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死刑執行後に目覚めたら滅びかけた異世界だった ~終焉種を討伐するまで帰れない~  作者: れさ


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――第4話 敵襲よりも空腹――

「それにしても大きいな……」


朔夜はため息をついた。


世界樹の全容が見えてから歩き始めて、すでに1時間以上が経過している。

それにもかかわらず、目の前の大樹はなかなか近づいてこなかった。

まるで距離感そのものが狂わされているようだった。


だが、ようやくその異常な巨体が現実的な大きさとして認識できる距離まで近づいてきた。

気付けば朔夜たちはすでに世界樹の影の中にいる。

頭上を覆う枝葉は空そのものを隠し、周囲は昼間だというのに薄暗い。

見上げても幹の先は視界から消え、その頂がどこにあるのかすら分からなかった。


そして幹の側面には巨大な穴が開いている。

近づくにつれ、それが単なる穴ではないことが分かる。


入口だ。

世界樹の内部へ続く巨大な門。

高さは7メートルほどあるだろうか。


石とも金属ともつかない材質で造られた門扉が幹にはめ込まれており、その左右には見張り台のような設備まで設けられている。

もはや一本の樹というより、巨大な城塞都市の正門だった。


「止まれ」


低い声が響いた。

門の前に立っていた男たちが一斉に武器を構える。


衛兵だろうか。

濃紺の軍服のような制服を身にまとい、その姿は朔夜の知る兵士とほとんど変わらない。


彼らが手にしているのは剣だ。

だが握り方は明らかにおかしい。

まるで銃を構えるように剣の切っ先をこちらへ向けている。


(なんだあれ……?)


朔夜は眉をひそめる。

ただの剣にしか見えない。

しかし兵士たちの緊張した様子を見る限り、それは剣以外の何かとして機能するのだろう。


「歩いてくるのが見えていたが、貴様らは終焉領域から来たな?」男の視線が朔夜へ向けられる。


その目には露骨な警戒と敵意が宿っていた。

だが、その前にフィアが一歩前へ出る。


「私よ。1週間前に出発したのをもう忘れたの?」フィアは腰に手を当て、不満げに頬を膨らませた。


「この子は私の……」一瞬だけ言葉に詰まる。


そして何かを思いついたように笑顔になった。


「ペットよ」


「おい」


朔夜は即座にツッコミを入れたが、フィアは完全に聞こえないふりをしていた。


「『ニル』か」男は露骨に顔をしかめた。


「ちっ。なんでこんな化け物を上は放置しているんだか……」


その呟きには隠そうともしない嫌悪が滲んでいる。


「いくら貴様といえども、原罪種かどうかも分からんものを樹内に入れるわけにはいかん。正式な手続きを踏んでもらう」有無を言わせない口調だった。


交渉の余地など最初から存在しない。

だがフィアは不満そうに頬を膨らませる。


「頭が固いわね。いいじゃない」そして腰に手を当て、これ見よがしに胸を張った。


「それに『ニル』なんて呼ばないで! 私はフィア・エヴァーレインっていう、かわいい名前があるんだから!」


誇らしげに名乗るフィアだったが、衛兵たちの反応は冷ややかなものだった。

むしろ何人かは露骨に顔をしかめている。


どうやらフィアの知名度は高いらしい。

そして、その評判はあまり良いものではなさそうだった。


▼▼▼▼▼▼▼▼▼


1時間ほど詰所に拘束され、質問攻めにされていた。


名前は何か。どこから来たのか。ここへ来た目的は何か。

次から次へと同じような質問が飛んでくる。


フィアはどうやら先に街へ向かったらしく、この場には朔夜しかいない。

だが、そのせいで状況は余計に面倒になっていた。


「だから、終焉領域から来たんだろう!?」


「たぶんそうだと思う。よくわからないんだ。」


「そんなわけがあるか!」尋問官が机を勢いよく叩く。


ばんっ、と乾いた音が部屋に響いた。

しかし朔夜はわずかに目を瞬かせただけだった。


むしろ知りたいのは自分の方である。

気が付いたら見知らぬ場所にいて、化け物に襲われ、フィアと出会い、ここまで歩いてきた。

それ以上でもそれ以下でもない。


「お前の目的は? 何をしに来た!」


「だから知らないって言ってるだろ?」


尋問官の額に青筋が浮かぶ。


「それだけじゃないだろ! 何かあるはずだ!」


「ない」「ある!」「ない」「ある!」


子供の言い争いか。

朔夜は半眼になった。


目の前の男は今にも机を叩き壊しそうな勢いだが、朔夜からすると大した迫力は感じない。

施設にいた頃は、失敗すれば本気で命を奪いに来る教官たちに囲まれていた。

怒鳴り声も威圧も、殴打も拷問も珍しいものではない。

それに比べれば、この男はただ大声を出しているだけにしか見えなかった。


むしろ――。


(腹減ったな……)


朔夜はぼんやりとそんなことを考える。

気付けば最後に何かを食べてからかなり時間が経っていた。


終焉領域を歩き続け、化け物と戦い、世界樹までたどり着き、そのまま尋問である。

まともな食事など一度も取っていない。


腹の虫がぐぅ、と鳴った。


「聞いているのか!」


「聞いてる」


「なら答えろ!」


「だから知らない」


ぐぅぅぅ……。


今度は先ほどより大きな音が鳴る。

尋問官の顔がぴくりと引きつった。

朔夜は真顔のまま自分の腹を見下ろした。


(もう限界かもしれない)


