74【魔法の山小屋】
五百メートルの緩やかな下り坂を馬車で下る。
小川を越えたところでアズールを乗せて。
「そろそろ徒歩?」
「そうだね、じゃあ今度は自分が馬車を運ぼうかな」
「頼むよ」
「まずは、預かってる雹鳥を«イジェクト»。それを荷台において、«ロード»。
すげ、荷馬車に入れておけば丸ごと入る」
「そりゃそうだろ。ハハハ」
「だって⋯⋯こんな道具、軍にもない」
「そうだっけ。まあ、魔法が衰退するってそういうことだもんね」
「馬鹿だよね帝国は」
「まあまあ、結局魔法の使い方がおかしいんだよね」
「やな感じだよ」
「じゃあ、道を点検してからじゃないと馬が下り階段は難しいから、皆が来るまで待ってて」
「えーおい、リーン一人で丸太階段修復できるのか?」
「こんなの、橋より簡単」
「確かに」
「じゃあね。あ、そこに小屋があるから休んでて」
「そこ?」
リーンが指さした方をアズール見ると、丸太小屋があった。ちょっとくたびれているけれど、この山を管理するための小屋かと、近寄る。
リーンほどではないけれど、せめて点検して、修復箇所ぐらい書き出しておこう。
丁寧に馬用の庇もある。
そこへ馬の手綱をくくりつけて、小屋の扉の前に出る。
一応ノッカーで叩いてみるが、中から音はしない。ノッカーの上に見覚えのある模様が。
王宮の魔法係の扉のと同じだ。ここは文言を変えなくては開かない。リーンになんとなく教わったことを思い出す。
「これは、唐草のだよね。≪大地の女神よ、魔女か魔法使いが編むように願った唐草をどうか解きたまえ≫
うわっ開いた。失礼します」
扉を開けて中を覗いた瞬間に部屋の明かりが灯っていく。
「すげ」
中は火の付いた暖炉とソファセット。暖炉の並びにはキッチン。煙突を共有するタイプだ。それと小さな四人がけのダイニングセット。キッチンの隣に屋内井戸。その隣に扉がいくつか並ぶ。開けてみると冒険者ギルドにあるようなものよりは遥かに綺麗で匂いのないトイレと、別に湯船のある浴室があり、少し離れた扉を開けると寝室があった。
同じような寝室のドアは反対側も二つあって、つまり寝室は三つあるということだ。
「お~いアズール、何してんだ?ってすげ」
「スボール」
「リーンは?」
「馬のために先に道を修復するからここで時間を少しずらしてから来てと」
「ふーん。暖炉の火は今つけたのか?」
「付いてた」
「ってことは魔道具なのかね」
「みたいだ」
「僕、マスターに追いついてきます」
「わかった」
「「おー」」
すっかりリーンに懐いたノワールが声をかけて出ていった。懐くと言うには、見た目の体格が逆だが。
「ここは山小屋か」
「うん、状態保存の魔法がかかってるってことかな」
「スボール殿、見てくださいここ」
クレストの声に二人が振り向くと、玄関の隣に掲示板があって、注意書きがある。
「なになにえっと、こりゃまた古い文章だな」
「でもなんとか読めるよ」
〈小屋利用の注意〉
◎この小屋は誰が使ってもかまわない。以下のルールを守ること。
1、体調が悪い場合は、充分な休憩をした後、引き返すこと。
2、食べ物を放置するべからず。
3、激しい宴会禁止。
4、商売や勧誘禁止。
5、設備はきれいに使うこと。
6、ゴミを持ち帰ること。軽く清掃をしてから小屋を後にすること。
7、暖炉の火は消さないこと。タバコの火は必ず消して吸い殻は放置しないこと。
8、猛獣はもちろん、山賊など身の危険から逃れてここに来た場合は、暖炉の横の狼煙玉を燃やすこと。
9、親子じゃない限り、男女は別の寝室にすること。
