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死刑執行後に目覚めたら滅びかけた異世界だった ~終焉種を討伐するまで帰れない~  作者: れさ


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――第9話 世界のルール――

「元の世界かあ……」朔夜はフィアの言葉を反芻した。


元の世界。

そう言われても、真っ先に思い浮かぶものは何もなかった。


家族はいない。

友人もいない。


孤児として施設に拾われ、育てられた場所では隣に寝ている子供ですら仲間ではなく、いつ命令ひとつで殺し合う相手になるかわからない存在だった。


施設が解体されて社会へ放り出されたあとも変わらない。

学校になじめたことは一度もなく、誰かと笑い合った記憶もほとんどない。

周囲から向けられたのは好奇の視線や恐怖、嫌悪ばかりだった。


そして最後は死刑。

首に縄をかけられ、人々から非難の声を浴びながら死んだ。


そんな世界だった。


だからだろうか。

帰りたい、という感覚が湧いてこない。


もちろん、長く生きた世界ではある。

見知った景色もあった。


しかし、そこに自分を待つ誰かがいるわけでもない。

失いたくない何かが残っているわけでもない。


それどころか――。


朔夜は隣を歩く少女へと視線を向けた。


今はフィアがいる。

自分を化け物ではなく、一人の存在として見てくれる少女がいる。


必要としてくれる相手がいる。

それだけで十分なのではないか。


少なくとも、朔夜にはそう思えた。

求められることに慣れていなかった。


誰かの隣にいていいと言われることにも。

だからこそ、今あるこの居場所を失いたくないと思ってしまう。


「……?」そこでようやく違和感に気づいた。


「フィア?」朔夜は隣にいるフィアの顔を覗き込む。


するとフィアはびくりと肩を震わせた。

その表情は、いつもの無表情とは少し違っていた。


もし朔夜が「帰りたい」と言えば。

もし朔夜が「元の世界へ戻る」と言えば。


自分の前から消えてしまうのではないか。

そんな恐れを必死に押し殺しているような顔だった。


「そうだなあ。僕は帰りたいとは思わないな。少なくともフィアがいる間は帰らないかな」朔夜は考えた末に、素直な気持ちを口にした。


その瞬間だった。


「そ、そうよね! 私がいるんだから帰る必要なんかないわよね!」ぱっと花が咲いたようにフィアの表情が明るくなる。


先ほどまでの不安げな様子が嘘だったかのように瞳が輝いていた。


そんなに嬉しいことだったのだろうか。

朔夜には少し不思議だったが、喜んでくれているのなら悪い気はしない。


「でもさ、フィア」


「なに?」


「6体の終焉種を倒すってどういうことなんだ? そもそも倒さなきゃいけないものなの?」その問いにフィアは腕を組んだ。


「そうね。人類が存続するためには終焉種を倒すしかないの。終焉種はそれぞれ固有の"呪い"を持っている。その呪いは人類どころか、この世界の生命すべてを滅ぼしかねない力なの。だから放置することはできない」


いつものように淡々とした説明だったが、その内容は重い。


世界を滅ぼす呪い。

終焉種という存在が、朔夜の想像以上に危険なものだということだけは理解できた。


「へえ。それじゃあエレジアも?」朔夜は視線を横へ向ける。


そこではエレジアが未だに朔夜の拳を両手で包み込み、楽しそうににぎにぎしていた。

なにがそんなに楽しいのかはまったく分からない。


「そうねえ。そうなるわねえ」エレジアは軽く肩をすくめた。


「できれば私は最後にしてほしいかにゃ」そう言って片目を閉じる。


自分が討伐対象であることを気にしている様子はまるでない。

むしろ冗談を言う余裕すらある。


「エレジアは"今は"人類の味方をしているだけよ。あんまりほだされるものじゃないわ、朔夜」フィアはそう言うと、恋人つなぎに移行していたエレジアの手を容赦なく叩き落とした。


