81【ホッフン町の夕焼け】
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「賢者リィーン・ラ・ビブリオーよ、ご挨拶に参りました」
「おはよう。今日は図書館に御用ですか?エッシンゲン・ラ・ホッフン王太子よ」
紅茶色の青年が図書館長室にやってきた。先祖代々受け継いできた、深い緑色の瞳が好感度を上げていると彼の国の人々の評判だ。
少し前まで、積層の魔導士のもとで様々な学問と魔法の技術を修めて巣立っていった、数多くいる弟子の一人だ。内陸とはいえ農業の豊かな小国を治める国に戻っては行ったものの、二月に一度は図書館に顔を見せては、父王都とともに取り組んでいる治水の土木工事の相談をしたり、王都のまちづくりについてアドバイスを聞きに来たりしていた。
「はい、おはようございます。師の教えのおかげで、私は兄を差し置いて無事に立太子できました」
「それは、貴方のお兄さんが別の道を望んでいたからで。それに彼は少し体が丈夫じゃないですから、激務な王太子や、その後の王になるには負担だったでしょうからね。それに彼は私のもとで司書をしてくれているから、助かっていますよ」
「はい、兄を王にと動いていた周りの貴族が静かになって良かったです」
「それは、兄王子も心が穏やかになったと言ってらっしゃいましたね」
「はい。いつも相談に乗ってくれて自慢の兄です⋯⋯。あれ?噂をすれば兄上?具合が良くないのではないですか?顔が赤いですよ」
「顔が赤いのはお前のせいだ。エッシンゲン王太子。本人がいないところで俺を噂にするなよ」
「悪口は言ってないですよ?」
「悪口のほうがマシだ」
「まあまあ、こんなところで兄弟喧嘩はよしてください」
「「ごめんなさい」」
同じタイミングで済まなさそうに謝る顔がそっくりで、つい微笑んでしまう。
「ただ、師よ」
「なんですか?エッシンゲン王太子」
「先月父からも相談があり、ファンダーが周辺の国を統一すると言って来たと」
「そうですね、大きく見せて、帝国の侵攻から抵抗したいと言っていました」
「帝国は海に出たいとか」
「海の資源は、陸とはまた違って無限に有りますからねぇ。でも、ファンダーは急いでないとは言っておりましたよ」
「はい、ファンダー王は私にも直接相談してくれました。誠実な兄弟子ですから」
「そうですね」
「⋯⋯我がホッフン王国のほうが、ランデルソールより少しだけ帝国に近寄っていることも有りますし、あちらこちらと相談してファンダー王に参加しようと思っているんです」
「帝国に近寄っているとはいえ、隣のオーレンタ王国のその向こうには未開の森があるから大丈夫だと思いますけどね。あの森の守りは硬いですよ、魔王デューク様もいらっしゃいますし」
「たしかにそうですけど。だからといって我が国だけ小国のままでいるのも恐ろしいと思うのです」
「ふむ」
「それには、まず私が王に即位してから、もっと国を整えて、オーレンタ王国とも協議して、その後ですけどね」
「それがいいでしょう。ファンダーも協力してくれると思います」
「はい」
「俺もできるだけ手伝うぜ」
「でもそれは兄上のお体が」
「お前と違って俺は自由がきくんだ、疲れたら休むさ」
「無理はしないでくださいよ」
しかし、兄王子はその後落馬事故でエッシンゲンの国王即位を見ずに亡くなってしまったのだった。
兄王子の助けをあてにしていた新王はその後たいそう苦労していたようだったので、賢者リィーンは一年あまり即位後のバタバタを手伝いに行っていた。
麦以外の産業に果樹園を提案したのもその時だった。林檎、オレンジ、そして赤葡萄。
果実は現金にしやすく、ワインも作ればさらに国の資産が増えていったのだった。
〇●●●〇
リーンとスボールの二人ですっかり寂れた、かつてはホッフン王都だった町の施療院を訪ねていた。
コンコンコン
「シスター、冒険者ギルドです」
ガチャリ
「はーい、怪我人の冒険者⋯⋯じゃないの?」
「ええ、冒険者なんですけど、こっちは騎士でもあるスボールさんとお連れのリーンさん」
