82【マーブルを均す】
ホッフン町の施療院で、魔力枯渇病の患者たちを癒して回っていた。
ここではおよそ四十人もの当該患者がいた。
「シスター、あの個室は?脚気ではないのですか?」
オレンジを他のシスターに託して戻ってきたその人に聞く。
三階の少し離れたところか、乾いた咳がひっきりなしに聞こえている。
「ええ、あの人も帝国帰りですけど、咳がひどいから隔離しているのです。この町には医師も月に一度、辺境伯爵からの派遣で来られるのですが、まだ診てもらえてないから移る病気か分からないので。
でも、脚気患者と違って、微熱があって、衰弱はしているけれど自力で食事ができているの」
「なるほど、ちょっと診させてもらおうかな」
「いけません殿下!御身に何かあれば」
「俺はただのリーンで。大丈夫、浄化しながら入るから」
「⋯⋯分かりましたリーン様。それでも、気をつけて下さい」
〈様〉を付けられちゃったけど、まあいいや。それより患者。
「シスターは外にいてね。患者の名前と年齢は?」
「リブネという女性で二十六歳です」
「わかった。リブネさん、俺はリーンと言います、慰問でお尋ねしてます。お邪魔してもいいですか?」
ノックをしながら室内に声をかける。
「コホッコホッ⋯⋯どうぞ⋯⋯ケホッ」
その人はベッドの傍らに座ってた。
「ようこそリーンさん」
「横にならなくていいのですか?」
「横になると咳がひどくなると思って。ケホッコホッ⋯⋯私、子供の頃から喘息持ちだったから。子供の時も喘息の発作のときは横になるより座ってる方が楽だったから⋯⋯コホッコホッ」
密かに彼女を鑑定する。そしてドアの外のシスターに声をかける。
「シスター、伝染るような風邪や結核じゃなかった」
「じゃあなにかしら」
「だから入って来ても大丈夫。喘息でもないし」
「分かったわ」
「でもとりあえず部屋の浄化をしようかな」
«エリアピリフィケーション»
「まあ、光と水の混合?」
リブネがつぶやくように聞く。
「あたり。
リブネさんの咳の原因はというか病の名前は、摩多羅病」
「斑病なら聞いたことがあるわ。軽症なら過去には治療用の魔法薬もあったらしいけれど」
「うん、摩多羅病は医学用語で、一般的には斑病と呼ばれていた病。でも俺はなおすことができるはずだから。失敗しないよ。だからリブネさん、背中を触ってもいいですか?もちろん服越しでいいから」
「いいわよ、ケホッ。お願いするわ」
椅子に浅く座り直して背筋を伸ばしてくれる。
肋や背骨が少し浮いた背中を慎重に探っていく。
「あった、これだね。リブネさんの心臓の隣の魔力溜まりの中が魔石化していて、それが気管を圧迫しているんだ。だから咳が出るんだよ。他にちょっぴり動悸なんかもしたんじゃない?」
「ええ、そのとおりだわ。リーンは小さいけれど優秀なお医者様なのね」
「俺は医者じゃないけどね、たまたま知ってるだけ。じゃあ、ちょっと待ってね。薬は今は持ってないから慎重に魔法で取り出すから」
「摩多羅病は魔法で取り出せるのですか?」
「そう、これは光じゃなくて空間魔法の応用なんだ。じゃあいくよ、リブネさんは水魔法の属性を持ってる人だから貴重だよ」
「ええそうなの、若い時は旅をする時に便利だったのよ」
「今も充分若いから、頑張って」
«水の神よ、闇の神よ、リブネの体内の水の魔石だけを我のこの手に届け給え»
俺のてのひらとリブネの背中の間から光が広がった後、手の中に手応えを感じて、それを掴む。
「魔石が取り出せたってことですか?」
見守っていたシスターが聞く。
「そう、ほら。青いガラスみたいで綺麗だよね。これはいいよ。ほらリブネさん」
クヌギの実のような直径二センチよりちょっと大きな丸い青い魔石だ。
「まあ、こんなものが私の胸の中に?」
「どう?息を吸ってみて?鼻からね」
