土塊と咆哮の三十一話
お待たせ致しました、よろしくお願いします。
彷徨う騎士と呼ばれる存在が地竜の洞窟を彷徨い始めてから、一体どれほどの時間が経過しただろうか。
眠る事も、食事をする必要も無い彼は、休む事無く、ひたすらに洞窟内を彷徨い続け、その足は遂に地竜の洞窟最深部へ至ろうとしていた。
彷徨う騎士の目的は戦闘経験を重ね、屠った魔獣等の魔力を吸収して自身を強化する事だ。
故に彼は、特に深部を目指して歩を進めているつもりは無かった。
ある程度の手応えを感じる事が出来たら、それを機に外へと踏み出すつもりでいたのだ。
しかし当然の事ながら、経験も強さも、どれだけあれば十分なのか、確認できるものではない。
この世界に召喚されてからというもの、心の拠り所も無く、常に漠然とした不安を抱えていた彷徨う騎士は、そんな不安を振り払うかのように戦い続け、遂に手応えを感じられぬまま最深部まで到達してしまったのだ。
「サイ……シン……ブ、カ?」
彷徨う騎士が到達したその場所は、来た道以外の通路が無い、ドーム状に開けた空間であった。
地竜の洞窟は、蟻の巣のように数々のフロアが複数の通路で繋がっている。
中には行き止まりになっているフロアもあり、その度に彼は前のフロアに戻る事になったのだが、まだ通っていない通路を行けば、再び奥へと進む事が出来ていた。
しかし、今回は少々事情が異なった。
何しろ他に通っていない通路の心当たりが無いのだ。
奥へ奥へと進むにつれて、通路の数が目に見えて減っていき、ここ数フロアは一本道であった。
その分フロアに住み着いた魔獣や魔物は強さを増しており、彷徨う騎士も感の領域を出ないものであったが、終点が近い事を予感していた。
故に今正に辿り着いたフロアが最深部である事に不満は無かったのだが、肩透かしを受けた気分になったのも事実であった。
何故なら洞窟の最深部と思われるその場所には、洞窟名の由来となった地竜の姿どころか、他の魔獣や魔物の姿すら無かったのだ。
強いて目に付くものと言えば、フロアの中央付近にある、地面に突き立っているかの様な土塊くらいのものだろう。
「ショ……セン、ハ……」
地竜の存在については言い伝えに過ぎない。
所詮は伝説、迷信だったのかと、彷徨う騎士は心なしか肩を落としてフロアの内部を見渡す。
フロアの壁面の様子を窺う彼の視線は、壁が崩れるなどの理由で通路が埋まってしまっている可能性を考慮してのものであったが、その実、大して期待はしていなかった。
何故なら彼が最深部と思われるこのフロアに到達するまで踏破してきた数々のフロアと通路は、意外なほど頑丈な壁面をしており、通路が埋まるほどに崩れてしまっている場所など全く無かったのだ。
それがこのフロアだけ自然に崩れているとは到底思えなかった。
加えて何者かの意図的に……という可能性も低い。
地竜の洞窟は深部へと進むにつれて人の手が及んだ気配が極端に少なくなる。
中には冒険者の遺品と思われる装備や、投棄された使用済みのアイテムが転がっているフロアもあるが、それは比較的入口から近い場所の事だ。
最深部に近いここ数フロアでは、彷徨う騎士を除いて到達した者が居るのかどうかというレベルで人の手が及んだ気配は無かった。
ルヴォルフ・ファウストの隠れ家の様に、魔術で隠されている可能性が無い事も無いが、その場合は不自然に何も無いという違和感を抱けなければ、看破する事は不可能である。
そして、彷徨う騎士の優れた感覚を持ってしても、このフロアに違和感を感じる事は無かった。
〝それ〟を除いて。
「コレ、ハ……?」
彷徨う騎士が目を止めたのは、フロアの中央付近にある不自然な土塊だった。
天井から伸びた、長大な氷柱の如き鍾乳石が根元から折れ、そのまま地面に突き刺さっているかのような〝それ〟。
しかし地竜の洞窟は鍾乳洞では無い。
このフロアは勿論、これまで通過してきたフロアにも、氷柱の様に天井から伸びている鍾乳石など見当たらない。
ならば今、彷徨う騎士の眼前にある〝それ〟は一体何なのか?
