40【旅のお供】
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「ピアナ、次の休憩までシャーみたいにねんねするのと、甘い物食べるのとどっちが良い?」
「あまいもの!」
「じゃあはい!」
蝋紙で出来た袋から取り出したのはべっ甲飴。
馬車酔い予防だから、喉に詰まらないように、おしゃぶりの取っ手がついている。
まあ、おしゃぶりを使ったんだけどね。
あ、弟のおしゃぶりじゃないよ。一昨日これも買ったんだよ!
「一昨日の買い物で弟さんのお土産を買ってるのかと思ってたら!」
アズールに突っ込まれる。
「アレンくんはおしゃぶりはしないんだよ、寝るときに親指を吸うんだけどね。それが嫌で乳母がおしゃぶりをさせてみたんだけどペッと飛ばしちゃうんだって」
「乳母?」
リエージュさんのツッコミ。
「あ、いや弟のお母さん」
あぶね、乳母に育てられるなんて貴族でも、公爵か侯爵か辺境伯ぐらいだ。
もちろんアズールもと言いたいところだが、五男は流石に乳母でなくて年嵩のメイド長だったらしい。哀れ。
「リーン〈弟のお母さん〉もおかしいんだが」
苦笑しながらアズールが言う。
「だって、あの人は俺の母ではないからな」
「義母にはならないの?」
「父の方針でね」
「なるほど」
馬車は街道をいく。
まだ王都だから、街道沿いは店を中心に建物が続く。建物の後ろ側にも建物がありそうだ。
ここを通るのは〈前の冒険者リーン〉以来だ。
黒猫のテリトリーからは遠すぎたんだよな。
「さすがに建物の様子が変わってるなぁ」
「そりゃあ宮殿の周りに比べればな」
「いやそうじゃなくてさ」
俺の膝を枕にピアナちゃんが眠っている。
おしゃぶりベッコウ飴の残りは蝋紙袋に入れて、彼女のバッグに入れてるよ。
「娘がすみません」
「いえいえ。懐いてくれるのは嬉しいですよ」
「そういえばリーンはお兄ちゃんだもんな」
「まあな」
改めて馬車の後から来た道に流れていく風景を眺めている。
前に見た記憶のままの建物も若干残っている気がする。
ランデルソール王国は、海岸にも接しているけれど、森や林もあって、木材に恵まれている。
太い木材の柱や梁の間に漆喰の土壁を埋めて、塗装するのだ。
その様式は変わっていないが、前はもっとビビッドでカラフルな色を付けていた。
住所などの表記が発達していなかった時代からの名残で、〈坂の上の三階建の桃色の壁の家〉とか、黄色い家とか、青い家とか⋯そんな感じで建物に個性が出ていた。
それが今は、クリーム色に統一されている。これはこれでいいけどね。
ところどころ、古いカラフルな色の建物が出てくるけど、記憶にあったものよりはくすんでるし、それは皆、結構古い家だともわかる。
その様子で時間の経過を感じる。
ちょっと寂しいかもしれないな。
それとは対照的に、行き交う人々の服装はカラフルになってるんだよね。
時々建物群が途切れたなと思ったら、川にかかった橋のところだった。
橋は、木の橋だったのが石橋に変わっているのも多くなっている。
道端には時々蹲っている人。
駆け寄って様子を見たいけれど、いちいち止まっていられない。
帰りもそこにいたら絶対に声をかけるから、ごめんね。
「よし、この先で止まります」
「「「はい」」」
馭者席のスボールの声掛けに応える。
「うん?なあに?」
ちょうどピアナも起き上がる。
シャーはいつの間にかアズールの膝の上にいた。
「お昼休憩だよ」
「おひる!」
馬車が止まる。
「お疲れ様です」
「ここは?」
「ここは騎士団の詰め所です」
近衛に変わったとは言え騎士のスボールは、都内の要所は訓練で頭に入ってるようだ。
そんな彼が昼休憩に止まったのは騎士の詰め所。
詰め所と行ってもちょっと田舎のギルドぐらいの大きさだ。
小規模でも馬車や馬を止めるところもセキュリティが整っている。
「まあ、立派なところで休憩させてくださるんですね」
「ええまあ、あ、お邪魔します」
「大出世のスボール様じゃないか、ということは連れは⋯でん⋯」
「しっ」
俺も五歳児から騎士団に訓練でお邪魔してるもんね。
「あの、お昼ご飯に場所を借りていいですか?」
