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死刑執行後に目覚めたら滅びかけた異世界だった ~終焉種を討伐するまで帰れない~  作者: れさ


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――第12話 わちゃわちゃ――

フィアがあれだけ自信満々に言っていただけのことはあった。


サーモンのカルパッチョから始まり、香ばしく焼き上げられたイベリコ豚のロースト、薄いクリスピー生地が心地よい食感を生むマルゲリータピザ、焼きたてのフォカッチャに熱々のアヒージョをつけて食べ、最後はイカ墨の濃厚な旨味が絡むパスタで締める。


どの料理も驚くほど完成度が高かった。

朔夜はいつの間にか無言で皿を空にしていた。


「どう? サクヤ。私の実力のほどは?」フィアが腰に手を当てて仁王立ちになる。


その後ろではヨーゴが皿を片付けながらぶつぶつと文句を言っていた。


「めちゃくちゃおいしかった!」朔夜は思わず声が大きくなる。


言った直後、朔夜は自分自身に違和感を覚えた。


「あ、と……」自然と口を閉じる。


こんなふうに感情を表に出したことがあっただろうか。

施設では感情を見せるなと教え込まれてきた。


喜びも怒りも悲しみも、すべて任務の邪魔になる。

だから抑え込むのが当たり前だった。


それなのに今は違う。

料理が美味しかった。


楽しかった。

ただそれだけのことで自然と言葉が出てしまった。

そんな自分に少し戸惑う。


フィアはそんな朔夜を見て満足そうに微笑んでいた。


「サクヤ。疲れたでしょ? こっちの世界に来たばかりなのに色々あったし」フィアはそう言いながら店の奥を指差す。


「二階は宿舎になってるわ。一番奥の部屋を使っていい。シャワー室はあっちの通路の奥ね。好きに使っていいから、シャワー浴びたら今日はさっさと寝なさい」有無を言わせない口調だった。


