17【魔羊皮紙】
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魔羊は、魔の森の泉のほとりのちょっと開けた草地に住んでいる。
羊とは言うが、南の国の象ほどに大きく、一頭狩れたら良いお金にはなる。
肉は羊より柔らかく臭みも少なく、魔羊毛は魔法使いのマントやローブに最適だ。
そして、その皮で作られた魔羊皮紙は、魔法の可能性を飛躍させてくれていた。
だが、この森のその草地までたどり着ける冒険者は、俺しかいなかった。
「冒険者リーン、また魔羊を狩りに来たのかい?
お前はもうそんなに頑張らなくても、金なら十分溜まったのじゃないのか?」
「丁度、魔羊が繁殖しすぎていたみたいだからな。
そこの草地どころか森の外にも出てきていてて、ヴォーレスタ王国から依頼されたんだ」
一頭で十分なそれを、今回百五十頭狩った。
魔羊皮紙や毛皮の需要は多い。暫く魔羊狩りが出来そうにないので、少し欲張った。
「そうか…森の外側迄はなかなか目が行き届かなくて。
それにしてもその鍋いくつあるんだい?一つがかなり大きいし」
城の大きなダイニングテーブルには、大きな鍋がいくつも並んで、俺が魔法の力業で一気に煮込んでいた。
「デューク様は魔羊肉の鍋料理が好きじゃないか。一応シチューとかスープとか、ポトフとか違う内容だ」
「それはかなり長持ちしそうだね。嬉しいよ」
「作り置きしてマジックバッグに入れるから、さらに貴方のアイテムボックスへ入れておいて、そしてきちんと食べろよ」
いくら長寿なハイダークエルフとは言え、食べるのを止めちゃダメだよ。
「ああ…そんなにたくさん全部私用かい?」
「もちろん」
かつて国一番薬作りが得意だった魔女の記憶がある自分に作れる薬で、治らない痛みが体を蝕んでいた。
それより困っていたのは大昔の記憶にある不安な予感だ。
もっと劇的に治る薬の作り方も知っているけれど、材料を取りに行くには何か月もこの森から離れなくてはいけない。それはもっといやだし、もうそれほど若くはない。
無茶が効かなくなってきていた。
いくらランクの高い冒険者だったとしても。いつもの衰えを感じていた。でもそんな弱気をこの人に見せたく無い。
デューク様にはいつも穏やかに微笑んでいて欲しいんだ。
「じゃあ、残りの魔羊の素材を売りに冒険者ギルドに行ってくるよ」
「ああ、元気で…
待ってるからね」
しかしあの後体調を崩して…気が付けば五十年後、森の縁に親猫に捨てられた野良の黒猫になっていたんだ。
それを優しいデューク様が拾ってくれたのだった。
捨てられたのは悲しかったけど、懐かしい香りに逢えたのがめちゃくちゃ嬉しくて、その足に纏わりついてしまっていた。
その時はまだ思い出せていなかったんだけどね。この優しいハイダークエルフが誰だったか。
「おいで、魔羊のスープをやろう。すごく煮込まれていて、まだ幼い子猫のお前でも食べられるだろう」
「にゃあ」
「子猫のお前にはすこししょっぱいかもしれないが…
私には薄め方が分からぬからな、ほら…」
デューク様がご自分のスプーンから食べさせてくれた〈俺〉が作った魔羊スープは、作った時のままの香りそのままに猫の鼻とそして前世の記憶をくすぐってきたんだ。
「にゃあ!」
そして思い出した!でもどうして今回は猫なんだ!これじゃ何もできないのでは!
…でも、せめて魔法は…使えそうだな。よかった。
「旨いか?よしよし」
目を細めて俺の頭から背中にかけてを撫でてくれる。
「にゃあ」
「お前の名前はリィンにしような」
「にゃあん」
俺って分かっちゃった?
