75【石が回るんだよ】
シルバーウィークいかがお過ごしでしょうか。
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「男五人だけど、一泊泊めてくれませんか?宿代はきっちり出しますよ」
今回の行程で最大の難所、蛇の巣山を西から東に一直線に抜けてたどり着いたパブロ村で、宿の交渉をするのはスボール。
すっかり夕日が山の向こう側に沈んで、真っ暗なシルエットの山を背にすると、村の周りは一面の畑だった。夏野菜が終わりかけというところだろうか。ニドキビや向日葵ではなさそうだった。
「生憎皆が寝泊まりできるような家はねえよ」
バランという名を教えてくれたこの親父が村長だ。
村の他の家は小屋と言っても良い大きさだが、この村長の家は木造で過度な装飾はない平屋建だ、建坪広そうだった。そこから賑やかな子供の声も聞こえる。
「泊めてやりなよ、部屋はあるだろう?」
バランの隣には彼の奥さんのルベリーがいた。
「だめだ」
「でも、子供もいるよ、小さい二人はあんたの孫より幼いのじゃないかい?」
うん?〈あんたの孫〉?ルベリーの孫じゃないのか?まあ家庭の事情は突っ込まないでおこう。泳いだ目をもとに戻すスボール。
「ルベリー、お前の面倒見が良いところは美徳だが、うちにはすでに10人の孤児を引き取ってるんだ。その中には女子もいる」
「そうだけど⋯⋯可哀想じゃないか」
夫婦で揉めだした!
「無理にとはいいませんよもちろん。では、野営させてもらえますか」
「いいぜ、広場に案内しよう。そこに行けば割とそろっている。だが、食料はない」
「構いませんよ、もちろん持参していますよ」
「見た所皆、手ぶらに見えるが」
たしかにまだ馬車も引っ込めたままだ。
「お子さん10人いらっしゃるのですか?」
「ああ、皆孤児だ。親が帝国に出稼ぎに行って、子供だけ帰ってきた。この村じゃなくてそっちの集落のやつもいる」
「それは⋯⋯。こう見えて俺は王国の騎士なんですよ、兵士もおります。どうでしょう、食料はかなり余分に持ってますから、皆で食事をしませんか?今夜の食事はもうお済みで?」
「いや、夜はほとんど食わしてないんだ」
「なんと」
「朝に煮炊きを一気にして、そこでたらふくとはいえねえが食べさせて、遅めの昼飯を食わせて一日を終えている」
「一日二食ですか」
「そうだ、その養育費を奴ら自身が畑をやって、その作物を隣の町に売りに出るのでやりくりしている、カツカツなのだ」
「ふむ⋯⋯」
考え込む様子のスボールがリーンを見るので、目で合図する。とにかくご飯にしよう。俺が腹減りだと。
「ふっ⋯⋯。とりあえず野営の準備をしようか、リーン」
こっくり。
連れてこられた野営用の広場は、確かに設備が揃っていた。村長の屋敷の真裏にあって、孤児たちも使う共同トイレ、と少し離れたところに井戸もあった。共同の風呂はなさそうだ。
「ねえ、おばさんもこっち来て大丈夫?子供たちは?」
「おばさんなんて、私はもうお婆ちゃんと呼んでくれてもいいですよ、子供たちにもそう言われてますし」
「えー、まだお若いじゃないですか」
「ふふふ、ませた言葉をいうこどもだね。名前は?」
「俺はリーン。冒険者だよ」
「あらあら。でも子供たちはリーンより大きいから自分でできるよ」
「そうなんだ。それよりおばさん、お屋敷にお風呂があったらちょっとだけ貸してくれない?山越えで汗だくでさ」
「生憎、この村には風呂はないよ。確かにリーンも良いところの子に見えるね」
「そう?」
「うちらは川で行水したり、お湯で体を拭くくらいさ。小さい子は大きな盥で行水なんだよ」
確かに、山越えをしてきた俺達よりこの夫婦のほうがちょっと醸している。加齢臭かとも思ったけど違いそう。
「そうなんだ、わかった」
「どうしたんだ?リーン」
「アズール。この村には、お風呂がないんだって」
「まさか、リーンここでも⋯⋯」
「いつものと違ってちょっと考えるね」
「あ、ああそれより荷馬車を出すぜ」
今はアズールが持ってるもんね
「うん」
「«イジェクト»」
「おおおっ、馬車がでてきた!」
「手ぶらじゃなかったんだな」
「そうなんだよ、素晴らしい魔法の収納があるんですよ」
「そりゃ国宝級なのでは」
「国宝の収納では馬車は無理ですよ」
「ということは⋯それ以上?」
