手合わせと出立の三十話
大変お待たせ致しました。
少し長めのお話となっていますので、時間のある時にでもご覧頂ければ幸いです。
作戦開始当日。
夜明け前に目を覚ましたセラフィナは、身支度を整えると酒場の裏手にある酒蔵へと向かった。
周囲は未だ暗く、日の出まではまだ遠い。
セラフィナは自前の魔照石を光源としながら歩みを進め、やがて到着した酒蔵にて、思わぬ光景を目にした。
蔵の前には既に金色の虎の者達が集まっており、彼らの直ぐ側に止められた二台の荷車には、既に相当数の物資の積み込まれていたのだ。
荷崩れを起こさぬよう、ロープでしっかりと括り付けられている様子から、物資の運び出しは全て終了しているものと窺い知れた。
「っ! 申し訳ございませんの皆様! 遅れてしまいました!」
予定では、夜明け前に物資の運び出しを始める事となっていた筈だ。
セラフィナとしては十分に間に合う頃合いに到着できたと思っていたのだが、一人だけ出遅れてしまったという状況に、彼女は慌てて駆け寄ると、謝罪の言葉を口にした。
だが、セラフィナの謝罪に対して返ってきたのは、予想に反して爽やかな朝の挨拶であった。
「あっ! セラちゃんおはよう!」
「お? セラフィナか、おはようさん!」
「むっ、おはようセラフィナ」
「来たねセラフィナ! おはようさん!」
「え、あ……はい、おはようございます皆様。あの……私遅れてしまったみたいで……」
想定外の反応に戸惑いながらも、セラフィナは挨拶を返す。
金色の虎の一員として作戦に参加する以上、物資の運び出しにも当然参加する義務がある。
その義務を果たせなかったからこその謝罪であったが、彼らにはセラフィナを咎める意思が無い様子である。
「いや、謝る必要は無いんだ。実は昨夜、セラフィナが部屋に戻った後に一悶着あってね……アンタが来る前に、先に運び出しを終わらせておこうって話になったんだ」
「そう、でしたの……私遅れてしまったかと思い、慌ててしまいました」
「はは、すまなかったね。もう寝ちまってると思って、連絡はしないでおいたんだ」
「私は知らせに行くって言ったんだよ? なのに皆して止めるんだから……」
「おうアーネ、今は姉さんが話してんだ。ちっと黙ってような!」
エキドナから事情を聴き、セラフィナはアーネが侵入してこなかった事も含めて、安堵に胸を撫で下ろす。
「それにしても……何故、暗い内から運び出しを? 出発が早まりましたの?」
安堵と同時に芽生えた疑問に、セラフィナはエキドナに問うた。
何かを叫ぶアーネを無視し、彼女を止めるイーサンに感謝の念を送りながら。
「ああ、それなんだけどね……」
エキドナはそこまで口にして言葉を区切ると、呼吸を整えてから切り出す。
「セラフィナ、アタシと手合わせしてくれないか?」
真剣な眼差しをセラフィナに向け、エキドナは手合わせを申し入れる。
「勿論構いませんの。お受け致します」
対するセラフィナは、一切の迷い無く、エキドナの申し出を受け入れるのだった。
酒蔵から移動している間に徐々に空は白み始め、未だ薄暗くはあるが、魔照石の明かりを必要としない程度には夜明けが近づいて来た頃。
「さて、この辺でいいか……」
セラフィナを先導していたエキドナが振り返り、そう口にしたのは、メリエルの東門を出て少し歩いた所にある、適度に開けた場所だった。
「多少足場は悪いが、この程度なら問題ないね」
メリエルの東側には、地竜の洞窟の他にも多数の冒険者御用達スポットがあるため、町との行き来をし易くするようにと、町の東側にも門が作られている。
しかし、その先に町や港が有る訳ではないため、街道のように道は整備されておらず、メリエルから少し離れると、荷車が通るのがやっとという、獣道しかないのが現状だった。
現在セラフィナとエキドナたち金色の虎がいるのは、そんな獣道への入り口となっている、見通しの悪い雑木林の少し手前の開けた場所だ。
メリエルから適度に離れているため、ここならば魔術を用いた戦闘行為を行っても町に被害は及ばない。
勿論、魔術の種類によっては、その限りではないのだが。
「それでは始めましょうか?」
「ああ、そうだね。……それにしても、意外と乗り気じゃないか? アタシから持ち掛けておいて何だけど、正直驚いてるよ」
短い付き合いではあるが、セラフィナの性格から荒事……所謂戦闘行為を好まないであろうという印象をエキドナは抱いていた。
事実、それは間違いではなく、セラフィナは戯れにも戦闘行為は好まない。
今回は、この手合わせに秘められた、明確な意味を悟っていたからこそ、こうして積極的になっているのだ。
「ふふ……大切な作戦ですもの。〝憂いを取り除く〟為にも、この手合わせは必要な事だと考えておりますの」
「!」
セラフィナは周囲を見渡し、口元に微笑みを浮かべながら、少し困ったような声色で語る。
見渡せば、二人の周囲には荷車を預かるイーサンとウルガ、そしてアーネの計三名の姿が確認でき、東門前で合流予定の赤色の牙と爪の者達の姿は見えない。
金色の虎の三人は、魔獣等の襲撃に備えて周囲を警戒しており、時折セラフィナ達の方を見ては事の成り行きを見守っている。
町に近く、彷徨う騎士の影響からか、魔獣の気配は全く無かったが、それでも最低限の見張りは必要であった。
「ふぅ……すまないね。皆が皆〝わかる〟奴じゃない……世の中難儀なモンさ」
「本当に、仰る通りですの」
「助かるよ……。それじゃ始める前に幾つかルールを決めておくよ、先ずは―――」
一つ、相手を死傷させる攻撃は禁止。
二つ、周囲に被害が及ぶ魔術は使用しない。
三つ、終了は日の出、もしくはどちらかが降参の意思を示した時点で決着とする。
「―――と、こんな所だね。何か問題はあるかい?」
「いいえ、問題ありませんの」
「それじゃ始めようか! 準備が出来たら……かかって来な!」
エキドナは左腰の鞘から剣を抜き放ち、声も高らかに戦闘開始を宣言する。
彼女は右手に握った剣先をセラフィナへと向けるも、そこからは一切の動きを見せない。
だが、それは表面上の話だ。
その内面は、これ以上無いほどに攻撃的な動きを見せている。
セラフィナにはそれが〝わかる〟。
「……!(流石はBランク冒険者! この威圧感……相当な〝強化〟が窺えますの)」
冒険者に限らず、所謂〝戦士〟の戦いは、身体能力を〝強化〟する所から始まる。
体内に秘めた魔力を、体中の神経や血管を通すように、細胞の一つ一つを覆うように張り巡らせて強化し、身体能力を向上させるのだ。