彼は不思議に思いつつも、考えても仕方が無い、また〝それ〟が何か分かった所で大した問題では無いと言わんばかりに剣を振るった。
特別な感慨も無く、どこか投げ遣りな様子で、肩透かしを受けた憂さを晴らすかのように。
しかし次の瞬間、彷徨う騎士の手に伝わって来た反応は、彼が予想だにしないものであった。
「ッ……!」
斬るでも払うでも無く、ただ無造作に振るわれた彷徨う騎士の剣は、金属同士がぶつかり合った様な甲高い音と共に弾かれたのだ。
特別力を籠めていた訳では無いが、それでも彷徨う騎士の力で剣が振るわれ、その刃が衝突したのだ。
彷徨う騎士は眼前の土塊が壊れる事を疑わなかった、そのつもりで彼は剣を振るったのだから。
しかし〝それ〟は、壊れる事無く未だ彷徨う騎士の眼前に存在し続けていた。
「ナン、ダ……?」
彷徨う騎士は自らの剣を弾いた土塊に、俄然興味を持って注意深く観察する。
すると長大な土塊の芯とも言える中心部分は、表面とは明らかに性質の違う物質で出来ている事を彷徨う騎士は発見した。
彷徨う騎士は剣を左腰の鞘に納めると、徐に土塊へと手を伸ばす。
土塊の表面部分は所謂普通の土であり、乾燥して固まってはいるものの、触れば簡単に崩れ落ちていく。
だが芯とも言える部分は、彷徨う騎士が全力を籠めて握っても折れる事は無く、どこか身に覚えのある質感を彼の手に伝えていた。
その質感、感触とは、彼の左腰に納まる漆黒の剣の柄であり、土塊の芯は彷徨う騎士の剣を構築する素材と非常に似通った感触をしていたのだ。
芯の表面は所々土が付着しておりザラついているが、大部分は人工的に磨き上げた金属の様な感触だ。
その事実に彷徨う騎士は一つの可能性に思い至り、土塊から芯を発掘するかの様に表面の土を擦り落としていく。
やがて彷徨う騎士の前に姿を現した土塊の芯、〝それ〟の正体は、彼の予想を裏切らない物であった。
「ヤリ……。ラン、ス……カ?」
生前の知識にもある眼前の〝それ〟は、3m近い長さを誇る馬上槍であった。
円錐状の矛先は地中に向けて突き刺さっており、発見時の状態から長い年月を放置されていたと思われるも、土汚れこそ有れ錆びた様子は全く無い。
そして何より彷徨う騎士の気を引いたのは、彼自身の体である漆黒の甲冑と、大変良く似た質感を持っている点だ。
全力で握っても折れる事の無かった強度も含め、強い関心を抱いた彷徨う騎士は槍を引き抜こうと手を伸ばし、両手でしっかりと握り込む。
そして、力任せに引き抜こうとし……出来なかった。
「ム……?」
正確には槍を持ち上げる事は出来たのだ。
しかし引き抜く事が出来ていなかった。
槍自体の重さはその質量を考えれば非常に軽く、彷徨う騎士の力ならば、片手であっても容易に持ち上げる事が可能であっただろう。
しかし、問題は槍を持ち上げたその先に有った。
矛先に突き刺さっていたのだ。
長さ2m、幅、厚さ1m程度の土塊が。
「……」
まるで鍬で掘り起こした様に地面を割って現れた土塊に、槍の矛先は深々と突き刺さっており、彷徨う騎士が何度か振るってみても抜ける気配は無い。
それどころか一体化しているかの様に強固であった為、シルエットだけを見れば巨大な鎚か何かを振り回している様にも見える有様だ。
「イイ、カ……ゲン、ニ……ッ!」
そんな状況が、いい加減馬鹿馬鹿しくなってきたのだろう。
彷徨う騎士は多少の気疲れを感じながら、確実に槍を引き抜くべく、土塊を地面に降ろすと足で踏み押さえ、槍を引き抜かんとする手に全力を籠める。
当然土塊を踏み押さえる足にも相応の力を籠めている為、槍が抜けるより先に土塊が砕け散る可能性もあった。
しかし土塊は軋みこそすれ砕ける事無く存在し続けている。
「……!」
その強度に違和感を覚え、彷徨う騎士は土塊を注視する。
ただの土塊であれば、彼の脚力に耐えられる筈は無いのだ。
疑念を持って見れば、槍の先端が突き刺さっているのは明らかに土塊とは違う別の物質である事が分かった。
黒く濁った水晶の様な、一見しただけでは周囲と同化して気が付かない程度の鈍い輝きしか放たない謎の物質。
成人男性の握り拳程度の大きさをした謎の物質は、周囲の異様に硬い土塊に食い込む様にして存在し、槍の先端はその物質を貫いている状態だ。
「コイ、ツ……ノ、セイ……カッ!」
彷徨う騎士は、槍を引き抜く事が出来ない理由に謎の物質が少なからず関わっていると考え、右手で左腰にある漆黒の剣を抜き放つ。
そして空中で回転させるように逆手に持ち替えると、切っ先を槍と謎の物質の間に滑り込ませるように突き入れた。
「コレ、デ……」
彷徨う騎士は全力を籠める。
右手に持つ剣で、槍と謎の物質の間を押し広げる様に。
左手に持つ槍を、謎の物質から引き抜く様に。
右足で踏み押さえる土塊が、浮き上がる事が無い様に。
