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かつて大賢者だった黒猫は王子に転生しても魔王ひとすじ  作者: 前野羊子


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28【挿話・父として王として】

いつもお読みいただきありがとうございます!

このページでゆっくりしていってください~♪

 オギャアオギャア


「国王陛下、王子誕生です!」

「おめでとうございます!」」


 ファーリィンが生まれた時、余はこれまでにない幸福感を味わっていた。

 愛する王后ローゼリアが女神のごとく溢れんばかりの美しい輝きを身にまとって、文字通り玉のような赤子を抱いていた。


「何て賢そうな赤ん坊でしょう」

 乳母に予定しているバレリアが皆を代表してその子を褒める。

「そうね、あなた」

「うむ、たしかに。黒髪に金の瞳は図書室の肖像画と同じ組み合わせだ。

 では、伝説の賢者、積層の魔導士リィーン・ラ・ビブリオーの韻を借りてファーリィンと名付けよう」

「ファーリィン…素敵な名前ね!」

 そのときかすかに赤子が頷いた気がした。


 ところが、僅か十日後に産後の肥立ちが悪くローゼリアが亡くなってしまった。


 幼少のころに決められた婚約だったとはいえ、親友のように、兄妹のように共に過ごし、半身のように愛していた彼女を失って、暫くは息子に当たりそうになるのを堪えるのが必死だった。


 気持ちの整理がつくまではそっけない態度を取ってしまったやもしれぬ。


「国王陛下、貴方様が王后陛下を失くされた悲しい寂しいお気持ちを慮ることは出来ませぬが、王子にとって貴方様は父親です。どうかご母堂様の分も愛してあげて下さいませ」

「アルコアーズ国王陛下というお立場以前に父親としての愛情が、陰謀渦巻く貴族社会で王子殿下をお救いできると思われますよ」

 国立学園の学園長をやっている宮廷学士長のラマーノと、乳母のバレリアが、別れた夫婦のくせに、同じ内容で進言してくる。


「そうだな。ファーリィンはローゼリアが残してくれた形見でもあるからな」

「はい」


 それでも、膨大な公務をこなす日々の中で、時折寝顔を見せてもらうぐらいしか接することが出来なかった。



 一年余りたって、乳母のバレリアから衝撃の事実を告げられる。


「ファーリィン殿下はかなり聡明で、生まれた頃以外、お泣きになるところを見たことがありません」

「うむ、それは他の侍女や侍従からも聞いておる」

「ご本人様から内緒と言われていましたが、実は、お座りが出来るころからすでに水魔法を会得されておりまして」

「は?

 ……まさかバレリアともあろうものがお漏らしを見間違えたのではあるまいな?」


 確かに我々王族や貴族にはもともと持って生まれた魔力と高度な魔法のスキルを持っている。

 具体的に使ったことはないが。


「いえ、生後五か月でしたから、おしめをされていましたよ」

「おしめなら寝具に漏れることはないのか」

「いえ、そうではなくて。

 殿下は湯冷ましの水を飲みたがらなくて、空のコップを用意いたしましたら、ご自分でそこを水で満たされてお飲みになるのです。

 しかも私に入れて下さる時は氷まで浮いていて」


「氷だと!」


「はい、まだ氷など見せたこともありませんでしたのに」

「そうだろうな」


「そして、歩き始めた時にはすでに昼間のおしめが取れるようになっておりまして」

「それは、早いのか?」

「はい、とんでもなく早いです。

 それで、乳幼児用のカトラリーが使えるようになっておりまして、今夜から陛下とだけの晩餐ならご一緒できるかと」


「おお!

 よし、今日は夕方に食堂で食べることにしよう。執務が残っていても中断するので用意が出来たら呼ぶように」


「かしこまりました」



 夕方になり、執務を切り上げて食堂に向かった。

 バレリアの話を聞いてからとても楽しみにしていた自分に内心驚いている。


 そこには、すでに座面が高くて小さな椅子が用意され、ファーリィンが座っていた。


 目の前にカトラリーや皿が広げられているのに、それを掴んで振り回したりすることもなく、おとなしくひじ掛けに手を添えて、きょろきょろと初めてきた食堂を見まわしていた。


「あ、ちちうえ、おしごとおちゅかれさまれす」

 まだ一歳を少し過ぎた乳児と幼児の境目だというのに、こんな挨拶が出来るのか?