化け物と戦うより、この尋問に付き合う方がよほど辛かった。


ーーーーーー。


「ビーッ! ビーッ! ビーッ!」


突然、耳障りな警報音が施設中に鳴り響いた。

尋問官たちの怒鳴り声すらかき消すほどの大音量だった。

何か異常事態が発生したのだろう。


だが朔夜は別のことを考えていた。


(腹減ったな……)


空腹で思考が鈍っている。

あの終焉領域にいた化け物は食べられるのだろうか。

見た目はあれだったが、肉くらいは取れそうな気もする。


そんなことを考えていると、天井のどこかに設置されたスピーカーから慌ただしい声が響いた。


『第七層東区画! 第七層東区画にて〈アビス〉を確認!』


ノイズ混じりの声が続く。


『対象は連続通り魔事件の犯人と同一個体! ”災禍種級”と判定! 付近の住民は直ちに避難せよ! 繰り返す! ”災禍種級”を確認!』


館内放送は何度も同じ内容を繰り返した。


その瞬間だった。

目の前にいた尋問官の顔から血の気が引く。


「さ、災禍種だと……?」先ほどまで机を叩いていた男とは思えないほど青ざめていた。


「くそっ! またかよ!」別の兵士が吐き捨てる。


「1年前にもあっただろうが! 最近どうなってやがる!」


「愚痴ってる場合じゃねえ! 全員出動だ!」


部屋の空気が一変した。

兵士たちは慌ただしく武器を掴み、椅子を蹴飛ばすように立ち上がる。

尋問どころではないらしい。


「おい、お前!」尋問官が朔夜を指差した。


「ここから動くな!」


それだけ言い残し、男も部屋を飛び出していった。

足音が遠ざかる。

ばたばたと慌ただしい音が廊下の向こうへ消えていく。


そして――。静寂。

ついさっきまで怒号で満ちていた部屋には、朔夜だけが残されていた。


「……」


しばらく待つ。

誰も戻ってこない。


「……あれ?」朔夜は首を傾げた。


「俺、どうすればいいんだ?」


答える者はいない。


目の前には散らかった書類。

半分飲みかけのコーヒー。

蹴飛ばされた椅子。

そして開け放たれたままの扉。


どう見ても全員、朔夜のことを忘れている。


「……」


腹の虫が鳴った。

ぐぅぅぅぅ。


「とりあえず、ご飯探そうかな……」朔夜はそう呟いた。


災禍種だの通り魔だのよりも、今の彼にとっては空腹の方がよほど深刻な問題だった。


朔夜は立ち上がり、扉へ向かった。


ガチャ。


あっさりと扉が開く。

どうやら鍵もかけずに飛び出していったらしい。


「助かったな」朔夜は小さく呟く。


もちろん本気で閉じ込められていたなら蹴破るつもりだったが、その手間が省けたのはありがたい。

何より今は空腹が限界だった。

とにかく何か食べるものが欲しい。


朔夜は鼻をひくつかせた。

くん。

くんくん。

施設育ちのせいか、人並み以上に五感には自信がある。


しばらく鼻を動かしていると、微かに油の匂いが混じっていることに気付いた。

揚げ物だろうか。あるいは炒め物か。

どちらにせよ食べ物には違いない。


「こっちか」朔夜は匂いを頼りに廊下を進む。


途中ですれ違う者はいない。

慌ただしく避難したのか、それとも出動したのか。

広い施設だというのに妙な静けさだけが漂っていた。


―――数分後。


朔夜は目的地へたどり着いた。

食堂だった。

自動扉の向こうには広々とした空間が広がっている。


長机が規則正しく並び、壁際には飲み物の機械が設置されている。

入口には食券機まであり、見た目だけなら朔夜の知る現代日本の社員食堂や学食と大差ない。


異世界に来たはずなのに妙な親近感を覚える光景だった。


だが――。誰もいない。

食堂は無人だった。


静まり返った空間には換気設備の音だけが響いている。


「みんな逃げたのか?」朔夜は周囲を見回す。


するとテーブルの上には食べかけの料理がいくつも残されていた。

定食。丼物。麺類。

まだ湯気が立っているものまである。


警報が鳴った瞬間に席を立ったのだろう。


「……ついてるな」朔夜の目が輝いた。


空腹で限界だったところに、この光景である。

遠慮する理由などなかった。


朔夜は近くにあった唐揚げ定食へ一直線に向かう。

椅子に座ることすらせず、まず唐揚げを口へ放り込んだ。


「うまっ」思わず声が漏れる。


外はカリッとしていて中は肉汁が溢れている。


数秒で唐揚げは消えた。

さらに隣の席の親子丼。

向かい側の焼き魚定食。


次々と平らげていく。


周囲に積み上がる空の皿。

食堂の惨状を見れば、誰かが見たら悲鳴を上げそうな光景である。


しかし朔夜は気にしない。

久しぶりにまともな食事にありつけたのだ。

朔夜は夢中で食べ続けていた。

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