作戦と失敗の三十八話
よろしくお願いします。
「むぅ!!! 来たかっ!!!」
それはエキドナ率いる金色の虎と、ゴンザとゲイン率いる赤色の両パーティが、彷徨う騎士討伐作戦を開始してから、二日目の事である。
一日目の午前中に地竜の洞窟前に拠点を作り、午後から洞窟内でのトラップ設置作業。
その後、全ての準備が整い、囮となるクリムゾン・フォックスを解き放ったのは、日の入りまでそう長くない時間だった。
結局一日目は空振りに終わり、日の入りと同時に一時撤退、拠点で夜を明かす事になった。
異様なまでの静けさと、微かに感じる地面の振動。
緊張による体の強張りと、警戒を厳にし過ぎたが故の準備の遅延が仇となり、一日目の作戦の実動時間は想定より短くなってしまった。
しかし、同時に想定外の吉報もあった。
当初は彷徨う騎士が囮に食らい付いた後に発動する予定であったステルス・フィールドを、残り四日間常に維持できると発報した魔術師がいたのだ。
言うに及ばず、飛び入り参加のセラフィナである。
更には四日間維持するだけの魔力も、一晩休めば魔力回復用のポーションを使わずに回復できると言うのだ。
合同パーティのリーダーであるエキドナは、迷わずセラフィナの申し出を受け入れた。
その結果、二日目の日の出から作戦を再開し、今しがたゴンザが声を上げた時には既に、ステルス・フィールドの効果範囲外のゴンザとゲインを除き、全てのメンバーが魔術によって気配を隠す事が出来ていた。
「よし! 囮を引き戻す! 戦闘準備だ!」
ゴンザと共にステルス・フィールドの効果範囲外で待機していたゲインは、ゴンザの言葉を聞くや否や右手の親指と中指で輪を作り、口に銜えて指笛を吹く。
ゲインの直ぐ隣に居るゴンザも同様だ。
甲高い音が洞窟内に響き渡ると、彼等が従えている魔獣クリムゾン・フォックスは直ぐに反応し、主人である自身の元へと戻るべく走り出したのを彼等は感知した。
「よし……来たね! アンタ達! 準備はいいかい!」
一方、ステルス・フィールドの効果範囲内でもエキドナ達が行動を開始していた。
ゴンザとゲインからはエキドナ達を感知する事は不可能だが、エキドナ達からは可能である。
故に彼等の声を聞いたエキドナ達は、作戦通りに準備を整え、その時を待つ。
彷徨う騎士が姿を見せる、その時を。
素早く準備を整えたエキドナは、この場に集った勇者達の顔を見渡していく。
金色の虎のメンバーであるアーネ、イーサン、ウルガ。
赤色の牙と爪を率いるゴンザとゲイン、そのパーティメンバーの中でも戦闘能力に秀でた十人の冒険者達。
そして最後に……セラフィナ。
自分を除く十六人の顔を、エキドナは一人づつ見つめていく。
緊張を残す者もいるが、全員が自信と覚悟を秘めた勇ましい表情している。
ただ一人、セラフィナを除いて。
「セラフィナ? 大丈夫かい?」
それもそのはず、彼女の顔はローブのフードによって隠されている。
そんなセラフィナの表情など、誰にも分る筈が無い。
しかしエキドナはセラフィナの様子に声を掛けずにはいられなかった。
その身に秘める大量の魔力には不釣り合いに思える小さな体と、フードの影から覗き見える形の良い唇を、セラフィナは強烈な吹雪に曝されて、必死に耐えているかのように震えていたからだ。
「エ、エキドナ様……」
「なんだい?」
近くのフロアにいた囮から順次戻って来てはゴンザとゲインの元に駆け寄るクリムゾン・フォックスを尻目に、セラフィナは普段よりも更に青白い唇を震わせながら言葉を紡ぐ。
「エキドナ様は……彷徨う騎士を、直接御覧になられているとの事ですが……」
「あ、ああ……実際に、この目で見ているけど……?」
セラフィナの様子にエキドナもただならぬ何かを感じ、返答に動揺の色が滲む。
「よく……本当に、よく……御無事で……」
「セ、セラフィナ? 一体どうしたって―――」
セラフィナは、一体どうしたというのか。
その問いを、エキドナは最後まで言い切る事が出来なかった。
「来やがったなっ!」
