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咆哮と屍竜の三十二話

よろしくお願いします。


 地竜の洞窟に突如として響き渡った咆哮。

 しかし彷徨う騎士は、その咆哮に先んじて背後より迸る魔力を感知していた。

 故に彼は咆哮というよりも、何も無いと思っていたフロアから突然魔力が発生した事に対する驚きで背後を振り返った。


 「ナン、ダ……!?」


 魔力の発生元はフロアの中央付近、今も彷徨う騎士の手に握られている槍が突き刺さっていた場所だ。

 そこにあるのは長さ2(メートル)程度、幅や厚さが1mほどの土塊だけ。

 そう思って振り返った彷徨う騎士の目に飛び込んできたのは、生前の記憶にある肉食恐竜の頭蓋の如き形状に姿を変えた土塊であった。

 ただの土塊だと思われていたモノは、見る見る内に表面の土が崩れ落ちていき、内部に秘められていた本来の姿が露わになっていく。

 洞窟内に響き渡たった咆哮は、鋭い牙の並ぶ顎の付け根の辺りから発生していたのだ。

 まるで、彷徨う騎士が魔力により空気を振動させ、拙いながらに声を発しているのと同じ様に。


 「ッ! アレ、ハ……!?」


 彷徨う騎士は、その姿を露わにしていく頭蓋に、毒々しい赤い光を放つ結晶体を発見する。

 人で言えば額に位置する頭頂部付近、そこに有るのは人の握り拳程度の大きさをした、赤い光を放つ謎の物質だ。

 状況的に考え、彷徨う騎士の手にする槍が貫いていた謎の物質であろう事は間違い無い。

 しかし、そうであるなら有って然るべきモノが、その物質には無かった。

 槍で貫かれていたにも関わらず、穿たれた穴が見当たらなかったのだ。


 「イッタ、イ……ナニ、ガ……」


 彷徨う騎士は眼前で起こっている事の推移を見守りながら、咆哮を放つ頭蓋の魔力が徐々に強まりつつあるのを感知する。

 それは彷徨う騎士が地竜の洞窟で葬って来た、幾多の魔獣や魔物の魔力を掻き集めても到底届かない量にまで増大し、誰であっても可視化できる程に強まった魔力は靄のように頭蓋全体を包み込んだ。

 そして―――


 「!?」


 彷徨う騎士は驚愕に目を見開いた。

 いや、彼は見開く事の出来る目を持たないが、それほどの驚きが彷徨う騎士の心を支配したのだ。

 頭蓋は靄に包まれると、まるで浮遊するかの様に浮き上がった。

 そして浮き上がった頭蓋を追うように、地面を割って吹き出すように現れたのは、頭蓋と同様に靄に包まれた数多もの骨。

 それらは自らの有るべき位置を正確に把握しているかのように頭蓋の後に続いて浮かび上がり、やがて一つの生命体の骨格を形成した。

 しかし事態はそれだけに止まらず、更には地面から土や岩、鉱石などを吸い上げ、骨格に肉付けするかのように纏っていく。

 そのようにして彷徨う騎士の眼前に出現した存在、その形状たるや、正に。


 「ドラ、ゴン……!」


 全長13m、全高は7m程だろうか。

 前後四本の逞しい足に、太く長い尻尾。

 それらが支えるのは巨岩の如き体躯と、長い首の先にある頭部だ。

 地面から土や岩等を吸い上げ、骨格に纏っている事から体の大部分が土色をしているが、首から背中、尻尾の先端にまで至る外皮部分は鉱石等が集まっているのか多少色合いが異なり、中には宝石の様に光を放っている部分もある。

 頭蓋骨のみとなっていた頭部にも、今は左右二つの目が有るが、両目とも鈍い輝きを放つ結晶のようなものとなっており、額にある謎の物質を含めると、まるで第三の目を備えているかの様であった。


 「……! ッ!!」


 その姿は〝力〟を体現しているかのようだった。

 頭部には半透明の黒い結晶体で出来ている二本の角と、人間など一飲みにしてしまえる程に大きな口に、そこに並ぶ鋭過ぎる牙。

 太く、逞しい四肢には、四本の長い指と、その先端に備わる肉厚の鉤爪。

 胸板は黒光りする鉱石の様な鱗に包まれ、相対するだけで押し潰されそうなほどの威圧感を放っている。

 身体を構成する要素全てが圧倒的で、美しかった。

 ただ目の前に鎮座しているだけで、彷徨う騎士から言葉を奪うほどに。


 「コレ、ハ……スゴ、イ……ナ」


 やがて我知らず呟いた彷徨う騎士は、鎮座したまま動く様子の無い眼前の存在に、まるで吸い寄せられるかのように近づいて行く。

 無論、疑問は有った。

 何故突然現れたのか。

 何故土塊と見分けがつかない程に朽ちていたのか。

 何故アンデッドの様な身体となっているのか。

 何故、なぜ、ナゼと、知りたい事や違和感がいくつも有った。

 しかし、そんな事がどうでもよくなる程に、彷徨う騎士は眼前の存在に心奪われていた。


 『ドラゴン』


 それは数多いる魔獣や魔物の中で、最も有名な存在である。

 何故ならその存在は世界中の伝説に数多く登場し、今尚広く語り継がれているからだ。


 戯れに世に問うてみよう。


 この世で最も賢く、強靭な生命体は何か?


