72【丸太の坂道】
焚き火で皮ごと焼いてから、皮を向いてちょっと焦がしたとうもろこしに、手持ちのバターをジュワリと乗せてかぶりつく。
「「「うまーい!」」」
もちろん又従姉殿でもあるルーアン嬢たちも一緒だ。
他にも手持ちの食材を出す。
思ったほど減ってないので、多少は消費しておきたい。
「本当に美味しいわね」
「お口に合ってよかったです、ルーアン嬢」
「ルーアン嬢って、殿下をリーンって呼ばせといてそれはないわよ」
「じゃあ⋯ルーアン又従姉様」
「それでいいわ、入学したらそう言ってね」
「くす、わかりました」
ルーアンも結構庶民的なのかもしれない。
でも俺は入学したらファーリィンで通学しないと駄目なんだよなぁ。
ランデルソール国立学園の為には王子が学んでいた実績は必要だ。
「確かに、国境にある砦に接してる未開の森の方で魔物を目撃してる話は多いけれど、そんなの昔からそうだし、とくに気にしないで良いのじゃない?どうせその先の街道には入れないし、国境の先はオーレンた辺境伯領でもランデルソール王国でもないしね」
「そうですね。だから一応の点検はしないとね」
「国境はくぐれるの?姉上」
「一応だけど、Aランクしか許可されてないわ。Aランクが同行していたら五人まではね」
「じゃあ!大丈夫だね♪」
「リーン、大叔父様は貴方が魔の森に入ることは分かっているの?」
「入らないとは言ってきたけど。察してはくれているよきっと。父上も冒険者だしね」
「そんなわけ無いでしょう」
「俺一人で入るのはこの二人に止められそうだけど、辺境伯に相談するよ?一応ね」
「きっとよ。父上もAランクだから、連れて行けというかも知れないけど」
「そうなったらしょうが無いよね」
国境の情報を聞いて、眠りにつく。
あと五日足らずで、ディーン様がいる魔の森が見えてくる。
話題になったことで、難所の前だと言うのにウキウキしすぎて眠れなくなりそうだ。
自分自身に睡眠の魔法をかけて眠る。
翌日、ルーアン嬢が眠ってるうちに出発する。
なにしろこの先は今回の旅の最大の難所だ。帰りも通るんだけどね。
俺やスボールも鍛えているけれど、初めてだし、アズールは子供だからいつも馬車に乗ったままの登山だったらしい。でも歩ける方がショートカットできるし、馬には良い。
野営広場から百メートルほどで蛇の巣山の山道に差し掛かる。
馬車が通るための街道はここで一旦北へ直角に曲がり迂回でもするかのように伸びている。
でもすぐにカーブしてこっちの方に戻ってくる。そうやって蛇行しながら頂上付近の峠を超える。大昔から比べるとかなり緩やかな坂として、道が付け替えられていた。
「馬車でしか通らないのかな」
「馬もこの道だろ」
この道を徒歩だけで行くのは、急ぎの小荷物を運ぶ健脚の冒険者だけだ。
「馬車道じゃなくてこっちから行かない?」
街道から曲がらずに、まっすぐ伸びている階段。入口には鎖で繋がれている。
そして急ぎの冒険者はこっちを使う。今は知らないけど。
「いいけど、点検してるのか?こんな道」
「それも兼ねて通るんだよ。この道も多少は蛇行しているから」
「わかった」
ピーッ ピーッ
チチチチチチチ
平地では考えられないほどに鳥の声がする。
点検係を自負するリーンが先を行く。
蛇の巣山の名の通り蛇がでてきても困る。
「⋯⋯っ早速出たじゃん。」
「どうした?リーン」
「毒蛇がいる」
「毒蛇?ヤバいじゃん」
「でも、噛まれてもめちゃくちゃ怠くなるぐらいで死にしないから」
蛇にしては大きめな鱗をまとった魔物。鱗が大きいから、あまりしなやかな感じはないけれど、昔は竜の子もどきと言われていた。
「どれ、あれはシビレウロコですね」
「一応だけど魔物だな」
「みんな、馬を見ててね」
「あ、おい」
バシュッ
「終わり。どんな動物でも眉間があるならそこが急所だよね」
脳みその位置は動物に寄るけどさ。眉間をめがければやりやすい。
「はやっ」
哀れ、シビレウロコの眉間には氷で出来た杭が突き刺さって地面に縫い付けられていた。
「これどうするんだ?」
「とりあえず辺境伯領のギルドで査定してもあおうかな」
と言いながら、苦もなく自分の腕ぐらいの太さの蛇をまとめて縛ってしまう。まるでホースのように。
「リーン、慣れすぎてやしないかい?」
「え?ソンナコトナイヨ。初めて討伐したよ。さ、まだ入口だからどんどん行こう」
「おう」
その後もリーンは破損した土留めの木の杭や丸太を補修したり交換しながら先を行く。
カーンコーン コーン
「丸太まで持ってたのですか?」
思わず杭打ちを名乗り出たクレストが聞く。
「そう、木は先にワックスを塗っておかないと、水が染み込んですぐに腐っちゃうからね。準備が大事なんだ」
「マスターはよく勉強されているんですね」
「うん。やっと勉強したことが実践できるから楽しいよ。よし。ここは出来た。
おーい、スボールぅ」
「はーい」
「よし行こうか、次のポイントに着いたら休憩だよ」
「ポイント?はいわかりました」
馬やロバなら引いていけるはずの山道も使わなければくちていく。
続けて階段状の道を点検しながら修理しながら登っていくと、少し開けたところがでてきた。
「ふう。休憩所に到着。
クレスト、この鎌でそこいらの下草を払っといて」