「なにか?」
シスターの問いかけにスボールのほうが応える。
「私たちは、王都から街道沿いの施療院に寄って、帝都帰りの脚気患者を訪ねながら辺境へ旅をしています。もしよろしければ診させてほしいのです。このリーンは素晴らしい治療スキルを持っていまして。私も薬を持ってきております」
「まあ、それは良かったわ。でも治療費は出せないんだけど」
「慰問ですから、結構ですよ」
「ならお願いするわ」
訝しげな顔から笑顔に変わるシスター。
「じゃあ私はこれで失礼するわね。スボールさん達、終わったらギルドに寄ってね」
「はい」
ギルド職員が引き上げる。
「一番病が重い人から見せてもらいますか?」
リーンの方からお願いする。
「はい、こちらです」
そして連れて行かれたのは特別室だった。
「リーン、私は軽症の人から見てくるよ。シスター脚気患者の男性の病室は?」
「二階の北側が軽症よ」
「わかった」
「行ってらっしゃいスボール」
魔石ペンとポーションによる、軽症者の診立てと服薬補助になれてきたスボール。騎士ならではの軽症の対処も訓練されているので、任せられる。
コンコンコン
「失礼しますピエール様、入りますよ」
ガチャリ
一応声はかけているが返事がないので開けるシスター。
「ピエールさんというのですか?」
「はい、この人はピエール・ド・ホッフン様です」
「ホッフン?もしかして伯爵様の?」
「御子息です」
「伯爵には跡取りがいないと聞いておりましたが」
「そうですね、詳しくは私は存じませんが⋯⋯」
「なるほど、元気になられるといいですね」
「はい」
特別室の窓から、オレンジ色の夕焼けが入り込んできているというのに、その人は外の風景そのままの枯れたような存在だった。
「この人はおいくつなんでしょう」
「冒険者の登録もお持ちで、ギルドによると、現在三十八歳だそうです」
「とてもそうは思えないほどにやつれてますね」
「でしょう。詳しくは本人に聞いてくれますか?」
「わかりました」
とはいえこの人も、ダッシュ領主の兄の時のように、寒がることもできないぐらいに静かに横たわっている。
くん⋯⋯
まだ大丈夫。匂いでわかる。
「ピエールさん、聞こえますか?」
やっぱり体温が低いので、いつものように首の頸動脈から魔力をそろそろと流してやる。
貴族は魔法使いに準じるか、又はそれ以上に魔力が多い。教養とともに魔力量とそれの扱い能力が高いほうが、民をまとめ上げリーダーとして活動するのに長けているからだ。
遺伝も多少あるが、個人差のある魔力というものは、釣り合いが取れている方が、子どもを成しやすい。魔力が高いものは、魔力が高いものと結ばれ、その子どもも魔力が高くなりがちだ。
それは、魔力測定の風習が無くなっても、ランデルソール王国などは建国王がそうだったように、貴族たちが魔力持ちだったから、自ずとその子孫も魔法能力に長けている。
時折、平民の中から隔世遺伝的に高い魔力持ちが生まれた場合、その子は、高い魔力の子孫を残したい貴族と結婚したり養子縁組をしたりして、出世できた。もしかしてこの人は、このホッフン伯爵にとって領地の希望だったのかも知れない。だが、王妃の親のレフィテーラ伯爵が縁戚として乗り込んでいる。
レフィテーラ家は元来魔力が少なく、商業の能力で伸し上がってきていた。とくに先祖にルーツがある、帝国との貿易に長けていたのだ。領地持ちでなければ魔力がなくても事務能力が高ければそれなりに見えやすい成果を示すことができる。
「ピエールさん、聞こえますか?」
もう一度声をかける。
「ふう⋯⋯聞こえるよ」
「よかった。俺が流してる魔力を自分で循環できますか」
「もちろん」
「よかった」
覗き込んでいるシスターの目に光るものがあった。
「シスターはこの地の生まれ育ちですか?」
処置を続けながら後ろの女性に声をかける。
「はい、私達も遥か前の先祖がホッフン王家に繋がってます」
五百年も経てば、血も広がるし薄まる。流石に直系は家系図が何処かにあったとしても。
「じゃあ、ピエールさんとシスターは御百年近く前なら兄弟か親子だったかも知れませんね」