「お、気に入ったのか?リィン。よしよし、私と寝ような」
「にゃあん」
猫になってよかったのかもしれない。
〇●●●〇
冒険者登録を済ませた夜、宮殿の俺の自室の応接で買いこんだ大人サイズの〈初心者冒険者用スタート皮鎧セット〉一式を二人分広げた。一応インナーもね。
そして、文房具屋で魔石ペンと魔羊皮紙。そしてライティングテーブルからペーパーナイフも出して来た。
「魔羊皮紙は貴重だから出来るだけ小さくしよう」
とペーパーナイフで大体六等分にする。
ちなみに、バレリアはもう下がらせたよ。今日はお仕舞い。
「小さくするんだな」
「もっと小さくでもいいんだけど、これ以上はやりにくいからね」
そのうちの一枚に魔石ペンで丸い花のような図形を描く。
魔石ペンで描く線は、インク無しでもくっきり見える。
土属性の部分が完成すると緑色の線に変わる。
「もしかして、魔法陣ってやつ?」
「そう、これは、土属性の成長と後退、拡大と縮小の魔法の組み合わせ」
「土属性。自分にもありましたね」
「うん。だから作れると思うんだ」
「作れる?」
「きょうは魔羊皮紙を貸してあげるから自分で描いてこらん?」
「これを?」
「なぞればいいから」
魔羊はあんなにデカいのに魔羊皮紙は羊皮紙より若干薄い。
俺は手製の魔道具を取り出す。
「これは?」
「トレース台」
プチっ
「わ、光った!」
「ただの魔灯が入っているだけだよ」
「マトウ?」
「うん」
小さいけれど厚みのある額縁に、簡単な光の魔法陣を描いて、普通の羊皮紙を挟んだガラス板を挟んだものを被せて封をしている。
昔はこの仕組みの看板が夜の街を照らしていた。
いつからか光らない看板に後退してしまった。
夜道は暗く、女子供は暗くなると外には出なくなり、犯罪も少しずつ増えている。
それでも外に出る時には、蠟燭をしこんだ薄暗い明かりが頼りだ。
それは騎士や兵士でもそうなんだから、大丈夫か?と思ってしまう。
ただ、貴族の古い屋敷ではまだ魔灯が残っている。蝋燭のシャンデリアや燭台に戻りつつあるが。
蝋燭は火事になる危険性があるし、煤で美しく装飾された天井の壁紙が薄汚れていくのが難点だ。
「この中は蝋燭なんかじゃない、触ってみて」
「う、うん…ほんとうだ熱くないね」
「蝋燭はこんな密封したら消えるしね」
「そりゃそうだ。魔灯っていいな」
「だろ」
「じゃあ俺が描いたこれに上から白い魔羊皮紙を重ねてなぞってね」
「わかった」
「この部分から描くんだよ」
「左側の丸だな」
「そう、その後は順番は自由だから」
「よし」
十点セットだけど、左右に分かれているし、インナーなどは替え用に二組だったので全部で二十枚以上の魔法陣が必要だった。
「わわ、緑色になった」
「それで合ってるよ」
「この魔石ペンインクが要らないからいいなぁ…」
「でも魔羊皮紙じゃないと色が出ないんだよね」
「よし、描けたよ」
「どれ…初めてなのに完璧!」
「じゃあ次の紙を…って自分が一枚書いている間にすげえな」
「まあね、慣れだよ」
「しかも、何も見ずにこの複雑な魔法陣を書いてるし」
「これはまだ簡単な魔法陣だよ」
「へえ」
「良かったら魔法陣の本を貸してあげようか?」
「興味あるけど、兵士の部屋で実験できないし」
「それもそうか」
最終的にアズールは三枚の魔法陣を描いた。
「疲れてない?」
「ぜんぜん」
「さすが鍛えているだけあるね」
「?」
「さて、始めようかな」
この〈初心者冒険者用スタート皮鎧セット〉は、父上が着られるぐらいのサイズ。
父上と辺境伯の耐格差もそんなになかったと思うから、それよりちょっぴりは大きくなるかもだけど、これからの作業を考えたら大きさは関係ない。
