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死刑執行後に目覚めたら滅びかけた異世界だった ~終焉種を討伐するまで帰れない~  作者: れさ


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――第8話 熱烈なアイサツ――

朔夜は反射的にエレジアの手を振り払うと、そのまま大きく後方へ飛び退き相手との間合いを取った。

何が起きたのかを考えるよりも先に身体が動いている。


視線は一瞬たりともエレジアから外さない。


呼吸、重心、視線の動き、筋肉の付き方、立ち方、死角、弱点。

長年の訓練によって叩き込まれた観察が無意識のうちに始まっていた。


対象は絶望の終焉種〈エレジア〉。


見た目は多少人間とは異なる。

薄緑色の髪に兎のような耳。


しかし基本構造は人型だ。

腕があり、脚があり、頭部がある。


―――ならば殺せる。


首から上の機能を停止させればいい。

脳を破壊する。


一撃。

一撃あれば十分だ。


その結論へ辿り着くまでに時間はかからなかった。

いや、本来ならそこへ辿り着いてはいけなかった。


エレジアがこの世界樹を支える存在であることも、彼女が死ねば人類そのものが滅びる可能性があることも朔夜は理解している。

ほんの数分前に聞いた話だ。

忘れるはずがない。


それなのに今の朔夜の頭の中からは、その全てが押し流されていた。

理屈ではない。

本能だった。


“目の前の存在は危険だ”。

“放置してはいけない“。

“排除しろ“。


そんな警鐘が脳の奥底から鳴り響いている。

先ほどの災禍種なんて比べ物にならない。

圧倒的な重圧。

ただそこに立っているだけなのに、全身の細胞が危険を訴えているようだった。


次の瞬間、朔夜は床を蹴る。


握手されていた手を振り払う動作と同時に身体を沈ませ、一気にエレジアの死角へ潜り込む。

その速度は常人の目では捉えきれない。

気づいた時にはすでに朔夜はエレジアの背後へ回り込んでいた。


狙うのは側頭部。

脳を揺らし、意識を刈り取るための一撃。

腰を捻り、全身の力を拳へ乗せる。迷いはない。躊躇もない。


放たれた拳は空気を裂きながら一直線にエレジアのこめかみへと突き進んだ。


――ばあああん!!


