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迷いと決断の三十九話

よろしくお願いします。

 彷徨う騎士が姿を現した事により、ステルス・フィールドに隠された空間でも状況は動き始めていた。

 ステルス・フィールドが展開されているのはフロア中央付近にいるゲインの右後方と、ゲインの左に居るゴンザの左後方だ。

 右側のフィールドにはセラフィナを含む金色の虎が、左側のフィールドには赤色の両パーティが身を潜ませている。


 「ヤツが十分にフロア内に入ったら結界を展開するよ! 準備は良いね!?」


 「了解です!」 


 「了解っス!」


 「了解っ!」


 ステルス・フィールドの中で、エキドナの指示に金色の虎のメンバーが各々応答する。

 エキドナは愛剣を、ウルガは今日ばかりは業物の盾を、イーサンとアーネは魔力回復用のポーションを手にして魔術の連続発動に備えている。

 エキドナとウルガも、万が一のために剣や盾を手にしているが、片手には魔力回復用のポーションを握り締めている事から、作戦通り魔術で攻めるスタイルに変更は無い。

 そして彼等の標的となる彷徨う騎士はと言えば、姿を現したものの未だ通路の出口付近に留まっており、聖水による結界の内側に閉じ込めるには、もう少しフロア内に引き込む必要があった。