そして間も無く―――
「ドウ、ダ……ッ!」
これまでの抵抗が嘘の様に、その時は訪れた。
「ッ!?」
余りにも唐突に引き抜けた為、勢い余った彷徨う騎士は、自らの脚力で後方上に吹き飛ぶ様に体勢を崩した。
慌てて宙返りして着地すると、彷徨う騎士は改めてその手にある槍を見る。
形状は馬上槍、所謂ランスと呼ばれる物と見て間違いは無い。
1m程の柄に、2m近い円錐状の矛先。
土汚れは酷いが錆は無く、放置されていたであろう年月を考えれば、寧ろ状態は良好なくらいである。
頑なに抜けなかった先端も、破損する事無く鋭さを保っていた。
「コレ、ナラ……バ」
漆黒の騎士から引き継いだ知識に照らし、自身やルヴォルフに関連する品ではないと確認したが、武器として極めて高性能な槍である事は間違い無い為、彷徨う騎士は確かな満足感を得た。
それというのも地竜の洞窟を彷徨い歩き、幾多の戦闘を経験した彷徨う騎士は、とある攻撃手段を求めていたのだ。
自身が移動する事なく、遠距離にいる敵を攻撃する手段を。
本来であれば魔術で補う攻撃範囲の短さを、魔術の使用に適さない身体構造をしている彷徨う騎士は、魔術を用いずに伸ばす方法が必要だった。
そこで考えたのが、原始的だが手軽な手段。
然るに、投擲である。
勿論、言うまでも無く馬上槍は投擲する為の武器ではない。
しかし並みの武器では握っただけで破壊しかねない握力を発揮出来てしまう彷徨う騎士には、今手にした槍は正にお誂え向きの武器であった。
全力で握っても折れず、壊れず、投げるに容易いその槍は。
故に欲しいと感じていた時に、適当な武器を手にする事が出来た彷徨う騎士の心境は、漠然とした不安を常に抱えている彼に、僅かながら勇気を与える物となった。
彼の足を、外の世界へと向かわせる程度には。
「ヨシ……イコ、ウ……」
そう呟き、足をもと来た通路へと向けるも、彷徨う騎士の足取りは重い。
その理由は単純にして明快で、自身の強さ意外にも不安要素があったからである。
それは彼が地竜の洞窟を彷徨い始めた頃、何度かこの世界の人間たちに遭遇した事があり、その時の事が原因となっている。
最初の出会いは、洞窟の入り口付近のフロアでの事だった。
何モノかの気配を感じ、新たな魔獣か何かと考え剣を片手に殺気剝き出しで近づいてみれば、冒険者と思しき者達であったのだ。
彼等は彷徨う騎士の姿を見るなり酷く怯え、直後に脱兎の如く逃げてしまったので会話など到底不可能であった。
そんな事が有った為、次にまた似たような事が有ったら気を付けよう……等と考えて迎えた二度目の機会は、意外にもその日の内に訪れた。
腰を据えて自らを鍛える事を決意した為、一度ルヴォルフの隠れ家に戻り、ローブや頭陀袋を置いて代わりに装陣器の杖を持ち出したりと、色々と戦い方を試している時の事だ。
再び入り口付近のフロアに気配を感じた彷徨う騎士は、相手が人である可能性を考慮し、刺激を与えないようにと剣を鞘に納めた状態で気配の元へと足を運んだ。
そして案の定そこに居たのは、冒険者と思しき者達であった。
金属製の防具を身につけているにも関わらず、動きに緩慢さが見られない、五人の精強な男性冒険者。
彷徨う騎士は突然現れた自身に対し、各々武器を手にして油断無く身構えている彼等に一定の距離を保ったまま声をかけた。
有り触れた挨拶の言葉だ。
しかし男達が武器を降ろす事は無く、顔を見合わせて何事かを相談しているかの様子を見せる。
彷徨う騎士は声が届かなかったのかと不安になり、もう少し距離を縮めてみようと足を踏み出した。
すると突然、冒険者達の内一人が泡を吹いて倒れたのだ。
それを目にした仲間の冒険者達は、何が起こったのか悟っているかのように顔を青くすると、倒れた仲間を担いで走り去ってしまった。
後に残された彷徨う騎士は、ただ立ち尽くすばかりである。
それと似たような出来事が、浅いフロアを彷徨っている内に何度かあったのだ。
時には攻撃を仕掛けられ、反射的にとった行動が相手を傷つけてしまった事もあった。
それらの事情を踏まえれば、彷徨う騎士の胸中がどれだけの不安で満たされているのかを推し量るのは容易であろう。
外に出る事に対し、多少なり勇気を必要とするのも無理はない。
だが、それでも。
外の世界へと足を踏み出さなければ、自らの肉体を再生する事も、元の世界へと帰還する事も不可能なのだ。
故に彼は、彷徨う騎士は、もと来た通路へと歩みを進める。
一歩一歩、不安の種を踏み潰すように、なけなしの勇気を籠めて。
そして、彷徨う騎士の通路へと足を踏み入れようとしたその瞬間―――
「ッ!?」
彷徨う騎士の背後より、地竜の洞窟という地下空間を余す事なく振るわせる程の咆哮が響き渡った。
ありがとうございました。




