表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神の心得  作者: 宮原 桃那
4/6

其の四・試験の心構え

 最終試験に、期限は無い。

 でなければ、未だに100個以下になっていない香月はとうに落ちている。

「お前はやる気があるのか」

「やる気があっても死人が出なきゃ、どうしようもないですよー」

「でもねぇ、香月チャン。実はこの試験――」

 秋砂が何か言いかけた時だった。


 ――ドォン……!!


 凄まじい音が聞こえて、話を中断した上司二人は頷き合う。

「やっと来たか……!行くぞ香月!これが神からの機会だ!」

「えっ?えっ!?」

 何事、と思う間もなく香月は彼らに引っ張られ、そこへ来た。

 そして――そこにあったのは、たった今起こった、飛行機事故の凄惨な現場。

「ちぃっ、ちょっと数が多すぎねーか!?おい秋砂、手伝え!」

「んもーう、ほらほら、香月チャンも狩る!ここで挽回しなきゃ落ちるだけよ!」

 言われて、浮き上がってくる数々の魂を狩る為に香月は鎌をしっかり握った。

「何も考えるんじゃねえ。……今は、ここに居る奴らを全て狩る事だけ、考えろ」

 低く輝水は言い、逃げようとする魂を追った。

 言われた通りに香月もすぐ傍の魂を狩る。しかし。


『死にたくないよぉ……』


 子供の魂だったらしい。ぐすぐすと泣いて、香月の目の前で消えた。

 その姿が、どこか自分の昔と似ていて、思わず香月は鎌を下ろす。

「香月チャン!何してるの!!」

 その時、秋砂がすぐ傍で怒鳴るのが聞こえ、はっとした。

「…………あ」

「いい?この試験に受からなきゃ、次はアナタが狩られる番よ。そうなりたくなきゃ――」

 ザンッ!

 また、新たな魂が目の前で刈り取られて。

「……奪いなさい。彼らから」

「…………」

 どくん、と心臓が鳴った。

 体が芯から冷えていく感覚。

「ほら、早く!」

 秋砂の声が、響いて。

 ――ざしゅうっ!

