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死刑執行後に目覚めたら滅びかけた異世界だった ~終焉種を討伐するまで帰れない~  作者: れさ


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3/13

――第3話 世界樹――

「行きましょう、サクヤ」


フィアはくるりと一回転すると、両手を後ろで組んでこちらを振り返った。

その仕草は年相応の少女そのものだった。

しかし、その姿にはどこか不思議な神秘性があった。

親しみやすいのに近寄りがたい。

まるで人の姿をした別の何かを前にしているような感覚だった。


「行くってどこに?」


「人類域よ。私は平気だけど、サクヤはさっきみたいな原罪種げんざいしゅに襲われるもの」


原罪種げんざいしゅ――


おそらく先ほど自分を襲ったあの異形の獣のことだろう。

あんな生き物は見たことも聞いたこともない。

一発で仕留められたとはいえ、あんな化物に何度も襲われるのは願い下げだった。


「分かったけどさ……。フィアは人……なのか?」


純粋な疑問だった。

フィアは一瞬だけ悲しそうに視線を落とした。


「あっ……」


しまった。


朔夜は内心で後悔する。

また余計なことを言ったのかもしれない。

学校でもそうだった。

悪気はないのに、気づけば相手を傷つけてしまう。


しかし次の瞬間、フィアは顔を上げると満面の笑みを浮かべた。


「ひどいわね。どう見ても人じゃないでしょ?」


「え?」思わず間の抜けた声が出る。


フィアは楽しそうにくすくすと笑っている。

本気で気にしている様子はまるでなかった。


やがてフィアは笑うのをやめると、じっと朔夜の顔を見つめた。

朔夜も自然とその視線を受け止める。

真珠のような瞳だった。

猫のように細く美しいその目は、吸い込まれそうなほど澄んでいる。


「サクヤって細かいことを気にするのね。――たぶん君は普通じゃないんだね。だから他の人と価値観が合わない。考え方も少し違う。それで失敗もしてきたんでしょ?」


見透かされた気がした。

図星だった。


施設にいた頃も、学校に通っていた頃も、いつだって自分は周囲とどこか噛み合わなかった。

悪意があるわけじゃない。

それでも気づけば浮いている。

理解できないし、理解もされない。そんな感覚がずっとあった。


「大丈夫よ。私も普通じゃないから」


フィアは柔らかく微笑んだ。

その言葉に朔夜は言葉を失う。


今までずっと抱えていた違和感。

周囲とのズレ。

理解されない疎外感。

それがこの少女にはなかった。


自分は普通ではない。

だが、この少女はもっと普通ではない。

その事実がなぜだか可笑しくて、少しだけ安心した。


自分だけじゃない。

ただそれだけのことなのに、胸の奥に引っかかっていた何かが少しだけ軽くなった気がした。

フィアはそんな朔夜の様子を見て満足そうに笑う。


「フィア。一つ聞いていいか?」歩き出したフィアについていきながら、朔夜が尋ねる。


「なーに? 私、おしゃべりは大好きよ」フィアは後ろで組んでいた手を揺らしながら振り返った。


にこりと笑う。その無邪気な笑顔を見ていると、先ほどまで異形の獣と命のやり取りをしていたことすら嘘のようだった。


「ここはどこなんだ? 俺は東京にいたはずなんだけど」朔夜は周囲を見渡しながら言った。


崩れたビル。ひび割れた道路。朽ち果てた高架橋。

どこか見覚えのある街並みだったが、人の気配はどこにもない。

まるで何十年も放置された廃墟のようだった。


「海外なのか?」朔夜は海外に行ったことはなかったが、知識としてある海外を思い浮かべていた。


「トウキョウ?―――トウキョウはここよ」フィアはきょとんとした顔を浮かべた後、その言葉を反芻するように呟いた後、あっさりと言う。


「……ん?」朔夜は思わず足を止める。


「ここはトウキョウ。終焉領域として五百年前に捨てられた大都市だった場所よ」フィアはそんな朔夜の反応を不思議そうに見ながら続けた。


その言葉に朔夜の思考が停止する。


五百年前。

捨てられた都市。

どれも意味は分かる。しかし繋げると意味が分からない。


「待って。五百年前ってどういうこと?」


「五百年前は五百年前よ」


「いや、そういう話じゃなくて」


「じゃあどういう話?」フィアは本気で分かっていないようだった。


朔夜は額を押さえる。頭がおかしくなりそうだった。自分が知っている東京は人で溢れ、車が走り、夜になっても光に満ちている街だった。だが今目の前に広がっているのは死んだ都市だ。誰もいない。何も動いていない。文明そのものが息絶えた後の世界のようだった。


「ちょっと遠いけどね」フィアは再び歩き始める。


「この終焉領域を抜けると、人類域と終焉領域の境にある都市『アークライン』があるわ。――きっとサクヤはびっくりするわよ?」フィアはくすくすと笑いながら遠くを指差した。


