70【二度美味しい畑】
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「じゃあ、今はまだ派手には動かないように。
ただ、帝国帰りの病人がやってきたら助けてあげてほしいんだ」
翌朝。大昔に魔女が開いたポブレ村を出立する。
「リーンには魔力枯渇病の解決方法を教えてもらったからね」
「うん、みなさんも。また復路で立ち寄ると思うけど」
今回も馬車は出さず、でも徒歩じゃなくて、三頭の馬に五人を乗せて先を行く。
今夜も野営でその後は最大の難所だ。
馬車より単騎のほうが若干早い。タンデムで乗るのは、子供サイズのリーンとアズール二人。でも時々降りて小走りしたり速歩きをする。
旅でも体力づくりは欠かせない。
馬に乗ってるだけでも体力は使うけど、同じ姿勢は保てない、子供ならなおさら。
一行は東に伸びる街道を進む。
「これは畑?背の高い草の草原?」
「いや、左側は向日葵だ」
リーンやアズールより背の高い植物がずっと向こうまで拡がっている。
馬から見れば直径30~40センチの大きな黄色い花が一斉に太陽に向かって咲いているのだろう。今は歩いているから、黄色い縁しか見えないけれど。
「聞いてたけど咲いているのを見るのは初めてだ。すげー」
「きれいですよねぇ」
スボールが馬上から感嘆の声を上げる。
「見るのは初めてか」
「はい私は王都から出たことはないですからね」
「向日葵ってなんのために植えるの?」
「アズール食べたことない?」
「兵士のおやつに支給されてたじゃん」
「あのスイカの種みたいなやつ?割って中食べる?」
「そうそう」
「帝国でも郊外では植えられてます。工業用の油を取るためにですが、他には菜の花とか、胡麻とか」
「ごま油で青菜を炒めるのも旨いんだよなぁ」
「胡麻油ですか」
「香ばしいんだよ結構」
男五人の道行は、食い物の話が多い。
「こっちは違うものが植わってるんだな」
「でも、こっちも高さは同じぐらいありそうだぜ」
右手にも背の高い草が一面に植えられていた。
「こっちはとうもろこしだったと思います」
「とうもろこしなら、今は実が成ってるはずなのに見当たらないぞ」
「おかしいな、前に見たときはいっぱいあったんだけど」
「これは〈ニドキビ〉って作物さ」
「ニキビ?」
お年頃のスボールがおでこに出来たそれを指さす。
「違うって、黍の一種だよ」
「さすがリーン、図書室の図鑑にあったのか?」
「まあそんなとこ。
夏に入ってすぐに短いとうもろこしが収穫できるんだけど。それをさっさと収穫して葉や茎を放置するんだ」
「うん?それで」
「そして、もうちょっとしたら⋯⋯ほら!あっちの方、刈り始めている」
「ホントだ、飼料にでもするのかな」
「最終的には飼料になるだろうけど、その前にこれを絞って煮詰めたら甘味料が取れるんだ」
「砂糖?」
「代用品だな、サトウキビの三倍の量の絞り汁からやっとってことだけどな。それでも、手間をかけても甘い物は需要があるから。それにサトウキビの砂糖は輸入物だけど、ここで取れるなら国産だ」
「サトウキビの砂糖は最高級品だから一般市民には買えねえよ」
「そうなの?」
「知らなかったのか?アズール。これだからお坊ちゃんは」
「小さい頃から甘いものに不自由はしてなかったから」
「王都で売ってる飴は麦とか芋とかで作ったもので、また違うんだよな」
「へえ、知らなかった」
「砂糖と違ってどうしても雑味が出るんだよ普通の方法では」
「ふつう?」
「錬金術だと解決するんだけど、そもそも魔法使いが多かった時代でも錬金術師が少なくて、それに何かをしてもらうのなら、輸入したほうが安い」
「うわ」
「さすがリーンは詳しいよな」
「特にリーンは甘いもの好きだよな」
「まあな、食べた過ぎて、厨房を借りて作ってしまう」
「マスターは料理の手際が良かったですよね、野営でもね」
「このちっこい手でなあ」
「そうなんだよ。ちっこい手は不便でさ。大人の方が鍋が振れるから羨ましい」
「王子殿下の羨ましがるところがおかしい」
「それにしても話を聞いてたら甘い物食べたくなってきた」
「持ってきてるから、午後の休憩で出してやるよアズール」
「ほんと?さすがリーン」
ニドキビ畑が収穫されている場所に近づいてきた。視界がちょっとひらけるのだ。
街道の端には幾つかの繋げられた簡易な荷車とさらにそのむこうに牛がいた。
荷車の大方には刈り取られたニドキビの竹のような茎が積まれている。
「待てーコラッ!」
「どこ行った?」
「あっちだ!」
複数の男の声と、ニドキビの茎や葉がガサガサする音がしている。
「どうした?」
「猪じゃないかな」
「猪?ってのは森にいるんじゃないの?」
「畑に降りてくるんだよ。こんな背の高い作物なら隠れやすいし。よし、いっちょお手伝いしてこよう、皆は先行ってて」
「あ、おい!単独でいくな」
