9【森の王への賛歌】
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「貴族のトップの一人でもある王子殿下なら、音楽ぐらい納めなくてはね」
クリサテーモ王妃が言う。
「そう言う王妃は何がお得意ですか?」
そう言う彼女は小さなオルガンを弾いて見せた。懐かしい曲を。
その曲を作ったのが目の前にいるとは知らずに。
ちなみに、僕が彼女を継母上と呼ばないのは、父上に言われたからだ。
「彼女を継母と呼ぶなよ」
「どうしてなの?」
「あれにお前を愛情深く育てるのは出来ぬと思うからな」
当時4歳児だった僕に言ったけど、まあ今生の母はあの女神のように美しいローゼリア王后だとわかってる。
「はい」
と頷く僕に父上がつづける。
「そうだ、お前の母はローゼリアだ。覚えていないかもしれないが、肖像画をお前の部屋に飾っているだろう」
「はい」
新しく王妃を得ても父上は王后を愛していたんだね。
だから、俺の母は王后だけだと。
さて、王族や貴族の余裕を示す芸術においては、もともと前世で趣味でもあった葦の横笛と弦楽器に取り組んでいた。
弦楽器にも色々あるけれど、竪琴とリュートの方が子供の手のサイズがあったので今日はそれで。
話は戻って、その王妃の前で同じ歌を俺が歌う。
~~昼でも深く暗い~
~緑の世界のその人は~~
~~静かに森に生きていた~~
楽譜は不思議と何百年経ってもあまり変わらないから簡単だった。
まあ一応初めは小細工したけどね。
一小節目だけつっかえてみたりしてさ。
~~鳥の歌に耳を傾け~~
~~獣のリズムに膝を打ち~~
~~澄んだ風を生み出す世界を~~
~~清らかな流れを~守りゆく~~
~~わが~~森の王~~
リュートは竪琴みたいに弾き語りが出来るのだったね。
つい乗って、へたくそを装って披露するのを忘れてしまったよ。
音楽は昔から好きだ。
「驚きました⋯⋯ファーリィン殿下。この楽譜初見ですよね」
「そうだね」
この曲の楽譜を端までじっくり見たのは今初めてだ。
「ほとんど見てなかったのでは?」
「まあ、有名な曲らしいからね。聞いたことあったんだよ」
〈森の王への賛歌
作詞作曲:リィーン・ラ・ビブリオー〉
司書の真似事をしていた時に、俺が街の飲み屋で飛び入りで即興で作った歌だったんだけど、ちょっと気に入っちゃって、何度か弾き語りをしたんだよね。
楽譜に起こしたのは、俺にまとわりついて勝手に弟子を名乗っていたうちの一人で、もとは音楽一家だったらしく、楽譜を起こしてくれた。
「この曲、素晴らしいから皆に歌わせても良いですか?」
「これを?」
「この歌が広がれば、皆が魔の森を大切にすると思うのです」
「そうです、森を開発するなんて考えないでしょう」
もう一人の弟子もノリノリで賛同していた。
「そうですね。あの森は大切な資源ですからね、いいでしょう」
「ありがとうございます!」
楽譜を起こしてくれた弟子が、律儀に〈俺〉の名前を入れていた。
暫く流行って、版権という名の金がほんのちょっとだけど数年間貰える様になっていた。
まあ色々な事をやっていたから結局この歌が幾らになったのかは知らないよ。
さて、すべての教養の項目をパスして、晴れて八歳になったぼく。いや、今日から公務以外の屋外では一人称〝俺〟復活だ!
この三年間、勉強を重ね、鍛錬を重ね、行儀作法のテストもパスした。
半年前に念願の弟も生まれた!
アレファンダ・ラ・ランデルソール君。
家族間の愛称はアレン君。
王妃に似た金髪で空色のぱっちりおめめ。めちゃくちゃ可愛い!
王妃殿下にはそれとなく遠ざけられてるようだけど、廊下などでばったりアレンの乳母が抱っこして歩いている所に出会うと、ぼくの方に手を伸ばしてくるんだよ。
「あうあう!」
「よしよし、アレンくん!いい子だね!」
「きゃっきゃっ」
「ファーリィン殿下は弟殿下が可愛くて仕方が無い様子ですね!」
王妃が近くにいなければアレファンダの方の乳母は触れ合いをさせてくれる。
「だって、こんなに可愛いんだもん」
この子のお母さんは可愛くないけどさ!
でもでも、おめでとう王妃殿下!
