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魔術師と闇夜の十五話

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 「はぁ……」


 そこは木製の壁で囲われた狭い空間だった。

 ベッドの他には質の悪そうな木材で作られた小さな机と椅子に、夜間の照明に用いられる魔照石が机の上に転がっているだけの薄暗い部屋。

 黒いローブを身に纏った魔術師の女性、セラフィナは溜息をつく。

 簡単に破壊出来てしまいそうな薄い扉に鍵をかけ、窓から差し込む月明かりを頼りに机の上に転がる魔照石に魔力を込めて仄かな光を灯すと、布切れの様な薄いカーテンを閉める。

 耳を澄まさずとも階下の酒場から賑やかな騒ぎ声が響き渡る安眠とは無縁の安宿だが、しばらく野宿が続いたセラフィナにとっては十分な環境だった。

 もっとも、薄い扉に粗末な鍵しか掛かっていない部屋である為、魔獣が居ない街中であっても備えは必要であり、部屋を借りた際には術者以外の侵入者を阻み、結界に干渉する存在を術者に覚らせる光系統の結界魔術、『プロテクト・サンクチュアリ』が施されている。

 この結界は物理的、魔術的を問わず干渉を受ければ自動で効力を発揮して侵入者を阻むが、干渉を受ける度に魔力が消費され、魔術発動の際に込められた魔力が尽きればその効力を失ってしまう。

 しかし結界が干渉を受けた時点で術者はその事実を覚る為、現状セラフィナに覚らせずしてこの部屋に立ち入る事は不可能となっていた。

 セラフィナは結界に不備が無い事を確認すると、ローブに身を包んだまま備え付けられた固いベッドにその小さな身体を横たえ、思案に耽る。

 突然自身に舞い込んできた危険な依頼。

 Aランクの魔物、彷徨う騎士の討伐。

 自身の冒険者ランクを考えれば無謀極まる依頼だが、話を持ち掛けて来た女戦士、エキドナの自信に満ちた顔を思い返すと、不思議と問題無い気がしてきてしまう。

 そんな彼女に一種のカリスマ性の様なものを感じつつも、セラフィナは迷う。


 「Aランクの魔物、彷徨う騎士……。あまりにも強大な存在ですの、わたくしにはとても……」


 Aランクの魔物に対する恐怖と、自身の実力を高く評価してくれたエキドナに応えたいと感じる心、そして自分自身でも僅かに抱いている自負の念。

 複雑に絡み合う感情と、依頼に応じる事で発生するリスクとリターン。

 様々な事柄がセラフィナを迷わせ、自身が辿るべき道を、彼女は定める事が出来ずにいた。


 「困りましたの。何故このような事に……」


 今日という一日を振り返り、思考の海に沈んで行くセラフィナの夜明けは未だ遠い。






 フィルクス大陸の東、エルバラム王国でも東方に位置するハリエルの町から、東端の町メリエルまでは大人の足でも三日ほどの距離が有る。

 セラフィナがその道程を魔獣や盗賊などの襲撃を退けながら踏破し、メリエルに足を踏み入れたのが今日の昼過ぎの事であり、ギルドへの依頼達成の報告を済ませ、宿の手配が終わった頃には既に日が沈みかけていた。

 旅路の疲れも有り、早々に休む事を決めたセラフィナは、二階建ての宿屋の一階部分で営業している酒場にて簡単な夕食をとっていた所を、二十代後半位の金髪の女戦士に話しかけられたのだ。

 自らをエキドナと名乗った女戦士は、一人者同士晩酌に付き合ってくれと半ば強引に席に着くと、困惑するセラフィナを余所に酒を飲み始めた。

 人好きのする笑顔を浮かべて勢いよくグラスを傾けていく女戦士は、その身なりから熟練の冒険者である事が見て取れ、幾つか言葉を交わして行く内に、予想違わずBランクの冒険者である事を知らされた。

 エキドナは自身をリーダーとしてこのメリエルの町を拠点に活動する冒険者パーティ金色の虎、及び他多数のパーティと協力し、メリエルの東にある地竜の洞窟で彷徨い歩く、騎士の様な姿をした魔物を獲物として定めての狩りを計画している事などを続いて語り、最後にセラフィナを勧誘する事で話を締め括った。


 「Bランク冒険者。エキドナ様……」


 固いベッドの上で身体を丸めるセラフィナは、魔照石の放つ淡い光を見つめながら呟き、考える。

 結果から考えれば、エキドナがセラフィナに声をかけたのは、始めから勧誘を目的としての事だったのだろう。

 エキドナの話を真に受ければ、自身の〝人を見る目〟を信じて勧誘に及んだという事になるが、実際の所はそんな単純な話では無いのだろう。

 人を見る目、それが言葉通りの意味ならば、彼女の経験に基づいてはいても、要するにただの感という事になる。

 経験に裏打ちされている分、侮れないものはあるのだが、Aランクの魔物を相手にするにあたり準備期間を設けている以上、その気になれば実力の確認を行う時間も取れるだろうし、感が外れ、足手纏いとなる可能性を考えれば、パーティメンバーからの反対も起こり得る。

