73【アトラと子供たち】
冒険者パーティーの五人でランデルソール王国の山道を行く、歩行者用の旧街道の難所を整備しながら、リーンは他のメンバーより先に進む。人なら一緒でも良いけれど、馬も三頭いるから。馬は坂道が緩やかなときは人を乗せ、急だと降りてもらって手綱に誘導されて先を行く。
そんなリーンに常に誰かが自主的に付き合っている。
サラサラサラサラ
「川があるのか?」
今、リーンの隣にいるのはスボール。
「そう!サワガニとか、フルーツフィッシュとかいるよ」
リーンはこの山どころか王都から出たのはこの旅が初めてたというのは、毎日のようにクレンにつきあわされていたスボールは知っている。
幼い頃から抜群の知恵や知識を秘めていることも分かってはいたが、初めて訪れたはずの山の生態系まで知ってるのはなぜか。
もうそんなことはいちいち聞かなくなってきた。二言目には、
「図書館の本にあるじゃん。この国の自然の記録が」
なんて、いつものように言われそうだからやめた。しかし、王都に戻ったらその本がどれか聞こうとは思っている。
「フルーツフィッシュって変わった名前だな。身が甘い魚とか?⋯気持ち悪っ」
「クスクス。名前を聞いたらそう思うよねぇ。ちがうよ、メロンの香りがするからだって。国や地域によってはスイートフィッシュとか香魚とか色々言われてるけれど同じ川魚さ。育った川によって香りが違うんだって」
グルルルル⋯⋯
川の音が聞こえる木々の隙間から、不穏な唸り声が聞こえる。
「あれ?君は?」
「リーン、虎だ!気をつけろ」
「この子は多分この山の主だよ大昔からいるんだ。代替わりはしてるけど」
「主?」
ガルッルルルル⋯⋯
「あ、この先の川の橋が落ちてるんだ。
分かった、教えてくれてありがとう」
ガルッ?
「君はアートラ?」
「頷いてる、リーンは猫意外も会話できるのか?」
「まあね、虎なんて猫の仲間だよ」
「アートラはねこの山の主なんだよ。代々一番沢山の子どものお母さんが引き継ぐんだ。とはいえ、普通のトラと違って、長生きな分なかなか子供はいないんだけどね⋯⋯でもあの娘にはほら、後ろに子供がいるよ、しかも二匹!」
「子供?ますますヤバいじゃねえか。母親の動物ってのは警戒がすごいんだろ」
「まあね、でも俺なら大丈夫。
子虎本当に可愛い!うーっ抱っこさせてほしいけど我慢する」
「そうしてくれ」
「それよりこの先の橋を修理しなくちゃ」
「橋の修理までできるのか?おまえ」
「うーん見てみないと分からないけど。とにかく行こう」
「わかった」
「知らせてくれたお礼」
そう言ってリーンは近くに生えてた柏の葉を数枚ちぎると、そこに猫用の手作りクッキーを置いて、自分でそれを一つ拾ってかじってみる。
「美味しいよ」
ギャアギャア
「よってきた!すげ」
「ふふふっほらみて、猫みたいなのに、足が太い!」
「ああ」
母親の前で平気で二匹を撫でている。
「ほら、スボールも撫でてご覧。ふわふわだよ」
「えーちょっと怖いんだけど」
「大丈夫だって、ね!アトラ」
母虎が頷いている。
「じ、じゃあ⋯⋯ホントだ、ふわふわこりゃ可愛いな」
「でしょ!」
「さて、橋を直しに行こう。
アトラ、この後ろに三人と馬三頭が来るからよろしくね」
と、三人に討伐されてしまわないように、アトラの首にリボンを一本巻いて背中で結ぶ。
「よし、可愛い!」
ガオッ
「じゃあまたね。さあスボール。橋を見に行こう」
「ああ」
貴重な注意をもらったので、川の上に急ぐ。
ザアア⋯⋯
「たしかにこりゃ⋯⋯猿や小動物しか渡れねえな」
対岸まではおよそ八メートル。苔がびっしり生えていたが、石で出来た欄干は残っていて、その間の床板が朽ち果てて落ちていた。欄干の幅は二メートルちょっとはありそうだ。
「そう?俺ならスイスイ行けるよほら」
ぴょんと身軽に欄干の橋に飛び乗るリーンを見て、背筋が冷地とするのはスボールの方だ。
「やめろ!リーンが怪我なんかしたら、俺が陛下に殺される!」
「やだなー。そんなことないでしょ」
「だって川面まで何メートルあるんだよ」
「えーっと、十五メートルぐらい?」
「落ちたら怪我で済むか!」
「確かに」
「たしかにって⋯⋯」
「でも、いつも訓練していた騎士団の塔より低いよ」
「そういう問題じゃない」
「そこで、これの登場だ」
「あ、それは宮殿横のゴミ置き場から拾ってた」
「そ!廃材だよ。ほらみて、この欄干にはね、棚板を乗せるところがあるでしょ」
「え本当だ確かに」
「でも、これだけじゃ駄目なんだよ、この間にロープもたくさん張らなくちゃいけないんだよね。えっと」
と今度はスコップも取りだして手前の岸の角を掘り始める。
「おい!ちょっと、通れにくくしてどうするんだよ」
「修理だってほら、出てきた」
そこには石でできた大きな櫛のようなものが歯を上にして出てきた。
「なるほど、これをきれいにするんだな」
「そう」
「もう直ぐアズールたちも追いつくから手伝ってもらおう」
「そうだね。じゃあ道具をいくつか置いておくから、俺はあっちの岸をするね」
「あっちの岸?」
「そ!」
「あ、おい!だから欄干に登んなって」
「大丈夫大丈夫、向こうに行けないとむりだからさ」
やっぱり猿みたいだ、難なく向こう側に渡ってしまう、リーンを途方に暮れながら見守る。