で、弟も出来たし、お兄ちゃんとして逞しくなりたいから!と父上にお願いして、なんと今日から、お忍びでの外出が可能になったのだ!万歳父上!
お小遣いも父上のポケットマネーから出してもらった。
「これを使ったら、何にいくら使ったかキチンと報告しなさい」
「はい!」
一発合格したお祝いに貰ったリュートも魔法のポケットに入れて、今日は王都にある冒険者ギルドに出かけることになった。
それだけでもう大変だったのだけど!
「ファーリィンさま、この服ではいけませんか?」
「こんな服で子供が外で歩いたら攫われる!」
王子の普段着よりは劣るが一般人にしたら超金持ちの坊ちゃんだよ!
俺の乳母も伯爵家の先代夫人だった!つまり貴族ど真ん中を生きてきた人。
「まずは、シルクじゃなくて木綿、金や銀色の糸は不要。ひらひら禁止、貝ボタン禁止、真っ白ダメ…襟ぐらいいけど」
「そんな服は宮殿の、この棟に来る御用商人では用意できません」
「しょうがないなぁ」
俺は護衛騎士のエリスを引き連れて、裏手に回る。
いつも訓練している騎士の方じゃなくて兵士の方。こっちで聞いた方が庶民感覚あるよな。
なにしろ騎士は最低限貴族籍が必要だけど兵士は平民がほとんどだ。
中には貴族社会が嫌だからとこっちを選ぶやつもいる。
とりあえず宮殿の敷地にいる兵士は見習いか定期的に王都に戻ってきている兵士だ。
「ちわー」
「おう、殿下じゃねえか、今日はこっちで訓練なのか?」
筋骨隆々のいかにも脳禁なおっさんが出てきた。
名前はフェルザ・ド・マッケラン。
我がランデルソール王国の中将である。
ちなみに現在はこの人ともう一人の中将のツートップが一番上である。
大将や元帥はいない。
必要になったら二人のうちどちらかをそれに据えて他の兵士を中将にスライドする方針らしい。
「良くないことかもしれないが…節約なのだ」
と、父上が言っていた。
うん、平和なら最低限でいいよね。
しっかり守れるならそれで。
「フェルザ中将、兵士見習いの服ないかなぁ、中古でもいいんだけど」
「何にするんですかい?支給品の新品はありますよ」
「ちょっと街に出るのに…バレリアが用意してくれたのがこれなんだよ」
とシンプルな装いだけど、裾についているフリルを摘まむ。
「確かに良い所の坊ちゃんとばれて、ヒョイと連れ去られそうですなぁ。
殿下とばれたらさらに危ないですな」
「でしょ?洗いざらしのやつでいいからちょっと貸してほしいんだよね。
外で平民風の普段着を買ったら返すからさ」
「うーんそうですな…おい、アズール呼んできてくれ」
フェルザ中将が近くにいる副官らしい人に声をかける。
「あいつのな洗濯済みの兵士の服一式持って来いと」
「はっ」
「で、平民のふりして何するんですかい?」
「冒険者登録をしようかと」
「冒険者ですか?」
「はい。自分で稼いだお金が必要で」
「なるほど、社会勉強ですか。素晴らしい心がけだ」
そんなんじゃないよ。
手紙を出したいだけだし。
八年待ったんだよ。
「で、殿下の活動にはエリス嬢が付いていくのか?」
フェルザは俺の頭を越えて後ろに問う。
「いやそれは…」
「もちろんそのつもりだ」
「その近衛の護衛騎士の格好で?
