其の三・死神の資格
――しかし、香月の知る大きな病院には、新しい魂の気配はおろか、ほとんど死んだ後の魂も無かったのである。
「ど、どういうことでしょう」
ぽかんとしている香月をよそに、輝水は肩をすくめるだけ。
そこに声がした。
「まあ、大きい病院で腕のいい所なんてこんなもんよぉ。狙うなら大きすぎず、小さすぎずのヤブが一番ね。ま、そんなところほっとんど無いんだけどねぇ?」
くすくすと笑う女性の声に、香月も輝水もぎょっとする。
振り向いた先には、綺麗なひらひらしたワンピース姿の女性。そして、不似合いな大きな鎌。
輝水のそれと大差ないということは、彼に拮抗した実力を持つ死神というわけで。
そんな女性を指さし、香月は輝水に問うた。
「――輝水さんの彼女ですか?」
ごす、と直後に嫌な音が香月の頭でする。
「~~~~~!!?」
頭を押さえてとびはねる香月を見て、また彼女はくすくすと笑った。
「違うわよぉ、こんな根暗男なんか興味無いわぁ。それも暴力振るう男なんて論外よねぇ」
「本当にそうですよね!いっつもこの人、私に暴力振るうんですよ!!」
女性同士、変な所で意気投合したらしいが、一体彼女はここで何をしていたのだろうか。
「……で、何油売ってんだ、秋砂」
「アタシ?アンタ達と違って暇なのよぉ。仕事なくってぇ」
「じゃあ冥界で事務してろ」
「頭脳労働はアンタのお仕事でしょお?き、す、い、クン?」
ぱっちん、とウィンクしてくるチャーミングな一面を見せた秋砂という女性を、輝水は何故か青ざめて見やり、こぶしを握ると言った。
「だからオレをクン付けするんじゃねえええっ!!!」
気持ち悪い、と殴りかかるのを、ぱしっと片手で止める秋砂。
「冷静を普段から装った短気男の輝水クン?こんなことしてる暇あるの?」
笑顔で問われ、輝水もはっと我に返る。
確かに、ここに目的のものが無い以上は移動した方がいいだろう。
「……このアホは置いて、さっさと行くぞ、香月」
「え、いいんですか?」
「こいつには関係ないからな、オレ達の事は」
「そうなんだけどぉ、暇だから付き合ってあげても、いいわよぉ?」
上から目線のその言葉に、誰が、と言いかけた輝水より早く、香月がOKを出す。
「いいんですかっ!?うわあ、嬉しいです!!」
「あ、あくまで指導者は輝水だから、そこんとこちゃんと覚えててねぇ。えーと、名前は?」
「香月です!よろしくお願いします、秋砂さん!」
ぺこっと頭を下げる香月の頭を撫でて、秋砂は言った。
「こちらこそよろしくねぇ、香月チャン」
そのやり取りを見て、輝水はげんなりと肩を落とすと呟いた。
「もう知らん……」
そんなわけで、病院をはしごする事十数件。
「……今の医者って、優秀なんですね……」
ぐったりした香月が、鎌に寄りかかるようにしながらぼやいた。
せいぜい集まったのが片手で数える程度では、ぼやきたくもなるというものである。
「あらぁ?これくらいで弱音吐いてちゃあ、一人前にはなれないわよぉ?……そもそも、この死神試験、何であるか知ってる?」
のんびりと見物していた秋砂がふと尋ねて、香月は顔を上げた。
「い、いえ……」
「昔はねぇ、試験なんか無かったのよぉ。でもねぇ、ある男が、ストレスで無条件に魂を狩っちゃうもんだから、天界と魔界と冥界のバランスが崩れちゃってねぇ。……天界からお達しが出たのよ」
――試験を設け、資格を以って責任とせよ。
「つ、ま、りぃ。この試験はそのアホ男がやらかした事件のせいで、出来たシステムってわけぇ。……ね、ムカつくでしょお?」
「あの、秋砂さん」
はい、と挙手して香月が質問した。
「無条件ってどういう事ですか?これまで私、印が無い人も狩っちゃってますけど、それっていいんですよね」
いまいち、狩っていい魂の前提条件が分からない香月は、これまでも輝水に狩れと言われた魂ばかり狩ってきていた。
それを聞いて、白い目で秋砂は輝水を見る。
「んまあ……」
「そんな目で見るんじゃねえ!説明したのに理解しやがらないんだ、こいつは!」
やれるだけはやっていると言い張る輝水のこめかみには青筋。
「生きてる時から馬鹿だという話だからな、説明するんなら幼稚園児並みに分かりやすい単語でやれ」
「それが出来ないからってアタシに押し付けるんじゃないわよぉ」
「うるさい。文句があるなら何も言うな」
「……んもー、仕方ないわねぇ。いい、香月チャン?この世界には、人間がそりゃもう、いーっぱいいるの」
仕方ない、と香月に説明を始める秋砂。
「で、毎日どこかで誰かは死んでるわけよ。アタシ達死神は、世界各国のエリアに分けられてお仕事してるわけ。ここまではいい?」
「……えっと、はい」
香月は何とかそれだけ返す。それを見てまた秋砂は説明を続けた。