それは人という脆弱な種族が、魔獣等の生まれながらに強靭な肉体を備える種族と同等以上に戦う為に編み出された魔力を用いた技であり、一般に『身体強化』と呼ばれる魔技の一種なのだ。
身体強化は使用者の魔力や素質によって能力向上率に違いが出るが、使用者が意識的に解除するまで効果を持続させる事ができ、戦士の必須技能とされていた。
「……。(これは魔力を惜しんではいられませんの。身体強化に魔力を回せば、魔術に使える分の魔力は限られてしまいますが……止むを得ません)」
疑いようも無く高い身体能力を発揮するであろう、戦士エキドナを前に、セラフィナは戦術を定める。
かかって来いと言う彼女の弁が示す通り、先手はセラフィナに譲られている。
魔術を詠唱し、魔力を十分に注ぎ込んだ攻撃をする事も可能であった。
セラフィナの全魔力を注ぎ込んだ魔術ならば、一撃でエキドナを仕留める事も可能なはず。
その自信と確信が彼女にはあった。
しかしセラフィナは、真っ先にその手段を選択肢から外す。
先ほど決めたルールの一つ目と二つ目に、間違い無く抵触してしまうからだ。
戦闘における魔術の利点と言えば、長射程広範囲の先制攻撃と、時間をかけて過剰に魔力を注ぎ込むことによる一撃必殺。
その利点が、この手合わせでは全く意味を持たないのだ。
そうなると、最早魔術を詠唱してまで使用する意味は無いに等しい。
故に自然とエキドナの土俵で、戦士の土俵で戦う事となる。
セラフィナは戦闘の方針を定め、口を開いた。
「それでは御厚意に甘えさせて頂きまして、私から―――」
セラフィナは右手をローブの中へと伸ばし、ゆっくりとした動作で愛剣、装陣器メルカルトを抜き放つ。
その身に宿す強大な魔力を、小さな体に張り巡らせながら。
「―――参りますの!」
そして、大地を抉る程の踏み切りを持って、彼女は斬り込んだ。
「っ!」
間も無く周囲一帯に響き渡ったのは、金属同士が激しく衝突した、落雷にも似た轟音であった。
上段から真っ直ぐに振り降ろされた、剣技としては珍しくも無い一撃。
だが、セラフィナに突き付けた状態から即座に真横に構え直して受け止めたエキドナの両足は、足首辺りまでが地中へと沈んでいた。
「……っ!(意外に重いじゃないのさ……!)」
押し切ろうとするセラフィナに、押し返そうとするエキドナ。
身長差の著しい両者であったが、エキドナの膝がくの字に曲がり、足が地中に沈んでいる為に、顔の位置は一時的に近くなっていた。
これまでで最も近づいた両者の距離。
エキドナはセラフィナの被るフードの奥に、爛々と輝く赤い輝きを見た。
夜明けが近いとはいえ、周囲は未だ薄暗い。
明確にその赤い輝きをセラフィナの瞳だと確認出来なかったエキドナだが、不思議と彼女の瞳と思しき輝きから目を離せずにいた。
「ふふ、立派な剣ですのね。折れてしまわないか、少々憂いておりましたの」
一方セラフィナは、エキドナの手にする剣の強固さに感心を示していた。
メルカルトによる一撃を受け止め、刃毀れ一つした様子の無い事から、相当の業物であると確信出来たからだ。
「! ……見ての通りさ。鋭さよりも丈夫さを重視する性分でね、そう簡単には折れないよっ!」
まさかセラフィナの方から語りかけて来るとは思わなかったエキドナは、一瞬虚を突かれて押し切られそうになるも、地力の差で徐々にセラフィナを押し返していく。
「く……ぅ……!(力比べでは流石に分が悪いですの……!)」
初めから分かっていた事ではあったが、筋力などの肉体的な強さでセラフィナはエキドナに遠く及ばない。
それは身体強化を施して尚、覆す事の出来ない事実であった。
「(ならば……!)」
セラフィナは力比べでは分が悪く、このまま押し切ることは不可能だと確認すると、押す力を緩め、エキドナの押し返そうとする力をも利用して後方に飛びすさる。
「さあっ! 今度はアタシから行くよ……っ!?」
セラフィナが飛びすさり、体勢を持ち直したエキドナは、すかさず追撃を仕掛けるべく、セラフィナへと向かって大地を蹴る。
しかし、彼女の振るう剣が、セラフィナを捉える事は無かった。
「エキドナ様と正面から撃ち合う気はございませんの!」
後方へと飛びすさったセラフィナは、着地と同時に大きく跳躍し、エキドナの追撃を受ける前に空へと逃れたのだ。
だが、手合わせをしている以上、当然逃げただけでは無い。
セラフィナは空中でメルカルトの切っ先を眼下のエキドナへと向けると、とある魔術を発動する。
装陣器メルカルトに刻まれた、複数の魔術法陣の内の一つを。
「ウィンド・ピアス!」
セラフィナの魔力に反応し、淡い緑色の輝きを放つメルカルトの刀身から放たれたのは、風属性の攻撃魔術、『ウィンド・ピアス』だ。
攻撃対象を貫き穿つ、疾風の一刺し。
それが無詠唱故の高速さで、幾度となく続けて放たれたのだ。
レイピアやランスによる渾身の突きの如く、風の切っ先が連続してエキドナへと迫る。
「無詠唱魔術! そいつが装陣器かい!」
空中から真っ直ぐに迫り来る攻撃に、エキドナはセラフィナとの距離が離れぬよう、サイドステップを駆使して対応する。
身体強化により魔術攻撃への耐性は強化され、模擬戦故にセラフィナも威力を抑えて攻撃している。
よって万が一直撃を受けても痛いで済む程度の攻撃ではあったが、エキドナは強化された動体視力をもってウィンド・ピアスの軌道を見切り、無駄の無い動きで躱していく。
「(直線的なウインド・ピアスじゃ、どれだけ連射しようとアタシを捉えられないよ! さあ大人しく降りてきな! 正面から撃ち合おうじゃないか!)」
空中から放たれるウィンド・ピアスが大地を穿っていくのを横目に、エキドナは唇を舐める。
現在セラフィナの体は空中に留まっているが、それは浮遊している訳でもなければ飛行している訳でもない。
跳躍によって上昇した体が、重力に従い降下している途中に魔術発動の反動を受け、強引に空中に留まり続けているのだ。
強引であるが故にその高度は徐々に低くなってきており、やがて地に落ちる事は避けられないだろう。
エキドナはそのタイミングを逃さず接近戦に持ち込めるようにと、ウィンド・ピアスを躱しながらその機を待つ。
自身が優位に戦いを進める事が出来る、その時を。
「(ふふ……そうそう思惑通りに事は運びませんの。もう少し御付き合い頂きます……!)」
空中から唇を舐めるエキドナの表情を観察し、彼女の狙いを推測したセラフィナは、メルカルトによる無詠唱魔術を止め、新たな魔術を詠唱する。
