41【魔女の宿】
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わがランデルソール王国には、〈むかしむかし〉で始まる割には歴史の浅い民話がある。
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むかしむかし
魔の森の更に奥にそびえる、絶壁山の中腹で迷子になった雌のコカトリスがおりました。コカトリスは、自分の雛を育てる場所を探して、山の岩肌で、苦手な飛翔を繰り返していると、崖のちょっとくぼんだ横穴に、柔らかそうな枝で作られた巣がありました。
でも、周りにはなんの気配もないし、てっきり家主がいなくなった巣だと思い込んだコカトリス。
なにより、探し回って飛び回って、すっかり疲れてしまっていたので、そこに蹲って、安心した途端、一つの卵を産み落としてしまいました。
ところが、そこは雌ドラゴンの巣だったのです。
夜の狩りから戻ってきたドラゴンは、自分の巣で我が物顔で寝こけているコカトリスの頭をがっしり掴んで、空高く舞い上がり、そのまま鋭い岩山のいただきに叩き落として殺してしまったのです。
そして、巣に戻ったドラゴンは、二つの卵を産み落とし、夜で暗かったこともあり、コカトリスの卵に気が付かぬまま三つの卵を温め始めたのでした。
ドラゴンの強大な魔力を浴びて孵化したそれは、鶏はもちろん、コカトリスとしてもありえない大きさだったけれど、それはそれはふわふわの羽毛の黄色いひよこでした。
しかし他の卵から孵った兄弟は当然ドラゴンの姿をしています。
ドラゴン兄弟からいじめられ、うっかり托卵をされて怒った母ドラゴンに巣を追い出された巨大なひよこは、絶壁山でありえない大きさと強靭さのコカトリスに成長してしまうのでした。
ドラゴンの魔力を帯びた、見つめられると石化してしまう赤く光る目。虹色のウロコが光る蹴爪の足。そして、大きな大きな風切羽根、蛾の鱗粉のように魔法を撒き散らす尾羽根。
それが、絶壁山から魔の森を超えて、ランデルソール王国の王都までやってきては、畑を荒らし、牧場の動物を荒らしては人々を困らせていました。
いつしかそれは〈狂竜鶏〉と呼ばれて国民から恐れられていました。
そこで、ときの国王は冒険者ギルドに狂竜鶏の討伐の指名依頼を出したのでした。
請け負ったのは〈冒険者リーン〉が率いる五人パーティー。
リーンは人々に〈偽物Aランク〉と呼ばれていました。何しろ単独で魔の森に何度も入り、Sランクの魔物を苦もなく屠り、素晴らしい成果を重ねていたのですから。
果たして、冒険者パーティーは一人もかすり傷さえ負うことなく、依頼を請け負った二日後には、戻ってきたのでした。
しかも狂竜鶏とそれが凶悪になった原因とも言うべき雌のドラゴンと若い二頭のドラゴンまで討伐していたのでした。
王都のハズレの町では、狂竜鶏の討伐を記念した祭りが執り行われ、巨大コカトリスやドラゴンの肉が振る舞われました。
そして、その解体を請け負った魔女のバーバヤーガには剥製になった狂竜鶏の頭を受け取ったのです。
〇●●●〇
「この絵本、うちの実家にも有ったぜ」
辺境伯の家なら図書室はあるだろう。
無事に〈魔女のレストラン・ババヤーガ〉に宿泊部屋をゲットできた俺達は、レストランで名物の〈コカトリスの串焼き風、鶏の串焼きコース料理〉を堪能して、ホールでくつろいでいた。
腹一杯になったので、部屋で寝転べなかったのだ。
母子とシャム猫と分かれた俺達は、噴水広場側に戻る。
そこのこぢんまりした商業ギルドに馬を一旦返し、馬車を預け、母子を家に送り届けたことも報告して、もし明日も街道沿いに相乗りがいたらと伝えて出る。
「なあ、今夜の宿に」
「もしかして鶏頭が良いとか言うんですか?」
「うん!