「そのエリア以外ではお仕事しちゃいけない決まりなのよぉ。特例もあるけど、普段は決められたエリア内で、決められた条件の魂以外、狩っちゃ駄目、って言われてるの」
「………………?」
「ああんもう、難しいわね、幼稚園児並み、って。何かいい例えなぁい?輝水クン」
「あったらお前に任せていないだろうが。それとクン付けは止めろ」
「嫌よぉ。はぁ、困ったわねぇ……」
香月は、秋砂のその態度を見てうなだれる。いつもこうだ。相手がどれだけ言葉を砕いても、理解することが出来ない。
「ご、ごめんなさい……」
「あらやだぁ。香月チャンが謝る事はないのよぉ?教え方が下手なアタシ達が悪いんだものぉ」
「お前は理解しようとしてるのか?香月」
「し、してます」
しかし、どこから分かればいいのか分からない。今だってもう、何を覚えれば良かったのかすら抜けているのだから。
輝水は隠れた髪をぐしゃりとやりながら、苦い顔で言葉を絞り出した。
「あー……つまりだな。お前は言われた通りにしてろ」
「分かりました!」
「ってオイコラ!!」
投げやりな言葉に素直に頷く師弟を見て、秋砂が思い切り突っ込む。
「それじゃ駄目でしょお!?どんな魂が狩りの対象か分からなきゃ、試験に合格出来ないわよぉ!!」
「……お前一瞬、地が出てたぞ、秋砂」
「あらやぁだ。なぁんの事ぉ?」
おほほほ、と誤魔化し笑いをする秋砂だが、ほんの束の間見えたドスは女性のものとは思えない迫力があった。
「香月チャン、気にしないでいいのよぉ?」
目を光らせてそう言う秋砂に逆らえず、香月も頷く。
「は、はい」
「お前は何でもかんでも頷くんじゃねえ!」
――すかっ。
「ん?すか?」
殴ろうとした輝水なのだが、何故かそれは当たらず目を瞬かせていると。
「あっ、すごい、避けれた」
「まぁ、偉いわぁ、そうやって覚えていくのよぉ、このヒトの扱い方」
上手く避けた事を秋砂に褒められて嬉しそうにはしゃぐ香月の姿がそこにはあり。
「何避けてんだ、この馬鹿」
その頭を、輝水は背後からもう一度殴ってやった。
「あいったぁぁぁ…………」
頭を押さえて香月は呻く。
「もぉ、全然話が進まないじゃなーい。いい、香月チャン。分からなくてもいいから、お話を聞いてくれるかしらぁ?」
もういいとばかりに、秋砂が話を無理矢理戻す。
「は、はい」
まだ痛くて涙目の香月だが、耳だけは澄ませた。
それを見て秋砂はにっこり微笑み、話し始める。
「この世界には、生きてる人間がいるわ。だけど、これから死ぬ人間、今死んだ人間、死んだ後の人間も居るの。アタシ達が狩っていいのは、今死んだ人間の魂と、これから死ぬ人間の中でも、天界には行けない人間だけ。その為の識別記号として、額に悪魔の印があるのよ」
真面目な口調になった秋砂の説明は、香月にはやはり難しい。
「???」
「つまり、今まで狩ってきた人間を総括して説明するなら、オレ達が見える奴らは皆狩って良い魂だ」
いきなりまとめた輝水の言葉は、これ以上にない的確さであった。
「あらん、何よぉ、やれば出来るじゃないのぉ」
「つ、つまり、この辺に漂ってる魂って……私達の事、見えないんですか?」
「あのな……」
何故気付かないのであろうか。
「オレ達の姿が見えてたら、狩られるのが分かってとっくに逃げてるもんだろうが!」
「あ、そ、そっか。で、私は何で輝水さんが見えてたのに死神になれたんでしょうか」
いきなり問いかける香月の言葉に、秋砂が肩をすくめた。
「素質っていうのがあってねぇ?香月チャンは、その素質がある魂だから、狩られずに冥界まで連れて来られたのよぉ」
「……自殺したからですか?」
それも、はた迷惑な方法で。
香月の答えに、輝水が嫌そうに頷く。
「自殺した上で印の無い奴は、大抵その素質があるんだよ。お前生前、馬鹿過ぎて何も悪い事してねーだろ」
「……意味が分からないんですが」
「そういうことだ。善悪の判断以前に、お前は馬鹿が過ぎたんだよ、香月」
馬鹿にされているようにしか聞こえないが、それで良かったのだと輝水は言っているのだ。
「まぁねぇ。香月チャン、頭が悪いからって、誰からも相手にされてなかったんですって?」
秋砂も情報を得ているのか、そう問うてくる。
こくんと頷く香月の表情は暗い。
「……遊びに誘われたことも、ほとんどありませんでした」
「だからぁ、それでアナタは死神になれたのよぉ」
「???」
やっぱり、香月にはよく分からない。
だが、それでも、ここに居る事を後悔はしていないのだった。
「ちなみに、最初の話に出てた男は、エリア外で条件に満たない魂を数百狩った事で、抹消された。……命を軽んじる奴には、相応の罰が下る」
次の病院へ向かう途中、輝水が言った言葉。それを聞いた香月は、何故か心臓の辺りがちくりと痛んだ。