「顕現せしは疾風の道標、阻むもの無き大空に我を導け―――」
重力に身を任せ、地表へと落下するがままの姿で。
「っ! 来たね!」
ウィンド・ピアスによる攻撃が途絶え、急速に地表へと降下するセラフィナを確認したエキドナは、今こそが勝機とセラフィナの降下予測地点へと迫る。
「捉えたよセラフィナ!」
大地を激しく蹴りつけセラフィナに肉薄するエキドナは、その直後、自身の振るった剣が、セラフィナを捉える事を信じて疑わなかった。
セラフィナは足から真っ直ぐに、体勢を崩す事無く降下してきている。
彼女の手には剣の装陣器が握られたままであり、その身体強化は見事なもの。
このまま攻撃を仕掛けても、死傷させる事は決して無い。
その確信と共に、エキドナは横薙ぎに斬りかかる。
「せぁっ!!」
気合いと共に放たれた一閃。
エキドナが剣を振り抜くと同時に衝撃波さえ生じた一撃は、しかし、またしても空を斬った。
セラフィナが地に落ちる寸前、エキドナの剣が標的を捉える寸前に、セラフィナの詠唱していた魔術が発動したのだ。
「―――エリアル・ロード!」
エキドナの目には、セラフィナが着地と同時に再び跳躍したかのように見えた。
しかし正確には、着地する直前に跳躍していたのだ。
まるで空中に、目には見えない足場が存在するように。
「隙ありですの! ウィンド・ピアス!」
「なっ!? ぐぉっ!」
剣が空を斬り、大きく振り抜いた状態で静止したエキドナに、セラフィナからの攻撃が直撃する。
十分に威力を抑えられたウィンド・ピアスであったが、レザーアーマーの上からとはいえ、胸部への直撃に、エキドナは吹き飛び地を転がる事となった。
「これで……!」
地面を転がるエキドナに、これを勝機と考えたセラフィナは、空を跳ねるようにして肉薄する。
まるで空中に目には見えない道が張り巡らされており、そこを足場に連続して跳躍しているかのような軌道。
セラフィナは空を自在に跳び回り、エキドナの背後に回り込むと、その首筋にメルカルトの切っ先を突き付けるべく接近する。
だがそれは、降参を促す勝利の一手であると同時に、エキドナの間合いへと自ら侵入する事でもあった。
「っと! やるね! だけど……」
地を転がりながらもセラフィナの接近を察知したエキドナは、転がる事で生まれた勢いを利用して飛び起きる。
セラフィナの攻撃に先んじて立ち上がる事に成功したエキドナであったが、この時既に至近距離まで接近を許してしまっていた為に、剣による迎撃は間に合いそうになかった。
しかし、彼女の目に未だ諦めの色は無い。
「御終いですの!」
エリアル・ロードの効果を用い、空中を蹴ったかの様に加速すると、セラフィナはエキドナの首筋に狙いを定めてメルカルトを突き出す。
「まだ終わらないよ!」
剣による迎撃が不可能ならば、体術で対処すれば良い。
そんな意思を示すかの如く、突き出された剣の切っ先を上半身の動きだけで辛くも躱し、即座に反撃するべく鼻先を掠めたセラフィナの手首を掴み取ろうと手を伸ばす。
「くっ!(流石に簡単には勝たせて頂けませんの!)」
セラフィナの手首を、あるいはその先にある勝利を掴むべく伸ばされたエキドナの手は、突撃が失敗に終わった事を悟ったセラフィナが再び上空へと離脱した事により、何も掴む事が出来ないまま終わる。
「ちぃっ! 届かなかったか! うおっ!?」
またしてもセラフィナを捉えられなかった事に悪態をつくエキドナだったが、再び始まった空中からのウィンド・ピアスによる攻撃に、慌てて回避行動に入る。
更に今回は、エリアル・ロードの効果を用いての攻撃である為、地上に降りて来ないどころか、空中を自在に移動しての攻撃が可能になっている。
無論、ウィンド・ピアスによる攻撃である為、その軌道は直線的であり、躱し易い攻撃ではあった。
しかし、如何に躱し易い攻撃であろうとも、躱しているだけでは意味が無い。
反撃出来なければ、勝利する事など出来はしないのだから。
「っ!(日の出が近いね……このままじゃ良いとこ無しで終わっちまう! 十分に〝目的〟は果たせちゃいるが、流石にこのまま終わるってのは……!)」
エキドナはウィンド・ピアスによる攻撃を躱しながら周囲の様子を確認し、日の出が近いことを悟る。
この手合わせは、どちらかが降参する以外にも、日の出をもって終了とする事がルールとして決められている。
既に〝目的〟を果たせているとはいえ、これから大切な作戦に挑もうという時に、指揮をとるリーダーが良い所無しで手合わせを終えるというのは、士気に関わる一大事であろう。
「やれやれ、ホントに大したモンだよ、アンタは……!」
未だ上空を駆け巡り、攻撃の手を休める気配の無いセラフィナ。
その豊富な魔力は、日の出前の太陽が沈むまで攻撃し続けても枯渇するか怪しいものだった。
それが〝わかる〟エキドナは、士気を保つためにも、空中にいるセラフィナを地上から攻撃し、力を示さねばならない。
「(アタシも空中を移動できる魔術が使えれば良かったんだが……確かエリアル・ロードだったっけね? あそこまで使いこなすのに、一体どれだけの訓練が必要なんだか)」
エキドナは空中を移動する事が可能となるような魔術を覚えていない。
そのような魔術の存在を知ってはいても、詠唱する呪文を知らなければ使用する事が出来ないからだ。
加えて魔術を発動出来たとしても、実戦で通用するほどに使いこなすには、相応の訓練が必要である。
例えば今、セラフィナが使用している『エリアル・ロード』は、特にその傾向が強い風属性の魔術だった。
エリアル・ロードは、術者に風で道のような空気の流れを作る力を与える魔術であり、術者はその流れに乗る事で、結果的に空中を移動できるようになる。
しかし今、セラフィナが行っているように、飛び跳ねるかのような動きで空中を連続移動するには、無数の空気の流れを同時に作り、それを次々と一瞬で乗り換え続けるという、常に先を読んで空気の流れを作り出す技量が必要となる。
それは決して、一朝一夕の訓練で身に付くものでは無いのだ。
「(作戦前に張り切り過ぎるのもどうかと思うんだがね……まぁアンタが相手なら仕方が無いか!)」
エキドナは愛剣を強く握り直し、魔力を込める。
すると呼応するかのように、その刀身が淡い輝きを放ち始めた。
セラフィナの手にする、装陣器メルカルトのように。
「あれは……まさか装陣器でしたの!?」
エキドナの手にする剣の変化に、空中から攻撃を続けていたセラフィナは気づいた。
日の出を前に、勝機を探して注意深くエキドナの動きを観察していたのだ。