「分かりました。ここにこんなところがあったんですね」
「うん、ベンチやテーブルも石で出来てるから、ちょっとはらったら使えるだろう」
「ベンチとテーブルは分かりましたけど。これは何ですかね」
広場には大きな四角い石もある。
「ああ、それはトイレだよ。ちょっと見てくるね」
「はあよくご存知で」
「あージャイアントグソクムシが!エイッ」
「大丈夫ですか」
「うん、こいつは持っていきたくないなぁ⋯」
トイレの中で困った顔をするリーンの足元には畳んだ鎧の塊のようなものが丸まっている。
「それは?」
「これはグソクムシの大きいものだよ。このエリアに人が入ってこないから大きく育っちゃったんだね」
「だから時々この道を使ったほうがいいと」
「そ、でも階段を点検しないと危ないからね」
「どうしてマスターはそれをするんですか?」
「ついでだよ、ただのついで」
「ついでなのに、修理用の木材を用意したんですか⋯⋯」
「だって帰りもここを通るからね」
ますますリーンのことがわからなくなっていくクレスト。
その異様さが悪いものではないのが分かるだけに悩む。
段々、この人に付いていきたい気持ちが募っていくのが従魔としてなのか、一人の人としてなのか分からなくなっていく。
ただ言えることは、帝国で暮らしていた若い頃よりも、未来が開けていく感じが清々しくも思う。
「よい、トイレの修復も終わり。これでお腹が痛くなっても大丈夫だよ」
「はい。良かったですね」
トイレの向こう側には、清水の流れる装置があった。
「これも⋯⋯よし」
サラサラサラサラ
「うん、鑑定⋯⋯飲料可。どれ⋯⋯」
「あ、マスタートイレの壁から出てる水を⋯⋯」
「美味しいよ。これはね、地下水じゃなくてこの蛇口から魔法で出てくるんだ。魔道具ってことだね。魔石は無くて、この山の有り余る魔素を取り込んで動かすんだよ。
でもここから引っこ抜いて持って帰っても魔素がないからつかえないんだけどね。
ふふふ」
いたずらっぽく笑う。
「そりゃ、魔石がなくても、水が出てくる魔道具なんて欲しくなってしまうけれど、そうか魔力がもりから⋯⋯なるほど、帝国にはない仕組みです」
「魔素がないからかもね。
ここのは、トイレも屋根に同じ魔素を取り込む仕組みがあって、取り込んだ魔素を利用して、排泄物を光魔法と土魔法と闇魔法の組み合わせで分解して、地下深くの穴に落とすんだ。実はこの山は古い坑道の上にあるんだよ。
この古い坑道なんて、排泄物で出来てるけどきれいになった土で埋まるほど小さな穴じゃないしね。川に繋がってる地下水脈があるからそっちに流れていく。」
「ほえー、誰が考えたんでしょうね⋯⋯」
「ふふふ、設置したのは、ランデルソールのファンダー建国王だったと思うから、五百年以上前の技術だよ」
「ごっ⋯⋯」
帝国はそんな国と張り合おうとしていたのか。
今でも勝てないのでは。
ネイチャーパルス契約を施されてから、ずっと感じている。
敗北感と、帝国から出て良かったと思う複雑な感情がクレストに積み重なる。
「おお、何だここ」
「へえ、立派な広場ですね」
「だろ。アズールも知らなかった?」
「はい、姉上も知らなかったでしょう」
「騎乗だったら来れるでしょうけど、女性の荷物は多いですから。馬車なしでは難しいでしょう」
「そうなると迂回するしかないんだよねー。
あ、トイレはあそこね」
「トイレもあるの?」
「ちょっと故障してたけど修理したよ。トイレの向こう側に蛇口の魔道具があるから」
「わかりました」
「じゃあ、自分はお茶の用意を」
「よし」
それぞれが動き出す。
リーンは今度は三頭の馬たちの餌を準備する。
「山道は大変だったな。あと一時間ぐらいで登りは終わりだからな」
声をかけながら、馬体の具合を見ては関節を少し冷やす。
「ボゥグ、あ、いやノワール」
「なんだ?」
「次は交代しないか?」
「いいよ、でもどうして?」
「我らのマスターはおかしい」
「いいよ。僕もマスターと行きたかったからね」
「ああ」
それから、先行組をノワールと交代したリーンは皆より先に出発する。
「ノワール。休憩少なかったんじゃないか?」
「いえぜんぜん。むしろ帝国にいた頃よりは疲れにくいというか、力がみなぎってるというか」
「それが魔力ってことだよ。よかったな」
再び山道を補修しながら登って行く。時々平坦だったり緩やかな短い下りもあるが概ね登り。
魔物は、シビレウロコ以外には小さめのフォレストボアがバラバラと三頭出てきたものの、これらも難なくリーンが討伐してアイテムボックスに収納していた。
「きれいに整えられた山の階段はそれだけで結構絵になるんですね」
振り向きながらノワールが言う。
「だろ、きれいだと思ってくれる?」
「はい。あ⋯⋯ここが頂上ですか?」
先程の休憩所よりもっと開けた場所に出た。そこはまるで、
「野営広場?」
「うん、ここで夕方に見る景色は最高なんだ」
「夕方?」
「あっちのランデルソールのほうが西になる。あっちに沈むんだよ」
木々の隙間から見える平地の風景が素晴らしい。
「それはまた見てみたいですね」
「うん。帰りはここで泊まれるように計算して行程を組もうかな」
「それもいいですね」
「だろ、さ、昼飯をここで皆が食べられるように整えるから、休憩したら動くね」
「はい」