殿下がお忍びで出たいと言っているのに」
「うっ」
タッタッタッ
軽快な足音をさせて一人の少年がやってきた。
踵をカチリと合わせて敬礼する。
「アズール・ド・オーレンタ、来ました」
アズールと呼ばれた少年は、今八歳の俺よりはちょっと大きいけどほぼ同世代。
赤毛にヘーゼルナッツ色の瞳、本来色白なのだろうが訓練で日焼けしてそばかすが年のわりに幼い印象だ。
手には畳まれた服を持っている。
今はそれと同じものを着ているのだろう、襟が付いたかぶりの長袖のシャツと、長いボトムを履いている。靴は支給されているブーツ。
俺の今はブーツにはしているんだけど、綺麗すぎるんだよな…。
まあいいや。
「アズールさん、ファーリィンです。宜しくね」
「はい、いつも兄から殿下のことは聞いておりますよ」
「兄?」
「自分はブランカ・ド・オーレンタ子爵の異母弟なのです」
「そういえばオーレンタって家名。ということはオーレンタ辺境伯子息?アズールも僕の又従兄なんだね。
じゃあアズール従兄様」
「はい、いえ、殆ど同じ歳だし、自分のことはアズールと呼び捨てください!」
お兄さんのブランカの方は独立した貴族で子爵位なんだけど、実家は辺境伯だ。
「辺境伯の息子で僕の又従兄がどうして騎士じゃなくて兵士の方に?」
「オーレンタの領地は東の辺境ですので、自分も将来国境の砦を守りたくて、こちらに。
もうすぐ上の兄が辺境伯を継ぐので、実家を助けたいのです」
「それは素晴らしい心がけですね」
「ありがとうございます!」
「殿下、アズールはブランカやエリス、そしてファーリィン殿下と同じく、剣術ではA級です」
「それは優秀なんだね!」
「殿下こそA級じゃないですか。自分より一つ年下なのに」
「僕は君と違って大した仕事が無いからね」
「自分だってまだ訓練だけですよ」
一つ違いなんだね。なのにぼくより背がずいぶん高いのが羨ましい。
騎士や兵士の見習いには年齢制限はないけど、本採用の時に小さいままだと脱落するらしいけど、この調子ならアズールは大丈夫そうだね。
まあ身分があれだから別に兵士じゃなくても色々選べそうだし。
アズールはA級ということは…とエリスを振り返ってから中将を見る…
「外に出かける時はアズールをエリスの代わりに伴ってもいい?」
「良いですぞ」
フェルザ中将の許可は出たけど、
「は?なりません」
エリスの許可が下りなかった。
「前に言ったじゃん王族の護衛はA級のライセンスが必要だって。それに父上はお忍びで出かけてもよいと言ってくださったんだ」
「しかし」
「それにエリスみたいな美しい騎士を連れていたら僕が王族かめちゃくちゃ上の貴族の坊ちゃんってばれちゃって狙われるわけじゃない」
「だからこそお守りするために私がいるわけで」
「いや、わざわざならず者を寄せるわけにはいかないじゃん、エリスだって大事な男爵の令嬢なんだからさ」
「男爵なぞ大した身分ではないです」
「そっちじゃないよ。ご両親からしたら大事な娘って事だ」
「そうですね⋯⋯すみません、ありがとうございます」
「うん」
俺自身王族から抜けたいと思ってるから強く言えないんだけどね。
「さて、着がえてアズールと出かけるし、今日はこれからエリスは護衛任務から解放で」
「分かりました。では気を付けていってらっしゃいませ」
「うん⋯⋯じゃあフェルザ中将、ちょっと寮の倉庫でも貸してくれない?」
「どうぞ」
「殿下こちらです」
軍の設備の倉庫でアズールの服を着る。
そこには丁度支給品のブーツも置いてあったので、小さいサイズを選ぶ。
新しいブーツだけど、俺が履いているエナメルっぽい物よりはアズールの服に合うので拝借する。
服は洗いざらしの方が良いので、アズールのを借りるんだけどね。
あれ?ズボンが長すぎるのでは?って思ったけど、ブーツの中に入れたら丁度よかった。
脱いだ服は魔法のポケットに入れる。
このポケットはもともと普通の牛革なので浮くようなものではない。
〈俺〉の手作りだったもんだしね。つまりかなり古いし。
「へえ、殿下は便利なものを持ってるんですね」
「うん。貰いもんだけど…
アズール、門の外では俺のことを〈リーン〉と呼び捨てる事」
「は?リーン様?」
「いや、呼び捨てだよ」
「リ…リーン」
「そうそれで。そもそも又従弟なんだしアズールにとっても俺は」
「分かりました」
「敬語もなし。同僚として扱ってくれ。
俺もアズールを連れとして接するから」
「殿下…いや、リーンはやけに慣れてますね。〈俺〉なんていうし」
「ふふふまあね。本を読んでさ、それが良いかなって」
「なるほど」
「アズールは辺境伯の息子だから平民のふりは難しい?」
「とんでもない、自分は時々先輩の平民の兵士と外に出るんですよ」
「そう、じゃあこの辺りの道案内とかも頼めるね」
「王都に関してはですけどまかせてください」
「オーレンタ辺境伯領にも興味あるんだけど」
「何故ですか?」
「森の端っこに接しているでしょ?」
「はいそうですけど」
「だから興味あるんだ」
「あの森に入っちゃいけませんよリーン」
「分かってるよ。
じゃあ出かけようか」
「わかりました」
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