魔術師と情報収集の十六話
よろしくお願いします。
翌朝、セラフィナの目を覚ましたのは、メリエルの町全体に響き渡る鐘の音だった。
日の出と共に鳴らされるこの鐘は、町の中央にある教会から鳴り響いている。
教会は国家や人種を問わず、この世界の各地、人の住む場所には必ずと言っていいほどの割合で存在し、担う役割は実に幅広い。
その一つが日の出と日の入り、そして正午の一日に三度鐘の音を響かせ、人々の生活に大まかな区切りを設ける事である。
他にも町の防護結界を管理し、冠婚葬祭や子供たちの教育機関としての役割までをも果たす、一大国家機関として成り立っているのだ。
当然国家や種族が違えば風習や理念も違ってくるため、組織としての体質には違いが有るが、務める役割に大きな違いは無かった。
「ん……ぅ……朝……」
固いベッドの上で目を覚ましたセラフィナは、目を擦りながら身を起こす。
部屋に展開した結界に異常が無い事を確認し、薄い布切れの様なカーテンを開くと、日の出と共に白み始めた空と人気の無い町並み、そして窓ガラスに映る死人の様な自分の顔がセラフィナの目に入った。
昨夜の醜態のせいか目元が少し赤くなっているが、概ねいつも通りの顔色の悪さである。
寝起きと言う事もあって乱れた紫色の髪が顔にかかっており、唇は病人の様に青白い。
唯一精気を宿しているように見える瞳の色は血の様に赤く、夜間不意に目にすればアンデッドやゴースト系の魔物と間違われても不思議は無いとセラフィナは考えている。
「酷い顔ですの……人様にはとても御見せ出来ませんわね……」
自嘲気に呟いたセラフィナはフードをかぶり直し、窓に背を向けると扉へと向かって歩みを進める。
「エキドナ様と合流するまでに、私自身でも情報を集めておきたい所ですの……」
気を持ち直し、昼過ぎに予定しているエキドナ達とのミーティングまでの行動を考えつつ、セラフィナは扉を開き部屋の外へと出る。
セラフィナが持ち歩く最低限の旅装品が残された部屋で、魔力が尽きて光を失った魔照石がテーブルの上に転がっていた。
セラフィナは部屋を後にし、共用の洗面所を借りて最低限の身嗜みを整えると、一階の酒場にて軽い朝食を済ませる。
昨夜の喧騒が嘘の様に静かな店内には店主以外に人気が無く、酒場と言えども情報を集めるには厳しいものがある。
店主から軽く話を聞き、追加で後一日分部屋を借りるとセラフィナは店を出る。
この時間最も人が集まり情報が拾いやすい場所、冒険者ギルドへと向かう為だ。
冒険者ギルドに朝から人が集まりやすいのは、依頼の請負が早い者順に成される為だ。
日々の糧を得る為に自身の得意分野を活かせる依頼や、内容の割に報酬が良い依頼など、リスクとリターンを考えオイシイ依頼を請負う為には、やはり早朝からギルドで依頼の確認を行う必要があった。
他にも昼間の内に依頼を済ませ、暗くなる前に帰る為には、朝の内に依頼を受け、すぐに依頼に取り掛かる必要が有ったり、依頼の達成が夜間になった為、翌朝に依頼達成の報告をしに来た者達などもおり、朝に人が集まる理由は冒険者によって様々ではある。
セラフィナはそんな者達の集まる冒険者ギルド内で情報を拾うのだ。
そう、情報を人から直接聞くのでは無い、転がって来る情報を〝拾う〟のだ。
この時間、人で溢れるギルド内は冒険者達の会話で埋め尽くされる事になる。
その多くは冒険に関する比較的新鮮な内容であり、中にはその町で話題になっている噂話や、近隣を騒がせる盗賊団や魔獣の群れに関するものなど、そのジャンルは幅広い。
時には思わず耳を塞ぎたくなる様な下世話な噂などもあり、フードの下で人知れず頬を染める事態に陥る事もあるのだが、依頼が張り出されている掲示板の前で依頼を見定めている風を装い、聞き耳を立てていれば、情報が自然と転がってくるのだ。
当初は盗み聞きの様な振る舞いに忌避感を抱いたセラフィナだったが、自分が見知らぬ人物との交流に際し、非常に不適切な格好をしているという事実を認め、それも止む無しと諦める事となっていた。
セラフィナはその全身を黒いローブによって覆い隠している以上、面識の無い人々に初対面で好印象など与えられるはずも無く、不用意に声をかければそれだけで不審な者を見る目を向けられてしまう。
その事実を故郷を離れてすぐに悟ったセラフィナだったが、自分の容姿が人目に触れれば結果は同じ事だと考え、格好を改める事無く生活を送って来ていた。
最早こうして早朝のギルドに情報を拾いに行くのも慣れたものであった。
セラフィナは徐々に人が増えて来たメリエル町を、一度この町に到着した際に訪れた冒険者ギルドを目指して歩みを進める。
時折擦れ違う人々はセラフィナを見て胡散臭そうな目を向けるも、一瞥するだけでそれぞれの生活に戻って行く。
こういった視線の数々にも既に慣れてしまっているセラフィナは、特に気に留める事はせずにメリエルの町の中心へと繋がる石畳の道を進んで行く。
メリエルの町は石造りの防壁に囲まれた町であり、町中にある建物も石造りの物が多い。
中にはセラフィナが部屋を借りた宿屋のように木造の建物も有るのだが、いずれも年代を感じさせる古い建物であり、注意して見れば所々が痛み、修復された痕跡を見受ける事ができた。
