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魔術師と戦士の十一話

よろしくお願いします。

 フィルクス大陸の東、エルバラム王国が治める辺境の町、メリエル。


 既に日が沈み、夜の帳が街を包みきった頃、宿屋と同じ建物内で営業している酒場にて、黒いローブに身を包んだ女性が小さく呟いた。


 「彷徨う騎士……ですの?」


 呟くというよりは、問うたと言うべきか。

 彼女は騒々しい酒場の片隅で、一人食事をとっていた所を、同じく一人で酒を飲んでいた女に声をかけられ、強引にも食卓を共にする事になっていた。

 その顔は目深にかぶられたフードに覆われており、窺い知る事は出来ないが、その鈴を転がす様な声と、ローブに覆われたシルエットから、小柄な女性である事が見て取れた。


 「ああ、そうさっ! この街から東に行った所に、地竜の洞窟ってのが有るんだがね? つい最近になって、そこにとんでもない魔獣……っていうか、ありゃ魔物だね! 魔物が住みついたワケよ!」


 既に相当な量の酒を飲んでいるのだろう、完全に出来上がっている様子ではあったが、口調はしっかりとしていた。

 金色の髪を後頭部でまとめ、小麦色の肌をアルコールで薄らと赤く染めた筋骨隆々な女は、グラスを片手に身振り手振りで地竜の洞窟に住みついた魔物の強大さをアピールしている。

 傍らには業物と思しき立派な剣を携えており、身に着けている使い込まれたレザーアーマーは、彼女が戦士として十分な経験と実力を持つ人物である事を伺わせていた。


 「その魔物……、彷徨う騎士とは一体どのような魔物ですの? 魔獣では無く、魔物と呼ぶからにはやはりビースト系では無く、ゾンビやスケルトンといった様な……?」


「 あ~……確かにアレはスケルトンみたいなアンデッド系の化け物だと思うよ? でもね、ただのアンデッドなんかじゃない! 全身を漆黒の鎧でキメた、悪魔の騎士! ……って感じでね? 蒼い眼をギラつかせて洞窟内を獲物求めて彷徨ってるってワケよ! 少し前から噂になってはいたんだけど、今まで見た事も聞いた事も無かったもんだから、てっきりデマだと思ってたんだけどね~……いや、ホント参ったよ!」


 女は酒の入ったグラスを傾けながら、口早に捲し立てるようにして語る。

 その様子はどこか楽しげであり、新しい玩具を与えられた子供の様だった。


 「アタシはギルドの依頼で、パーティのメンバーと一緒に洞窟に潜ったんだけどね? 入り口付近の浅い所で偶然ヤツに出くわした時は焦った焦った! もう目に見えてヤバイのが分かったね! アタシは前にワイバーンと一戦交えるハメになった事があるんだけど、あの時の方がまだマシに思えたくらいだよ! 一緒に前衛張ってた仲間のCランク冒険者が一撃でブッ飛ばされた時は、ホント死ぬかと思ったよ!」


 「Cランクの冒険者が一撃……ですの? 本当に、よく御無事で……」


 「それがね? な~んか妙なヤツなんだよ……。噂では周囲の魔獣を手当たり次第に斬り殺してるって話だったから、ホントにいるならやたら好戦的なんだろうと思ってたんだけど、いざ遭遇してみれば自分からは攻撃して来ないし、逃げても追ってこない。Cランク冒険者のアイツがやられたのだって、襲って来ないのを良い事に自分から仕掛けて反撃された訳だしね~……。今思えば、正直生きて帰って来られただけでも儲けもんさ。まぁそんなワケなんだけど、強力な魔物だし、いつ人に牙を剥くか分からないって事で、Aランクの魔物として討伐手配がギルドから通知されたワケよ!」


 『ギルド』、それはこの世界に住まう者達が同一の目的を成す為に集い、やがて大陸中に支部を置くまでに至った、一大組織の通称である。

 ギルドには世界各地で魔獣を狩り、その肉や毛皮等を売る事で日々の生計をたてる者達や、世界の秘境を探索し、未開の地や遺跡に眠る財宝を探し出しては世にもたらす事で収入を得る者達など、魔獣との戦闘技能を有している者達が多く所属している。

 彼等は仕事の都合上、世界を渡り歩く事から『冒険者』と呼ばれ、そんな彼らへの仕事の依頼を受け付け、斡旋するのがギルドの主だった業務となっている。


 斡旋される仕事の内容は多岐にわたるが、その多くが魔獣との戦闘技能を必要とするものであり、魔獣の蔓延る世界を移動する際の護衛や、住民に害をなす土着した魔獣の駆除、魔獣の出没する地域からの物資の収集など、とにかく魔獣に関連するものが多い。