「さあ、支給されてる自分も分かっていません。知っても恐ろしいですし」
荷馬車で寝るのは大人二人が限界だから、テントも張る。いつもの通り。
「煮炊きはここでやっとくれ」
広場の真ん中にレンガで囲まれた炉を示される。一方が解放してあって、丈夫に黒錆で覆われた鉄の簀の子が取り付けられている。
「なるほど、これなら鉄板や鍋を同時に2~3個はのせられるな」
「うん。そこに手持ちのコンロもあるし、ご馳走を作ろう」
「ああ」
「ありがたいが、薪は出せぬ」
「これから冬になりますもんね」
「ああ。男でも他には居るが、自分たちの暮らしで精一杯なんじゃ。納税もあるしな」
公務員である騎士のスボールと国軍の見習い兵士だと名乗っていたアズールを見ながら言う。
「わかりました。炭も持ってますし大丈夫です」
荷馬車に乗せてあった、麦わらに包まれたものから炭を取り出していく。
「魔法の収納ってすごいのだな」
「そうですね」
クレストとノワールは馬を所定の位置に繋げて餌と水をやってからテントの設営をしていた。
スボールとアズールは、雹鳥とフォレストボアの調理に取り掛かってる。二人とも野営演習は重ねてるからアウトドアの料理はできる。
そして、リーンが大量に作って、陶器の高級ワイン瓶に詰め込んでいたスープストックや出しなども出している。
「これはワインですか?子供たちばかりなのでちょっと」
「いや、これの中身は、ソースとかスープなんですよ。密閉できて保存に役立つからと、リーンのやつが提案して、中身もあいつが作ってるんです。めちゃくちゃ旨いんで楽しみにしてください。密閉容器は便利なので良ければお譲りしますよ。というか荷物になるのでおいていきたいんですけど⋯⋯」
「まあまあ、そうですか?それは助かります」
ゴミになるだけだった荷物が減ることになってニヤリとするスボール。
「なになに?いいにおい」
「あのお兄ちゃんたち誰?旅人?」
「僕より小さい子も居る」
「わあ、パンがある!」
「パン久しぶりに見る!」
うん?只の黒パンを見て盛り上がっている?リーンが首をちょっとかしげる。
「あれ?この辺りは春は麦の産地だと思ったんですけど、パンを食べる習慣がないとか?」
近くにいたブルハに問いかける。
「いや、もちろん以前は毎日パンを焼いていたんだがな、石臼が壊れてしまって、取り替えることが出来ないでいて、粉に挽けないから粥で食べているのだ」
「麦粥は食べにくいですよね、工夫しないと」
「それに飽きるしな」
「確かに⋯⋯。ちょっと石臼を見せてもらってもいいですか?
もしかして俺、修理できるかも知れないですよ」
「石臼をか?真っ二つに割れているのだが」
「いいからいいから」
「じゃあ、こっちだ」
村長は暗闇でも慣れた村を動けるが、リーンはそうではない。身体強化で視力を強化するよりはこっちが楽だと魔法を一つ唱える。
«ウエストライト»
光の球体が一つ、腰のあたりに出来て、そのままリーンの動きに合わせて付いてくる。足元をてらしてくれるので、小さな体で躓く危険性が減っただろう。
「リーンおまえさん、ただのガキじゃねえとは思ってたが、魔法使いなのかい?見た所幼いけどなぁ。大したもんだ」
「そう、俺は色々魔法が使えるから、冒険者としてもAランクなんだ。経験はほとんどないけどさ」
「そりゃ、今の世は魔法使いは貴重だからなぁ」
「皆さん、隠してるから技術が伸びてないだけなんですよ」
「そういや、山の向こうの村では、元魔法使いが軒並み病気になって、帝国から返されたと聞いた」
「そうでしたよ。街道沿いだったからね、あっちの村長さんの家に一泊お邪魔しました」
「病人が多いところに泊まったのかい」
「ええ、たまたまポーションもたくさん持っていましたからね。病気の方にも差し上げてきました」
「無償で?提供する?」
「はい、宿代みたいなものですよ」
「いやいやいやいや」
「ふふふ、じゃあ、この村では石臼を直しましょうかね」
「う⋯⋯おまえさん、何者だ」
「冒険者ですよ」
「それは聞いた。⋯⋯石臼はここだ」
大きなサイロ一つがあり、その横に小屋が一つあった。
「以前はここで、精麦をして卸してたのが、できなくなって殻付きで納品することになった。そうすると、重量に対して精麦をしたより安く叩かれて。大変になったんだよ。しかし、子供たちを養うのにカツカツで、修理を頼みに行く旅費さえ出ないのさ」
