79【ワイルドなオレンジ狩り 】
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焼き立てのパンをかじりながらの朝の荷馬車の中は穏やかだ⋯⋯と思ったら。
「うっ催してきた!」
「ははは、すぐに野営広場につくからアズール」
「ああ!」
「がんばれー」
共同トイレってゆっくり出来ないものだ。
パブロ村のすぐとなりに野営広場があって、本来街道を使う人はここで泊まる。
だけどあえてパブロ村に立ち寄ったのはリーンが様子を見たいからと言ったから。
他のメンバーも、もし今までの町のように帝国帰りの病人がいたら、軽度なら手持ちのポーションでも治せるのでと、賛成して立ち寄っていた。
結果は孤児ばかりで、大人は少し離れたところに大人だけで住んでいたのだったが。
野営広場に到着する手前で、反対向きの馬車とすれ違う。これから蛇の巣山を越えるのだろう。反対向きなら今までリーン達が通ってきた町など、目的地が色々あるだろう。
馭者同士は礼儀の挨拶で、手を上げる。
「おじさん、これから難所ですかー」
馭者はリーン。
「おーう、おまえさんは今越えてきたのか?」
「いえいえ、越えたのは昨日で、パブロ村に泊まっていたんですよ」
「なるほどなぁ!お互い良い旅を!」
「はーい、良い旅を」
ガラガラガラ
「アズール、野営広場見えてきたよー」
後に荷台に聞こえるように叫ぶ。
「行ってくる!」
ガタン。
到着を待たずに荷台から飛び降りて走っていく。
「こら、危ないよ!」
「わはは、ゆっくりしてきて!」
「ああっ!」
荷台から見える広場には、もう誰も人がいなかったから、落ち着いてできるだろう。
馬たちが休憩を取るのには早いけれど、ここからちょっと次のポイントまで距離があるから、とりあえず止まる。
「臭っせー」
「「「「わはは」」」」
アズールの叫び声に皆で笑う。
「そういえば、マスターと合流してからの公共トイレが臭くなかったのです」
荷台に残った三人が話している。
「ありがたいよなぁ」
「スボール殿はどうしてかご存知なのですか?」
「こういうところに行くと、リーンは誰より先にトイレと井戸などの水場に行くんだ」
「そうですね」
「そこで、魔法で浄化をしてくれているんだ」
「浄化?」
「ほら、御者台から降りていった」
確かに、リーンが水場に向かって走っていく。
「はあ。死ぬかと思った!」
「大げさな」
「臭すぎて出るものが引っ込みそうになったし」
「俺達は兵士や騎士の訓練に混ぜてもらったりしているけど、しょせんお貴族育ちだからな」
「ああって、ここも結界が切れてるのか」
杭の下にしゃがみ込んでいるリーンに声をかける。
「ここはマシだけど、一応ね」
「マメだねぇ」
「まあ、ついでついで」
「ついでなんてなかなか出来ないのに」
「一般の人に頼んだら、お金が必要でしょ。それはその人達の収入になるだろうけどさ。俺ならタダ同然でできるから、国のお金が浮くってもんで」
「ええ?ファーリィン殿下自らお手入れ下さった野営広場だぜ」
「やめてよアズール」
「ははは。自分はそんなリーンの姿勢は尊敬してるよ。初めての旅で、ずっと貴族として、いや王族として民を思いやるところがさ」
「おや」
「自分も足元にも及ばないけれど、そうありたい。せめてリーンの手伝いをずうっとできればね」
「それはどうも⋯⋯。さ、結界もOK!行こうか」
パンパンと手をはらって、さらに光魔法で光らせている。
「ああ」
引き続き、リーンが馭者をする。
話がしたくて、アズールを隣に座らせる。最新の地理などを思い出しながら。
「パブロ村もそうだけど、この辺りはホッフン伯爵領地だよねぇ」
「広いけど、言われてみれば貴族の領地って感じじゃないな」
「そうなの?」