スゥー
「口から吐いて、ゆっくり」
フウー
「今の呼吸で咳は出てないけれど、ちょっと様子を見ようか。あとは咳のせいで取りにくかった食事を取れば元気になるはず」
「たしかに、呼吸が楽になったのが分かります。どうもありがとう」
「あとは、魔力循環の訓練ができたらいいのだけれど」
「魔力循環?」
「リブネは魔女じゃないの?」
「いいえ?あたしはちょっと水魔法が使える程度の一般人だわ」
「でも、摩多羅病に掛かる人も魔法使いが多いんだよね。昔の宮廷魔術師並みに魔力が多い魔女や魔法使い。じゃないとこんな大きな魔石が固まることはないんだよな」
「そうなんですね。私は、早く健康になってもとの仕事に復帰したいの」
「もとの仕事?」
「私はホッフン町で侍女の仕事をやっていたの。そして主が拐われたので、捜索していたのだけど、帝国に主が連れて行かれているという噂を聞いたから、探しに行ったのよ」
「⋯⋯もしかして単独で?」
「いいえ、同じ侍女をしていた母と」
「それで?」
「でも、帝国に入った途端二人連れて行かれて、別々なところで作業をさせられて⋯⋯でも主の情報を聞けていたからそれで良かったんだけどね」
「ふん、主さんの名前は?」
「ピエール・ド・ホッフン様よ、領主の息子の」
「なんだ、じゃあ帝国で会えて一緒に帰ってこれたんだね」
「一緒に帰ってきたのだけど、二人とも帝国で体を壊していたから。仕事ができなくなった外国の人間を馬車にのせて、返したのよ。そうやって私は咳が止まらないからこの部屋に⋯⋯。早く復帰をしてピエール様のお世話をしなくては。
シスター、ピエール様は?」
「リブネさん、さっきピエール様の病状も回復したのよ。リーン様が治してくれたの」
シスターが言ってくれる。
「なんと⋯⋯よかったわ本当に!
ピエール様は、お父様の伯爵様にお会いしてこのホッフン領の正式な領主としてのお役目があるの」
「たしかに、今の代官のままじゃ領民がひもじいよな」
「そうなの、そうなのです」
シスターが思い詰めた顔で頷く。
「リブネさん、この町が〈赤ワインの楽園〉に蘇ることができるよう、俺も協力するから。さっきピエールさんにも言ったんだ。でも、まず、貴女が自分自身の療養に努めてからですよ」
「ええ、ええ」
「それと、もし良ければ、一度ピエールさんと王都に来てほしい。俺は、王都に魔法師団を復活するように国王陛下に言われているんだ」
「リーンさんが?」
「すでに、王都には魔法の訓練場ができてるから、二人も、とくにリブネさんはそもそも魔力量が多いから、もう摩多羅病にならないで済むように、体の中の魔力を扱う訓練を少ししたほうが良いんだよね」
「まあ、わかりました。ピエール様もお父様に会うと仰ってましたから」
「うん、じゃあ、当面の資金をピエールさんにも渡しておくけど、リブネさんにもこれ、少ないけど」
チャリ
小金貨三枚分のお金を小銭を混ぜた巾着を両手を使って彼女の手を包むように渡す。
その中を覗いてから泣きそうな顔でリーンを見る。
「そんな、⋯⋯リーンさん失礼ですが、貴方はまだ少年にみえますけど」
「俺の名前は、ファーリィン・ラ・ランデルソール」
「ランデルソール⋯⋯王子殿下だったのですね」
跪くためにベッドから降りようとするのを制する。
「うん、ピエールにも言ったけど。王都に到着するまでは、慎重に行動して、とにかくまずは療養で」
「はい、わかりました」
「それから、ゆっくりでいいからこれを読んでて」
と女性向けの恋愛小説が表紙の本を渡す。
「中身は基本の魔導書だから。魔力循環のことも書いているよ。ピエールの侍女なら文字は読めるんでしょ?」
「もちろんです。わかりました。ありがとうございます」
「とりあえず、普段からお水を出すようにすればいいよ」
「はい!」