「(この状況で発動するとなれば、攻撃魔術と考えて間違いなさそうですの)」
セラフィナは、エキドナが空中での行動を可能とするような魔術を習得、あるいは習熟していない事を既に察していた。
そうでなければ、セラフィナがエリアル・ロードを発動した時点で、自身も同様の効果が得られる魔術を使わなければ、一方的に不利な戦いを強いられることが明白であるからだ。
それにも関わらず使用しなかったのは、習得していない、もしくは習熟してないという事の証明に他ならない。
「(ですが上空へ攻撃可能な魔術が無詠唱で使用可能であるにも関わらず、何故今まで使わなかったのか……そこは疑問が残る所ではありますの)」
これまでの間、セラフィナが上空にいる時、エキドナは一切の攻撃を行わず、回避の一手に専念していた。
しかしそれはエキドナに反撃に移る余裕が無かったからではない。
彼女は十分な余裕をもって、セラフィナの攻撃を躱す事が出来ていた。
それにも関わらず反撃をしなかった理由とは何なのか、セラフィナは答えを出せずにいた。
「(消費魔力の問題ですの? それとも魔術の規模に問題が? あの淡い緑色の輝きを見ますと、刻まれているのは風属性の魔術法陣のようですが……)」
魔術法陣が放つ輝きの色は、魔術の属性によって異なる。
風属性なら緑、光属性ならば白といった具合にだ。
以上の事からセラフィナが推し量る事が可能なのは、発動しようとしている魔術が風属性である事、そして状況的に攻撃魔術だという事だった。
だが一口に風の攻撃魔術といっても、その種類は数多く存在し、特性も様々だ。
仮にセラフィナの知る魔術であったとしても、発動するまでは対処のしようが無い。
術名を発声し、魔術が発動するまでその魔術が何なのか分からないという、戦闘における無詠唱魔術のメリットの一つが、遺憾無く発揮された状況であった。
「(困りましたの……対風属性用の魔術を詠唱しても意味は無いでしょうし……)」
風属性魔術に対抗する魔術をセラフィナは習得していたが、現状では発動する事が出来ない。
それは単純に詠唱している余裕が無いという事ではなく、言葉通り本当に詠唱する意味が無いという事である。
何故なら魔術の詠唱とは、魔術法陣の構築を意味しているからだ。
例えばセラフィナが魔術を詠唱し、陣を構築しようものならエキドナは直ぐにでも無詠唱魔術を発動する事だろう。
結局の所、決して間に合わない。
無詠唱魔術のカウンターとして詠唱魔術を発動するのは、不可能に近い事なのだ。
「(後手に回るのは止むを得ませんの。ここは様子を窺いましょう)」
セラフィナはエキドナが魔術を発動するのを待ち、即座に対応出来るようにと攻撃を中断して様子を見る。
もとより威力を殺したウィンド・ピアスによる攻撃では決め手にならないのは承知の上であった。
それでも続けていたのは、エキドナ相手に終始優位を保って手合わせを終えたという結果が欲しかったからだ。
見る者全てが〝わかる〟ように。
「(最悪、一撃頂く事になりますの。少々見栄えは悪くなりますが……そうですね、もう十分かもしれませんの)」
セラフィナはエリアル・ロードの効果で空高くまで上昇し、エキドナを視界の内に収めたまま周囲の様子を窺う。
先ずは少し離れた場所にいる金色の虎の三名を、続いて周りに広がる雑木林の様子を観察し、一つ頷く。
「(それではエキドナ様。その御力、見せて下さいませ……!)」
セラフィナは空へと絶えず上昇する気流を作り、その流れに身を任せた。
重力を相殺できるだけの上昇気流は、セラフィナの体を一定の高度に保ち続け、まるで浮遊しているかの様な印象を見る者に与える。
そして、遥か高所より攻撃を誘うように、小さく両手を広げて見せるのだった。
「どうですウルガ? すごいでしょう?」
「あ、ああ……そうだな……」
呆然といった様子でセラフィナとエキドナの手合わせを見ていたウルガは、アーネに声をかけられ我に返った。
「ま、無理もねーさ。俺も最初見た時は……な?」
「そうですね、私もです」
眼前で繰り広げられる手合わせの光景は、ウルガが予想していた光景を遥かに凌駕した。
勿論、良い意味で。
「……強い。俺よりも、ずっと……」
大切な作戦の前に、強大な戦力がパーティに加わる。
それは間違い無く歓迎すべき事ではあった。
だが彼女より、セラフィナより高ランクの冒険者として、手放しに喜んでいられないのも事実である。
「まぁ何となくですが心情はお察しします。ですがエキドナさんも言っていたでしょう? セラちゃんはエルフかもしれないのです。私達よりずっと長い時を生きていれば、容姿に見合わない実力を身につけていても不思議ではありません」
「それは……その通りだが……」
ウルガの呟きに、アーネはその心情を気遣った言葉を掛けるが、ウルガは心ここにあらずといった様子でエキドナとセラフィナの手合わせを見つめている。
「オイオイしっかりしろよ! 姉さんがどうして手合わせを持ち掛けたのか忘れた訳じゃねーだろうな? 落ち込んで実力発揮できませんでしたぁ~なんて事になったら本末転倒だぞ!?」
「っ! 勿論忘れてはいない! 確かに圧倒されはしたが、作戦に支障はきたさん!」
「なら良いんだがよ……。ま、俺も最初に見た時は同じようなモンだったしな……気持ちは理解できるが、あんま気にしても仕方ないぜ?」
「そうだな……すまん。少し感情的になった」
「気にすんなって! 俺も言い過ぎたよ」
激しさを増す手合わせを前に、プライドを刺激されたのかウルガとイーサンは少しばかり感情的な言動が目立った。
しかし彼らも今がどのような時か、そして何の為の手合わせをエキドナがセラフィナに持ち掛けたのかを考え、直ぐに言動を改める。
これには直ぐ隣で二人を見ていたアーネも安心したが、同時に呆れをその表情に滲ませてもいた。
「ふぅ、まったく男のプライドとは面倒な事この上ありませんね。向こうも同じ様な事になっていなければ良いのですが……」
そう呟き見据えたアーネの視線の先には、地竜の洞窟へと続く獣道の他、鬱蒼とした雑木林が広がっていた。
アーネが向けた視線の先、そこでは彼女が憂いた通りの事態が起きていた。
「アニキ……オレは夢でも見てんのか?」
「がはははっ!! そんな筈が有るかっ!!」
眼前で繰り広げられる手合わせの様子に、ウルガと同じく呆然とするゲイン。
だが、隣にいるゴンザはといえば、普段通りの様子でゲインの問いに応じていた。