 先のエキドナの指示は、それ故のものである。


 「それにしても……あれは槍かい? 噂話に杖か何かを持っていたなんてのが有ったが、まさか本当だったとはね」


 彷徨う騎士が十分にフロアに入り込むのを待つ間、エキドナは遂に再会を果たした標的の様子を改めて確認する。

 その結果として最初に目に付いたのが、彷徨う騎士が左手に握る槍であった。

 以前彼女が遭遇した際、彷徨う騎士は槍など持ってはいなかった。

 故に、噂に尾鰭が付いたと断じていた事が、真実であったという現状に、エキドナは歯噛みする。


 「こいつは面白くない状況だね。投擲されれば聖水による結界じゃ防げない……!」


 懸念するのは、何と言っても彷徨う騎士の反撃だった。

 聖水による結界が構築されれば、アンデッドの彷徨う騎士自身は結界の外に出る事は出来ない。

 しかし体の一部ではない武器の類は、投擲という形でならば、結界の周辺以外にも十分に攻撃が届くのだ。

 これを無視する事は、到底できないだろう。


 「ですがリーダー、投擲できるのは槍と……可能性が有っても剣の二つだけです。二度躱す事が出来れば勝利は揺るぎません! 作戦は続行しましょう!」


 「……イーサン、アーネ、セラフィナ! アンタ達の意見は?」


 エキドナの言葉を聞いたウルガは、彼女が作戦の中断を検討していると考えたのか、自らの意見を具申する。

 それに対するエキドナの答えは、他の仲間たちの意見の発言を促すものだった。


 「ウルガに賛成っス。リスク無しで戦える相手とは思ってなかったっスからね~……投擲の二回くらい躱して見せますって!」


 「エキドナさんの決定に従います。ただ、現状は想定外ではありますが、絶望的では無いと考えます」


 「作戦続行に賛成2、消極的賛成1ってトコか……」


 自らの意見を口にしたイーサンとアーネ。

 先に発言したウルガの意見も含め、ここまでは作戦の続行を推す意見が多かった。


 「セラフィナは? ……セラフィナ?」 


 エキドナは未だ意見を口にしていなかったセラフィナに問いかける。

 だが、問われたセラフィナの様子は、正常とは言い難いものだった。


 「エキドナ様……いけませんの、戦っては……あれは……あれは恐らく……ですが、まさか……」


 辛うじて作戦の続行に反対する意思は言葉に出来ているが、その理由は不明瞭。

 決して長い付き合いではないエキドナ達ではあったが、セラフィナの様子が尋常ではない事は一目瞭然である。


 「セ、セラちゃん? 大丈夫?」


 その様子に、アーネが心配そうに身を寄せて声を掛けるが、その目は彷徨う騎士に向けたままだ。

 全員の目は、一様に彷徨う騎士を捉えて離さなかった。

 標的から目を逸らさないのは、冒険者として基本的な事だ。

 相手が各上ならば尚の事徹底するべき事だろう。

 しかし、その結果、彼等が最初の異変に気が付いたのは、ゲインの声が響いた後だった。


 「ア……アニキ……?」


 その声は、金色の虎の面々の直ぐ左から突如響いた。

 彷徨う騎士の姿を目にしたゴンザが、泡を吹いて倒れたのだ。


 「ゴ、ゴンザ!?」


 エキドナも、他の者達も、この時ばかりは目を剥いてゴンザを見た。

 地面に横たわるゴンザの姿は、ゲインの影になり見難くはあったが、エキドナからはゴンザの顔を見る事が出来た。

 そして察する。

 既に意識が無く、戦力になり得ない事を。

 そうなってしまった原因を。


 「まさかヤツの魔力を見て!? 失神するほどなのかいっ!?」


 エキドナはゴンザと違い、見るだけでは分らない。

 前回接触した際も、ウルガが前衛を務めていたこともあり、至近距離にまで近づけないまま撤退を決断していた。

 それでも並外れた魔力を感知する事は出来ていたが、精度は間違いなく鈍ってしまう。

 故に前回の接触で、エキドナは彷徨う騎士の魔力を、正確な脅威度を測れていなかったのだ。


 「想定以上の魔力……ゴンザを欠いて作戦の続行は……くっ! 作戦中止だ! 撤退するよ!!」


 彷徨う騎士の想定以上の魔力と、リーダーの一人であるゴンザの戦闘不能。

 エキドナは自らの想定の甘さを認め、作戦中止を決断する。

 それからのエキドナの行動は速かった。


 「今ならヤツは追ってこない! ステルス・フィールドから出たらメリエルまで逃げるよ! ウルガっ! アンタはゲインに手を貸してゴンザを担ぎな! アタシは殿だ!」


 エキドナは矢継ぎ早に指示を飛ばすと、自身が最後まで残り、殿となる事を宣言する。

 それに対し、彼女の仲間達は異を唱える事はしなかった。


 「了解しました! お気を付けて!」


 絶対の信頼を籠めてアーネが。


 「了解っス! メリエルで先に一杯やってますよ!」


 再会を疑いもせずにイーサンが。


 「了解! ゲインと……ゲイン!?」


 命じられた自ら役目を果たすべく、ウルガが声を上げる。

 しかし、その視線がゲインへと移された時、彼の声は裏返った。

 ウルガの視線の先で、腰を抜かしているゲインが、今正に自らの剣を彷徨う騎士に投げつけようとしていたのだ。

 その行為が意味する事を、身をもって知っているが故に、ウルガは叫ぶ。


 「ゲイン! 止せぇぇぇぇぇっ!!」


 ステルス・フィールドに遮られた空間に、決して届かぬウルガの絶叫が響いた。











 「っ……!(あれは……やはり……!)」


 矢継ぎ早に告げられるエキドナの指示を、どこか他人事のように聞きながらセラフィナは思う。

 眼前の存在、彷徨う騎士は、決してアンデッド等ではないと。

 しかし確信は出来ても確証は無く、自身の知る特徴の内、余りにも違い過ぎる部分が有った為、発言は出来ずにいた。