「ここは終焉領域の端っこだから、歩いて四時間ってところね」


その言葉に朔夜は少し思考する。

四時間か。

舗装が崩れている場所はあるが、獣道というわけではない。

四時間程度なら特に問題はないだろう。

問題があるとすれば先ほどの原罪種とやらが襲ってくることだが……


「さ、早くいくよ」そう言ってフィアは、まるで散歩にでも出掛けるような気軽さで朔夜の手を取り歩き出した。


朔夜は一瞬だけその小さな手を見る。

白く細い指先は人形のように整っており、先ほどまで化物が徘徊していた終末のような世界にはまるで似つかわしくなかった。


だが、フィアは気にした様子もなく前を向いている。

その背中を見ながら、朔夜も黙って歩き始めたのだった。


▼▼▼▼▼▼▼▼▼


―――三時間ほど歩いただろうか。


フィアは自分で言うだけあって本当によく喋った。

こちらが聞いてもいないことまで楽しそうに話してくれる。

荒廃した街並みの中を歩いているというのに、その様子はまるで友達と下校している少女のようだった。


「ねえ、フィア。原罪種ってなんなんだ?」


朔夜は息一つ乱さずに尋ねる。

普通の人間ならとっくに疲れ切っている距離だろう。

しかし朔夜にとっては近所のコンビニまで歩くのと大差ない感覚だった。


「そうねぇ。この世界ではね、サクヤ。終焉種しゅうえんしゅと戦争みたいなことをしているのよ」フィアは少し考えるように顎へ指を当てた。


「あなたが倒したのは原罪種げんざいしゅって呼ばれる存在。あれが進化を続けると最終的には終焉種になるの。順番としては原罪種、災禍種さいかしゅ崩界種ほうかいしゅ、終焉種の四段階ね」フィアは指を一本ずつ立てながら説明する。


「もっとも九割以上は原罪種のままよ。災禍種まで進化する個体なんて滅多にいないわ。でも進化した個体ほど手に負えなくなる。討伐できなければさらに成長して、もっと厄介になる。だから災禍種が現れたら、どんな犠牲を払ってでもそこで討伐する必要があるの」


「へぇ」朔夜は素直に頷いた。


終焉種だの災禍種だの、普通なら到底信じられない話だ。

だが今さらだった。

自分はさっきまで目玉のないライオンみたいな怪物と戦っていたのだ。


「やっぱり俺がいた世界とは違う場所なんだろうな」そう呟いて空を見上げる。


「でもどうなんだろう。東京に初めて来た時だって、鉄の塊が空を飛んでたり、天まで届きそうなビルが建ってたりして、俺には十分意味不明だったしな。案外そんなに変わらないのかもしれない」朔夜は勝手に納得した。


その反応が面白かったのか、フィアはますます嬉しそうになる。


「きっとこっちの世界はサクヤを退屈させないわよ。それに私はあなたを奇異な目で見たりしない。あなたの特異性を受け入れるわ」そう言って握っていた手に少し力を込めた。


その言葉は不思議と心地よかった。


「フィアはその原罪種ってやつなのか?」


朔夜は何気なく尋ねながら、頭から伸びる白い角を指先でつつく。


途端にフィアの身体がびくりと震えた。


「もうっ! サクヤはエッチなのね!」慌てて手を振りほどくと、フィアは両手で角を隠すように押さえた。


「いい? 私以外の子の角なんて触っちゃだめなんだから!」頬を膨らませながら睨みつけてくる。


「そ、そうなのか?」


「そうよ! 殺されたって文句言えないんだから!」フィアは腰へ手を当て、子供を叱る教師のような口調で言った。


「わ、分かった。気を付ける」朔夜は思わずたじろぐ。


その様子を見てフィアはふんっと鼻を鳴らした。


「まったくもう」


だが怒りは長続きしないらしい。

すぐに表情を緩めると、少しだけ遠くを見るような目になった。


「まあ、私は原罪種……みたいなものと思ってくれればいいわ」


「みたいなもの?」


「そういうことにしておきましょ」あっさりと言い切る。


そんなやり取りをしているうちに、地平線の彼方に何かが見え始めた。


「あ!」


フィアは嬉しそうな声を上げると、額に手をかざした。

まるで遠くを見渡す兵士の敬礼のような仕草だった。


「あれよ。あそこがアークライン。人類領域の要、最前線都市ね」


その指差す先へ視線を向ける。

しかし最初は何が見えているのか分からなかった。

遠くに巨大な影のようなものがある。それだけだった。


だが、歩みを進めるにつれて徐々にその輪郭が浮かび上がってくる。

そして朔夜は息を呑んだ。

それは想像していたような都市ではなかった。


例えるなら横倒しになった巨樹だった。

まるで切り倒されたばかりのような巨大な樹木。

しかし、それを樹木と呼んでいいのかすら分からない。

大きさの尺度そのものが狂っていた。


横倒しになっていることは分かる。

だが全長が見えない。

どこから始まり、どこで終わっているのか分からない。


地平線の左から右まで伸びているように見えるのに、それでも全体像が見えない。

このまま世界を一周していると言われても信じてしまいそうだった。


しかもあれだけ巨大に見えているというのに、まだ遥か遠くにあることも分かる。

近付いているはずなのに距離感がおかしい。

人間の感覚では測れない存在だった。


「あれは……木なのか……?」朔夜は思わず声が漏れる。


その反応を見てフィアは満足そうに笑った。


「そ。ほら、あそこに穴が開いてるの見える?」


フィアの指差した先を見る。


巨木の幹には巨大な空洞が穿たれていた。

遠目からでもはっきり分かるほどの大穴だった。

だが、あの世界樹の大きさを考えれば、近付けば山一つ分ほどの大きさがあるのかもしれない。


「あそこからしか向こう側へ行けないの」フィアはそう言ってどこか誇らしげに巨樹を見上げた。


「あれは世界樹。世界樹のむくろよ。あの骸からこっち側が終焉領域、向こう側が人類領域ってわけ」


世界樹。


聞き慣れない言葉だった。

だが不思議と違和感はなかった。

目の前にある存在は、もはや樹木という枠に収まっていない。


世界を隔てる壁。

境界線。

そんなものに近かった。


朔夜はしばらく黙ったままその光景を見つめる。


終焉領域。人類領域。五百年前の東京。……そして終焉種。


ここへ来てから聞かされた話はどれも現実味がなかった。

だが、目の前の世界樹は違う。

理解はできない。


それでも確かに存在している。

その圧倒的な存在感だけが、これは夢ではないのだと朔夜に突きつけていた。

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