「だがよ! セラフィナとかいうあの女はDランク冒険者だって話じゃねぇか!? それが……こんな……っ!」
格下と侮っていた人物が見せるその実力に呆然としていたゲインだったが、一転して堰を切った様に激情を露わにする。
鬱蒼とした雑木林の中、ステルス・フィールドの効果で姿を隠しているとはいえ、効果範囲外に出てしまえば魔術の効果は受けられない。
感情に任せて飛び出して行きかねないゲインの様子に、ゴンザはその肩を強く掴んで宥めるように声をかける。
「落ち着けっ!! 冒険者ランクと強さは必ずしも一致しないっ!! お前も知っての通りだっ!!」
「っ……それは、そうだけどよっ!」
ゲインも理解はしているのだろう、だが感情的には受け入れ難いものがある。
Cランクの冒険者として積み上げてきた、実績に裏打ちされたプライドがあるのだ。
突然現れたDランク冒険者に軽々と実力で上を行かれ、簡単に認められなくても無理は無い。
「アニキは平気なのかよ? あんな……いや、そうか目で……そう言や会議の時に驚いてたのは……」
「そういう事だっ!! 見れば〝わかる〟っ!!」
世界には様々な方法で他者の魔力を量る能力を持った者がいる。
エキドナの様に至近距離で感覚を研ぎ澄ます事によって肌で感じる者や、セラフィナの様に見るだけで対象が秘める魔力を感知出来る者などだ。
ゴンザもその一人であり、彼は人や物を意識的に見る事によって、そこに宿る魔力を量る事ができるという、セラフィナと同じ様な能力を持つ者であった。
ゴンザは作戦会議の折、セラフィナを意識的に見る事によって、彼女の魔力が如何ほどのものか、既に見抜いていたのだ。
「魔術を使いこなす戦い方もスゲェが、あの最初の一撃……あの身体強化は並みの魔力じゃとても出来ねぇ。一体どんだけの魔力を持ってやがるんだ?」
「がはははっ!! 俺達など足元にも及ばんっ!! エルフだと言われても信じるぞっ!!」
「それほどかよ!? 悔しがるのも虚しいじゃねぇか……!」
魔技である身体強化の効力は、どれだけの魔力を身体強化の為に費やせるかと、費やした魔力の濃度によって異なる。
セラフィナの御世辞にも優れているとは言い難い筋力等の身体能力を、同じく身体強化によって向上しているエキドナの身体能力に迫るほど強化するには、一体どれだけの魔力を用いれば可能となるのか。
更に彼女は、その状態を維持したまま、魔術を用いて戦っているのだ。
最早ゲインは彼女の実力について、あれこれ考える事自体が馬鹿馬鹿しく思えてきていた。
「まぁそんなヤツ相手に戦えるエキドナさんは、やっぱスゲェよな……。魔力自体はセラフィナって嬢ちゃんの方が多いんだろ?」
「うむっ!! だが魔力濃度はエキドナの方が高いっ!!」
魔力濃度とは、一定量の魔力を1とした時、その魔力が持つ強さの事を指している。
例えば魔力濃度1の人物が、身体能力を10強化しようとする。
その場合必要になるのは10の魔力であり、10の魔力を身体強化に費やす事で、身体能力を10強化する事が出来る。
ところが魔力濃度2の人物が、同じ様に身体能力を10強化しようとすると、5の魔力を費やすだけで10の強化効果を得る事が出来るのだ。
当然魔力濃度が3の人物が5の魔力を費やせば身体能力は15強化され、10費やせば30も強化される事になる。
エキドナは魔力量でこそセラフィナに劣っているが、魔力濃度でセラフィナに勝る事により、同等以上の身体能力を発揮しているのだった。
「それにしても……」
「どうしたっ!!」
「あの嬢ちゃんは、どうして魔術に使う分の魔力を身体強化に回さねぇんだ? 見た所もう少し強化すりゃ、エキドナさんに殴り合いでも勝てると思うんだがな?」
「それは才能の問題だろうっ!!」
「才能……ああ! 同じ魔力の操作でも、体内操作と体外操作で必要な才能が違うって奴か!」
魔術の様に、体外へと魔力を放出して扱う体外操作と、身体強化の様な、魔力を体内に止めたまま扱う体内操作では、同じ魔力の操作であっても少しばかり勝手が異なる。
それ故に魔力の操作とは、人によって明確な得手不得手が生じてしまうものなのだ。
加えて修練によって不得手だった操作方法が上達するという事は無いに等しく、正に生まれ持った才能によって、限界が決まっているとされていた。
具体的に才能の差が、どのような違いが出るのかというと、それは身体強化などの強化限界に現れる。
例えば才能が有る人物の体内操作技能レベルを10とし、才能の無い人物の技能レベルを5としたとする。
そんな彼らが身体能力を10強化しようと身体強化を行った場合、レベル10の才能有る者は10の強化に成功するが、レベル5の才能無い者は、身体能力を5までしか強化できないのだ。
今、エキドナと手合わせをしているセラフィナが、魔術を使えるだけの魔力が残っているのにも関わらず、身体強化に魔力を回さないのは、正にこのためであった。
才能限界を超える魔力を身体強化に回しても、強化できないどころか本来自由に使えたはずの魔力を無駄にする事になるのだから。
「体内操作が得意なら戦士、体外操作が得意なら魔術師の適性が高い……オレはどっちも普通だから忘れてたぜ」
ゲインの様に、体内と体外どちらも普通に魔力を扱う事が可能という者も中にはいるが、それは万能であると同時にどちらにも突出していない事でもある。
状況によっては万能な人材になる可能性を秘めているが、同時に器用貧乏になるリスクを内包しているし、どちらか一方が得意の方が良いという者もいれば、どちらも普通に出来た方が便利だとする者もいる。
よって一概にどちらが良いとも言えない問題であった。
「エキドナさんと殴り合える魔術師……か、スゲェじゃねぇか!」
「ふむっ!! 蟠りは解けたようだなっ!!」
「おう! ありゃどう見たってオレより強いだろ! 何の問題もネェな!」
ゲインは当初、話に聞くセラフィナの実力に懐疑的であった。
魔力を量る事の出来ない者では無理もない事だろう。
そんな彼は、セラフィナの作戦参加が決定した際、足手纏いも褒賞金の分け前が減るのも御免だとして、この手合わせを画策したのだ。
当初はゲイン本人が手合わせをするつもりであったが、エキドナが名乗り出た事によって、その役を譲る事になった。
当時は何故エキドナが名乗り出たのか分からなかったゲインだが、今はもう素直に納得できている。
「オレが相手じゃ勝負にならなかっただろうしな……エキドナさんが名乗り出たのは、オレが良く〝わかる〟ようにって事かい……!」