言っとくけどスボール、あれはコカトリスだからね!童話の」
「えー」
店に入るときからアズールは大騒ぎ。
「前に王都に来たときは、ここは素通りだったんですよね」
「それで知らなかったんだ、こんなに派手なのに」
「馬車で寝てたかもしれません」
「なるほど」
「じゃあいくか」
「ははは、見た目はあれですけど、普通の宿ですよ」
スボールは端っこまで王都に詳しかった。
見上げて目に入る頭だけじゃなくて、入口のステップの両端にはコカトリスの足が柱の下に広がっていた。
「ここん所はただの丸太だよアズール」
しかも、ご丁寧に鱗模様が彫刻されていた。
「じゃあ、この蹴爪から下は本物かな…」
立派な蹴爪が外側を向いて、鉤爪がステップを挟むように踏ん張っている。
つまり内股状態なんだけど…
「本物に、魔法で状態保存をかけつつ、パインワックスでコーティングを一~二年おきに塗り重ねてる ってかんじかな。頭と一緒にね」
「ひー」
「もー。ちょっと大きいだけの鶏の足で驚かないでよね!」
変なところでお貴族の坊っちゃんなんだから!アズールは。
「鶏じゃないって言ったじゃないですか」
「動かないのなら鶏より怖くないぞ」
「だよねスボール」
「この絵本のお話は、子供に悪夢を見せるための童話だと思ってたけど実話ベースだったのか」
「みたいですね」
「……そうだ」
なにしろ、あのときの串焼きは本当に美味かった。
打ち上げの宴会の飲酒もそこそこに、俺は報酬を辞退して、コカトリスとドラゴンの肉をかなり貰って、その足でディーン様の城を訪ね、そこで炭でじっくり焼いて一緒に食べたんだよね。
魔の森の山椒を粉にしたのをかけたのも美味かったよなぁ。
おっと、腹いっぱいだったのに、思い出して口の中に山椒の風味がいっぱいになる。
魔の森の山椒は香りがいいからなぁ。
さっき食べた普通の鶏の串焼きのメニューの名前にも残ってるみたいだけどさ、本物にはぜんぜん叶わない。
凶悪はあいつしかいなかったが、コカトリスとかドラゴン肉食いたいなぁ。
レストランは記憶に近い風景だけど、その片隅にあった魔女の薬売りがが普通のお土産コーナーに変わっていた。
父上をはじめ歴代王の小さい肖像画とか、宮殿の絵などだ。
壁には古ぼけた箒や、錬金用の鍋などが打ち付けられるように飾られていた。
これじゃ使ってないんだな。
「今は魔女がいないんだ」
店番をしているのはスボールぐらいの歳の少女だ。
「看板を見て期待したのかしら」
その子が話しかけてきた。
「まあね、マジックポーションを作れる人を探しているんだよ」
「今はいないわ」
「前はいたんだ」
「あたしの先祖のお祖母ちゃんはすごい魔女だったって曾お祖母ちゃんが言ってたわ」
「ババヤーガ?まだ生きていたんだね」
「そう」
「魔法使いはいなかったの?」
「宿が忙しくなっちゃって、そっちの修行が出来なかったんだって。時代も変わったし」
「それは残念だね。
君の名前を聞いてもいい?」
「あたしは、ビスニ・ヤーガ」
若かりし頃のババヤーガに似たオレンジ色の髪を二つのおさげにして、鼻の頭にそばかすがある女の子。
「俺はリーン」
「リーンね。伝説の冒険者と同じ名前だわ」
「よくある名前さ」
「そうね。でもあたしは秋から家を出て自立するから名前を覚えないわよ」
「そうなんだね」
「リーンなにかお土産を買うの?」
スボールに聞かれる。
「いや…おれは、渡す相手がいるわけじゃないし。
アズールはどうする?王都土産」
傍らの友人を少し見上げる。
「そんな物はいらないよ、親父は年に一度は王都に来てるし」
「だよね」
「じゃあ、部屋に行くか」
「ちょっとリーンたち」
部屋に上がろうとするとビスニから声がする。
「お湯を使うなら部屋に持っていくわよ」
「いや、桶だけかして」
「桶だけでいいの?」
「そ」
「じゃあ、そこにあるから持っていって」
たしかに、取っ手が両端についた洗面器タイプの桶があった。
「じゃあ借りていくよ」
〈魔女のレストラン・ババヤーガ〉の宿泊部屋は小さめの相部屋を貸し切りで取った。
四人の相部屋になるところを三人で使うのだったら、まだ許されるだろ?
