22【灯りの魔道具係】
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「リーン、紹介しよう、魔女のマリアーノ・ド・ウイザールだ。
今現在我がランデルソール王国で通産省魔道具係の係長だ。
この、マリアーノが我が国で魔法を扱うトップということになる」
翌朝、朝食の後で父上に着いてくるように言われて、執務室で紹介された。
「初めまして、陛下にご紹介に預かりましたマリアーノ・ド・ウイザールです」
「マリアーノ?」
その人は魔女というには明るく爽やかなライトグリーンのワンピースにジャケットというスタイルで、隣にいる父よりちょっと年上に見える。
五十代に入ったばかりというところだろうか。
服の色は本人の瞳の色に合わせているのだろう。
「我が家は〈香櫞緑の魔女〉の弟子の女系の家で、マリアーノという名前も、代々母親が亡くなったら継ぐことになっていまして。
10年前まではマーシュと名乗っておりました」
「確か魔女リーンの弟子のマリアーノって、あなたみたいに濃いブルネットの髪で、ライトグリーンの瞳の…」
「そうです!どうしてご存知で?」
「図書館に、マリアーノが書いた〈香櫞緑の魔女〉の本を読んで…そこにたしか…」
なんでも図書館の本のせいにしているけど。
確かに、マリアーノという弟子はいた。
彼女は魔物が苦手だから、魔の森の外れの家に来るときはすごくびくびくしていた。
あそこには魔物なんて出てこないけど、時々迷い魔物が忘れたころに来るんだよね。
〈香櫞緑の魔女〉の本もたしかに図書館にあった。背表紙しか見ていないから、著者がマリアーノという事しか見てないけどね。
著者の外見を記してあるかどうかはわからないし。まあ、あの大きな図書館にあるそれを読んだところで…。
あ、でも首をかしげている。適当に言ったことがばれたか?
「たしかに、先祖のマリアーノが〈香櫞緑の魔女〉の本をいくつか書いているのは存じていますが、マリアーノ自身のそのような内容があったでしょうか…」
「ま、まあいいでしょ、ファーリィンです。よろしくね。当代のマリアーノさん」
「はい」
二人の挨拶が終わると、父上がファーリィンの背中を押しながら話す。
「ファーリィンよ、マリアーノは魔道具の管理が専門だ」
「そうなのですね?では製薬とかは?」
「この国の魔女が製薬をしなくなってずいぶん経ちます。ですから魔力枯渇病の対処なんて存じませんけど」
「それは困りましたね。
初代マリアーノさんの製薬の書籍を読んだことはありますか?」
「一応…」
「実践したことは?」
「ありません」
「父上、魔道具のお世話をする部屋しかないのでしょうか?」
「…一応マリアーノの詰めている所は、元魔導師団の中の事務所だ」
「これから行っても良いですか?」
「うむ、マリアーノ案内を任せてもよいか」
「はい!お任せください」
家庭教師に習ったランデルソールの歴史では、百年前までは、魔導師団は騎士団、軍に並ぶ防衛施設で、騎士団と軍の設備の間の敷地に、同じ大きさであったらしい。
だが、魔法使用について否定的な風潮が国際的に高まり、防衛は騎士と軍だけで出来るようになったという国々がふえ、この国でも魔法による防衛をやめて、他の二つに予算を割くことになった。
今では魔法師団の敷地は騎士と兵士達の独身寮になっている。
独身寮は男女ともに同じ大きさの建物だが、女子の人数は圧倒的に少ない。志願者の数の差からもそうなってるようだ。
「この女子寮の三階が魔法師団の残置物置き場になているのです」
「俺が入っても良いのですか?」
「はあはあ、はい、階段が、はあはあ、別になってます」
たしかに東側の端にある非常階段のような、壁際の外付けの階段を上らされている。
「はあはあはあ」
息切れしているのはマリアーノだけだ。
「殿下は息切れされないんですね。さすが若いというか…」
「そりゃあね、マリアーノに比べたら。それに僕は騎士と一緒に訓練させてもらってるからね」
この人は父上より年上なんだし。
「はあはあ、それはすばらしい、はあ、です」
階段の先は少しくぼんだ所だ。そこには透明な魔石がいくつか嵌った臙脂色のいかにも魔法の扉が閉じられていた。