「後で礼を言っておけっ!! あの娘にもなっ!!」
「ああ!」
激しさを増す手合わせを前に、ゴンザとゲインは戦場から目を逸らさずに語る。
そんな彼らの目には、純粋に信頼の色が見て取れた。
「受け止めてくれるってのかい? ならっ!」
空中で動きを止めたセラフィナの姿に、その意図を察したエキドナは愛剣を強く握りしめ、残る魔力の全てを込める。
すると刀身に刻まれた魔術法陣は、エキドナの魔力に応え、緑色の輝きを増していった。
間も無く全ての魔力が行き届き、力強く輝く愛剣を確認したエキドナは、足を開いて体を深く落とし、剣の柄を両手で握り絞めると水平に構え、その切っ先は標的となるセラフィナとは逆の方向へと向けた。
そして遂に、気合いと共に魔術を発動させるのだった。
「行くよ相棒! ブラスト・ウェポン!!」
エキドナが魔術名を発声した瞬間、彼女の握る剣から突風が吹き荒れた。
剣の刀身から風を放出するその様子は、まるで剣の刀身が風になったかの様である。
「っ! ……ふふ」
眼下で魔術を発動したエキドナの姿を確認し、セラフィナは我知らず笑みを浮かべた。
嘲笑した訳では無い。
エキドナの装陣器に刻まれている魔術が判明した瞬間、自然と心からの微笑みが生まれたのだ。
「(偶然……いえ、これは本当に運命なのかもしれませんの……)」
セラフィナは昨晩、改めてエキドナから勧誘を受けた時の事を思い出す。
エキドナはセラフィナとの出会いを〝運命〟の様に感じたと言っていたが、セラフィナはその時、特別に気に留めるような事は無かった。
単純に物の例えだと思ったからだ。
しかし今ならば、その気持ちが理解できる様な気がしていた。
何故ならエキドナの発動した風属性の攻撃魔術、『ブラスト・ウェポン』は、セラフィナにとって非常に馴染み深い魔術であったからだ。
「(確かにブラスト・ウェポンを使いこなす事が出来れば、上空の敵を攻撃する事は容易……お見事ですの、エキドナ様)」
セラフィナの眼下には、吹き荒れる突風を一振りの剣の様に収束させるエキドナの姿がある。
ブラスト・ウェポンによって作られた、緑色に輝く風の刀身は、術者の意思に従い自在に伸長し、それでいて重さ等は有ろう筈も無い。
無論、その扱いには相応の訓練が必要とされるが、使いこなす事が出来れば、地上にありながら上空の敵を攻撃する事も容易である。
しかし、一撃受ける覚悟を決めていたセラフィナの胸中に不安は無かった。
「せっかくの機会ですの。最後まで、全力で御相手させて頂きます!」
そう、不安など無かった。
手合わせ故に手加減があるからでは無い。
ブラスト・ウェポンは、ブラスト・ウェポンで対抗できるからだ。
「参りますの……ブラスト・ウェポン!!」
セラフィナは愛剣メルカルトを正面に向けて構え、ブラスト・ウェポンを発動する。
メルカルトに刻まれた複数の魔術法陣の一つであるが故に、無詠唱で発動されたブラスト・ウェポンは、エキドナの攻撃に先んじて発動するも、未だ突風の如く吹き荒れていた。
現状のままであっても効果を発揮出来ない訳ではないが、荒ぶる風を収束する事で、魔術の効果範囲を限定したり、威力を高めた方が効果的であるのも事実であった。
「くく……はははははっ!!」
ブラスト・ウェポンの収束が終わり、攻撃を開始しようとしたエキドナは、上空のセラフィナが動きを見せた事により警戒を新たにする。
しかし次の瞬間、彼女の警戒心は吹き飛び、心の底から笑い声を上げていた。
「いいね! いいじゃないか! さあ撃ち合おう! セラフィナ!」
正に会心の笑み。
魔術法陣の構築が見られなかった事と、セラフィナの手にする剣が輝きを放っていた事から、彼女が発動したブラスト・ウェポンが無詠唱魔術である事は明らかであった。
複数の魔術法陣が刻まれた装陣器など見た事も無かったエキドナだが、そんな驚きを通り越して尚、彼女は純粋に嬉しかった。
ただの偶然と言ってしまえばそれまでだが、同じ魔術法陣を刻んだ装陣器を持つ者として、この巡り合わせに改めて運命を感じたからだ。
勿論、手合わせ最後となるであろう一撃で、エキドナの望む通り、互いに撃ち合う事が出来るという事も要因の一つだ。
「……お待たせ致しました。それでは―――」
間も無くブラスト・ウェポンの収束を終えたセラフィナは、地上で自身の準備が整うのを待っていてくれたエキドナに感謝の念を抱きながら、メルカルトを上段へと構え直す。
「さて、それじゃ―――」
エキドナもその動きで察したのだろう、身体強化によって向上した、あらゆる身体機能を最大限に活用し、攻撃を仕掛けるタイミングを見計らっていた。
そして、その時は一条の光と共に訪れる。
「―――参ります!」
「―――行くよっ!」
日の出の瞬間、東方より射す光がセラフィナとエキドナの元に届いた時、二人は動いた。
メリエルの町にある教会から響く鐘の音が、日の光と共に合図になったのだ。
「はぁっ!」
セラフィナは気流を操り、天を蹴ったかの如く急降下しながらメルカルトを振り下ろす。
「せぁっ!」
エキドナは大地を蹴り、脚力にモノを言わせて跳躍すると、尚も自身より高所にいるセラフィナを地表に叩き落とす勢いで長く伸ばした風の刀身を振るった。
そして、直後に訪れた激突の瞬間、鐘の音を掻き消すほどの轟音と共に、激しい強風が周囲一帯に吹き荒れた。
「「!!」」
振るわれたブラスト・ウェポンの形状は互いに剣。
収束された風の刀身が空中で衝突し、衝撃波が発生したのだ。
空中で激突する二人の中心で生まれた衝撃波は、地表に生える草木等は勿論、当の二人にも例外無く襲い掛かり、セラフィナとエキドナは反射されたかの様に弾き飛ばされた。
「くぅ……!」
「うぉっ!?」
上空へ押し上げられるかのように弾き飛ばされたセラフィナは慌てて気流を操り空中で体勢を整え、逆に地表へと弾かれたエキドナは地面を転がって受け身を取ると、回転する事で生まれた勢いのままに飛び起きる。
体勢を整えたセラフィナとエキドナは、互いに無傷ではあったが、二人の手にする装陣器から風の刀身は失われており、ブラスト・ウェポンの効果は消失していた。
「くく……ははははっ! いや参った参った! アタシの負けだよ! ホントに大したモンだ!」
エキドナは自身の手にする装陣器から魔術の効果が失われている事を確認すると、声を上げて笑いながら手合わせの終了を告げる。
自身の敗北を認める旨の言葉を発しているにも関わらず、その表情はこれ以上が無いほどに朗らかだ。
「……!(あれは……どうやらここまでの様子ですの)」