◎小屋の管理:ランデルソール王国、及び アトラ
「アトラって、さっきの虎?」
「リーンはそう言ってたな」
「魔物じゃないんだろう?」
「主だってさ」
キィ
「わっ噂をしたら!」
虎が扉から入ってきた。入口の泥マットで猫が爪とぎをしているようだが、足の泥をはらっているのだろう。
口に平べったい桶を咥えている。
「アトラかい?なにそれ」
声をかけに寄ってきたスボールの足元にそれを置くとさらにスボールに押し付けてきた。
「わあ、すごいきれいな魚だね」
そこには、腹に黄色っぽいオレンジの線が入った銀色の魚がたくさん入っている。今とれたてなのか、水に濡れてツヤツヤして、目も黒い。
「なんだ、ああこれはフルーツフィッシュだ」
「どれ⋯⋯ほんとだ。メロンの香りがする」
「くれるの?アトラ」
ガウッ
「でも、自分たちは今夜ここに泊まるわけじゃないんだよ」
すると、虎はわかってるとばかりに穏やかに頷く。
ガウガウッ
「もしかして、リーンに渡したいのかい?橋を修繕してほしかったのはアトラもだったのか?」
ガウン
「そうか」
大きな虎の頭をもふもふ撫でる。
「わかった、リーンに食べてもらうから、任せて «ロード»」
ガウ
「アトラは魔法を知っているんだね」
「目の前で魚が消えても平気なんだ」
「すげえな」
リーンに付いていると毎度驚くことばかり。目の前に彼がいなくても。
「一応、茶を入れましたよ」
クレストが部屋のヤカンのお湯をポットに注いでいる。
「サンキュ」
「もう少し一服しよう」
「はい」
一方下り坂のリーンは、丸太階段を修復しながら降りていく。
「マスター。この先崩れてる」
そこは十段ほど丸太が外れて、下の方に土とともに溜まっていた。
「本当だな、人は大丈夫でも馬は滑っていくな」
「はい」
「ここは下から修理したほうがいいね」
「下?」
「ほら、端っこの草地ならすべらないからそこから下に行くね。でも、外側が崖かも知れないから慎重に」
「って言いながら早い!っとと」
「ノワール気をつけて!」
崩れた部分の一番下に来たリーンは、目をつぶってから橋の時のように魔石ペンをかざす。
«大地の女神よ、我が心の記憶の再現を助け給え。階段の復活をここに!大体でいいよ»
すると、魔石ペンから緑色の光の線が飛び出して、大きな魔法陣を描き、斜面にかぶさっていき土がまるで生きているように動きだし、階段状に整えられていく。
下に溜まった丸太も元の位置に戻っていく。
「ふわわわぁ、魔法すげー」
「ノワール、俺が横着して魔法で修繕したことは内緒にしておいてね」
「いや、言ったってパーティーメンバー以外は信じませんよ」
「そっか
あ、三段ほど丸太が行かなかったね」
「はい」
「じゃあ俺の手持ちのを付けていこう」
「わかりました」
階段の修理ができるとさっさと歩き出すリーン。
「ふう、結構時間かかっちゃったね」
「いや、十段もある山道の階段を補修どころかあれはほとんど一からじゃないですか。それにしては、早すぎですよ」
「最後の杭うちは、身体強化で力任せにやっちゃったからね」
「はい」
「でも、少し急がないと、今夜滞在する村に皆がたどり着けないから」
「そうですね。あ、でも見えてきましたよ人家が!」
坂の下が少し開けてきた。その先には迂回して合流する街道と、村の家々が見てとれる。
「ホントだ。これなら間に合うね」
「そうですね」
「新街道と合流したらちょっと休憩しよう。もうちょっとだ」
難所をリーンによってさらに強行軍になった五人は日が落ちる寸前に、なんとか今夜泊まる予定のパブロ村にたどり着いた。




