――第6話 ぐちぐち愚痴――
「こいつはいったいどういう生物なんだ……」
朔夜はピエロの腕をぶんぶんと何度か振り回したあと、興味を失ったようにぽいっと放り投げた。
最後の瞬間、この生物は何かをしようとしていた。
何をしようとしていたのかまでは分からないが、本能的にまずいと感じたのだ。
長年の訓練によって培われた感覚が、あれだけは撃たせてはいけないと警鐘を鳴らしていた。
だからその前に倒した。ただそれだけの話だった。
もっとも、倒し方については少し考える必要があった。
あの赤い軍服の女性の剣は首元へ突き刺させたが、どうも首を切り落とせるほどの切れ味はなさそうに見えた。
であれば別の手段を使うしかない。
幸い相手の身体には都合よく刃物が生えていたため、それを利用しただけである。
「しかし、この剣は切れ味が悪いな……」
朔夜は床へ落ちていた剣を拾い上げ、かちゃりと金属音を鳴らしながら刀身を眺めた。
角度を変えて刃先を確認し、軽く振ってみるが、やはりしっくりこない。
「もうちょっと研いだ方がいいと思います。これじゃあ相手の急所に突き刺すくらいしかできないですよ」そう言いながら朔夜は剣をエレナへ差し出した。
「あ、いや、これは魔法剣といってだな、斬ることや刺すことを目的にした武器では――」エレナは反射的に説明しようとしたが、途中で我に返る。
違う。
そんな話をしている場合ではない。
目の前の少年は災禍種を単独で倒したのだ。
そんなことは人類の常識ではありえない。
「ではない! お前は何者だ! なぜ災禍種をああも簡単に倒してみせた!」エレナの声には明らかな動揺が混じっていた。
災禍種とは本来、小隊規模で連携を取りながら討伐する存在である。
単独で相手をすることなど想定されていない。
実際、先ほどの個体も増援が来るまで足止めするだけで精一杯だった。
人類の中で単独撃破が可能だとすれば、聖王国の剣聖のような規格外の存在くらいだろう。
しかし目の前にいるのはどう見ても普通の少年だった。
魔力の奔流も感じない。
特別な装備を身に着けているわけでもない。
それなのに結果だけが存在している。
その事実がどうしても理解できなかった。
朔夜は差し出した剣を受け取らないエレナを見て首を傾げる。
「何者って言われてもな……」少し考えるように視線を宙へ向けるが、特に答えは出なかった。
少なくとも朔夜は自分の知る限り、自分は特別な存在ではない。
「影山朔夜だけど」そう答える朔夜に対し、エレナは額を押さえたくなった。
どうやら目の前の少年は、自分がどれほど異常なことをしたのかまったく理解していないらしかった。
――――――。
「あ、いたいた、おーい!」気の抜けた少女の声がその場に響いた。
ひょこっと壊れた壁から顔をのぞかせているのはフィアだった。
「あ、フィア。よかった。ここにあったご飯勝手に食べちゃったんだけどさ、支払いをどうしようか聞こうと思ってたんだ」朔夜もまたフィアに負けじと緊張感のない抑揚で答える。
「そんなの災禍種を倒したんだからチャラよチャラ! 逆におつりがじゃらじゃら天から降ってくるレベルね。好きなだけ食べていいんじゃない?」フィアは軽い調子でそう言ったが、朔夜は納得していない様子だった。
「でもやっぱまずいよ。いや、おいしかったんだけどさ。なんていうか、食べたなら払わないと落ち着かないというか……」朔夜が眉をひそめていると、エレナが二人の会話を遮るように前へ出た。
「フィア・エヴァーレイン。何をしに来た。特例を受けているとはいえ、あまり市内を出歩かれると住民が不安を覚える。控えていただきたい」
「みーんなそういう。別にいいじゃない。私はなにもしてないし、今日はちゃんと用事があって来たんだから」フィアは不満そうに唇を尖らせる。
「用事?」
「そう。この子を迎えに来たの」そう言ってフィアは当然のように朔夜を指差した。
エレナはわずかに眉を動かした。
「そうか、じゃあエヴァーレイン。この少年は何者だ? 知り合いなのか?」
「知り合いもなにも、許嫁よ。私のお婿さんなの」
あまりにも自然な口調で言われたせいで、その場の空気が一瞬止まった。
「おーい。さっきはペットって言ってなかったか? ころころよく変わるなあ」朔夜は呆れたように言う。