「シン。あなたはサクヤの部屋の準備。キャスはサクヤの案内をお願い」


「はーい!」キャスが元気よく手を挙げる。


「あとミント。どうせ私がいない間さぼってたんでしょ? ちょうどいいから魔法瓶作るの手伝って」


「ええー?」ミントが露骨に嫌そうな顔をした。


「心外よお。さすがにずっとさぼってたわけじゃないのにぃ」


「じゃあ、さぼってたのね?」


「……」


「図星ね」


「ぐぬぬ」ミントは不満そうに頬を膨らませながらも立ち上がる。


「ほら、行くわよ」


「はーいはい」


結局逆らうことはできず、ミントはフィアの後ろについていった。


店内には後片付けをするヨーゴと、無表情のシン、そしてキャスと朔夜だけが残っていた。


「じゃあ行こっか!」キャスが尻尾をぱたぱたと揺らしながら立ち上がる。


朔夜も席を立った。

気付けば身体は重かった。満腹感と疲労感が一気に押し寄せてきている。


今日だけで色々なことがありすぎた。

異世界へ来て、フィアと出会い、世界樹まで歩き、原罪種や災禍種と戦った。

そのすべてが一日で起きた出来事だとは思えない。


「あ、あの、キャス……だっけ?」朔夜は少し自信なさそうに声をかけた。


「そうだよー!」キャスは相変わらず元気だった。


「少し、一人になりたいんだ。ちょっと外に出てきてもいい?」


「あ、うん! いいよー! また戻ってきたら声かけてね!」明るい声に見送られながら、朔夜は店を出た。


▼▼▼▼▼


店の裏手へ回ると、そこには静かな湖が広がっていた。


辺りはすでに夜の帳が降りている。しかし完全な闇ではなかった。

頭上を覆う巨大な世界樹が淡い光を放っているのだ。


枝葉の隙間から漏れる青白い光が夜空の星明かりのように周囲を照らし、湖面には無数の光の筋が揺れている。


朔夜は湖畔に転がる大きな切り株へ腰を下ろした。

そして深く息を吐く。


「はぁ……」


今日一日があまりにも激動だった。


知らない世界。

知らない常識。

知らない生き物。

見たこともない景色。


脳が処理を拒否しているような感覚すらある。

施設にいた頃は毎日が同じだった。


与えられた訓練をこなし、命令に従い、生き残る。

それだけでよかった。


だが今は違う。

目の前には選択肢がある。


だからこそ、どうすればいいのかわからなかった。


「これからどうしようかな……」朔夜はぽつりと呟く。


誰に聞かせるわけでもない独り言だった。


終焉種。

この世界を脅かす存在。


だが、朔夜にとっては関係のない話だ。

この世界に来たばかりの自分が命を懸けてまで戦う理由などない。


もちろん、この世界の人々にとって重大な問題なのは理解できる。


災禍種に襲われれば人が死ぬ。

終焉種が存在する限り脅威は消えない。


理屈ではわかる。

だが実感がなかった。


自分の問題として捉えられない。

朔夜は湖面へ視線を落とす。

揺れる光が静かに波打っていた。


「……」


どうしたものだろう。

考えれば考えるほど答えは出ない。

だから朔夜はしばらく何も考えるのをやめ、ただ静かな湖を眺め続けていた。


▼▼▼▼▼ 


……何分経ったのだろうか。


朔夜はただひたすら湖面の揺らぎを眺めていた。

風が吹くたびに光が歪み、静かな波紋が広がる。


その光景を見ているだけで、妙に頭の中が空っぽになっていく気がした。


やがて、ざっざっと砂利を踏む音が聞こえてくる。


耳には入っていた。

だが、朔夜は反応しなかった。


「いつまでそこにいんだよ」さっき聞いた声だった。


振り返ると、ヨーゴがエプロンを脱いで肩に掛けながら立っている。


「えっと、確か……」朔夜はぼんやりとした頭で名前を思い出そうとする。


「ヨーゴだ。ヨーゴ・フレイ」呆れたように言いながらヨーゴは近付いてくる。


「お前は朔夜だったか。もう一時間はそこにいるぞ」


「え?」


「いい加減戻ってこい。キャスは忠犬だから、お前が戻ってくるまでずっと待ってんだよ」そう言うと、ヨーゴは手に持っていたエプロンでぺしっと朔夜の頭を叩いた。


猫なのに犬なのか。

そんなくだらない考えが頭をよぎる。


それにしても一時間か。

体感では数分程度だった。


考え事をしていたというより、ただぼんやりしていただけなのだが、思った以上に時間が過ぎていたらしい。


「ごめん。今行くよ」朔夜は立ち上がる。


「最初からそうしろ」ヨーゴはぶっきらぼうに言うと、そのまま店へ向かって歩き出した。


朔夜も後を追う。


店の扉を開けると、


「あ、やっと帰ってきたー!」キャスがぱっと顔を輝かせた。


ぴんと立った尻尾が忙しなく左右に揺れている。


