53【旧ダッシュ王城1】
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「んじゃ、ささっと着替えるか」
「この格好ではさっきのスカーフと同じ模様の馬車に乗れない?」
「リーンは良くても私たちは失礼すぎる」
結局リーンは貴族の平服に着替える。手持ちのものではあるけれど、おそらく滞在中のダッシュ領で生産された高級シルクのフリルブラウスにクラバット。これでは子供ならではの短い首で顎が埋もれるので、それを抑えるネクタイピンでギュッと押さえる。そしてハーフパンツにハイソックス、シンプルだけど細かい地模様が入ってる濃グリーンのソフトめのジャケット。ローファーっぽい革靴。
黒髪を撫でつけて、尻尾の三つ編みも編み直してくれたのは早速侍女ごっこを始めてるカリノ。
疲れてるんだったら休んでいいよって言ったんだけどね。あ、ベルベットのリボン何処から出してきたの?サンキュ。
「ふわあリーンかっこいい!やっぱり王子様ね」
「久しぶりにファーリィン王子殿下を見たよ」
「そう?アズールもこの程度の普段着は着ることあるでしょ?」
「あるけど、今日は兵士の平服!」
「アズールの貴族スタイルも見てみたいわ!」
「そのうちね」
兵士見習いにも所属を置いたままのアズールは、立襟で前から斜めにフックに引っ掛ける金具でとめるインナーを着て、サイドに縦ラインが入った長ズボンを履き、ワームグレーの腰丈のジャケットを羽織る。兵士の記号の肩章。
靴はつま先に鋼鉄のガードが仕込んであるショートブーツ。これだとつま先を馬車程度なら踏みつけられても平気。
左ウエストに剣をぶら下げる。これが兵士としての平服。
他に式典用や結婚式に参列する時の盛装と、戦争のときや訓練時にきる革や金属の鎧バージョンもある。
騎士のスボールは、紐で締めるワイシャツにシンプルだけどシルクで出来た紺色のネクタイ。そしてネクタイよりちょっと明るいネイビーのジャケット。色は違うけどアズールのグレーのジャケットとデザインは同じ。肩章は騎士用のシルバーのポイントが入ってる。
ボトムも兵士と色違いで、サイドに縦ラインの入ったもの。そして靴はこっちも踏まれて平気なつま先のショートブーツ。ウエストに剣。
二人とも自分でさっさと着替えている。
兵士や騎士は何事も素早くするのも訓練だ。
「ふわあ、二人とも似合ってるかっこいい!」
「サンキュ」
「学園の制服もこんな感じじゃなかったっけ」
「いや学生の制服はもう少し派手よ」
「それはちょっとやだなぁ」
「まあそう言わず」
「皆さん馬車が来ましたよ。まあ、本当に皆さん素晴らしい」
カリノママのメーリアが呼びに来た。
「ありがとうございます」
玄関にはスカーフと同じ模様の馬車。
馭者席にはアズールと同じ制服の大人の兵士、知り合いだったようで、その隣にアズールが乗った。
「なんだなんだ?」
「領主様の馬車だわ」
「さすが商会頭だな」
沿道の人の注目を浴びそうなので、騎士スボールの補助を受けて、ササッと乗るリーン。
「「行ってきます」」
「行ってらっしゃいませ、お帰りをお待ちしております」
深々と頭を下げて見送ってくれるのは商会頭のトレランツだった。
「あれ?会頭は乗らないのか?」
「そうなんですよ。あの方は大事なお客様です」
「ふーん」
トレランツの話し相手は工房からアパルトメントに帰ってきた従業員たち。
商会の規模の割に従業員と会頭の間が近いのは、トレランツの自慢でもあるらしい。
「ハイッ」
ヒヒーン
ガラガラガラガラ
「久しぶりだなアズール」
ダッシュ領には領が抱えてる兵士と騎士もいるけれど、国から派遣されている兵士がいる。この馭者は国の兵士なので、つまりアズールの先輩である。
「先輩、今ダッシュ領勤務だったんですね」
「まだ半年だけどな。領主が国軍にベルトアへ王子を迎えに行けって行ってきて、そういえばアズールはファーリィン殿下の側近になったんだよな。どうしてまだ兵士の服を持ってるんだよ」
「まだ、籍は残してます。いざという時は護衛です」
「なるほどなぁ。順調な出世で羨ましいことだ」
「ふふん。良ければ自分がさらに出世したら先輩を呼びましょうか?」
「まじで?」