取っ手はあるけど鍵穴は見当たらない。
「なるほど、唐草の魔法陣」
「ご存知なんですか?」
「図書館で初代マリアーノの本でちらっと見たよ」
「では開けますね」
≪大地の女神よ、我が編むように願った唐草をどうか解きたまえ≫
そして手を真ん中の装飾的な魔石たちにかざす。
すると、彼女の手のあたりの魔石が緑色に光ってその周りに巧妙に隠されていた唐草模様のような魔法陣も出現する。
その模様がさらさらと動いてから消える。
ガチャリ。
「どうぞ殿下」
「ありがとう
…マリアーノ今は詠唱してたけど普段は?」
「鍵をかける時もどちらも詠唱しておりますよ」
「今のは覚えやすい内容だから、声に出さずに、口もあまり動かさないようにした方がいいよ」
「どうしてですか?」
「聞かれたり見られたりしたら侵入されるじゃないか」
「そ、そうですね、さすが殿下です」
「何が流石かわかんないけどさ、魔法仕掛けで締めていることをもっと考えた方がいいよ」
「それはごもっともですが、今は魔道具の管理にしか使ってない設備ですので」
「でも、魔導師団の荷物があるんでしょ」
「はい」
「それは手入れしているの?」
「いえ、なにぶんこのフロアを管理しているのは私だけでして…」
「そう、部下もいないの?あなたには娘さんは?」
「私の娘はあいにく魔力が少なくて…
しかし、上の息子は多いんです。その子供に引き継いでもらうことが出来れば…」
「それは…あなたの一族だけに負担をかけていることになるんだね」
「いえ、私は…母もそうですが魔女であることに誇りがある前に魔法が好きなので」
「それなら良いんだけど」
そんな感じで扉の中に入っていく。
入ってすぐは何の変哲もないオフィスだった。
広さは二十平米もないだろうか。
彼女一人が使うオフィスとしては十分の広さだ。
が、この国の魔法のトップが座る場所としてはなんと狭いものなのだろう。
窓際には執務机があるが、書類が積み重なっている。
応接セットがその前にあるが、そのテーブルには小さなガラスの破片のような石が詰まった蓋の無い箱が十箱ほど積み重なっていた。
「今の仕事は主にここに魔力を補充することで」
「これは宮殿の魔灯用だね」
「はいそうです」
一般国民はいまは蝋燭の明かりになっているが、宮殿は火災になってはいけないので、魔灯の使用が続いている。火災の心配がないので、非常灯や騎士や兵士の不寝番用の設備は夜通し光っている。
「マリアーノは一箱の魔石の魔力を充填するのに何分かかるの?」
「何分?とんでもないです。一日かかります」
「それは…なんとも大変だね。
ねえ、この魔石は全部光属性で良いの?」
「いえ、私には光属性は無くて、無属性のただ魔力を込めています」
「それは、魔石の消費が激しいんだような」
魔灯には光を発する魔法の仕組みが入ってるから、魔力さえあればいいのは確かだけど、光属性の魔力で魔塔を光らせる方が、数倍も魔力消費が抑えられる。
とはいえ、そもそも、光属性の魔法は昔から魔法使い全体の二割も持っていなかったが。
俺は空魔石の箱を二つ並べ、そこに両手を突っ込む。
「殿下何を…ってそんな…光属性の魔力が」
透明だった石が乳白色の真珠色に輝き始める。数秒で手ごたえを感じて箱から手を抜く。
「その箱もちょうだい」
と言いながら手近な二つの箱に手を突っ込む。
「はい!…そんな、十箱分もの魔石の魔力があっという間に満タンに」
「王族は魔力が多いからね」
「そう聞いたことがありますけど」
「さ、これでマリアーノの今日の仕事は無くなったから…これから僕に付き合ってくれないかな?」
「わかりました。何をしますか?」
「まずは魔法薬の道具が欲しいんだよ」
「それならこちらへ…」
入ってきた方とは反対側にいくつかある扉から、北の端の扉を開けると、そこから西に向かって真っすぐ廊下が続いていた。片方には外の森が見える窓、左側には扉が並んでいる。
その中のいくつかを過ぎて、深緑色の扉の前に来た。
「こちらです」
「わかった」
今度は俺があける。
扉の真中のやはり緑色の魔石に手を当てると、それが光って収まる。
ガチャリ
「詠唱は?」
≪一応したよ、心の中でね≫