 にも関わらず勧誘に及んだからには、ただの感という事は恐らく無い。

 しかしそうであるならば、セラフィナの実力を確認し、エキドナに知らせた人物の存在が考えられた。

 直ぐに思い当たるのは先の依頼で知り合った冒険者たちだ。

 このメリエルの町を拠点にして活動していると言っていた二人の冒険者、彼等がエキドナと知り合いであり、それこそパーティメンバーであるならば、彼等を経由して情報が流れる事に不思議は無く、セラフィナも安心できるのだが、もし彼等以外からエキドナに情報が流れていたならば、自身には何者かの監視の目が付いている事が考えられる。


 「っ……いえ、考え過ぎですの。私にそこまでの価値はございませんもの……」


 突然の出来事に戸惑う余り、神経質に成り過ぎているのかもしれない……セラフィナはそう思って考え直そうとするが、その胸の内は決して晴れる事が無い。

 この世界には様々な方法で他者の魔力を量る事ができる能力を持つ者が居る。

 エキドナもその一人であり、セラフィナの魔力量を感じ取る事で実力を推し量ったのかも知れない。

 そんな強引な理由をつけて自分の心を偽ろうとするセラフィナ。

 その胸中は不安や疑念で満ちており、もしも何者かが自身を監視していたら。

 もしも何者かが自身をを陥れる為にエキドナを利用し、危険な依頼に自身を、そして彼女を導こうとしているのだとしたら。

 もしも……と、『何者か』という存在を想定してしまう程度には身に覚えが、心当たりのあるセラフィナは、何の根拠も無い憶測すらも恐怖となってその心を苛んでしまう。


 「どれだけ考えても答えの出ない事ですの……。また明日エキドナ様から詳しい御話を御聞きして、それから……っ!」


 不安や恐怖から目を逸らす様にして思考を切り替えようとした瞬間、セラフィナの脳裏を過ったのはエキドナの姿だった。

 金髪の女戦士。

 豪放を絵に描いた様な熟練の冒険者。

 その逞しい身体は生まれ持ったものなのか、それとも日に焼けたものなのか、褐色の肌に包まれていた。

 特に珍しくも無い褐色の肌。

 当然の様に日に焼けた褐色の肌。

 それはセラフィナが望むも、決して手に入らないモノだった。

 黒いローブから僅かに覗くセラフィナの素肌はとても白い。

 本当に真っ白い肌の色をしていた。

 血の気を感じさせないほどに白く、精気を感じられないほどに白い。

 簡単に綺麗と言い切る事が不謹慎な白さ。

 病的な、健康状態が心配になるほどの青白さ。

 まるで死人の様な肌を持って、セラフィナはこの世に生を受けたのだ。

 しかし彼女の不幸は肌の色などでは決して無く、強いて言うならば生れた種族、そして家柄にこそ問題が有った。

 セラフィナと同族の者達は皆褐色の肌を持って生まれ、そんな同族達を率いる立場にある家に彼女は生まれてしまったのだ。

 その結果セラフィナを取り巻く生活環境は異様なものとなってしまった。

 立場上、同族達の前に立たない訳にはいかず、奇異の視線を無遠慮に浴びせられ、家族からは腫れものに触れる様な扱いを受ける日々。

 セラフィナが他者の視線を恐れ、素肌を曝す事に忌避感を感じ、褐色の肌を持った者達に羨望の目を向ける様になるのは当然の結果だったのかもしれない。

 紆余曲折の末に故郷を離れる事に成功し、暫くの時が経った最近では褐色の肌をした者達を目にしても特別意識せずに日々を過ごせるようになってきていたのだが、どんな些細な切っ掛けでも一度意識してしまうと思考が際限なく後ろ向きなものとなっていってしまうのだ。


 「っ……ぅ……何故……どうして……っ」


 黒いローブに隠された小さな身体を、力の限りに抱きしめてセラフィナは唇を噛む。

 普段は血の気を感じさせないほどに青白い彼女の唇は血で赤く滲み、ローブで隠された瞳からは、涙が溢れている事だろう。

 血縁者は勿論、同族に至るまでが当然の様にもっている自身には与えられなかったもの。

 生後間も無くからセラフィナを追い詰め、孤独を強いたもの。

 理不尽な蔑視を受け、家族にすら腫れものに触れる様な扱いを受けた過去がセラフィナの心を締め付ける。


 「浅ましい……このような……」


 自身に与えられなかったものを持って生まれた者達に対し、羨望と嫉妬が混ざり合った様な暗い感情を抱いてしまう弱い心をセラフィナは叱咤する。

 最早平静とは程遠い胸中を鎮めるためにも、今は速やかな睡眠をとる為にセラフィナは固いベッドで寝返りを打ち、未だ淡い光を放ちながら部屋中を柔らかく照らしている魔照石に背を向ける。

 暫くの間、小さく震えていたセラフィナの背中は、やがて規則正しい呼吸を繰り返し、僅かに上下するのみとなっていく。

 眠りへと落ちて行くセラフィナの背中を、柔らかな光を放つ魔照石だけが見つめていた。


ありがとうございました。

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