! こんな物はっ!」
エキドナも理解してしまっているのだろう、このままでは全員助からないという事を、決断しなければならない時が来ているという事を。
それでも尚、自身を救おうと力を振り絞るその姿に、セラフィナは微笑みさえ浮かべ……ついに、その言葉を紡いだ。
「行って下さい」
「!!!」
エキドナが凍り付いたように体を硬直させた。
「魔力が回復したら、後を追いますの」
「何を言って……」
如何にセラフィナであろうとも、魔力の回復には相応の時間が必要だ。
彷徨う騎士が現れるまでに、魔力が戻るとは、エキドナにもセラフィナ自身にも思えなかった。
「先の魔術で、彷徨う騎士を洞窟の奥へと押し流す事が出来ました。警戒もしている事でしょうから、再び姿を現すまでに僅かながら猶予が有ると思いますの」
「セラフィナ? さっきから何を……!」
確かに先のディザスター・ゲイルによって、彷徨う騎士は洞窟の奥へと押し流されていた。
しかし警戒していたとしても、既に相応の時間が経過してしまった今となっては、何時姿を現しても不思議ではないのだ。
「ですからどうか、一刻も早くアーネ様を安全な場所へと……!」
「セラ―――」
「エキドナ様!!!」
「っ!?」
エキドナの言葉を遮り、セラフィナは叫んだ。
既に素顔を隠すフードは無く、流れる髪の隙間から、セラフィナの瞳が真っ直ぐにエキドナの瞳を見つめていた。
「貴女はパーティのリーダーでしょう?」
「ああ……」
「今、何を優先するべきなのか……貴女は分かっているのでしょう?」
「……だがっ!」
「大丈夫ですの」
「っ!」
「また、お会い致しましょう」
セラフィナは微笑む。
エキドナが見た、誰の、どんな笑顔よりも、その微笑みは美しく、気高く、雄弁に彼女の意思を物語っていた。
このままでは三人とも助からないと。
今なら二人は助かると。
自分を、セラフィナを見捨てて逃げろと。
彼女の言う〝また〟が何時の事なのか、エキドナは考えたくも無かった。
だがそれでも、エキドナはリーダーとして、その責務を果たすべく、最善の決断を下す。
「わかった。また……会おう……っ!」
エキドナは絞り出すようにそれだけを口にするとアーネの元へと駆け寄り、彼女を抱き上げる。
そして洞窟の外へと駆け出そうとしたところで一度だけ立ち止まる。
「真っ直ぐに、前だけを向いて……さあ!」
その、微かに震える背中に、セラフィナは優しく語りかける。
振り返らず、前に進めと。
「っ! ……ありがとう……セラフィナ!」
そして彼女は走り去る。
セラフィナを、一人残したまま。
「……さようなら、エキドナ様」
彷徨う騎士の膨大な魔力の余波で鳴動する地竜の洞窟で、セラフィナは小さく、別れの言葉を呟いた。
死が迫っていた。
死は、蒼い輝き纏い、一歩一歩、確実に彼女の、セラフィナの元へと迫って来ていた。
「く……ぅ」
僅かに回復した魔力を身体強化に用い、何とか瓦礫を退かそうとセラフィナは力を尽くす。
しかし、その結果は余りに虚しいものであった。
「やはり、動きませんの……」
最後の抵抗が無意味に終わり、セラフィナは愛剣、母より授かった装陣器メルカルトを握り締める。
「お母様……お母様……っ」
最早避けられぬ死が、恐ろしくない訳がなかった。
我知らず、幼子の様に母を求める言葉が溢れ出る。
もう一度母に会いたい。
その胸に抱かれ、力一杯抱きしめ返したい。
そんな想いが、涙と共に溢れ出る。
「最後に……もう一度お会いしたかった……」
セラフィナの眼前まで、蒼い死が迫っていた。
死は瓦礫の山の前で立ち止まるも、セラフィナの存在に気が付いていない筈も無い。
その手に握るは漆黒の剣。
死は、その剣を、下から上へと、斬り上げる様に振り抜いた。
直後、蒼い煌めき纏う衝撃波が生まれ、セラフィナに圧し掛かっていた瓦礫を吹き飛ばす。
「ひ……ぅ」
瓦礫がいとも容易く吹き飛ばされ、セラフィナは身動きの自由を得た。
しかし、だからと言って、逃げられるかと言えばそんな筈がない。
全力で走っても、即座に追いつかれ斬り殺されるだけだ。
そう確信出来てしまっているセラフィナは、それ故に無駄な抵抗はしなかった。
恐怖に震え、満足に体が動かせなかったというのもある。
だがそれ以上に、最後くらい潔く、誇り高く逝きたかったのだ。
セラフィナは体を起こすと、正座の様にしゃがみ、両手を胸元で組むと祈る様に目を閉じた。
「どうか……先立つ不孝をお許し下さい」
そんな祈りが済むのを待っていた訳では無いだろう。
だが、その直後だった。
死が、彷徨う騎士が、漆黒の剣を振り上げ、地を蹴ったのは。
「オォォォォォッ!」
咆哮が響く。
刃が迫る。
衝撃波に、セラフィナの髪が舞う。
「―――……ッ!!!」
そして、時が止まった。
そう感じる程の静寂が、地竜の洞窟に訪れた。
「……?」
未だ途切れぬ意識に、セラフィナは疑問を抱き、瞳を開く。
眼前には刃、そして彷徨う騎士。
蒼い魔力が炎の様に煌めいている。
だが、動かない。
時が止まったかのように微動だにせず、セラフィナを見つめる様に、蒼い火の玉の如き眼球が彼女を捉えて離さない。
互いに見つめ合っている。
そんな気がしていた。
一時は酷く恐れた瞳のはずが、今は温かな炎の様に感じられ、不思議と恐怖を忘れて見つめ合う。
しかし間も無く、静寂は破られる。
「―――綺麗ダ」
「―――え?」
そして、時は動き出す。
ありがとうございました。
非常に大切なお話でしたので、執筆に時間がかかってしまいました。
今後ともよろしくお願い致します。