スコップをいったい何本持ってるんだよ。
って突っ込みながらリーンが掘りかけた作業の続きをする。
「スボール、体をロープにくくってからやってねー」
対岸からの叫び声が聞こえる。
「えー?あ、そっか」
確かに落ちたらあぶないよな。
リーンと何度もやったはしご登りの訓練の時のようにロープを出して胴に結ぶ。そして反対側を欄干端っこに括り付ける。その時に足下の川が改めて見える。
「こええ」
「おーいスボール」
「おー」
アズールの声がする。
「リーンは?」
「あの猿はあっちだ」
「猿って」
「だって、その欄干をヒョイヒョイって飛んでいったんだよ」
「ホントだ猿みたい」
「誰が猿だって?」
「そんなところをひょいひょい渡るのは猿だって話だ」
「えー失礼な。せめて猫って言ってよ」
「ははは。
猫と言ったらさっき虎がいてびっくりしましたけど」
「うん、アトラだね」
「アトラっていうだ。大きな虎にリーンのリボンがついててびっくりした」
「そっちでびっくりする?」
「でも、虎の子達は猫みたいで可愛かったです」
「だよね。よし、石杭の周りはきれいになってるね」
「はい」
「じゃあ、もう一度あっちに渡って、ロープを投げるから受け取って。受け取ったら端っこが輪っかになってるからこれに引っ掛けるんだ。
皆はやっちゃ駄目だよ、命綱がついてるスボールだけがやるんだ。ちょっと下がってもいいよ届くから。他の人達は休んでてね」
「「わかった」」
「「わかりました」」
リーンは再び対岸へ欄干伝いに渡ってしまう。
「猫?、ああ確かに」
「おさげが尻尾みたいですね」
「フフフ」
「いくよー」
対岸でリーンがロープを振り回している。
「おー」
ヒュー
パシッ
「ナイスー」
受け取った太めのロープにはたしかにちょうどよい輪っかが作って、あってそれは簡単には外れない括り方になっていた。
それを言われたようにリーンが石杭と言ってたものに引っ掛ける。
すると、向こう側でも同じ用に石杭があるのだろう。あっちは縛っていた。間のロープは意外とたゆんでいる。
「次行くよー!」
「おー」
そうやって六本のたわんだロープが渡されて幻のような橋床が出現した。
「さて、もうちょっと待っててね」
「わっ戻ってきた」
「どうするんですか?」
「こんなにたゆんでたら何も通れないよ」
「分かってるって、もうちょっと待ってって」
「おい、気をつけろよ」
というと今度は手前の川岸に座って、縦に渡されたロープとロープを今度は短いロープで大量に結んでいく。
そうすることによってたわんでいたロープがピンとした、目の粗いネットになった。しかも欄干の下部にあった、装飾にしか見えなかった杭にも引っ掛けているので、縦にも横にも張っている。
「すごい!」
「これならなんとか渡れそうですね」
「いや、これじゃ馬は無理だぜー」
「確かに」
「リーンすげえな」
「人なら渡れそうですね」
「やだなーこれを渡っちゃいけないよ。馬は無理だし」
「でもリーンは渡ってきた」
「ありえないバランス」
「へへ、サンキュ!
説明するとね、このネットは落下防止だけだよ。これでこの手前の石杭のところから向こうまで板を並べていくからね」
と、彼が指さしたところには夥しい板が山積みになっていた。
どうやら幅もこの橋に揃えられていて、厚みもじつに二十センチはあった。
これまでの山道に使われてきた丸太と同じように、防水ワックスも塗り込まれていて。飴色に光っている。
「どうして板の幅が揃ってるんだ」
「たまたまだよ」
「分かってたのか?図書室に図面があったとか」
「図面が合ってたかどうか嵌めてみないと分からないけどね。さあ、いくよ!重いから俺が一気に魔法で板を嵌めていくから」
「わかった」
「「マスター、さすがです」」
「気をつけてリーン」
«大地の女神よ、闇の精霊よ、我が心の記憶の再現を助け給え。橋の復活をここに!»
リーンが振りかざした右手の先にあるのは魔石ペン。
そこから緑色と紫色の光の筋がほとばしり、大きな魔法陣を描きながら板の山にかぶさったと思うと。板が一斉に宙に浮き、空を低く飛んでいく。
バラバラバラバラ
ドスドスドスドスドス
「ふう!」
魔法陣に寄る光が収まり、板がすべて見ごとに欄干の間に挟まってスムーズな木の道ができていた。
「まだ渡ったら駄目だからね。俺が点検してきてから」
「あ、ああ」
橋の真ん中を歩いて向こう岸まで渡り切るとすぐに戻ってくる。
「よし、じゃあ次は、クレスト、馬車を出して」
「⋯⋯」
「クレスト!⋯⋯もう、皆も、何固まってるの?」
「なにって」
「夢の中にいるようでした」
「わかる」
「クレスト、アームレットの馬車を出して!」
「はい!«イジェクト»」
「ノワールは馬車に馬を繋いで」
「はい」
「よし、渡るよ、この先五百メートルは馬車で行けるはずだから」
「へ?そうなの?」
「そうなんだよね」
馬車には誰も乗り込まず、こわごわ後ろをついていく。
リーン自ら馬車を馭して先を行く。確かに土の道は続くけど、安定した緩やかな下り坂が続く。
「橋の修理に少し時間食っちゃったね。今日の野営までに山の麓に降りれるかな」
ヒヒーン
応えたのはリーンに繋がっている前の馬だけだった。




