自信と到達の三十七話
諸事情ございまして、お話の構成を見直しました。
三十六話の後半をカットし、三十八話の前半へと移す予定です。
御理解のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。
遠吠えの主は、魔獣クリムゾン・フォックスだった。
彷徨う騎士は直接見た事がなかったが、引き継いだ知識によって知っていた。
「狐ガ遠吠エトハ……」
眼前の魔獣は、彼の生前の知識による狐と大差のない姿をしていた。
強いて違いをあげるなら、牙と爪が多少大きく感じる点と、クリムゾンの名に違わぬ毛皮の色といったところだろう。
寧ろ見た目よりも、狐が遠吠えを上げているという、行動の方に違和感を覚える彷徨う騎士。
彼自身の知識、生前に聞いた話によれば、狐が遠吠えを上げるのは発情期などに限った事だったと記憶している。
まさか眼前の不可解な行動をしている魔獣が、発情期の求愛行動をしているとも思えない。
やはり姿形は似ていても、根本的には別の生物なのだろう。
住む世界が文字通り違うので、当然と言えば当然ではあるのだが。
「サテ、ドウスル?」
彷徨う騎士は、まるで問いかけるように眼前の魔獣に対して言葉を放つ。
遠吠えを上げていたクリムゾン・フォックスは、彷徨う騎士に気づくと遠吠えを止め、彼を威嚇して牙を剥き出しにする。
唸りながら体勢を低くし、いつでも飛び掛かれる様に身構えているが、直ぐに襲ってくるという事はなかった。
「来ナイノカ? ソレナラ通ラセテモラウガ……」
彷徨う騎士は、フロア中央にいるクリムゾン・フォックスとの距離を一定以上に保つため、フロアの壁際を進む。
魔獣の反対へと回り込み、洞窟入り口側の通路へと向かう間も決して視線は外さず、手にする武器を納める事もしない。
クリムゾン・フォックスも、彷徨う騎士の姿が常に自らの正面にくる様に、その場を動かないまま体の向きだけを調整して威嚇を続けていた。
「ヨシ、コノ調子ナラ問題ハ……」
歩みを進めた彷徨う騎士は、間もなくフロアを通り抜け、洞窟入り口の方へと向かう通路へと辿り着いた。
威嚇していたクリムゾン・フォックスも、遂に襲い掛かって来る事は無く、彷徨う騎士は胸を撫で下ろした。
入り口までの道中、遭遇するクリムゾン・フォックスが、この調子で大人しくしていてくれれば問題ない。
そう思い、視線をクリムゾン・フォックスから外し、行く先への通路へと向けた瞬間。
彷徨う騎士は、地を蹴るような微かな音を感じ、弾かれた様に背後を振り返った。
「!」
振り向き際、土塊の槍を握る左腕を横薙ぎに振るう彷徨う騎士。
彼にして見れば、眼前を飛び回る煩わしい羽虫を払う様な、攻撃ですら無い、ただの仕草だった。
しかし彼が、彷徨う騎士が背を向けた瞬間に、待ってましたと言わんばかりに飛び掛かったクリムゾン・フォックスには、少々重すぎる一撃であった。
円錐状になっている土塊の槍の矛先で、飛び掛かって来たクリムゾン・フォックスの頭から首にかけてを横から薙ぎ払う形になってしまった彷徨う騎士。
クリムゾン・フォックスは頭蓋が砕け、首が明後日の方を向いた状態で吹き飛ばされ、フロアの壁面へと衝突してから地面に落ち、そこでようやく沈黙した。
「殺ッチマッタ……」
ほんの僅かに増えた魔力量が、クリムゾン・フォックスを殺してしまったという事実を明確に物語っている。
加えて死体からは、先程まで感じられていた魔力の糸の様なものが消失してしまっていた。
「飼イ主ニ気付カレタカ? 上手イ言イ訳ヲ考エテオカナイトナ……」
入り口付近にいる二人の人間。
恐らくは魔獣の主と思われる者達に対する謝罪、という名の言い訳を考え始めた彷徨う騎士。
しかし、状況は彼が上手い言い訳を考え付く前に動き始めた。
洞窟入り口の方向より、聞き覚えのある甲高い音が発せられ、彷徨う騎士の元にまで到達したのだ。
「ン? コレハ……指笛ノ音カ? ッ! 魔獣達ガ……!」
直ぐに聞き覚えのある音の正体を察した彷徨う騎士だったが、問題はその後に起こった。