「それよりほら、もう朔夜が原罪種ではないことがわかったでしょ。もう街の中に入っていいよね?」その指摘を無視して、フィアは朔夜の手を取りながら言う。
「ま、まて!」その様子に慌ててエレナが止める。
「何よ。まだ何かあるっていうの?」フィアは不機嫌そうに言う。
「当たり前だ。その少年は災禍種を単独で倒したんだぞ? ありえないことだ。聞きたいことが山ほどあるんだ……。それに、その力が本物なら黎明軍に入ってほしい。その力を人類のために貸してほしいんだ!」エレナは本心で言った。
恐怖はある。
しかし、現在までの終焉種との戦いは芳しくない。
戦力の確保は急務だった。
「力は貸すわ。でもね、それは“私”のためよ。黎明軍に入るわけじゃない。朔夜を勝手に取ろうとするなんて虫のいい話はないわ」フィアは不機嫌そうに言う。
「いや、その力は我が《黎明軍》に必要なんだ。頼む! 私と一緒に戦ってほしいんだ!」エレナは朔夜へ手を差し伸べる。
「はいはいはーい! だめなの!」その手をぱしっと弾き落としながら、フィアが二人の間に割って入る。
「朔夜は私のものなの。勝手なこと言わないで!」
「俺の意思はないのか……」朔夜はそのやり取りを呆れながら見ていた。
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エレナと横に並びながら樹内へと入る朔夜。
その後ろを、不満げな表情を隠そうともせずフィアがついてくる。
世界樹の内部と聞いていたため、朔夜は巨大な洞窟のような空間を想像していた。
しかし、実際に広がっていた光景はその予想を大きく裏切るものだった。
天井は遥か頭上にあり、その全体が淡い光を放っている。
まるで蛍光灯のように均一な明るさで地面を照らしており、樹の内部であるにもかかわらず薄暗さはまったく感じない。
視線を前へ向ければ、そこには近代的な都市が広がっていた。
道路が整備され、車が行き交い、遠くには線路らしきものまで見える。
建物の窓には明かりが灯り、人々が生活している気配が感じられた。
もっとも、それは朔夜の知る東京とは少し違っていた。
街の至るところに見慣れない施設が建っている。
特に目を引いたのは巨大な球体状の建造物だった。
透明な外壁の内側には大量の水が蓄えられているのが見える。
「貯水施設……か?」朔夜が呟く。
東京にも似たような施設は存在したが、こんな形状のものは見たことがない。
その他にも用途の想像がつかない建物が数多く存在していた。
おそらく魔法技術によって生み出された施設なのだろう。
科学だけでも、魔法だけでもない。
両者が融合した独特の文明がそこにはあった。
「この世界樹は太陽光を吸収して、その光を樹内へ反射しているんだ。だから樹の中でも光合成を行う植物を育てることができる」エレナが説明する。
彼女は先ほどから上機嫌だった。
世界樹の構造や都市の仕組み、この世界の常識などを次々と語っている。
本来なら断るつもりだった。
しかし、なんとか話だけでも聞いてほしいと懇願するエレナに押し切られ、朔夜はひとまず同行することにしたのである。
その決断が気に入らないのか、フィアは後ろからずっと文句を言い続けていた。
「サクヤのばーか。なにが『話だけでも』よ。豪華な食事が出るって聞いた瞬間に乗り気になっちゃって!」フィアは明らかに拗ねている。
「さあ、もうそろそろ集合地点に着くぞ。あと10分ほどで迎えが来るはずだ」エレナはスマホのような端末を確認しながら言った。
画面には地図のようなものが表示されている。
おそらく先ほどからあの端末で迎えと連絡を取っているのだろう。
やがて3人は集合地点へと到着した。
道路脇に設けられた広場のような場所だったが、迎えの姿はまだ見えない。
どうやら到着までもう少し時間がかかるようだ。
そして、その待ち時間の間、朔夜とエレナは延々とフィアの愚痴に付き合わされることになった。
フィアは「ご飯につられて知らない人についていくなんて信じられない」「絶対もっと警戒心を持つべき」などと文句を言い続ける。
そのたびに朔夜が適当に相槌を打ち、エレナが苦笑するというやり取りが繰り返された。
結局、迎えの車が到着するまでの約10分間、フィアの不満が途切れることはなかった。