 亡きローゼリアが招いたバレリアの躾はすごいな。


「うむ、ファーリィンも今日は良い子にしていたか」

「あい!」


 応える笑顔が王后のにも似ていて自分の口角が上がるのを自覚する。


 久しぶりに感じる愛しさにふるえる。


 それからの特に毎朝、一日の僅かでもファーリィンとの時間を毎日楽しんでいる頃、貴族どもから後添いを娶るようにしつこく言われ始めた。


 ローゼリアそっくりの笑顔と会話するのが楽しいのに煩いことよ。


 たしかに、国王一人ではこの広い国土を治めるのには限界がある。

 弟や従弟などの王族の手助けがあってこそ、まわしている所はある。


 どんなに優秀な貴族が部下にいても、やはり王族しか出来ない責務もあるものだ。


 このまま、息子が一人っ子のまま国王になってはいくら神童と言われていても、大人になった時に、物理的な無理が出て来るであろう。


「ファーリィン、お前に弟妹が出来てもいいか?」

「はい!

 ぼく、りっぱなおにいちゃんになりますよ」

「そうか。しかし新しい母は難しい。許せ。

 お前の母親はローゼリアだけなのだ」


「はい、ははうえは、おうこうローゼリアさまだけです」


「うむ」



 帝国では百年以上前から、魔法廃絶の動きがあり、魔女や魔法使いが不当に扱われては殺されていた。

 その動きは帝国内だけではなく、民衆のイデオロギーを伴って周辺諸国まで影響していった。

 中でも、工場で大量生産されたという武器は、どんな人間でも扱うことが出来て、弓矢や槍のような殺傷能力があるにもかかわらず、カバンや懐に隠して持てるような小さなものだった。

 

 魔法使いを減らすためにと放出されたその武器は検閲の目をかいくぐり、じわじわと浸透していったのだ。

 我が国の国民からも、魔法使いとして活躍していた冒険者なども、魔物ではなく魔法使い狩りにあって殺されていた。

 いくら冒険者が自己責任だと言っても、罪無きものが殺される筋合いはなかったのに。


 そんな動きに対して、父王はいち早く魔法省を解体して、帝国に刺激しないようにしていた。

 そんな弱腰で、魔法使いとしても伝統ある我が王家の存在意義が脅かされるなどと歯向かって、冒険者として平民に交じって活動していたこともあった。


「アルコアーズよ、誤ってはならぬ

 取るべきは王家の伝統よりも国民の命と安寧だ。

 我が国にとって大切なのは両方であるが。

 伝統は王家の中で細々と残っておればよい」


 だが、そんな父も外交で訪れた先で、忌々しい帝国の武器の前に倒れたのだった。


 それは、魔法使い狩り達のものではなく、山賊が拾ったものによって。


 納得はしなかったが、後添えをと言われたとき、帝国をけん制できるように、帝国の皇族と血縁があるという伯爵家の娘を王妃として迎え入れたのだ。

 その伯爵も貴族であるにもかかわらず代々魔力が少なく、魔法に対して否定的な家だったのだ。


 憎き武器を大量に作り出して広げた国に対して、友好を結ぶ気はさらさらなかった。

 我が国の伯爵家だからこそだ。


「ファーリィン、お前の水をくれぬか?」

「え?」

「バレリアが言うには、山の渓の湧き水のように美味だというのを飲んでみたいのだ」

「バレリアがばらしちゃってたのですか?」

「うむ、しかし余もお前の水を飲んでみたい」


「ふふふ、わかりました、ちょっと待ってくださいね」


 あれに下げ渡した国宝の魔法のポケットは、たしか荷馬車一台分ほどしかないはずなのに、かなり大きなものを出し入れしている所を見たと騎士に言われた。

 毎日授業がなくても図書室に通う息子を頼もしく感じていた。


 父も私も、魔力は多くても、魔道具の魔石に魔力を充填する程度の事しかしていなかったが、息子は楽しんで魔法を使っているようだ。


 余の目の前にあった確かに空だった、銀の杯にはなみなみと水が満たされ、透明な魔石のような氷が浮かんでいた。


「はいどうぞ、入りましたよね」


「うむ、詠唱もしていないのにすごいな。

 頂こう。


 …たしかに井戸水より旨い。

 魔の森の近くの辺境の泉の水に味が似ているかもしれぬ」


 本当に旨い。これなら井戸水などを嫌がるのもわかる。


「父上は魔の森に入ったことがあるのですか?」

「旧街道を閉鎖するときが最後だ」

「そうなんですね。僕も一度行ってみたいんですよね」


 それからしばらくして、第二王子が生まれて、リーンに初めて強請られた。


「父上、立派な兄になれるよう、訓練を兼ねて、平民たちとこっそり交流するために冒険者になるのを許してください」


 かつて、余が父にそれを言ったのは何歳だったであろうか。

 いや、断りなく勝手に冒険者になったかもしれぬ。


「行動が似てるな」

「え?」


「余も冒険者だほら」

 と、即位しても肌身離さずもっている冒険者の登録証を襟元から引っ張り出してみた時の息子の顔が忘れられぬ。


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