「貴族が面倒見る領地って、税収入だったり、商売の資源を作り出すための大事な土地なのに」
「だよねぇ。もったいないよね。ホッフン伯爵はお元気なのだろうか」
「かなり前から王都にお住まいだよ。いまは代官のスッカン・ド・アパティー騎士爵が、ダビール・ド・レフィテーラ伯爵に派遣されて治めてる」
「レフィテーラって、たしかクリサテーモ王妃の実家?弟のアレンくんのお祖父さんか」
「そうそう」
「そういえば、ホッフン伯爵は王妃殿下のお母さんの実家とかなんとか」
家庭教師のラマーノに、貴族の相関図を教えてもらったときに出てきた名前だ。古い名家だったと聞いている。リーンの古い記憶に残るほどでもなかったが。
「跡取りはいないの?」
「昔は息子がいたらしいけどね」
「ふうん」
「今回も施療院が有るなら寄るのか?」
「もちろん。冒険者ギルドにもね」
「わかった」
「ここのことは後で父上にも報告する必要がありそうだよね」
「自分の父上も陛下に報告しているかなぁ」
「辺境伯が?そりゃ毎年ここを通ってきてるから、言ってるんじゃないの?」
「でもね、ホッフン町にはうちが経営している宿があってさ、自分たちはそこを利用するんだよ」
「じゃあ、場合によっては町の様子を見ることはあまりないのか」
「たぶん」
辺境伯の大事な役目は、国境付近の辺境の防衛だ。他の領地に気を使う余裕はないかも知れない。
ガラガラガラガラ
翌日、この旅の往路で最後になる野営地を抜けたリーンたち。そろそろ、町からの馬車がすれ違ってくるかと、アズールの馭者練習は終わって。リーンが馭者をする。
三頭の馬の一頭にはクレストが単騎で乗り、もう一頭は引馬で繋げて進む。馬車の中にはスボールとノワール。
街道の両端には夏野菜畑を片付けている農夫達。
この後は麦畑に変わっていくはずだ。畑の土を返して土を一旦休ませる前の作業をしているエリアもある。
畑の向こうにチラホラと、農夫たちの住まいだろうか、小さな集落も見えている。
ガラガラガラガラ
「こんにちはー、精が出ますね~」
「おーう、坊主。ちっこいのに馭者をしてるのかね」
日に焼けて皺だらけの顔が腰を伸ばして応えてくれる。
「はーい、冒険者なんですぅ」
「なら、そっからオレンジの木があるから、おやつにもいでお行きー。みんなで何人いるんだいー」
「五人です~」
「一人二~三個ならいいから持っていきな~トゲに気をつけるんだよ」
指さす先には、背の低い森が始まる。いや、たしかに黄色い丸い実も見えている。
「ありがとう!お名前を教えてくださいー」
「儂はセグだぁ」
「セグさんありがとう!」
「⋯⋯マスターは本当に初めての旅行なんですか?」
隣で騎乗するクレストに聞かれる、ちょっと呆れた感じで。
「そうだよ。だから道行くものを見るのが珍しくてキョロキョロしちゃう。
あれがオレンジだね。わあ、沢山生ってる!本当に食べていいのかな。子供で良かったー」
「そうですね、俺だと畑泥棒に思われますよ」
「そんなことないよ。でも、皆の分も貰おうね」
「ありがとうございます」
「お礼を言う相手はセグさんだけどね」
件のオレンジの木々のあいだにまた人がいた。今度は女性だ。
「皆馬車を止めるね!」
「「「おー」」」
「こんにちはー。精が出ますねぇ!」
「おや、冒険者達かい?可愛いのもいるけれど」
「はい。あっちのセグさんにオレンジをもいでも良いって言われてて」
「いいよ!一人二~三個ぐらいならサービスするって言ったんだろ?」
「はい。そうなんです」
セグさんの奥さんかな。
「でも、このオレンジは棘があるから気をつけるんだよ」
同じ事言う。
「馬車の人たちも降りておいで。鋏は余分にあるよ」
「はい、失礼します」
「すみません」
「ここをこうやって⋯⋯」
「うわすごいトゲですね」