「素晴らしいです」
唐草の魔法は司書の真似事をしていた時に作った魔法だ。
この唐草の魔法は、両扉に仕掛けられていて、両扉が開いているときに、表裏の魔石に同時に自分の魔力を流しておくと、開ける人の魔力パターンを登録できる。
始めに開発した唐草の魔法には、取り付けてなかったけど。
俺だけ誰にも教えていない解除方法が仕込まれている。
全属性の魔力を同時に魔石にぶつけるだけだけどね。
ときどき、一人しか魔力を登録していない扉があって、その人が亡くなったりして開かずの部屋になったときに、しょっちゅう呼び出されていた。
始めは扉をぶっ壊すことで対処してもらっていた。
だけど、高額の魔法の扉を壊したくないということで改良したのだった。
だけど、今はぶっ壊して普通の鍵の扉に変えてるかもしれないね。
全属性持ちは全魔法使いの中でも数万人に一人という確率で、さらに魔法使いとして使えるほど魔力が多かったのは某王国の建国王で、その国の王政はもうなくなっている。もちろんこの国のつまり今の俺のご先祖様ではないよ。
彼は複数の属性を持っていたけど全部ではない。
さて、深緑色の扉を開けて中に入る。
「ここは…
製薬室…」
「はい。元は魔法師団の製薬室で、これだけその当時の設備のまま持ってきております」
俺がきょろきょろしている間に、マリアーノは南側の窓のカーテンを開けてくれる。
掃除はされているのか、状態保存の魔法が効いているのか、埃はあまりない。
壁一面に薬箪笥、薬剤瓶、そして乾燥ハーブの入った密封容器。
それにまっさらなポーション瓶もケースに入れられて大量にある。
部屋の中央には、幾つかに分かれた高めの作業台。
立って作業するのかな?台の下には大小引き出しがある。
それを開けると、ビーカーやフラスコ、試験官やすり鉢に擂り粉木、乳鉢や乳棒などの製薬道具が使い込まれた感はあるけど、きちんと揃っている。
窓際には蛇口と流し台、魔導コンロなど、キッチンのような設備。
まあ、料理をするのではないだろうけど…その隣に冷蔵の魔道具を見つけた。
パカッ
そこを開けると…空っぽだし、中はぬるい。
たしか、裏に…
冷蔵庫を引っ張り出す。
「殿下冷蔵庫を使われるのですか」
「冷蔵庫というか、この部屋を使いたいんだよね。うわ埃…けほっ」
「さすがにこんなところまで掃除はしていませんで。年末ぐらいですかね」
「分かるよ…とあった」
最初のロックさえ外してしまえば、あとは表側に魔石入れとかスイッチとかあるからね。
「殿下は初めて見たのにご存知なんですか?」
「初めてじゃないよ、厨房にもあるでしょ」
「なるほどって、殿下は厨房にも入られるんですか?」
「うん。昼から厨房に用事があって、今日も行くよ。
マリアーノもおいでよ、美味しいパンをご馳走するよ」
「まあ」
「料理長には予約済みなんだ…ってそうだ、早くここのことは終わらせないと」
埃を何とかしたかったけど、しょうがないからそのまま壁際に押し込んだ。今度はその冷蔵庫の上の扉をひらくとその下に蓋が付いている。左側は製氷の水を入れるタンク。右側は魔石を詰めるタンク…魔石は入ってるけど魔力が空っぽだね。
冷蔵だけど、火属性と風属性の魔石。それにキチンと属性を分けて魔力を充填する。
そして軌道のスイッチを入れて、強さのつまみを調節しておく。
「これでよし」
ヴンンン…
かすかな音をさせて冷蔵庫が動き出した。
道具は揃っていた、それどころか製薬室があったのがすごい。
しかも大昔に魔女のリーンが使っていた設備より本格的だ。
さすがは王宮だ。今は活用する人がいないのが残念だけど。俺が活用するからね。
でもここにある素材では魔力枯渇病の薬は難しい。
昨日採集したのはリアシルバーのシダだけだ。
銀蓬は別の用途に使うし…。
「さあ、厨房に行こうか」
「私もですか?」
「もちろん。マリアーノにも見てほしい。パンも食べてもらわなきゃだし」
「わかりました」
俺は錬金鍋と光の魔石の箱一つ分、そのほかの必要そうな道具を魔法のポケットに入れて、非常階段の出口に向かう。
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