疑問と涙の四十五話
よろしくお願いします。
45−1
それから暫くの間、彷徨う騎士とセラフィナの問答は続いていた。
主にセラフィナが質問し、彷徨う騎士が答えるという形でだ。
例えばセラフィナが、彷徨う騎士に対し「騎士様は、この地竜の洞窟で、いったい何をなさっておりましたの?」と問えば。
対する彷徨う騎士は、「魔獣ヲ狩ッテイタ」と答える。
続いてセラフィナが「どのような目的があったのでしょうか?」と問うと。
彷徨う騎士は「戦闘訓練ダ」と答えるといった具合である。
多少簡潔過ぎではあったが、彷徨う騎士はセラフィナの質問に対し、淀みなく答えていた。
しかし、やはり答え難い質問もいくつかあった。
それは彷徨う騎士の出自や、創造主に関する質問である。
彷徨う騎士は、自身が異世界から召喚された存在である事や、その直後に殺害され、ナイト・ゴーレムと化してしまった事。
更にはその元凶であるルヴォルフ・ファウストを、正当な復讐とはいえ殺害した事を話すか悩んだのだ。
セラフィナに、再び警戒される事を避けたかったが為に。
この世界の常識として、異世界からの召喚魔術は既に過去のものとなってしまっている。
そんな常識の中で生きるセラフィナに、「俺ハ異世界カラ召喚サレテ来タ、元ハ普通ノ人間デス。召喚サレテ直グニ剣デ胸ヲ貫カレ、死ンダト思ッタラ何故カ自分ヲ貫イタ“ゴーレム”ノ体ヲ奪ッテイタ。ソノ後ハ復讐ノタメ、“ゴーレム”ノ創造主デアル男ヲ殺シ、イロイロアッテ現在ニ至リマス」等と馬鹿正直に話そうモノなら、彼女にドン引かれるのは間違いないと容易に想像できたからだ。
彷徨う騎士としては、セラフィナに自分は危険な存在ではないと認識して欲しかった。
メリエルにあるという冒険者ギルドに戻った時、彷徨う騎士にかけられているいう討伐手配を取り下げてもらえるよう、行動して欲しいとの考え故に。
その結果、セラフィナに対する答えは「憶エテイナイ」という、なんとも白々しいものとなってしまった。
しかし淀みなく答えていた彷徨う騎士の様子が一転した事に、セラフィナは疑問の目を向けるどころか「失礼致しました」と、何かを察したかのように目を伏せた。
話したくない事も当然あるだろうという、セラフィナの気づかいである。
最早、彷徨う騎士からセラフィナへの好感度は留まる事を知らずに上昇していった。
「……!(コンナ女性ト、元ノ世界デ出会イタカッタ……!)」
等と本気で考え、セラフィナの伏せられた目元を飾る睫毛さえもが光り輝いて見える程であった。
しかし、そんなボケた思考も次の質問によって急速に冷静なものへと切り替わる事となる。
「騎士様は、これから如何なさいますの? 何か目的を持っていらっしゃるのでしょうか?」
「目的……カ」
目的は当然あった。
自身の肉体を再生し、元の世界へと帰る事だ。
「……。(ドウスル……話シテミルカ?)」
彷徨う騎士は自身の目的を正直に話し、セラフィナから情報やアドバイスが得られないかと考える。
しかし肉体の再生や、異世界への帰還等というのは余りに突飛な話だと考え、無駄に警戒されないようにと無難な言い回しで答える事にした。
「目的ハ二ツ有ル。先ズ一ツハ、体ヲ治ス事ダ」
明言を避けつつも嘘にならない言葉を選び、セラフィナの反応を見る彷徨う騎士。
自分では無難な言い方をしたつもりであったが、セラフィナの反応は意外なものであった。
「治す……ですの? 騎士様は御身体に何か損傷が?」
セラフィナは彷徨う騎士の目的の一つだという“治す”という言葉に、二つの疑問を抱いていた。
一つは単純に、彷徨う騎士が万全の状態ではないのかという、驚きに似た疑問である。
彷徨う騎士に限らずゴーレムとは、セラフィナの知るモノも含めて極めて高い戦闘能力を誇る。
とりわけ頑強さに至っては、生命体では比類し得ないとさえ言われるほどなのだ。
並大抵の事では損傷などするはずもない。
ならばゴーレムという、創造体を構築する魔術式に問題が発生したというのか?