「そうさ、縫い針の二倍は長いし鋭いのさ。でも、これが有るからブッシュボアから実を守れるのさ」
「なるほど」
リーンも文字通りオレンジ色に輝く一個を、借りた鋏でヘタに繋がった枝を切る。オレンジ狩りなんて本当にいつぶりだろう。
「わあ、美味しそう!今すぐ一つ食べていい?」
「いいけど、少し皮が硬いよ」
「ナイフ有りますよ」
「じゃあ、はい!」
「んじゃ」
とちょっと服の裾で磨くように擦るとちょっとツヤツヤして、日光の下でさらに輝く。
「あれ?このオレンジ⋯⋯」
「とにかく食べてみな!」
手の上でスマイルカットにしていく。十等分にして、二切れずつね。
カットされてますます良い香りのそれを口に入れると、甘いのに爽やかな美味しさ。
「あまい!」
「美味い!」
「味が濃いですぅ」
「だろう!」
「種もなくて食べやすい!」
「うんうん!」
「これはね、ワイルドオレンジっていう魔木を祖先に持つ特別なオレンジさ。いつも王宮に一箱献上しているのさ」
「マジで?」
「⋯⋯道理で見たことが有るような」
「まあ、献上するのは、王妃様のお父さんらしいけどね」
「ああ、レフィテーラ伯爵ね」
「よく知ってるねぇ」
「まあね、俺達は王都から来たのさ」
「なるほど⋯⋯」
「あ、おばさんこのオレンジを籠いっぱいにくれない?お金はこれ⋯⋯」
と、大銀貨を差し出す。
「こんなに受け取れないよ」
「でもこれぐらいじゃないの?高級そうなオレンジだし」
「何いってんのさ、問屋に出す前の値段なら半額よ」
「え?じゃあ中銀貨一枚?」
「そうさ、それに自分で持って行く分は収穫しているじゃない」
「確かに。分かったじゃあ」
「あたしは、セグの家内でシトリィ。あんたたちの名前は?」
「俺はリーン、それとアズールと、スボール。あっちの兄ちゃんがノワールあにきで、クレストおじさん」
「五人はパーティー仲間かい?年齢はちょっとばらついてるけどさ」
「そう、用事で辺境伯領に行くのさ」
「ところでこんなに買ってどうするのさ。辺境伯領の市場で売るのかい?」
「それもいいけど、次のホッフン町で売ろうかな」
「やめときな、あの町なんて農民がおおいんだから、よっぽど安くないと、オレンジなんて買わないさ。原価を知ってるからね」
「確かに⋯⋯。じつはその町の施療院や孤児院に寄付しようかと」
「えらい!そんなことならお金を返すよ!」
「いえいえ、どうか受け取っといてください」
「そうかい?」
リーンがシトリィおばさんと話しているうちに、四人があっという間に一つの籠以上に収穫していた。
「おやおや、手伝ってくれてありがとうね」
「こんなのお安い御用ですよ」
「美味しいオレンジのお礼です」
「お金はリーンにもらったのに?」
「気にしないでくださいよ」
皆いい人たちだ。
「そうだ、その子達にも、食べさせておやりよ」
シトリィおばさんが、オレンジを持った手で馬たちを指し示す。
「そうだね!たしかに」
ヒンッ
ブルルルッ
「うまいぞ!」
おお、言葉がわかってる?めっちゃ尻尾を振るじゃないか。
再びナイフで一個を四つずつぐらいに切ってから、馬の口に持っていってるのはノワール。
「わわわっ!美味しそうに食べてる!」
「馬がオレンジを食うなんて知らなかったよ」
「酸っぱいのはだめだけどね」
「ふふふ、よかったね」
「さて、出発しよう」
「「おう」」
「行きましょう」
「では、ありがとうシトリィおばさん。セグおじさんにもよろしく言っといてね」
「礼を言うのはこっちのほうさ。お買い上げありがとうだよ」
「ふふふ」
「では失礼します」
「ばいばい」
「さよなら!気をつけるんだよ~」
「はーい」
ささやかな出会いが嬉しい。それも旅の醍醐味だ。
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