『……うえぇえん……』

 また、子供の魂だった。切った音だけが、悲しい声だけが、香月の耳に残る。

「何も考えるなと言った意味が分からないなら、言う通りにしてなさい。アナタがすることは、同情じゃない。……その命を、その鎌で刈り取る事よ」

 魂はまだ、次々とこちらへ向かってくる。

「おい香月!出来ねえなら今ここで宣言しろ!死神になる事を諦める、ってな!」

 不意に、輝水の怒号が響いた。

「え……?」

「他人の命を刈り取れなきゃ、お前は死神にはなれない!お前の命がオレ達に刈り取られて終わりだ!それでいいのなら、今ここでまとめて狩られてしまえ!!」

 誰の代わりにもなれないのだ、と香月は悟る。

 ここでこの魂たちを狩らなければ、自分もこの魂たちと同じになるだけだと。

 それ以上には、なれない、と。

「…………狩り、ます」

 ぐっとまた、香月は鎌を握った。

「死神に、なります……」

「そうよぉ、それでいいわ、香月チャン。ほら、ここは任せるから、ちゃんとやりなさい。……もう、大丈夫ね?」

 秋砂に問われ、頷く。

 そして、香月は。

 ――ザンッ。

「…………踏み台に、してやります」

 今この時だけ、感情を捨てた。



 ――狩って狩って、狩り続けて。

 気づけば、周囲は綺麗さっぱりとしていた。

 飛行機が落ちた辺りからは、黒い煙しかもう上ってこない。

 だが、香月は自分の体が何故か、無いはずの返り血に塗れている気がして、手のひらを見つめた。

 その頭にポンと手を置いて、輝水が言う。

「よくやった、香月」

 彼は、一人も逃さなかった。

 死んでも尚命乞いをする者も、逃げ惑う者も。

 そしてそれは、秋砂も同じで。

「うんうん、どうなる事かと思ったけど、何とかなったわねぇ」

 のほほんとした口調の割には、その手つきは冷酷で慈悲の欠片もないものだった。

 時折死者へ言葉を紡ぐが、それもまた同じだったのも、香月は聞こえていたし見ていた。

 こんな事ばかり覚えているものである。

「さて、あとどんくらいだ?それともクリアしたか?」

 問われてまた魂の集残数を確認すると、驚くほどに減っていて香月は驚いた。

「……あと、17、です」

「ん、まあほとんどお前が狩るように仕向けたからな。そんくらいは減って当然だろう」

「……今更になっちゃうけどぉ、こういう最終試験がある時はね、こんな風に大きい事故が起こるもんなのよぉ」

 香月は目を丸くした。それはどうして、と表情が語っている。

「魂200個なんざ、通常集められるわけねーだろ。今までも20や30がせいぜいだっただろうが。最終試験は、だからこそ最終なんだ」

 このような多くの魂が集まる場面で、どれだけの魂を狩り取る事が出来るか。

 数の多さにパニックして何も出来ないか、多くの死者の言葉に耳を傾けてしまい、命の重さに耐えかねてリタイアするか。そのどちらかが大半だという。

「……だから、この大事故をくぐり抜けることが、試験の主な目的でもあったんだ」

 その点お前は良くできた方だ、と輝水は言う。

 香月は俯いて言った。

「死神になったら、これが当たり前なんでしょうか」

「こんなでかい事故がそうそうあってたまるか。さばききれねえよ」

「ホントよねえ。むしろ最終試験の為に大きな事故があると思っていいんじゃないかしら」

 神様ってば残酷、と秋砂が呟くのが聞こえる。

 本当に、神というのは残酷だ。

 死んでも尚、平等を与えてはくれないのだから。

「さて、残りわずかだ。さっさと終わらせるぞ。そうだな、高速道路辺り行ってみるか?」

「んー、その前にちょっとだけ、香月チャンを休ませてあげましょ。働きづめも良くないわぁ」

 日は暮れ始めている。月が昇るしばしの間だけ、彼らは休息を取る事にした。



 人は多くの死に方で命を落とす。

 交通事故、殺人、自殺、病気――。

「何故自殺が忌まれているか、分かるか?」

「分かりません」

 香月は自殺した身だ。死にたくて死んだだけ。

 輝水は厳しい目で香月を見る。

「自分の命すら大事に出来ない奴じゃ、新しい命を与えるだけ無駄だからだよ」

「無駄?今よりもっといい暮らしになれるかもしれないのに?自殺しなくて済むかもしれないのに、ですか」

「そんな考えじゃ、同じ事を繰り返すわよ、アナタ」

 同じくらい厳しい声で秋砂が言った。

 欠け始めた月が大きく昇り始めるのを眺めながら、続ける。

「次がある、なんて思ってたら、何も出来ないのよ。今しかない。今の自分しか出来ない。そう思わなきゃ、次なんて来ないんだから」

「……それが、自殺しかなくても、ですか?」

「だから馬鹿だっつうんだよ。自殺するってことは、自分の命を軽く見ている、つまり既にその時点で『次がある』って思ってるってことだ。でなけりゃ死のうなんて思わない」

 香月には、彼の言っている事の半分も分からない。だが、ふと思った。

「…お二人は、自殺したんじゃないんですか」

「ざーんねんねぇ。アタシ、輝水クンと心中したのよぉ」

「おい、誤解を招く言い方はやめろ!」

 返ってきた答えに、問いを掛けた香月がぎょっとなる。

「し、心中!?」

「だからお前は何でも真に受けるな!単純に同時に死んだだけだ!」

「それを世間では心中って言うんじゃなーい?拳銃を同時に打ち込んで、生き残った方が正義、なーんて、アタシ達も青かったわねぇ、輝水クン」

「ああそうだな、だからクン付けをいい加減に止めろ!」

 再三必死で呼称の変更を訴える輝水だが、今の所全て却下かスルーされてしまっている。

 秋砂は、そんな輝水を見て目だけを細めるようにして笑った。

「その短気さが無かったら、アンタは生きてたわよぉ」

「……だろうな。そしてお前があの時下らない事を言わなきゃ、オレは引き金を引いていなかった」

 ふん、とそっぽを向く輝水と、思い出したようにくすくす笑う秋砂との間には、一体何があったのだろうか。

 そう思いながらも、香月はだんだんと小さくなってゆく月を見て、立ち上がる。

「……私、お二人が羨ましいです」

「あら、そーお?」

「何でだ」

 羨むようなことなど何もしていないはずなのに、と輝水が香月の言葉に首を傾げて問えば、香月は悲しげに笑い。

「だって、お二人は友達でしょう?私には友達がいなかったので、羨ましいんです」

 作りたくても、作れなかった。欲しくても、手に入らなかった。

「誰が友達だっ」

「照れなくていいのよぉ、輝水クン。香月チャンも、こんなの羨んでないで、試験を突破して一人前になる事を考えなさい。それが出来たら、アナタは認められるのよ」

 馬鹿だから、何も分からないから、と蔑まれてきた香月にとって、認められるという言葉はとても心強いものだった。

 初めて、自分が欲しい物を手に入れられるのだと。

「だな。ただの馬鹿から、使える馬鹿に昇格できるわけだ。じゃ、そろそろいくぞ。あと十数個くらい、すぐに集められる。今のお前なら、出来るさ」

 よいせ、と輝水も立ち上がってそう言った事で、ますますその思いは強くなり。

「――はいっ、頑張ります!」

 香月は嬉しそうに微笑んで頷くと、我先にと歩き出した。

 だから見えなかったのだ。

「……その通り、なんだけどねぇ……」

 はぁ、とため息を吐いて同情を向ける、秋砂の表情が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