しかしそれは更に考えにくい事であった。
セラフィナも詳しくは知らないが、ゴーレムを構築する魔術式は、基本的に最も守りの厚い中心部だ。
彷徨う騎士ことナイト・ゴーレムも、その例外ではない。
彼の場合は、体そのものである全身鎧の胴体部分内側に刻まれていた。
むき出しの外側にさえ傷をつける事が困難なゴーレムである。
内側の魔術式を直接攻撃する事など、至難という言葉ですら生温いだろう。
それ故に生まれた疑問だった。
そしてもう一つは、“治す”という言葉を使った事だ。
修理でも修復でもなく、“治す”なのだ。
それはとても生物的で、ゴーレムに相応しくない言葉に感じられたからであった。
結局の所、言葉を選んだ結果墓穴を掘った格好である。
「ア、イヤ、“コノ体”ニ損傷ハ無イ……ガ、ア、エエト……」
彷徨う騎士は自身のミスを悟り、慌てて取り繕うように言葉を重ねるが、深みにはまるように再び余計な事を口走ろうとして口を噤む。
彼に噤む口など存在しないが、セラフィナの目に見えた様子を言葉にするならそんな感じだろう。
焦る彷徨う騎士の姿を見て、セラフィナは思う。
「……。(“コノ体”……ですの? 一体どういう……いえ、無用な詮索は止しましょう。それにしても……本当に人間のよう。まるで少年のような……。)」
勿論口には出さず、心中で思うだけだ。
気になる事は多い。
話せば話すほどに多くなる。
新たに“コノ体”という言葉の意味。
セラフィナの知るゴーレムには無い、人間の、少年のような自我を有している事。
セラフィナは自身の胸中に好奇心が湧くのを自覚した。
「あ……申し訳ございません! 立ち入った事をお聞きしました! 無理にお答え頂けなくとも問題有りませんの!」
しかし、実際に口にするのは、己の欲を満たす質問ではなく、焦る彷徨う騎士を落ち着かせる言葉であった。
無理に全てを話す必要は無いのだと。
「スマナイ……イロイロ有ルンダ……」
彷徨う騎士は、他ならぬセラフィナからの助け舟に安堵しながら謝罪の言葉を口にする。
内心で墓穴を掘る発言をした事に加え、セラフィナに気を使わせた事を反省しながら。
「どうかお気になさらず。それよりもう一つ目的が有るとの事でしたが……?」
消沈した様子の彷徨う騎士を気づかい、セラフィナは話題を次に進めるように促した。
「エ? ア、アア……モウ一ツノ目的ハ……」
彷徨う騎士は話を促された事に気づき、自身のもう一つの目的について話そうとした。
「俺、ハ……」
目的に想いを馳せ、言葉にしようとした。
「俺ハ……!」
彷徨う騎士の胸中に、心に、強烈な感情が満ちる。
体の節々から蒼い炎の如き魔力が溢れた。
「騎士様……?」
戦闘中の様な、猛々しい魔力の噴出ではない。
静かにではある。
しかし強く、とめどなく、溢れ出していた。
「故郷ニ、帰リタイ……ッ!」
「!」
絞り出す様に紡がれた言葉に、セラフィナが我知らず息を呑んだ。
「父ト、母ニ、会イタイ……!」
「!!!」
見る者に、蒼い炎の如きと称される魔力。
しかし、この時ばかりは、決して涸れる事の無い、涙の如き蒼だった。
ありがとうございました。