剣を鞘に収め、両手の平を顔の左右で開いて見せるというエキドナのジェスチャーから、手合わせ終了の合図だと察したセラフィナは、メルカルトを収め、地上へと降りてエキドナに声をかける。
「お疲れ様ですの、エキドナ様。お怪我などされてはいませんか?」
手合わせ故に互いに怪我をしない様にと注意はしていたが、最後の一撃は少々力が入り過ぎてしまったのも事実である。
エキドナに怪我が無い事は察しがついていたセラフィナであったが、念には念をと問いかけたのだ。
「ああ! 問題は無いさ! アンタも大丈夫だね?」
「ええ、問題ありませんの。お気遣い感謝致します」
「よしっ! 手合わせ無事に終了だ! お疲れさん!」
互いに怪我が無い事を確認し合い、無事に手合わせを終えた事を確認すると、エキドナは今にも笑い出しそうな表情で口を開く。
「いや、それにしてもホントに大したモンだよアンタは! まさかブラスト・ウェポンまで使いこなすなんてね!」
「私が収束を終えるまでエキドナ様が待っていて下さったからこそですの。実戦であればとても……」
「何言ってんだい! 実戦だったら最初のウィンド・ピアスでアタシは串刺しだったさ!」
「ふふ、それこそ初手を譲って頂いたからこそ、主導権を握る事が出来ましたの。そうでなければ命中させる事すら不可能であったと思いますの」
手合わせの内容を振り返ってみると、一見セラフィナが終始優位に立っていたかのように見える。
しかしそれはエキドナが初手を譲る事により、セラフィナが自身にとって優位に戦闘を進める為の主導権を握る事が出来たからであり、一概に全てがセラフィナの実力だとは言い難かった。
だが、それでもセラフィナに確かな実力が無ければ、互いの実力を冷静に分析し、自身が優位に戦う為の戦術を見出せなかったのも事実なのだ。
エキドナはその事実を理解しているからこそ、セラフィナを評価する。
「アタシは先手を譲った位で不覚を取るほどヤワじゃないつもりだよ? アンタは手にした機会を掴み取り、勝機を見出す事が出来るだけの確かな実力を持ってるんだ。堂々と胸を張って良い事さ!」
「エキドナ様……お褒めの言葉、ありがたく頂戴致しますの」
過ぎた遠慮や謙遜は失礼にあたる。
セラフィナはそう考えつつも、純粋に喜ぶ気持ちも手伝って、エキドナからの評価を受け入れ心からの礼を述べるのだった。
「くく……さて、それじゃ……おっ! 出て来たね」
既に夜は明け切り、周囲は朝の光に包まれている。
エキドナが周囲を見渡すと、手合わせの終了を察した金色の虎の面々や、ゴンザとゲインが雑木林の中から現れ、セラフィナとエキドナの元へと歩み寄ろうとしていた。
「セラフィナ、もう気付いていると思うが……まぁ見ての通りなんだ。その、面倒を掛けたね……ゴメンよ?」
「ふふ、どうかお気になさらず……正直な所を申しますと、もっと早く実力を示す場が設けられると思っておりましたの」
冒険者は、実力の定かでない者とはパーティを組みたがらない。
それは今回のような大掛かりな作戦ならば尚の事である。
そう、セラフィナは手合わせの様な形で実力を示す必要性を感じていたのだ。
昨晩セラフィナが作戦への参加を決めた後、エキドナ達と共にゴンザとゲインに挨拶をしに行った際に、ゲインをはじめとする複数の者達から実力を危ぶまれているかの様な視線を向けられた事によって。
足手纏いではないと証明する為に、憂い無く作戦に取り組める様にと。
そして、こういった事は、一見して子供のようにしか見えず、実力を侮られ易いセラフィナにとっては日常茶飯事であった。
「そうか……ん? そう言えばゴンザとゲインが隠れている事にも気付いてたみたいだが、あれは……?」
このタイミングで手合わせを行う意図について、セラフィナが察していた事については不思議はない。
彼女の容姿を見れば、度々こういった事態に見舞われていたであろう事は、エキドナにも理解できていたからだ。
しかしセラフィナはゴンザとゲインが姿を見せる前から、彼らが潜む雑木林の方へと視線をやり、二人の潜伏場所を見破っているかの様な節があった。
ステルス・フィールドによって気配を遮断していたにも関わらずである。
エキドナはステルス・フィールドを無効化する能力をセラフィナが有しているのではないかと考え口を開いたが、返ってきたのは冒険者として、少しばかり頭の痛い答えであった。
「それは……その、足跡が残っておりましたの……」
「おぅふ……」
とても言い辛そうに口にしたセラフィナからの答えは、冒険者としてはかなり恥ずかしい不始末故のものであった。
種を明かせば何の事は無い、ゴンザとゲインが潜む雑木林の方へと、メリエルからしっかりと真新しい多数の足跡が、荷車の轍と共に続いていたのだ。
地竜の洞窟に彷徨う騎士が現れてからというもの、洞窟へと続く東門を通る者が皆無となっている事を考えれば、それが赤色の両パーティのものであるという可能性に行き着くのは容易である。
「我ながらそんな事にも気が付かないとは……昨夜は流石に飲み過ぎたかね、情けないったらないよ」
「ま、魔獣等が相手ですと、あまり必要としない事が多いですの……どうか御気を落とさず……」
知性の低い魔獣等が敵となる場合、足跡が残っていようともステルス・フィールドで気配そのものを遮断できるが故に特に問題にならない事が多いが、相手が人間、あるいは人と同等の知性を持っている相手となると、流石にそうもいかないのが現実だ。
如何に気配が無くとも不自然に足跡が途切れれば、それこそ隠れていると明言している様なものなのだから。
「いや、正直助かったよ。ヤツに仕掛ける時にやらかしたら事だからね! よし、こうしちゃいられない、ちょいと外すよ!」
そう口にするや否や、エキドナはこちらへ向かって歩み寄って来ていたゴンザとゲインの名を大声で叫びながら走り去る。
恐らく先の失態から今一度気を引き締めるべく、話をしに行ったのだろう。
「セラちゃ~ん!」
「っ!」
一人残されたセラフィナのもとに、エキドナと入れ替わる様にアーネが現れた。
酷く興奮しているのか、駆け寄って来た彼女の顔は赤く上気している。
「セラちゃんすごい! すごかったね! 素敵だったよ~! 空を舞う妖精みたいだった!」
「あっはい……ありがとうございます……あの、あまり近付かれると困りますの……」
エキドナによって接触する事を禁じられている為、直接触れる事はしないアーネだったが、至近距離で口早に捲し立てられるセラフィナからして見れば、やはり対応に困ってしまう相手だ。