「孤児院として届けないのはなぜですか?」
「届けているよ。ここの地域の領主はホッフン伯爵だ。随分前に書類を出しにホッフン町まで行ったさ。提出しただけだ」
「ふむ⋯⋯それはいけませんね。認可された孤児院なら支援金が町や国から出るはずなんですが、まして子供を養うためのこういった物は無償で、あるいは資金が一部あるいは満額出るはずだ」
「そうなのかい?リーンはものしりだな」
「まあね、聞く限りホッフン伯爵だときちんと処理されてなさそうだから、国か辺境伯に頼んておこうかな」
「リーン。おまえさんも国に顔が利くのかい?確かに良いところの子供には見えたけど」
「いかにも冒険者の恰好なのに?」
「服装じゃない、俺は沢山の子供を見てきたからな。躾けられた人間は人目でわかる」
「なるほど⋯⋯あ、これが石臼だね」
割と大きな石臼が、小屋の中に鎮座していて、ちょっとした仕掛けを辿って足踏みで回すようになっていた。
「へえ、足で踏んで回すんだ」
「そうさ。この装置なら、リーンでも大きな石臼が回せるぜ」
「なるほど、でも石臼が確かに真っ二つ」
「ああ」
「じゃあちょっと待ってね、二人応援を呼ぶから」
「うん?」
すると暗闇からクレストとノワールが現れた。
「びっくりした」
「どうしました?」
「ごめん、急に」
「いえ、僕はテントの設営が終わって手を洗ってたところなんです」
「俺もそうだ」
«ライト»を二つ増やす。より中の様子がみえる。
「なんだ、燭台があるんじゃん。でもロウソクじゃ暗いからこのまま魔法の灯りでいくね」
「はい」
「じゃあ、俺より力が強いから、二人でその石臼を持ち上げて、ぴったり合わせておいてくれない?」
「なるほどこれを?」
「うん、丸太と違って朽ちてないからできると思うんだ」
「?分かんないけどやります」
「よし」
「じゃあ行くよ」
すっかり魔法の杖代わりになってる魔石ペンの先をくっつけられた割れた部分に添える。
«大地の女神よ、我が心の記憶の再現を助け給え。石臼の復元をここに!»
そして、まるで今石工が作り出したばかりの、目も溝もくっきり蘇った石臼がそこにあった。
「さあ、使えるように組み立てておこう。その前に«ピリフィケーション»!これでよし」
「すごいですマスター、今の呪文って昨日の橋や階段を修復した呪文ですね」
「ふふふ、ノワール、ちょっと違うんだよね~」
「そうなんだ」
明るく会話する二人の前で固まる村長の肩をクレストが叩く。
「大丈夫ですか?」
「いや、夢の中にいたように感じて⋯⋯しかし本当に石臼が復活している」
「ブルハさん、ちょっとサイロから麦を取ってきて」
「はいわかりました」
「俺、石臼回してみたい!」
「うん」
「持ってきました、じゃあまずは精麦から」
「はい。じゃあここの所で石臼を精麦モードにします」
「うん。他にこっちにつまみを回すと製粉モードになるんだね」
「そうです」
足踏みをする場所に移動。
子供でもできるようにペダルを調節する仕様だ。
ザー
殻がついた状態の黄色っぽい麦が上のところに入れられる。
「ではお願いします」
「はい!」
ギ⋯⋯
「あれ?動かない。あ、油を注そうかな」
アイテムボックスから馬車の車軸に使う油をだして、ペダルのところと仕掛けの所に注す。ここは麦の上にあるわけじゃないから、油が肝心なところに落ちるわけじゃないよ。
そして改めて座ってペダルをふむ。
ギリ⋯⋯ギリギリギリ
ジャッジャッジャツ
「回ったー!」
「おお!すばらしい!」
「すげ。マスター僕にもやらせて!」
「いいよ!」
ノワールと交代する。
ジャッジャッジャツジャツ
「楽しいです!」
石臼の周りには、麦の中身と粉っぽくなった殻が落ちていってる。
それをひとつかみ掬ったブルハ。
フッ フッ
彼がそれに息を吹き掛けると、茶色い粉が飛んでいく。
「きれいに精麦できとります」
「うん!良かった!」
「じゃあ、明日は焼き立てのパンが食べられるね、皆が!」
「はい!本当にありがとうございます」
本人も意識していないのに、最後に丁寧な言葉になってしまった村長だった。
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