「はっ、どうぞこちらへ」
「行きましょうリエージュさん。ピアナ」
「⋯はい」
「うん!」
騎士団の詰め所は、左側がビルトインの馬車置き場、奥に厩舎がある。
右側に取り次ぐための番所があって、その奥にちょっとした牢屋に使える外から施錠する部屋が二つ。水回りも揃っている。
その通路を抜けて二階に上げてもらう。
ダイニングキッチンと会議室がある。
「キッチン使われますか?」
「弁当は持ってきたから、テーブルと椅子だけ貸してください」
「どうぞどうぞどうぞ」
「じゃあ、トイレはこちらです、女性からどうぞ」
「はいありがとうございます、行きましょうピアナ」
「うん!」
わりと、掃除の行き届いた清潔な空間である。
「このフロアには住み込みの騎士の部屋もあるんですけど、このダイニングとそっちの会議室は地域の都民にも貸しているので、地域のおばちゃんが掃除してくれるみたいです」
「お金払ってますし、もうすぐしたら晩飯を作ってくれるのです」
当番の騎士も説明してくれる。
スボールは慣れた手つきで、キッチンで湯を沸かしてくれる。
「つぎ、リーンお兄ちゃんたちどうぞ!」
ハンカチで手を拭きながら母子が帰ってきた。
「よし」
「自分は下のを借りてきます」
アズールが降りていく。
俺達の昼飯は、料理長お手製のサンドイッチ。
スボールが皆の手持ちのコップに熱い紅茶を入れてくれる。
「リエージュさんとピアナちゃんもどうぞ」
もちろんピアナの紅茶は俺が魔法でちょっと冷ます。
そして手持ちの牛乳をボウルに入れて、魔法でささっと人肌に温めてそこに堅パンをちぎって浸す。
「シャーさんご飯」
シャム猫はピアナのカバンに潜り込んでいる。
“ありがとう”
ひらりと飛び出てきたので、テーブルの下にパン粥を置く。
猫にしては上品に食べ始める。
猫が食べてると、質素なパン粥でも結構うまそうだな。
「お兄ちゃんは本当に猫と話すのね」
「こんなの、なんとなくだよ」って言っとこう。
リエージュさん達のご飯は、早朝のマルシェで買ったという、やっぱりサンドイッチだった。
「高級そうな紅茶ですね。こんな香りの良いのは初めてです」
「ああ、騎士団の備品を拝借したんですよ。騎士は貴族の末席の集まりのようなものですからね」
「そんな、いいのかしら」
「いいのいいの、俺達がいるときはね」
「皆さんはどんな⋯」
「色々あるんすよ」
「ごちそうさまでした」
「全部食べたわね」
「うん、シャーも食べ終わったわ」
「みたいだな」
彼女は手首を舐めていた。
シャーに貸したボウルを傍らの流しでササッと洗った。
食休みをして皆が馬車に乗り込んでいるときに、詰め所の騎士に呼び止められた。
「ファ⋯あ、いやリーン殿、みなさんも、道中お気をつけて」
「うん⋯
これ、帝国帰りで体調が悪い人が出たら飲ませて」
マジックポーションを一ダース置いていく。
「⋯これは、分かりました。
魔力枯渇で体調不良になるみたいですね」
「そう。帝国の人にはわからないみたい」
「なるほど。わかりました」
「いいですか、売ったらだめだからね!」
一応釘を差す。
「もちろんです」
〇●●●〇
荷馬車は歩くのとさほど変わらない速さで街道を東へ進む。
荷台のなかに座ってることに飽きた俺は馭者をさせてもらう。
「リーンは馭者も出来ましたっけ」
スボールに聞かれる。
「うん。得意だよ」
今生では初めてだけどさ。
ちなみに馭者の免許は、冒険者の場合は標識の筆記テストと乗馬のテストをパスするともらえる。この旅に出る前に免許をもらった。
アズールは筆記テストがパスできていないから、今回は馭者が出来ない。
「アズールお兄ちゃん、あたしもリーンお兄ちゃんの隣に座りたい。だめ?」
「だめじゃないけど、馭者席は割と危ないんだよ」
「いい子にしてるからねっ!」
「うう⋯可愛くて辛い。
リーン大丈夫ですか?」
「そうだな、ちょっとシートに固定するなら、あ、ちょうどいいのを持ってるよ」
「わかった、頼む」
「じゃあ、ピアナ、どうぞ」
馭者席にエスコートする。
魔法のポケットから、地味めなサッシュを取り出す。
これ、三重ぐらい巻いて使うものだから結構長いんだよ。