助けを求めてセラフィナはイーサンの姿を探すが、彼は荷車の傍で待機しており、この場には居なかった。
「アーネ、そこまでにしておけ」
「ちょっとウルガっ! ……もうっ!」
この場に居ないイーサンの代わりという訳では無いが、アーネの肩を背後から引いて彼女を止めたのは、妙に硬い表情をしたウルガであった。
「ウルガ様……?」
彼のその表情から事情を察しているアーネは渋々身を引いたが、セラフィナはフードの下で戸惑いの表情を浮かべていた。
「セラフィナ……その、すまん!」
「え……?」
突然の謝罪の言葉に目を白黒させるセラフィナ。
ウルガから謝罪を受けるような事が身に覚えの無いセラフィナだったが、ウルガはそのまま言葉を続ける。
「君を侮っていた……アーネやイーサンから話を聞いても、リーダーが直に確認したと言われても信じられなかった。いや、信じたくなかった」
「……」
「表面上は受け入れておきながら、内心では拒絶していた。自分のちっぽけなプライドを守りたかったからだ……!」
堰を切ったように語りだしたウルガに、セラフィナは黙して耳を傾けていた。
アーネも呆れたような表情をしていながらも、ウルガを見守る視線は優しいままに沈黙を貫いている。
「セラフィナ」
「はい」
セラフィナは、ウルガに実力を疑問視されている事には察しがついていた。
しかし表面上は友好的であった為、黙っていれば何の問題も無い事だ。
それにも関わらず心情を明かし、こうして謝罪の言葉を紡ぐのは、偏にウルガの誠実さ故の事であった。
「見事な戦いだった。改めて、よろしく頼む!」
「こちらこそ、よろしくお願い致しますの」
告げられたウルガの心からの言葉に、セラフィナもまた、心よりの言葉で応じる。
自身に対する誠実な姿勢が、本当に嬉しくて。
その後、足跡の始末を怠るという失態を晒してしまった件の反省を終え、気を引き締め直したゴンザとゲインと改めて話をしたセラフィナは、ウルガと同様にゲインからも謝罪と誠意有る言葉を受け取った。
改めて結束を深めた一同は、エキドナの統率の元に歩みを進め、地竜の洞窟へと繋がる雑木林へと向かうと、ゴンザとゲインと同様にステルス・フィールドで潜伏していた赤色の両パーティと合流、出立の運びとなった。
「さぁ出立だっ! 全員気を引き締めなっ!!」
先頭を行くエキドナに続いて金色の虎が引く荷車が、そしてその後を囮となるレッド・フォックスの入れられた金属製の檻を積んだ赤色の両パーティの荷車が進んでいく。
荷車の担い手以外の者は警戒態勢をとりながら歩みを進めているが、周囲は魔獣一匹現れない、不気味なほどの静けさを保っていた。
「セラフィナ、ちょっといいかい?」
エキドナの僅か後方で、アーネと共に周囲の警戒をしていたセラフィナに、不意に声が掛けられた。
声の主であるエキドナは、肩越しに視線をセラフィナへ送ると、彼女に側に来るようにと促す。
「エキドナ様? 何か問題が?」
「いや大した事じゃないんだが、これを渡しておこうと思ってね」
エキドナの元へと小走りに駆け寄ったセラフィナに、エキドナは腰に括り付けた革製の鞄から取り出した物を差し出す。
「これは……ペンダントですの?」
「大したモンじゃ無いがね、アンタが持っといておくれよ」
エキドナが差し出してきたのは、セラフィナの手の平に収まる程度の大きさの、魔獣の牙と思しき物を金属で加工、装飾した簡素なペンダントであった。
それを両手で受け取ったセラフィナは、ペンダントに特に魔術的な効果が付与された様子の無い事から、一般的な装飾品の類であると考えたが、手入れが行き届き、美しく輝くその様子から、相当に思い入れの有る一品だと感じ取った。
「とても大切な品物のように感じますの」
「まぁね、アミュレットみたいなモンさ」
「でしたら……!」
「セラフィナ、アタシはね」
手渡されたペンダントが大切な品物であると感じ、受け取る事が憚られたセラフィナであったが、彼女の言葉を遮るかのようにエキドナは口を開く。
「この作戦が終わった後も、アンタと一緒に居たいと思ってる」
「!」
歩み続けるエキドナの顔は、真っ直ぐに前だけを向いている。
しかし隣を歩くセラフィナには、遥か前方を見据える彼女の視線が、他ならぬ自分に向けられている様に感じられた。
「勿論、何か事情が有って一人で行動してるんだって事は分かるさ。なら、その事情ってヤツも含めてアンタの面倒を見たい」
「……!」
「セラフィナ、正式に金色の虎の一員にならないか?」
「ぁ……ぅ……」
嬉しくはあった、しかしセラフィナは何も口に出来ずにいた。
何故ならセラフィナの抱える事情とは、彼女のコンプレックスだけに止まらない可能性があるからだ。
その可能性が否定できない以上、軽々しく返事をする事など出来はしない。
勿論、拒絶の言葉であれば何の問題も無いだろう。
これまで何度もそうしてきたように、断りを入れて姿を消せばいいだけなのだから。
「まぁ何だ……答えを急ぐ必要は無いさ。そのペンダントはアンタが持っといておくれ。気休め程度にはなるよ」
「……大切に御預かり致しますの。それでは警護に戻ります……」
「ああ、よろしく頼むよ」
エキドナの隣を歩いていたセラフィナは歩調を緩めると荷車が隣に並ぶのを待ち、再び警護へと戻った。
荷車を引くイーサンとウルガも、荷車を挟んで反対側を守るアーネもセラフィナに声を掛けるような事はしなかったが、どこか優し気な視線を彼女に送っている。
「……。(今は作戦に集中しなければなりませんの。その後の事は作戦が終わってから考えれば……)」
どれだけ未練があろうとも、彼女は自身の事情に他者を巻き込むことを見過ごせない。
内心では既に決まっているエキドナ達との別れを拒む様に、セラフィナは周囲の警戒に意識を傾ける。
「(もう少し……もう少しだけ……彷徨う騎士を倒すまでは……)」
やがて訪れるその時まで、金色の虎の一員としていられる時間を惜しむように、セラフィナは行く。
地竜の洞窟へと、進んで行く。
エキドナは言った、セラフィナと出会いを運命のようだと。
セラフィナは思った、エキドナ達との出会いは運命かもしれないと。
だが、その運命がどのような未来へと繋がって行くのかは、当の本人達にも分からない。
セラフィナは進んで行く。
一歩一歩、確実に。
地竜の洞窟へと、彷徨う騎士の元へと、セラフィナは進んで行く。
ありがとうございました。
誤字、脱字等ございましたら、ご報告頂けると幸いです。