 皆一様にしてこう答える。


 それ即ち竜、ドラゴンであると。


 そんな伝説として世に語られる程の存在が、自身の前に鎮座しているという現実に、彷徨う騎士は気分が高揚するのを抑える事が出来なかった。

 圧倒的な存在感を放ち、強大な力を感じさせる威容に、彷徨う騎士は一種の完成された美しさを感じ、魅了されていたのだ。

 それ故に、思った事を感じたままに呟きながら、不用意に歩みを進めてしまう。


 「スバ、ラ……シイ……」


 生前、ルヴォルフによってこの世界に召喚される以前にも、彷徨う騎士はドラゴンという存在に思いを馳せた事がある。

 勿論それは空想上の存在であり、物語の中にだけ登場する存在だった。

 登場する物語によって多少姿は異なるが、皆巨大で力強さを前面に押し出した描かれ方をしていた。

 そんなドラゴンという存在に、生前の彷徨う騎士は憧れのような感情を抱いていたのだ。

 多少の疑問や違和感を忘れ、不用意に接近してしまったのも無理はなかったのかもしれない。

 だが、興奮という名の熱に浮かされた彷徨う騎士が、眼前の存在まであと数メートルという距離まで近づいた時、事態は動いた。

 眼前の地竜と思しき存在は、突如咆哮と共に上体を立ち上げ、右前足をフロアの天井を穿たんとする程に振り上げたのだ。

 そして―――


 「ッ!?」


 彷徨う騎士は突然の事態に我に返ると、弾かれたかのようにその場を飛び退いた。

 直後に起こったのは純然たる破壊。

 彷徨う騎士を真上から押し潰さんと迫った地竜と思しき存在の前足が、直前まで彷徨う騎士が立っていた場所へと振り下ろされたのだ。


 「ナニ、ヲ……!?」


 轟音と共に地面に前足が沈み込み、舞い上がった土煙の中で彷徨う騎士は声を発する。

 示されたのは明確な敵対の意思であり、行われたのは明らかな攻撃だ。

 しかし彷徨う騎士は信じられなかった。

 彼が引き継いだ知識によれば、竜とは人語も解する高い知能を有する生命体の筈なのだ。

 下等な魔獣等とは違い、問答無用で襲って来るとは夢にも思っていなかった。

 それ故に彷徨う騎士は、地竜と思しき存在に問いかけるように言葉を発したのだ。

 〝突然何をするのか?〟 そんな想いで。

 しかし、そんな彷徨う騎士へ対する地竜と思しき存在の返答は、無情にも更なる攻撃であった。


 「ッ!!」


 飛び退った彷徨う騎士に対し、鋭い牙の並ぶ口を限界まで開いて喰らい付かんと迫る地竜と思しき存在。

 身を乗り出して突進して来る存在に、彷徨う騎士は背後に回り込む様にして攻撃を避ける。

 勢い余った地竜と思しき存在は、先程まで彷徨う騎士の立っていた場所に頭から突っ込むも、直後には地中から頭を抜き、その結晶の様な目で彷徨う騎士を捉える。


 「……!」


 その目を見た彷徨う騎士が察したのは、避けられない戦闘の予感であった。

 いや、逃げること自体は可能なのだ。

 巨体故の質量を生かした攻撃は、強力かつ攻撃範囲が広い。

 だが彷徨う騎士の身体能力であれば、攻撃の予兆を見てからでも十分に回避行動が間に合ってしまう。

 地竜と思しき存在の攻撃を躱しつつ、通路に逃げ込み全力で走り抜ければ、追撃を受ける事無く洞窟外へと出る事が可能であろう。

 しかし……と、彷徨う騎士は考える。

 逃げる事に、戦闘を避ける事に、一体どれほどの意味が有るのかと。

 無論、逃げるという行為に意味が無いと考えている訳では無い。

 勝てない相手に無理に戦いを挑み、死んでしまっては元も子もないのだから。

 しかし今、自身の眼前に居る存在に、彷徨う騎士は負ける気がしなかった。

 巨大な体躯も、内包する強大な魔力も、自身には脅威足りえない。

 彷徨う騎士は、先の二度の攻撃を躱し、そう確信できる程度には彼我の戦力差を見抜く目を養う事が出来ていた。

 そして何より、地竜と思しき存在の、一切の意思を感じ取ることが出来ない無機質な結晶の様な瞳。

 そこには、この世で最も賢い生命体とされる存在の知性、その片鱗すらも見いだせなかったのだ。

 本能のままに行動する獣と変わらない、浅ましさすら感じさせるその姿に、彷徨う騎士は全くと言っていいほど脅威を感じなかった。


 「マル、デ……ゾン、ビ……ダナ……」


 本能というよりは怨念のまま生者憎しで命ある者を襲う、ゾンビに代表される様なアンデッド。

 彷徨う騎士は未だアンデッドを直接見た事は無いが、引き継いだ知識により、どういった存在なのかは理解できている。

 そんな彼の、地竜と思しき存在の行動を見た率直な感想が、〝まるでゾンビ〟というものであった。

 これでは地竜、ガイア・ドラゴンというよりは、差し詰め屍竜(しりゅう)、ドラゴン・ゾンビの様であると。


 「アワ、レ……ナ、スガ……タ、ダ……」


 馬鹿の一つ覚えの様に、再び自身に対して喰らい付こうとしている眼前の存在、『屍竜』の姿を認め、彷徨う騎士は呟く。

 最早その胸中に先程までの興奮は無く、屍竜に対する憐みの感情が芽生えていた。

 間も無くして再度の咆哮と共に迫り来る屍竜の顎に、彷徨う騎士は自身の取るべき行動を定めた。

 右手には漆黒の剣を、左手には土塊の槍を握り締め、迫る屍竜に対峙する。


 「オマ、エ……ヲ、タオ……ス……ッ!!」


 地竜の洞窟における最後の戦い。

 その相手として不足は無いと、彷徨う騎士は大地を蹴った。

ありがとうございました。

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