「いつになるか分からないですけど」
「そういやアズールも辺境伯の息子だったな」
「末っ子ですけどね」
馬車が交差点で横切る歩行者をやり過ごすために止まる。
「先輩、この領の施療院に帝国帰りは沢山いらっしゃいますか?」
「ああ、領主がシスターの扮装をして治療にあたってる」
「そういえば領主様は代々女性だと聞いてます」
「そうだ。今代の領主も医学に明るいらしいが、帝国帰りの患者はなかなか回復しないようだ」
「それは、患者さん達は気の毒ですね」
「ああ」
「だけど実は、ファーリィン殿下があっという間に治せるんですよ」
「まじか、それで」
「まあ自分の里帰りのついでについてきてくれたんですけどね。隣のノーダッシュ町でもすぐに治しているところを見ました」
「なるほど⋯⋯見えてきたぜ」
「ほんとに近いですね。どうりで殿下が歩くって行ってたわけだ」
「だろ?だけど、何処に何があるか分からねえからな」
「はい。王都でも銃撃事件があったそうです」
「聞いたぜ、それを制圧したのが殿下だということもな」
「そうです、自分の護衛なんて形だけってほどに強いですよ、我が又従弟殿は。冒険者としても剣術スキルでもAランクですし」
「っそれはすげえな、さあ着いた」
ヒヒーン
「どうどう」
止まった馬車の扉の前には、今度は領の騎士たちが向かい合わせになって並んでいた。
その間には二人のシスター姿の女性。
「ようこそダッシュ領へ」
「突然だったのにすみません。ヘンヒブレ・ド・ダッシュ殿」
「いえいえ、こちらも何度王都に助けをお願いしようかと悩んでおりました。
なにしろ、帝都帰りの脚気患者が治ったと聞きましたので」
「お願いしてくれてよかったのに」
「ありがとうございます」
「ではまず施療院に速く行きましょう」
門の一番近くにあるのは施療院なのだ。
「お願いします」
こじんまりしたノーダッシュの設備と違い、ダッシュ領で一番大きな施療院は立派な病院になっていた。
「医師は?」
「おりますが、帝国帰りの脚気には太刀打ちできてなくて。身寄りのない遺体を調べているようですが、原因はわかっておりません」
リーンはジャケットを脱いで魔法のポケットではなくそのままアイテムボックスに仕舞いながら、シスター姿のヘンヒブレ領主の後を付いていく。
「まずは一番危ない人から」
「はい」
「ところで、当代のヘンヒブレは魔女としてのスキルはどの程度なの?」
「殿下は私どもが魔女の家系とご存知で」
「もちろん。初代は香櫞緑の魔女の弟子でしょ?」
「そうです」
「今、王都には同じ弟子の子孫のマリアーノもいるんだ。彼女はすっかり魔法スキルを失ってて、魔力を魔石に入れたり出したりぐらいしか出来てないんだけど。
貴女は?」
「私は、ちょっとした回復魔法しか使えません」
「それでシスターもやってるんだね」
「ええ」
「回復魔法が使えるなら大丈夫、やり方がわかってないだけ」
「そうなんですね。教えてくださいませ殿下」
「殿下、軽症の人を診てきてもいいですか?」
アズールから声がかかる。その近くにはもう一人のシスター。
「頼む。ポーションはまだ持ってるか?」
「はい!行きましょうシスター」
「お願いしますアズール様」
大部屋であろう扉にシスターを伴って向かう。
スボールも革手袋を嵌めて魔石ペンと魔石の入った袋をリーンに作ってもらった自身の魔法のポケットから取り出していた。スボールも魔石越しなら魔力の出し入れができるようになっている。
「私も行きますよ」
「頼む」
「なんと、兵士や騎士でも対処できるのですか?」
「彼らも今は魔法の勉強中です。
ヘンヒブレ殿、帝国帰りの人々の病気は魔力枯渇症です」
「なんと?それは大昔の優れた魔法使い特有の病気だと」
「はい、それもちょっとは関係しているでしょう。重症患者ほど、魔女や魔法使いだった人ではないですか?」
「そうなんです、⋯⋯この病室でございます。この人も魔法使いだったそうです」
二階の奥にある個室に通される。
消毒用アルコールの匂いがリーンを出迎える。
個室のベッドには、ミイラのような男性が眠っていた。
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