「わあ、きれいな布」
「でしょ、これで、シートと結ぶね⋯⋯よし、どう?苦しくない?」
「全然」
「よかった、じゃあ出発しよう。
ハイッ」
手綱をちょっぴり引くと、馬が歩き出す。
パカパカパカ
今日一日かけてもまだ王都から出られないんだよ。
陽が傾いてきた。
今日一日頑張ってくれたこいつともそろそろお別れだな。
明日朝は違う馬に変わる。
そろそろ母子ともお別れだ。
「シャー元気でな」
ピアナの膝にシャム猫。
“あなたも”
「いいなー、リーンお兄ちゃん。
あたしもシャーとお話したい!」
「シャーは賢いひとだから、ピアナの言うことはちょっぴりわかるみたい。
だから、ピアナのほうがシャーの気持ちを汲み取るんだよ」
「くみとる?」
「一緒にいたらわかるはず」
「うん」
今夜泊まる町が見えてきた。
ここが王都の東の端。
「ピアナのお家はどこ?」
「もうちょっと行ったら、おうとより小さい、ふんすいひろばがあるわ」
「うん⋯あ、見えてきた!⋯あれ?」
ここのあたりは、大人のお店が一杯で夕方から夜にかけて賑やかだったんだけどな。
町らしく、建物はたくさんあるけれど、くらい。
まあ、王都も今は夜が暗いんだよな。
「にわとりのお店があって、そのよこから入っていくの」
「え?〈ババヤーガ〉ってまだあるんだ」
「うん。まじょのレストラン!」
「魔女は未だいるの?」
「まじょはいないよ。
〈まじょのレストラン・ババヤーガ〉って店の名前」
「そ、そうなんだ。看板に書いてるのにね」
「おおむかしはいたかもしれないよ」
いたんだよね。
噴水広場の北側に、屋根の上に大きな鶏の頭が鎮座している建物がある。
あれは鶏じゃなくて、巨大なコカトリスの剥製に松脂ワックスを何十回も重ね塗りしたものだ。そこへ魔法で状態保存をかけている。
ちょっとした屋根ぐらいの頭だ。
その首に太い鎖で大きな時計をぶら下げている。
前を通るタイミングでくちばしがパカリと開く。
良かった、まだ機構は動いてるようだ。
ビャーン ビャーン ビャーン ビャーン ビャーン ビャーン
ちょうど音が鳴るタイミングだった。
「うわー何だ何だ!」
叫んでいるのはアズール。
「落ち着いてください、あれはこの街の時報です」
「わはは、私も話には聞いていたけどすごい音だな」
「ふふふ、アズールお兄ちゃんびっくりしてる。
でもリーンお兄ちゃん平気なんだ」
「びっくりしすぎたんだよ!」
久しぶりで。
“あたしはなれっこよ”
シャーさん流石です。
「うるさくて大変じゃない?」
「ううん大丈夫、朝と昼と夜しか鳴かないから」
「そうだったらいいけど、迷惑なら消してもらうといいよ」
「消せるの?」
「たぶん」
「でもいいや、あれがないと、おねぼうするひとが、たくさん出ちゃうから」
「そっか、とりあえずババヤーガの横からはいるよ」
「うん!」
「そっからえっと、ひだりにまがるの」
と言いながら右を指差す。
“|2つ目を右に曲がって4つ目のお家”
「すみません右です」
猫とお母さんから訂正が入る。
「あ、みぎ」
三歳だもん、まだ右と左は間違えるよね。
「あ、そこ!」
そこには牛革を広げた形の看板がぶら下がっていた。
〈革細工ピカドール〉
「ここだね」
「うん」
“にゃーん”
彼女のお腹のサッシュを解く。
そして脇から抱っこして、下で待ち構えてくれているスボールにパス。
「ありがとう!」
「ありがとうございました!」
「じゃあね!」
「うん」
「おじいちゃーん」
「元気だね」
「うん」
「本当にありがとうございました」
「いえいえ、ピアナちゃんがいい子で良かったです」
「人見知りする子だったんですけど、あんなにみなさんと仲良くできるって初めて知りました」
「うーんそれは俺がまだ八歳だし、アズールも九歳だしね」
「うん、妹みたいなものですね」
「たしかに。それにしては皆さんしっかりされて」
「「ありがとうございます」」
「では失礼します」
八時間だけのお友だちとお別れだった。
お疲れさまでした
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