「そうですね」
「ふふふ、光栄ですわ」
室内を見渡して、唱える。
«そよ風結界»
なんとなく、室内の物音を遮断する緩い魔法だ。
「さて、改めて、俺の名前はリーン。別の名はファーリィン・ラ・ランデルソール」
仔ライオンの印章を見せながら言う。
「ファーリィン⋯⋯ということは王子殿下」
ベッドから起き上がって降りようとするピエールを引き止める。
「そんな⋯⋯、この町はどうなるのでしょう」
シスターは跪いていた。
「立ってください。シスターなんならこの椅子に座って。それに、俺はもちろん監査じゃないから安心してください。というより、このホッフンの地の荒れ方は俺も憂いてしまいます。ただ、どうしてこうなるまで放置されたのか、詳しい内容を調べてからではないと」
「そうですね」
「代官を置いたダビールの思惑も調べる必要があるけど、とりあえず先にマジックポーションを二つ飲んで」
「はい」
「そうだシスター、ここに来る途中でオレンジを畑から直接手に入れたんだ。この施療院に寄付するね」
と、アイテムボックスから、セグとシトリィ夫婦のオレンジを籠ごと出す。
「そんな殿下⋯⋯」
「気にしなくていいから、リーンと呼びすてて。それに、このオレンジはマジックポーションほどではないけれど、帝国帰りの脚気患者に効くから、皆に配って。スマイルカットで分けると食べやすいし。今全部持っていくのは重いけれど、スマイルカット分かる?食べられそうなら食べられるだけ与えて。あ、でも、オレンジで痒くなる人は無理に勧めないでね」
「ええもちろんです。ありがとうございます、さっそく皆でいただきます。これぐらいなら持っていけますから!任せてください」
「そう、なんならスボール騎士にも頼んでいいから」
「はい⋯⋯よいしょっ。では失礼します」
「ははは、本当に持って行っちゃった。すごい力」
「そうですね」
「では、手短かに教えてくれない?」
「はい。私はアラルモン・ド・ホッフン伯爵とそこに勤めていた、子爵家の末娘だった侍女の間に生まれた婚外子です。
父の本妻は帝国にルーツがある者でした、同じく帝国にルーツがあるレフィテーラ家とは別の家ですが反魔法使い勢としては同じ派閥で。
それでも、父は上からの紹介で仕方なく本妻との間に娘を儲け、それがレフィテーラ家に嫁いで、その娘が王妃です」
「うん、俺の弟の母だね」
ということは、このピエールとは遠縁に当たる。
「父はこの領地の将来のために、母をひっそりと支援し、私への養育費も出してくれていたのです」
「ということは、貴方が時期領主ってことですね」
「はい。私はホッフン王家の血を受け継ぐものです。母にも先祖が王族と繋がっております。ホッフン王家の血筋としては、姉より上になります」
二つ目のマジックポーションで喉を潤す彼を見つめる。
ベッドに上体を起こし。脛を下ろして腰掛けるようにしていた。
窓の外には夕焼けに照らされたレンガの町並みがみえる。
「赤ワインの楽園⋯⋯あんなにきれいな街だったのに」
しかし、賢者リィーンが街作りを手伝ったのは五百年以上も昔のこと。
「殿下はこの町がかつて、赤ワインの楽園ということをご存知だったのですか?」
「はい、王都の宮殿の図書館に、最後の王、エッシンゲン国王の手記があるのです。そこでは王城から見えるこの街の風景が、図画とともに文章で残されています」
それをみつけたときは懐かしくて、何度も読んだもんな。
「なんと」
「王都は難しいけれど、伯爵領都としていつか復興すればいいですね」
「伯爵領都にですか?」
「ええ、空き家が多くてもったいないです」
「たしかに」
「いつか手伝いますからね」
今回も。
「でも、俺が学生を卒業するまでちょっと待っててほしいです。それまではピエールが健康を取り戻し、無事でいることが必要です」
「はい」
「辺境伯か王都から貴方の護衛を手配します」
「ありがとうございます」
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