 「く……ぅ(これ程の魔力……! 見ているだけで意識が飛びそうですの……っ!)」


 標的から目を逸らす訳にもいかず、セラフィナは精神を圧迫する恐怖に耐え続ける。

 同様と確信する存在を知るセラフィナでさえ、この有様なのだ。

 ゴンザが意識を失ってしまったのは、仕方がない事なのかもしれない。

 いっそ、自分も気を失ってしまった方が楽なのではないかと、セラフィナは考え出すほどだった。

 しかし、それもあと少しの辛抱だと、セラフィナは自らを鼓舞する。

 何せリーダーたるエキドナは、既に作戦の中止を決定しているのだ。

 あとは彼女の指示に従い、メリエルまで駆け抜ければいい。

 そう自分に言い聞かせ、セラフィナは自我を保っていた。

 だが、事態は予期せぬ方へと向かってしまう。


 「ゲイン! 止せぇぇぇぇぇっ!!」


 ウルガの絶叫。

 それは悲鳴にも似ていた。

 視線の先では彷徨う騎士に剣を投げつけるゲインの姿。

 信頼する兄が倒れ、恐怖の余り精神を平静に保てなかったのだろう。

 正気を失った者のとる行動は、得てして予測できないものだ。

 ゲインもその例にもれず、知っている筈の、してはいけない筈の行動をしてしまう。

 反撃対策を行っていない状況下での彷徨う騎士への攻撃。

 それは彷徨う騎士討伐作戦において、絶対に行ってはならない事だと、作戦に参加した全員が理解していた。

 こちらから攻撃しなければ、彷徨う騎士からも攻撃してこないという事も、全員が理解していた筈なのだ。


 「あ……ぁ……」


 セラフィナの口から、言葉にならない声がもれた。

 周囲にいる金色の虎の面々も、口を開いたまま言葉も無く立ち尽くしていた。

 案の定、容易くゲインの投擲は防がれ、彷徨う騎士の身体の節々から蒼い炎の様な魔力が吹き荒れる。

 彷徨う騎士に敵として認識されたのだと、この場に居る全員が解釈した。

 蒼い炎の如き魔力を纏う彷徨う騎士が、余りにも恐ろしすぎて。


 「ひ……ぅ……」


 セラフィナの脳裏には、激しく警鐘が鳴り響き、思考が渦巻いていた。

 今すぐ逃げ出すべきか、それとも自身の展開したステルス・フィールドを信じ、この場に留まり彷徨う騎士が立ち去るのを待つべきか。

 あるいはゲインを守るべく、彷徨う騎士の前に立ち塞がるべきなのか。

 ステルス・フィールドの隠密能力は、完璧でも万能でもない。

 展開している空間に、彷徨う騎士が侵入してしまえばそれまでだ。

 勿論ステルス・フィールド内に侵入されない可能性も有れば、明確に攻撃を行ったゲインとは違い、敵として認識されない可能性も有る。

 しかし、それは余りに楽観が過ぎるというものだろう。

 ならば、やはり彷徨う騎士の前に立ち塞がるのか。

 その先に待つ結果は明白であるというのに。

 勝率は絶無。

 決して勝てはしないのだから、その先に有るのは敗北のみ。

 敗北して命が残る可能性など、考えるのも馬鹿馬鹿しい。

 では逃げるのか。

 形振り構わず、全てを置き去りにして。


 「っ……!」


 実際問題、それが正解のようにセラフィナには思えた。

 彷徨う騎士の標的は自身ではなく、ゲインなのだ。

 逃げ切れる可能性は十分にあるし、エキドナは既に撤退を指示しており責められる言われも無い。

 何ならメリエルで待たず、そのまま別の町まで旅立ってしまってもいいだろう。

 元よりセラフィナは、作戦が終わり次第、そうするつもりだったのだから。

 しかし、迷えるセラフィナの足は、自身にとって最善と思える方向とは逆へと進もうとしていた。


 「時間を……」


 「セラ、フィナ……?」


 メリエルへと続く後ろでは無く、彷徨う騎士の前へと。


 「(わたくし)が時間を稼ぎますの!」


 エキドナでさえ硬直する中、セラフィナはそれだけ告げるとステルス・フィールドから飛び出し、彷徨う騎士の前へと躍り出る。

 愛剣を、装陣器メルカルトを抜き放ちながら。


 「エキドナ様! 撤退命令を!」


 セラフィナは叫び、メルカルトを彷徨う騎士へと向ける。

 剣の切っ先をではなく、剣身を横一文字になる様に構え、その腹を、剣身に刻まれた魔術法陣を彷徨う騎士へと突き付ける。

 そして、装陣器メルカルトに刻まれた複数の魔術の内、最強の魔術を発動した。


 「ディザスタァァァァァゲイルッ!!!」


 風属性の攻撃魔術の内、最も広範囲に効果を及ぼし、最も高威力とされる魔術、『ディザスター・ゲイル』。

 本来は間違っても洞窟内で使う事の無い大規模魔術を、セラフィナは一切の迷いなく発動した。

 その身に秘める全ての魔力を、この魔術に注ぎ込む様に。

 間も無く顕現したのは、世に災いを齎す暴風そのものだった。

 吹き荒れる風の一陣一陣が鋭利な刃の様に、あるいは槌で打ち付けるかの如き衝撃破となって彷徨う騎士へと殺到する。

 セラフィナは右手でメルカルトの柄を握りながら、左手を切っ先に添えるようにして当て、本来は扇状、広範囲に展開するディザスター・ゲイルを制御する。

 魔術の効果範囲が、彷徨う騎士に収束する様にと。

 そして遂に、セラフィナ渾身の魔術は彷徨う騎士へと到達した。

 時間してみれば、僅か数秒の出来事。

 ただでさえ狭い洞窟内で、更に狭く細い通路から、姿は見えど未だ抜けきれない彷徨う騎士は、この魔術から逃れる事が出来なかった。


 「オォォォォォォォォォォォォォォッ!?!?!?」


 ディザスター・ゲイルに飲み込まれた彷徨う騎士から、壮絶な絶叫が地竜の洞窟に響き渡った。

ありがとうございました。

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