ぱしん、と乾いた音が響く。


「そんにゃ~。私はこんなにも人々を愛しているというのに~」エレジアはまったく堪えた様子もなく頬を膨らませる。


その姿だけを見れば悪戯好きの女性にしか見えない。


「……」ふと朔夜はエレナへ視線を向けた。


フィアの発言は、立場だけを考えれば明らかな不敬だった。

人類圏最高権力者の一人を目の前で信用するなと言っているのだから。


しかしエレナは何も言わない。


咎める様子もなければ、不快そうな顔をすることもない。

ただ黙って二人のやり取りを見ている。

その横顔には複雑な感情が浮かんでいるようにも見えた。


「あなたのことだから、要件は"汚染"かしら?」フィアが話題を戻す。


するとエレジアは先ほどまでのふざけた空気を消した。


「それは私の第一目標ではあるんだけどねえ」


柔らかな笑みを浮かべたまま。

だがその瞳だけがわずかに細められる。


「残念ながらハズレ」


空気が変わった。

先ほどまでの軽薄さが嘘のように消えていく。


「でも終焉種関連なのは当たり」エレジアは静かに告げた。


「――"混沌"よ」


その言葉を聞いた瞬間、フィアの表情がわずかに険しくなった。

エレナもまた無言のまま眉をひそめる。


「そ。また動いたのね。勤勉だこと。"剣聖"とのやり取りに飽きたのかしら。それとも、ついに剣聖もやられちゃった?」フィアが皮肉混じりに言う。


「剣聖ちゃんはねえ。"戦争"との戦いに連れて行かれちゃったの」エレジアは肩をすくめた。


「その隙に"混沌"が動いたってわけだねえ」


終焉種の名前が次々と出てくる。

剣聖。戦争。混沌。

朔夜には何一つ分からない。


話についていけなくなった朔夜は、二人から少し離れ、エレナの方へと身を寄せた。


「なあ、混沌ってなんなんだ?」朔夜は小声で尋ねる。


エレナは一瞬だけ朔夜を見ると、何でもないことのように答えた。


「朔夜は先ほど災禍種を倒しただろう」


「ああ」


「あれは元々人間だ」


「……え?」朔夜は思わず声がでた。


脳裏に先ほどの異形ピエロが浮かぶ。

どう見ても人間ではなかった。


「あれが?」


「そうだ」エレナは平然としている。


まるで空が青いと説明するかのような口調だった。


「我々人間だけではない。この世界の生命体にはすべて"呪い"がかけられている」


「呪い……」


「生命として、社会を形成する群体として、一定のルールの中で生きる存在。そのすべてが対象だ」


朔夜は黙って聞く。

嫌な予感がしていた。


「そして、そのルールに違反した者は"原罪種"となる」


「原罪種になったからといって、すぐに怪物になるわけではない。最初は普通の人間と変わらない。理性も自我も残っている。だが、迫害や絶望、強い感情の暴走など、何らかのきっかけで自我を失うことがある。その状態になった個体を〈アビス〉と呼ぶ」


「待て」朔夜は思わず口を挟んだ。


「つまり、ルールを破っただけで怪物になるのか?」


「そういうことだ」


あまりにも理不尽だった。


人は失敗する。

罪を犯す。

ルールを破る。


そんなことはどこの世界でも起こる。

だが、この世界ではその代償が怪物化だという。


「その呪いの源こそが“混沌”だ」エレナは静かに続けた。


「歴史上、差別を憎み、人々の平等を願った偉人がいた」


「偉人?」


「ああ。法律という概念の原典を作り上げた人物だ」そこでエレナは皮肉げに笑った。


「だが今や、その偉人自身が人類を縛る呪いとなっている」


「……」


「人類が原罪種になるルールを設けている存在。それが“ノア・レイヴン”現在の混沌の終焉種〈アバドン〉だ」


朔夜は言葉を失った。

正義を目指した者が、結果として世界最大の不条理になっている。

なんとも後味の悪い話だった。


「言葉が見つからないよ」珍しくエレナが苦い顔をする。


よほど複雑な事情があるのだろう。


「へ、へえ……」朔夜は曖昧に返事をした。


正直なところ、まだ半分も理解できていない。

だが一つだけ分かることがあった。

この世界は思った以上に狂っている。


「つまり、人がルールを破ると原罪種になるってわけか」


「そうだ」


「そのルールって何なんだ?」


朔夜が尋ねると、エレナは少し考えるように視線を上げた。


「いくつかある」


そして指を一本立てる。


「最も基本的なものが――」


「"人を殺さない"だ」

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