そういった木造の建物は町の中央に近づくほど多くなり、外に行くほど石造りの建物が多くなってきている事から、町の発展に伴い建築技術も向上していったのであろう事と、同時にメリエルの町が重ねて来た歴史の長さを推し量る事ができる。
そんな事を考えながら町の中心へと向かう道を進み、メリエルの町を観察していると、やがて目的の建物がセラフィナの視界に入ってくる。
町の中央付近に位置する木造の建築物、冒険者ギルドだ。
木造建築物の例に漏れず、歴史を感じざるを得ない佇まいから、恐らくはメリエルが町と呼べる規模に発展する以前からこの地に住まう人々の生活に寄り添ってきたのであろう事を感じ取る事ができ、正面には冒険者ギルドを示す看板が大きく掲げられ、看板の下に開かれままで固定されている扉からは、冒険者達が盛んに出入りしている。
「ふぅ……それでは、参りますの」
セラフィナはフードをより目深に被り直すと一度呼吸を整え、慣れようとも決して好まぬ人混みの中に足を踏み入れるのだった。
冒険者ギルドという施設は、所違えど役割事体は変わらない。
当然建物としての造りも似通っており、慣れない街のギルドであっても建物内で冒険者が迷うという事は滅多な事では起こり得ない。
何故なら冒険者がギルド内で用事のある場所といえば、受付と掲示板の二ヶ所だけであり、それらは非常に目につきやすい場所に設置されているからだ。
それ以外の場所はギルドの職員でもない限り無縁である為、冒険者達が気に留める事は皆無である。
Dランクの冒険者であるセラフィナも例に漏れず、自らに関係する受付と掲示板の位置を確認すると、今回の目的である情報の収集を行う為に、討伐や護衛、採取など、依頼の種類ごとに分けて記されている依頼掲示板の方へと向かう。
場所の特定に難しい事は無く、自分と同じ冒険者風の者達が集まる場所を二ヶ所探し、カウンターと係員が居れば受付、そうでなければ依頼掲示板と、単純で明解だ。
大抵のギルドでは受付カウンターをギルドに入って正面の位置に構え、依頼掲示板を壁沿いに設置する事が多い為、人混みで見え難くとも大体の察しがつくという事もある。
セラフィナは昨日既に訪れている事も有り、受付の位置を確認しているため、入り口から入って右側の壁に群がる人混みが掲示板によるものだと察しがつき、特に周囲を見渡す事も無く掲示板の前に足を運ぶ事が出来た。
「あぁ? ガキが何だってギルドに……魔術師か?」
「ほっとけよ。ガキに構ってる暇はねぇ」
扉を通る際に擦れ違った粗野な冒険者達に、不躾な言葉を放たれるのも毎度の事と意に介さず、セラフィナは人混みの隙間を縫うように掲示板の前に進み出る。
依頼掲示板には数多くの依頼が記された張り紙が所狭しと並べられ、冒険者達が内容を確認しては仲間達と請負うか否かを話し合っている。
セラフィナの眼前にある掲示板は主に討伐対象として指定された魔獣や魔物について記された討伐依頼系の掲示板であり、件の彷徨う騎士についての通知も見受けられた。
「……。(彷徨う騎士は……なるほど、確かにエキドナ様から御伺いした通りですの)」
昨晩エキドナから聞いた彷徨う騎士に関する情報に誤りが無い事を確認し、彷徨う騎士の、脅威度Aランクの魔物という危うさを、改めて意識する。
記された破格の討伐褒賞金は確かに魅力的ではあったが、現状それほど生活に困窮している訳でも無いセラフィナが、命の危険を冒してまで彷徨う騎士に挑む理由としては少々弱い。
自身を高く評価してくれた事、勧誘してくれた事を素直に嬉しく思い、可能ならば力を貸したいと考えているセラフィナだが、この依頼は彼女の身に余るものかもしれない。
「(流石に命まで懸ける訳にはいきませんの……。この御話はお断りさせて頂いた方が良いのかも……)」
と、その時―――
「おい聞いたか? 金色の虎が彷徨う騎士に挑むって話」
「ああ。他のパーティと組んで合同でやるってヤツだろ?」
内心でエキドナの申し出を断る方向で考えを纏めつつあったセラフィナの下に、冒険者達の話声が転がって来た。
「西のハリエルからも物資を掻き集めて念入りに準備してるって話だが、相手はAランクの化け物だぜ? 一体どうなることやら……」
「Aランクの魔物が如何に危険な存在なのかは、実際に戦った経験のあるエキドナさんなら、身に染みて分かっているはずなのになぁ?」
「やっぱオルバさんの事があるからなんだろうが……」
「あれから三年になるんだよな……。それを考えれば確かに無理も無い話なのかも知れない。俺達じゃエキドナさんの力になれそうにないが、せめて武運を祈らせてもらおう」
話し込んでいた冒険者達は、エキドナの行動に一定の理解を示しつつも沈痛な表情を浮かべてその場を後にする。
その様子から彼等はエキドナとの親交があり、彼女の危険な行動を止めさせたくてもそれが出来ないという、複雑な心境が感じ取れた。
「……。(エキドナ様には褒賞金以外に何か別の目的がありますの? 確かオルバ様と聞こえましたが、その御方が今回の件と何か関係が……?)」
冒険者達の会話に含むものを感じ、今回の彷徨う騎士討伐にはエキドナにとってギルドの依頼以上の、何らかの特別な意味を持っている可能性が有る。
そう考えたセラフィナは、掲示板の前を小刻みに移動しながら更なる情報を求め、耳を澄ますのだった。
ありがとうございました。