周辺のフロアに散開していた魔獣達が、入り口付近にいる二人の人間の元へと、一斉に移動を開始したのだ。
指笛を合図にした行動である事は疑いようが無く、魔獣と二人関係も、明確な主従関係であると考えて間違いないだろう。
「移動ハ楽ニナッタガ、言イ訳ヲ考エル時間ガ短クナッタトモ言エルナ……。何ニセヨ、モウ無駄ニ殺サズニ済ミソウダ」
入り口までの障害物が揃って引き返して行った事で、短くなった到達時間と、言い訳を考える時間。
彷徨う騎士は、微妙に複雑な心境のまま、再び歩みを進め始める。
その胸中で、殺すつもりは無かった、今は反省している、等と考えながら。
しかし心の何処かで、最悪ルヴォルフの遺産で賠償すれば許してもらえるだろうと思っているあたり、本気で悪い事をしたと彼自身は思っていない。
何故ならば。
「マ、正当防衛ダシナ。ソレヨリ今後ノ為ニモ手加減ヲ身ニ付ケタ方ガ良イナ……」
歩み始めた彷徨う騎士の足が次のフロアに到達する頃には、彼の思考は早くも別の物事へと移っていた。
その思考が再び切り替わる時、それは間もなく訪れた。
「……。(何ダ? 何カ妙ナ感ジガスルナ……)」
声には出さず、彷徨う騎士は内心で思う。
洞窟の入り口付近、二人の人間が陣取るフロアまで、残すは通路一本のみという所まで到達した時の事だった。
今、彷徨う騎士の眼前に口を開ける通路は、高低差も有れば左右に曲がりくねってもいるため、彼の強化した視力でも先のフロアを見通す事は出来ない。
しかし彷徨う騎士は、自分が嘗てブラッディ・ヘルハウンドを屠ったそのフロアに違和感を覚えていた。
「……。(不自然ニ何モナイ……イヤ、何モナイ場所ガ作ラレテイル?)」
ゆっくりと、一歩一歩確かめるように進みながら、彷徨う騎士は感覚を研ぎ澄ませてフロアの様子を探る。
今も彷徨う騎士に感知できているフロア内の様子は、人間が二人のみである。
この二名が従えていたと思われる魔獣達は全て洞窟外へと出て、その場で待機している。
何故、一緒にいないのかという疑問は当然あったが、彷徨う騎士はそれ以上に気がかりな感覚に囚われていた。
何もない場所が有ったのだ。
微動だにしない人間二人は、魔力を用いて身体能力を強化しているのだろう、魔力が全身に張り巡らされているのが彷徨う騎士には分かる。
従えていた魔獣が死んだのだ、警戒されているのは仕方がないだろう。
しかし、この二人の体から溢れ出る魔力に問題があった。
身体強化は細胞の一つ一つを魔力で包み込む様に強化するという性質上、体の表面は魔力の輝きで包まれる事になる。
魔力濃度の低い者では目視できる程ではないのだが、彷徨う騎士程にもなれば、炎を纏っているかの様に見えるくらいだ。
そういった体の周りに留まっているものの、体外へと出ている魔力の内、この二人の人間には不自然に何も無い部分があった。
それぞれ体の端の部分が、まるで抉り取られているかの様に。
それが彷徨う騎士の囚われた、奇妙な感覚の原因であった。
「……。(一体ドウナッテイルンダ?)」
彷徨う騎士は、内心では疑問を抱き、首を傾げるものの、足は止めずに進んで行く。
それは決して早い速度ではなかったが、恐れや不安を感じさせない、確かな力強さを秘めた歩みだった。
「……。(マ、直ニ見レバ分ルカモシレナイナ)」
結局、彷徨う騎士は考えても分からないとの決断を下し、実際に二人の人間と相対する事を優先する事にした。
それは、少し前の彷徨う騎士ならば躊躇したであろう行動だ。
しかし今、屍竜を屠り、数多の魔獣との戦闘を経験した彼は、自信を持ってその行動を選択した。
だが彼は、直後に思い知る事になる。
自身の経験した戦闘は、その悉くが〝魔獣〟や〝魔物〟との戦闘であり、〝人間〟との戦闘経験は、ルヴォルフを殺害した時を除けば皆無であるという現実を。
人間と、魔獣や魔物との戦闘は、大きく異なるという事を。
「……!(ヨシ、行コウ!)」
その事実に気が付かないまま、彷徨う騎士は到達する。
運命が待つ、その場所へ。
ありがとうございました。




