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出立前夜と装備の確認の二十九話

よろしくお願いします。

 昼過ぎから始まった酒盛りは、夜になった今も終わる事無く続いている。

 セラフィナも暫くはエキドナ達に付き合い、ゴンザとゲインをはじめとする赤色の両パーティの者達に挨拶をするなど、卓を共にして結束を深めていた。

 しかし日も暮れ、夜の帳がメリエルの町を覆い尽すと、セラフィナは明日に備えて休むために、未だ飲み続けているエキドナ達に断りを入れ、早々に二階に借りておいた自室へと戻る事にする。

 しつこく追い縋るアーネの声を、意識の外へと追いやりながら。


 「(それではいつものように……)」


 酒場の二階に上がり、昨日と同じ部屋に入ると、セラフィナはとある魔術を詠唱する。


 「顕現せしは極光の障壁、万象阻む結界を成せ―――」


 部屋の中央まで入り、魔術の詠唱を始めると、セラフィナの魔力が体外へと放出され、彼女を中心に白く輝く魔術法陣が形成される。

 セラフィナの眼下に広がる魔術法陣は、間も無く魔術の効果範囲として定めた部屋全体にまで広がり、詠唱の完了と同時に発動された。


 「―――プロテクト・サンクチュアリ」


 光属性の結界魔術、プロテクト・サンクチュアリだ。

 発動と同時に魔術法陣は一際眩い光を放って消失し、天井と床、四方の壁に、侵入しようとするものを阻む、魔術障壁が展開される。

 視覚的な感知は魔力を見る力を持った者でなければ出来ないが、術者であるセラフィナには正常に魔術が機能している事がわかる。


 「(これでよし……ですの)」


 防犯能力に乏しい部屋に結界を張り、セラフィナは机の上に転がっている魔照石に魔力を注いで仄かな明かりを灯す。

 一階からの騒音が響く薄暗い部屋の中、椅子の上に身に着けていた装備を置くと、硬いベッドの上に横たわり、昼間下した自身の決断についての事を思い出す。


 「これで……よかったのでしょうか……」


 自らの決断を思い返して呟くも、答えなど出ようはずもない。

 未来を見通す力を持たない彼女には、決断の是非など、終わってみなければ分からないのだから。


 「(少し……感傷に流されてしまった気もしますの……)」


 エキドナの策に可能性を感じたからこその決断ではあった。

 しかしエキドナから聞かされた過去の出来事、彼女の決意、生き様。

 そういったものに感銘を受け、心情的に協力したくなってしまったのも事実だった。


 「(何にせよ、エキドナ様達は御自身の意思で戦いに臨まれる……それだけは確認できましたの。よかった……)」


 セラフィナの事情は一切関係無く、セラフィナが居ても居なくても、どちらにせよ今回の作戦は決行されたのだ。

 その事実を確認出来ただけで、セラフィナの胸中に、僅かばかりの安堵が生まれる。

 自分のせいでエキドナ達を危険な戦場に追いやる訳ではないのだから。


 「とにかく作戦に参加すると決めた以上、装備の確認は入念にしておきませんと……」


 決断の是非などといった、考えても答えの出ないことは早々に思考を打ち切り、今出来る事に専念するべく、セラフィナはベッドから体を起こす。

 見渡す部屋の中には粗末な机と椅子があり、椅子の上には荷物の入った革製の鞄がある。

 腰から吊り下げるタイプの、小さなポーチのような鞄だが、意外と使い勝手が良く、セラフィナは気に入っている。

 鞄の中には傷を癒したり、魔力を回復する液状の調合薬、所謂ポーションの他に、冒険者として生きる上で必要になる小物が入っている。


 「(先ずは道具の確認を……体力回復用のポーションが三つに、魔力回復用のポーションは五つ。エキドナ様から作戦前に幾つか支給して頂けるとの事でしたし、とりあえずはこのくらいで大丈夫でしょう)」