 戦う術を持たない人々は、ギルドを介する事で腕の立つ人物や口の堅い人物など、目的に応じて特定の分野に秀でた冒険者を安心して雇う事が出来るわけだ。


 冒険者には実績に応じたランクが与えられ、ランクは達成した依頼の難易度や数によって変化し、実績を重ねるほどに上昇する。

 冒険者ランクは、通常EからAの五段階でランク付けされ、Aランクが最高位とされているが、ギルドや国家、あるいは世界に対して多大な貢献を果たした冒険者には、それ以上のランクが与えられる事もある。

 高ランクの冒険者とは、システムの構造上堅実に依頼を達成してきた者達でもあるため、ギルドや依頼主、同業者からの信頼も厚く、Aランクともなれば、国家から名指しで依頼が舞い込む事もある。

 また、ランクとは冒険者にだけ与えられるものでは無い。

 冒険者の仕事と密接に関係している魔獣にも、その脅威度に応じてランクが定められている。

 冒険者と同じように、通常EからAランクに分類され、例えば地竜の洞窟に巣食うヘルハウンドはDランク、ブラッディ・ヘルハウンドはCランクといったように、魔獣が強ければ強いほどランクは上がり、ドラゴン系ともなれば、竜種系最弱とされるワイバーンであってもAランクとされていた。


 「自分からは攻撃してこない……? いえ、それよりAランクともなれば、討伐する為に同じくAランク相当の実力を持つ者達が五人は必要ですのよね? この街にはそれほどの戦力がありますの……?」


 「いやいや実際には五倍の戦力が必要なんて事は無いんだよ。ギルドが定めてる冒険者と魔獣の戦力差ってのは、真正面から馬鹿正直に挑んだ場合を前提に設定されてるし、下手に挑んで死なれたら困るからって、安全に倒せるように、随分と大袈裟な設定がされてるんだよ。実際アンタだってDランクの魔獣一匹狩るくらい一人で余裕だろ?」


 「それは……確かにその通りですの」


 魔獣と人間とでは、生物としての身体的スペックに大きな差が有る。

 同じランクだからといって、魔獣と冒険者で一対一の戦闘になれば、高確率で魔獣が勝利する事だろう。

 故にギルドでは魔獣や魔物との戦闘に際し、脅威度ランクに応じて最低限必要とされる戦力を定めている。


 具体的には以下のようになっており―――



 脅威度Eランクの場合、冒険者ランクE相当の戦力を持った者が一名。


 脅威度Dランクの場合、冒険者ランクD相当の戦力を持った者が二名。


 脅威度Cランクの場合、冒険者ランクC相当の戦力を持った者が三名。


 脅威度Bランクの場合、冒険者ランクB相当の戦力を持った者が四名。


 脅威度Aランクの場合、冒険者ランクA相当の戦力を持った者が五名。


 尚、脅威度A2以上の場合、極力戦闘を避け、速やかに最寄りのギルドに報告する事を義務とする。



 ―――と、以上のようになっている。


 だが、これらはギルド側が冒険者の安全を過剰に考慮した上での決定でもあり、実際にはEランクの魔獣であれば、一般の成人男性でも余裕で狩る事が出来たりと、随分と大袈裟に設定されているのだ。

 加えて地形による優位性や、罠を仕掛けるなどの策を用いて戦闘に臨む事で、低ランクの冒険者が高ランクの魔獣を仕留めたという例が幾つも存在していた。


 黒いローブの女性も身に覚えが有るのだろう、金髪の女の話に肯定の言葉を返す。

 現に彼女はDランクの冒険者であり、同じくDランクの魔獣を一人で、それも十分な余裕を持って倒す事が出来ていた。


 「そこでだっ!!!」


 「っ! ……もう、突然なんですの?」


 口元に真っ白な指先を当て、自身の経験を振り返っていた彼女に、金髪の女がテーブルにグラスの底を叩きつける様にして身を乗り出し、大声を上げる。

 グラスに残っていた酒が飛び散ったのも構わず、テーブルの反対側から黒いローブの女性に顔を寄せると、先程までの子供の様な表情とは違う、戦場に立つ戦士の顔で告げた。


 「アンタ、アタシ達と組まないかい? 奴を……彷徨う騎士を仕留めんのさ!」


 騒々しい夜の酒場にて、片隅に有るテーブルだけが、場にそぐわぬ沈黙で満たされた。


ありがとうございました。

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