「そうだよ、スボール付いてって」
「ああ」
「皆は先に言ってて」
「わかった」
「分かりましたマスター」
「お気をつけて」
街道から畦道側に入り、騒がしい方へ向かう。
「おーい、どうしました?」
「うん?子供が、危ないよ。」
「連れの兄ちゃんも儂らからしたら子供じゃな」
二人の老人がいた。手に鎌を持ってはいるが、鎧などは身につけておらず軽装だ。
「ブッシュボアが出たんじゃ」
「イノシシの魔物だね」
「ああ」
「あっちのニドキビに、収穫後に膨らんだ実が幾つかついてて、それを荒らしに来たんじゃ」
「なるほど。住みつかれても困りますよね。ここは討伐させてください」
「あんたが?」
「ありがたいが持ち合わせはないぜぇ、あれを自分で持って帰ってくれるか?」
「はい!ありがとうございます。俺は冒険者のリーンって言います。大丈夫!こう見えてAランク冒険者なんですよ俺、それに連れのスボールは本職の騎士なんですよ」
そうして金色のタグを襟元から取り出してかざす。
スボールも一応騎士の剣を出す。
「ふぇー、そんな細腕で。じゃあ、リーンそれにスボール様、お願いしようかの。
ブッシュボアは二頭おって、あっちの方に子供も何頭かおるんじゃ」
「はい!子供は生け捕りにしますか?」
「どっちでもええ」
「わかりました。んじゃ、行くよ待ってて、スボール」
「え?おい!気をつけろ」
「だいじょーぶ!こんなの慣れてるから?」
「子供は元気でええのう」
「リーンは儂の上の孫より幼そうだな」
刈り取り作業を再開する二人の老人。
「うそだろ⋯⋯見えなくなった。狩りなんて数えるほどもしてないだろあいつ⋯⋯ん?」
街道にはまだ一等の馬に乗った人影が。
「スボールさん、馬に乗ったほうが見えますよ。ブッシュボアって大きいみたいで、背中が見え隠れしています」
「お、ノワール、いてくれたのか」
「はい。上からだとガサガサしているところが分かります。代わりましょうか」
「いや、おまえさんならあいつと繋がっているんだし、見ててくれ」
「はい、マスターは今、右手の奥の方にいると思います、そのあたりで激しくニドキビが揺れてるのが分かります」
そう言いながら馬上で指を差している。
「わかった。私も音を頼りについて行ってくる」
「気をつけて」
スボールが追いかけようと長い草をかき分けたその時、
ブギャー
ドスッドスッ
ビヴィーッ
ドスッドスッ
すぐに獣らしい断末魔と重い動物が地面を踏み鳴らす音が聞こえる。
「静かになったけど、え?もう終わり?早すぎないですか?」
「魔法でも使ったんだろ」
ノワールの馬の方に一旦近寄る、鞍には予備のロープが束ねてある。
「はい、ロープ」
「サンキュー」
「おじさんたちー、ここまで刈り取ってくれますかー」
「おー」
「刈り取るのはボクが手伝いましょう」
「いや、儂が刈っていくから、束ねていってくれるかい」
「こいつは硬いわけじゃないが太いからな慣れぬと刈りにくいんじゃ」
「分かりました」
ブッシュボアは二頭とも雌だそうだ、首を切られて、血が流れていた。流れた先の畑にいつの間にか深い穴が掘られてて、そこに向かって。
「こらすごいな」
「あっという間だったが」
「今血抜きしてるから、もうちょっとしたらお尻の方を傾けて」
「わかったよ」
「今回は先に血抜きするのか?」
「うん、なんとなくね」
「魔石の取っておく?」
「そうだね、頼むよ。
さて、じゃあ、俺は種坊の方行ってくる」
「種坊?」
「こいつらの子供はひまわりの種みたいな筋の模様が入ってるのさぁ」
「ひまわりの種坊だな」
「そういうこと」
「なるほど」
プイプイ
プイプイ
プヒィ
プヒョー
「おーいノワール、おじさんたちの台車借りてきてー」
「え?もう終わった?
はーい」
「おう、これ使ってくれ」
「はい」
誇らしげなリーンの足元には前後ろ足をひとまとめに縛られて転がってる四頭の種坊たち。子供らしいが、普通のイノシシの大きさである。確かに黒と白の太い縞模様が、ひまわりの種に似てると言われればそうかも知れないが。大きさが違いすぎるのである。
「すごいマスター」
「へへーん」
「あっという間ですね」
「やっぱり俺はAランクみたいだね」
「みたいって」
「さ、乗せるのを手伝って」
縛られたままなのに穏やかに寝息を立て始めている種坊たち。
「寝ちゃってるんですか?」
「このほうが楽だからね。これも、闇魔法なんだよ。あ、魔法を掛けるところをノワールに見せればよかったね」
「僕に催眠の魔法なんて教えていいのですか?」
「もちろん」
「すっかり信用してくれてるけど、僕は帝国の⋯⋯」
「それはしょうが無いからさ、もう追求しないよ。そのためにネイチャーパルス契約にしたんだから。それのほうが縛ってるようで自由が効くでしょ」
「はい」
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