 セラフィナは机の上に鞄の中に有る物を一つ一つ並べていき、魔照石の灯りのもと、アイテムの確認を進めていく。

 魔術師の本分を常に全う出来るようにと、魔力回復用のポーションを多めに用意しておくのが、セラフィナの冒険者としてのスタイルだ。

 魔力さえあれば回復魔術で傷を癒す事ができるのも、彼女のスタイルを決定づける要因の一つだろう。


 「次に武器の点検ですの……」


 そう呟き手に取ったのは、セラフィナが愛用する唯一の武器、装陣器『メルカルト』だ。

 形状は剣。

 刀身は長さが三十(cm)、幅が五(cm)程度の、剣というよりは短剣、所謂ダガー程の大きさなのだが、鍔や柄に施された実用性とは無関係の美術的刻印や装飾によって、見る者の印象としては儀礼剣に属するであろう一品だ。

 しかし淡く緑色の輝きを帯びた銀色の金属、『ミスリル』によって作られた刀身、そして刀身全体に刻まれている魔術法陣により、メルカルトは装陣器として完成しているため、その実用性は見た目に反して非常に実戦的だ。

 勿論ミスリル製であるため極めて軽く、丈夫で鋭く作られているため、単純に斬りつけるだけでも十分な効果を発揮するだろう。

 また、比較的小振りであるため携行性に優れ、セラフィナは常に左腰に帯剣しているが、邪魔になるような事は特に無い。


 「(メルカルト……)」


 装陣器であるメルカルトを鞘から抜き放ち、切先を上にして両手で持つ、そしてセラフィナは魔力を籠めはじめた。

 すると刀身に刻まれた魔術法陣が正常に機能し、刀身に刻まれている法陣が、淡い緑色の光を発する。

 セラフィナが刻まれている魔術名を口にすれば、すぐにでも魔術が発動する状態だ。


 「(問題なし……今回も頼りにさせて頂きますの)」


 故郷を離れてから常に共にあり、命を預けて来た大切なパートナーに、セラフィナは瞳を閉じて、祈るように語りかけた。







 「これで終了……ですの」


 武器や道具、その他諸々の装備の確認を終え、セラフィナは再びベッドに体を横たえる。

 装備品一式の確認を行っていたため、気が付けばそれなりの時間が経過していた。


 「(夜明けまで……あとどのくらいでしょうか……このような時、時計があれば便利ですのに……)」


 作戦開始は夜明け前。

 教会から鳴り響く鐘の音と共に、メリエルを立つ事になる。

 鐘が鳴るのは教会の時計塔からであり、日の出と日の入り、そして正午の計三回。

 時計が示す時刻でいえば、二十四時間中、最初が六時、次に十二時、最後が十八時となっている。

 しかし時計は非常に高価であり、個人が持って歩ける懐中時計ともなれば、縁が無いまま生を終える者も居るほどだ。

 冒険者であるセラフィナには、現状縁遠い物であった。


 「(懐中時計……そういえば、お母様が持っていらっしゃいましたの……)」


 時計について考えていた為か、一番身近で所持していた人物である、母の事をセラフィナは思い出す。

 優しかった母。

 厳しかった母。

 セラフィナが愛し、セラフィナを愛してくれた母の姿を。


 「お母様……」


 我知らず、セラフィナは呟いた。

 故郷を離れた事に後悔は無い。

 そうしなければ、壊れてしまっていたからだ。

 セラフィナの心が。


 「叶うなら……もう一度……」


 セラフィナはベッドに横たわったまま、メルカルトを抱きしめる。

 メルカルトは母から贈られた品だ。

 その胸に抱きしめると、不思議と母の存在を近くに感じ、暖かな気持ちになる。


 「(セラフィナは明日、強大な敵へと挑むために出立致しますの……どう、か……ご加護……を……)」


 瞼の裏に浮かぶ母の姿を見つめていると、次第に睡魔の誘いがセラフィナに訪れる。

 明日は夜明け前に酒蔵へと向かい、物資の運び出しを金色の虎のメンバーと共に行う事になっている。

 つまりは日の出の鐘が鳴る前に起床しなくてはならないのだ。

 セラフィナは体内時計の正確さには自信があるが、睡眠不足ではそれも危うい。

 よってセラフィナは特に抵抗する事も無く、暖かな気持ちで睡魔に身を委ねた。


ありがとうございました。

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