ベッドが四つあって、収納と衣類ハンガー、そしてその部屋専用のトイレ。
一番にトイレを使ったアズールが
「くっさ!」って言いながら入って出て来たので、次に俺が入る。
そして光魔法を発動して浄化する。
≪ピュリフィケーション≫
「よし」
「臭かっただろ」
「うん、でももうマシになったよ」
「どういう事?…本当だなこれも魔法?」
アズールが聞いてくる。
「そ」
「自分も使える?」
「無理かも」
「私は?」
「もっと難しい」
桶に魔法で湯を入れて、タオルを絞って体を拭く。
馬車に揺られただけだから気にするほど汗をかいたわけじゃないけど、夏だからそれなりにね。
さっぱりと寝間着に着替えたところで、トイレに湯を捨てて桶を一度すすぎ、もう一度湯を入れて、アズールに渡す。
「ありがとうございます」
「アズール、人が見ていなくても俺とため口を」
「えー」
「それは難しいです」
「逆に、アズールも敬語を使われないことに抵抗ないのがびっくりだよ」
スボールが言う。
「そう?」
「騎士団なんて、たとえ最下位でも貴族位がある人ほど敬語を使ってもらう事に拘るんだよね」
「そう言えば…それで喧嘩してるところに割り込んだことがあったよ」
「しょうもないでしょ。そんな奴ほど大した事が出来ないんだよね」
「言うねぇ」
続いてスボールの湯も入れてやる。
「ありがとう。
今回魔法は頼らないって聞いたけど」
「清潔を保つのは大事だからね、そこはケチらないさ」
「なるほど」
「だけど、こっそりだけどね」
「ところで浄化魔法はどうして自分達は無理なんだ?」
「光魔法は三属性以上必要なんだ。色は白。
光による色は属性が増えないと白くならないからね」
それぞれのベッドに座ってリラックスして話す。
「例えばスボール、手の上にすこし土属性の魔力を纏わせてみて」
先日からの魔法の練習で出来るはず。
土魔法を出すんじゃなくて、魔力を纏わせる。
「わかった」
スボールが右手の拳骨を出して少し集中する。すると、拳骨のまわりにじんわりと緑色の光を纏う。
「そこへ火属性の赤と水属性の青の光を重ねるとね」
と俺が右手に赤い光を、左手に青い光を少し放出して二方向から緑色の拳骨の上に当てると。
「白くなった!」
「すげ」
「赤と緑色を重ねたら風属性の黄色になるんだな」
「うん、でもどういうわけか、風と水の二つの組み合わせでは光魔法にならないんだよね。組み合わせた魔法が凄い有効なんだけどね。
魔法の発動も混ざるというより同時に使う感じになっちゃってね」
「ああ、でも浄化が出来たら随分人々を助けられるんだろうな」
「そうなんだよね。昔からCランク以上の冒険者パーティ―には光魔法使いが一人はいて、いないとAランクに上がれないんだ」
「上がれない?」
「冒険活動は、ランクが上がるにつれて危険を伴うだろう?
光魔法は治療や病原の浄化が出来るから」
「そう言えばリーンも先日帝国の武器の弾創を治したって、一緒にいたエリス先輩が教えてくれたな。あれはちょっと興奮してたぜ」
「ははは、あれぐらいなら。
でも、当たり所が悪ければ俺でも無理だ、特に心臓を撃たれたときの即死とか、脳を損傷した時とか」
「なるほど」
「だから、俺たちの軽鎧の心臓の前と背中を防弾仕様にしてくれたんだね」
「ああ、帝国に近づくんだから当然だ。今回は国から出るわけじゃないけどね。でもそれだけじゃ足りないんだよ。
ヘルメットも考えようと思ってるんだ」
「フルプレートメイル見たいな?」
「頭だけそれでそうするんだよ」
「わははダサ」
「でもカッコイイヘルメットなら被りたいかも」
「だな、あと、防弾ゴーグルみたいなのがあれば」
「いいなそれ。ちょっと意匠をどこかに頼もうかな」
「うん」
友人との忌憚のない会話は楽しく、また夜更かししそうになっていた。
明日も早いって言うのに。
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