ゲインが叫んだその言葉が、作戦が次の段階へと入った事を全員に知らしめたからだ。
「あ……ぁ……ぅ……」
この場に集った全員の視線が一カ所に集まる中、セラフィナの口からは言葉にならない声が漏れた。
「来たみたいだね……」
撤退して来るクリムゾン・フォックス達の後を追い、セラフィナ達のいる、このフロアへと、遂にその存在は現れた。
「ヤツだ……!」
大きく口を開けたかの様な、洞窟の底へと向かう通路の先。
まるで闇の底から這い出して来る悪魔の様に、エキドナの言う〝ヤツ〟が現れた。
蒼い魔力を、身体の節々から炎の様に揺らめかせて出現した、漆黒の全身鎧に、右手に剣を、左手に槍を握った、人ならざるモノ。
「ヤツが……彷徨う騎士だよ!」
彷徨う騎士。
その姿を目にした瞬間、セラフィナは作戦の失敗を悟った。
戦士エキドナは後に語る。
作戦は、始まった瞬間に終わったと。
その結果は、始まる前に決まっていたのだと。
「ぐ……ぉ……っ!!!」
始まりは、ゴンザの身に起こった異変であった。
彼は姿を現した彷徨う騎士を見た瞬間、その巨体を痙攣させ、泡を吹いてその場に崩れ落ちたのである。
「ア……アニキ……?」
いざ作戦開始というタイミングで倒れた兄に、隣に立つゲインは呆然とした様子で問いかけた。
しかし白目を剥いて倒れ伏すゴンザは、時折痙攣で体を震わせるものの意識は無く、当然ゲインに応える事は無い。
「こ、これって……オイ嘘だろアニキ!? お、起きてくれアニキっ!!」
ゴンザの様子に思い当たる節があったのだろう。
ゲインはゴンザの隣に膝をつくと、既に抜き放っていた剣を地面に置き、彼の体を揺する。
そして何とか意識を取り戻させようと呼びかけるも、ゴンザは反応を返さない。
だが、そうしている間にも状況は動く。
彷徨う騎士が、彼らに向かって一歩踏み出したのだ。
「ひっ!」
彷徨う騎士の纏う漆黒の鎧が金属音を立てると、ゲインは悲鳴を上げた。
彼の心臓は痛いほど激しく脈を打ち、全身から汗が噴き出すと、首や背を伝って流れ落ちていく。
ゲインは知っていた。
ゲインは気づいてしまった。
兄が、ゴンザが倒れた理由を。
眼前の存在が、到底自分達の敵う相手では無いという事を。
「っ! く、来るな……」
また一歩踏み出した彷徨う騎士に、ゲインは声を震わせながら呟いた。
既に彼の心から闘争心は失われ、純粋な恐怖のみで満たされていた。
何もかも捨てて逃げ出したいのに、兄を置いては行けないという感情の板挟み。
それが彼の精神を、急速に追い詰めて行く。
事ここに至り、恐怖で埋め尽くされたゲインの頭からは、作戦や事前に聞いていた彷徨う騎士に関しての情報は全て抜け落ちてしまっていた。
それ故に、彷徨う騎士が次の一歩を踏み出した瞬間、ゲインは作戦の根幹を揺るがす、最悪の行動をとってしまう。
恐慌の名の下に。
「来るな……来る……う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ゴンザの隣に腰を抜かしてへたり込んだゲインは、恐怖のあまり自らの愛剣を拾い上げ、彷徨う騎士に向かって投げつけるという暴挙に出た。
そして、その行動が引き金となり、状況の推移は加速していく。
先ず、投じられた剣は、彷徨う騎士の握る槍によって容易く弾き飛ばされた。
これは、誰の目にも見えていた結果だった。
万が一命中していたとしても、彷徨う騎士の全身鎧によって弾かれていたに違いない、無意味な投擲。
だが、如何に無意味な行動であったとしても、この暴挙は彷徨う騎士に〝攻撃〟をしてしまったという事実に他ならない。
作戦の根幹、反撃を防ぐための結界を張れていない状況下で、あまりに無意味な先制攻撃が行われてしまったのだ。
当然、次に予想されるのは彷徨う騎士の反撃。
狙われるのは攻撃を行った、今尚へたり込んだままでいるゲイン。
そんな彼と、彷徨う騎士の間に、突如小さな影が躍り出た。
「エキドナ様! 撤退命令を!」
黒いローブを身に纏う魔術師、セラフィナが。
ありがとうございました。