応接室に凄まじい衝撃音が響き渡る。

まるで重機同士が正面衝突したかのような轟音だった。


「……な!」エレナの目が大きく見開かれる。


魔法剣を抜く暇すらなかった。


いや、抜こうと考える暇すらなかったと言うべきだろう。

朔夜が後退したと思った瞬間にはすでに攻撃へ移っており、常人どころかエレナですら反応が遅れた。


「朔夜! おまえ! 一体なにを!」エレナの叫び声が待合室に響く。


―――――――――


「「落ち着きなさい、サクヤ」」

「「熱烈な握手だねえ~少年」」


フィアとエレジアの声がほぼ同時に重なった。


「……!」その声を聞いた瞬間、朔夜の意識が急速に現実へ引き戻される。


視界に映ったのは、自分の振り抜いたはずの拳だった。

だが、その拳はエレジアの手によってあっさりと受け止められている。

さらに追撃のために動かそうとしていた腕も、いつの間にかフィアに肘を掴まれ封じられていた。


朔夜は息を呑む。

自分が何をしようとしていたのか、その事実をようやく理解したからだ。


初対面の相手にいきなり攻撃を仕掛けた。

しかも相手は人類の存亡を支える重要人物だ。


無謀にもほどがある。

いや、違う。


問題はそこではない。

そもそもなぜ攻撃したのか。


朔夜は困惑する。

今まで危険を感じた相手などいくらでもいた。


自分より強い人間も、人ではない化け物も見てきた。

それでもこんな風に理性を失ったことは一度もない。


なのにエレジアを見た瞬間だけは違った。


目の前の存在を放置してはいけない。

今すぐ排除しなければならない。

そんな衝動が理性を押し潰した。


それは恐怖だったのかもしれない。

本能が警鐘を鳴らした結果だったのかもしれない。


だが朔夜自身にも答えはわからない。

わかるのは、自分の意思とは別の何かに身体を動かされたような感覚だけだった。


「大丈夫ですか! エレジア様!」エレナが慌てて駆け寄ってくる。


その表情には隠しきれない焦りが浮かんでいた。

アークラインの最高責任者にして、人類の守護者とも言える存在が目の前で襲撃されたのだ。

当然の反応だった。


しかし当の本人はきょとんとした顔をしている。


「ん? なにが?」エレジアはそう言いながら、未だに朔夜の拳を握ったまま首を傾げた。


「ただの挨拶だよ。そうでしょフィア? この子なりの挨拶なんでしょ?」その言葉にフィアは小さくため息をつくと、朔夜の肘から手を離した。


「そうよ。サクヤは常識がないからね。こういう挨拶の仕方しか知らないのよ。」


「そんなわけが……」エレナが思わず反論しかける。


常識がないにも限度がある。

いきなり側頭部を殴り抜こうとする挨拶など聞いたこともない。


「大丈夫、大丈夫。」エレナが言葉を続ける前に、エレジアはひらひらと手を振った。


まるで本当に何事もなかったかのような口調だった。

エレナは納得できない様子だったが、それ以上は何も言えなかった。


▼▼▼▼▼▼ 


「落ち着いたかい? 少年」エレジアはそう言いながら身を屈め、朔夜の顔を覗き込む。


先ほどまでの騒ぎが嘘だったかのような穏やかな声だった。

朔夜はソファに深く腰掛けたまま額を押さえる。


頭は冷えている。呼吸も落ち着いている。

しかし、自分が何をしたのかを思い出すたびに居心地の悪さが込み上げてきた。


「すみません。俺、あなたを見た瞬間になぜかあなたを殺さないといけない気がしたんです」朔夜は視線を落としたまま答える。


言い訳のしようがなかった。

エレジアは敵意を向けてきたわけではない。


それなのに自分は躊躇なく攻撃を仕掛けた。

施設にいた頃でさえ、あそこまで理性を失ったことはない。

今になって思い返しても、自分の行動が理解できなかった。


「ひっどーいね。ふふ」エレジアは怒るどころか楽しそうに笑っている。


その反応が余計に朔夜を困惑させた。

普通なら警戒するか怒るかのどちらかだろう。

しかし目の前の女は、本当に面白いものを見たとでも言いたげな顔をしている。


「それで?」しばらくそんな空気が流れた後、フィアがようやく口を開いた。


先ほどまで角を舐められて悲鳴を上げていたとは思えないほど冷静な声だった。

その赤い瞳は真っ直ぐエレジアへ向けられている。


「私たちをここに呼んだ理由は?」


エレジアが自分たちをここへ呼び出した理由。それだけはまだ聞いていない。

そしてフィアの様子を見る限り、その内容がろくでもないものであることだけは何となく察していた。


「まあ、警戒するのもわかるよ。たーだ、フィアが終焉領域で見つけてきた少年が災禍種を倒したって聞いてさ、いてもたってもいられなくなったんだよ」エレジアは軽い調子でそう言うと、立ち上がって部屋の中を歩き始めた。


目的もなく歩き回っているように見えるが、その視線だけは時折朔夜へ向けられている。

まるで珍しい生き物でも観察しているかのようだった。


やがてエレジアは朔夜の座るソファの後ろを通り過ぎ、そのままフィアの正面で足を止める。


「その少年はフィア、君の“最高傑作”なんじゃないか?」


「……」フィアは何も言わない。


「フィア?」朔夜は黙っているフィアに声をかけたが返事はなかった。


エレジアの言葉を否定することも肯定することもなく、ただ静かに視線を伏せている。


最高傑作?


朔夜はその言葉を頭の中で転がしてみる。

作られたもの、ということなのだろうか。


そう考えると、エレジアが自分をお人形さんと呼んだ理由も何となく理解できる気がした。

もっとも、それ以上深く考える気にはなれなかった。


朔夜にとって自分が何者なのかという問題は、昔からあまり重要ではない。

施設にいた頃から感情を表に出さないよう育てられ、生き残るために必要なことだけを教え込まれてきた。


普通の家庭で育った人間のように、自分の出生や過去について悩む機会などほとんどなかった。

だから今さら自分が特別な存在だと言われても、それほど驚きはしない。


人間ではないと言われても構わない。

誰かに作られた存在だと言われても構わない。


今こうして考え、自分の意思で話し、自分の足で立っている。

その事実がある以上、自分は自分だ。

朔夜はそう考えていた。


「フィア。俺は別にフィアによって作られた人造人間でも構わないぞ? 知ってることがあったら教えてほしい」そう言うと、フィアはゆっくりと顔を上げた。


その表情には珍しく迷いの色が浮かんでいる。

隠し事をしているというより、何をどこまで話すべきか考えているようだった。


しばらくの沈黙が流れる。


エレジアも急かさない。

エレナも口を挟まない。

部屋の中には重たい静けさだけが残っていた。


―――やがてフィアは小さく息を吐く。


「……そういうわけではないんだけどね。まだ、サクヤに本当のことを言うわけにはいかないの。でもそうね……一つだけ」フィアはそう言いながら視線を逸らした。


「それはね。六体の終焉種を倒すとね。サクヤ、あなたは元の世界に戻れるわ」フィアは静かにそう言った。


その言葉を口にした後も、フィアの視線は朔夜へ向けられたままだった。まるでその言葉がどう受け取られるのかを確かめるように。

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