「待っててくれたのにごめん。シャワー借りることにするよ」


「いいのいいの!」キャスは首をぶんぶん振る。


「お風呂も沸かしておいたからちょうどよかったの! ゆっくり浸かっていって!」


「お風呂?」朔夜は思わず聞き返す。


「うん!」キャスは得意げに胸を張った。


その言葉を聞いた瞬間、朔夜は少しだけ気分が軽くなるのを感じた。


「ありがとう」自然とそんな言葉が口をつく。


キャスは一瞬きょとんとした後、


「どういたしまして!」と満面の笑みを浮かべた。


その笑顔を見ながら、朔夜は風呂場へ続く廊下へ足を向ける。


湯船に浸かれる。

それだけで、今日の疲れはだいぶ取れそうだった。


▼▼▼▼▼ 


浴場は思ったよりも広かった。


一般家庭の風呂というより、ホテルや旅館にある大浴場に近い。

何人かで同時に入れるほどの大きな湯船が中央に設けられ、壁や床も丁寧に整えられている。


朔夜は身体を洗いながら周囲を見回した。

すると脱衣所の方から物音が聞こえ、がらりと扉が開く。


「一緒に入っていい?」入ってきたのはキャスだった。


「別に構わないよ」朔夜は特に気にした様子もなく答える。


施設育ちの朔夜にとって、人との距離感は未だによく分からない部分が多い。

むしろ気になったのは身体つきの方だった。


「ん? なに?」キャスが首を傾げる。


「いや、筋力が足りてないなと思って」


「へ?」


「特に脚と腕。戦闘を考えるならもう少し筋力があった方がいいと思う」朔夜は真面目な顔で言った。


キャスはしばらくぽかんとしていたが、やがて苦笑する。


「なるほどねー。でもこの世界だと筋力より魔力の方が大事なんだよー。足りない部分は魔法で補えるし」


「そういうものなのか」


「そういうものなの」


朔夜は素直に頷いた。


知らないことばかりの世界だ。こういう話は純粋に勉強になる。

やがて身体を洗い終えると、朔夜は湯船へ身を沈めた。


「はあ……」思わず息が漏れる。


温かい湯が全身を包み込み、一日の疲れをゆっくり溶かしていく。


「気持ちいいな」


「でしょー?」キャスも湯船へ入ってくる。


「てんちょの力作なんだよ、このお風呂」


かなり広い浴場だと思っていたが、それでも二人入ると少し賑やかになる。

その時、再び脱衣所の扉が開いた。


「俺も入る」現れたのはシンだった。


「あ、シン。タイミングばっちりだね」キャスが手を振る。


「もしかして順番とかあるの?」朔夜はふと疑問に思った。


一時間近く外にいたにもかかわらず、誰も風呂を使っていなかったことを疑問に思った。


「順番ってほどじゃないけどね」キャスは湯船の縁に身体を預けながら答える。


「なんとなくこの順番で入るってのが慣習になってる感じ。 毎日同じだから順番変えるとなんか気持ち悪い。から? かな。」


「なるほど」


そこへさらに扉が開く。


「私も入るー」気だるそうな声とともにミントが入ってきた。


それぞれ身体を洗い終え、四人で湯船に浸かる。

さすがに少し狭く感じる。


「なんかキャス、尻尾長くなったぁ?」ミントがキャスの尻尾をさわさわしながら言う。


「んー?どうだろう。毎日接客で使ってるからかなー」


「ふーん」


他愛もない会話が続く。


「キャスの身体に興奮したんじゃないのぉ、朔夜ー?」ミントがキャスの尻尾をつかみながら突然、朔夜に向き直りながら言った。


その目は意地悪な逆三日月型をしている。


「? いや、筋力が足りないとは思っているが、それ以外に特筆する点はないだろう? そんなに興奮する要素があるのか?」朔夜は本音で言った。


「えー? ほらぁ。これとかー? どう?」そういってミントがキャスの胸を持ち上げる。


「ぎゃー! なーにすんのよ! ミント!」キャスはさすがに許容できなかったのか声を上げる。


「はははー! キャスが怒った!」ミントが逃げるように朔夜の後ろに回る。


「うるさい……」ぶくぶくとシンが湯船の端っこでつぶやいていた。


キャスが騒ぎ、ミントがかき乱し、シンは静かに湯に浸かっている。

朔夜はそんな様子を眺めながら思った。


不思議な場所だ。

出会ってまだ半日も経っていないはずなのに、なぜか居心地が悪くない。


ぎゃあぎゃあと騒ぐ声を聞きながら湯に浸かっていると、どれくらい時間が経っただろうか。

突然、脱衣所の扉が勢いよく開いた。


「てめえら! いつまで入ってんだよ!」ヨーゴだった。


「はよ上がりやがれ!」


結局、ヨーゴの怒鳴り声が時間切れの合図となり、全員しぶしぶ湯船から上がることになった。

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