「それぞれの装備の内側に魔法陣を挟んで」
「うん…できた…かな」
「これずれてる」
「本当だ…よし」
「じゃあいくよ」
とりあえず魔法の杖の代わりに魔石ペンを使おうかな。
≪大地と草木の母なる神よ我の求めるものに“最適”の恩恵を賜り給え≫
いつもはこんな仰々しくしないんだけどね、アズールに見せるためだよ。
魔石ペンの先を、魔法陣を挟んで広げた装備の上の空間をぐるぐると渦巻を描くように回していくと、服や皮鎧越しに、魔法陣が緑色に光って現れる。
さらにそれは大きくなりながら他の魔法陣と共に重なりながらさらに輝く。
そして数度点滅すると静かに光が消えていった。
「はい、おわり」
「めちゃくちゃ綺麗だった!」
「そう?…じゃあ、この皮鎧を着てみようよ」
「うん」
見た目は全然変わっていないけどね。
「あれ?挟んでいた魔法陣は?」
「魔法を発動したから、装備に吸い込まれたんだよ」
「すげ、これが付与魔法?」
「そうだ、良く知ってるね」
「それぐらいは辺境伯爵家の図書室にあったよ」
「ふうん」
「あ。胸当てが小さくなった…丁度良い大きさだ!
肘当てや脛当ても。一呼吸ぐらいで縮むんだね。
金属の肩当てもこれぐらいなら動きやすい」
「でしょ」
「小さくなったら軽くなった」
「このまま一時間ほど着ていると、そのサイズで定着して、その後は成長と共に合わせてくれるよ」
「すごいな、確かにそれなら買い替えなくてよいから安上がりだな」
「そ」
「でも今は一時間も着れないな」
「もう脱いでもいいよ」
「うん…でも依頼を受けるの楽しみだな」
「そうだね。初冒険者はいつしようかな」
「殿下とスケジュールがあった日に丁度良い依頼があるといいな」
「ね」
装備一式はバケツぐらいの大きさの、底が長円で下半分は安物の魔物の革、上半分が幌布の巾着になった革袋に入っていた。
これはおまけの袋で、背負うためのベルトが二つつけられていて、内外にポケットもある。幌の方に色々なスロットをつけておくと、金属のコップをぶら下げたり、丸めた薄いマットレスや毛布を取り付けたりできる。
今回はそんなスロットのオプションはつけてないけどね。
つまりこのまま冒険用の背嚢としても使えるのだ。
俺も魔法のポケットが使いにくい場面ならこれを使おうかな…でも大人サイズだから大きそう。胸ベルトを用意してもらおうかな。
それでも、兵士や騎士のフルプレートメイルなどはもっと大きな箱に仕舞うのだから、結構コンパクトなものだ。
「ふう、ちょっと怠くなってきた」
「疲れただろう、魔法陣を三つも描いたからね」
「線描くだけで?」
「あれは魔力を引き出して線を描くんだ。
魔素をインクにするって感じかな?」
「三つしか描いてないけど」
「慣れないことをすると疲れるんだよ」
「でも、リーンは自分の十倍以上描いてて平気なんだな」
「まあね。毎日水やらお湯やら出してるからさ」
「全属性だから水も出せるんだよな。羨ましいな」
「魔道具で補助すれば水も出せる」
「そんな魔道具・・・まさか作れるのか?」
「うん。今度持ってきてあげるね」
「頼んでいいの?」
「うん。これからも俺の冒険に付き合ってくれるなら」
「だけど自分はDランクだし、まだ何も分からない初心者だから足を引っ張りそう」
「俺だって初心者だし」
「…」
その疑っている眼は何だよ!
「まあ、そう言うことにしておきます。
まだ八才なのは確かなんだしね」
「そうだよ」
「付き合うので魔道具お願いします」
「まかせて。
じゃあ今日はとりあえず寝るか」
「はい」
テーブルのベルを鳴らす。
すると不寝番の騎士がやってきた。とはいえ大人にとってはまだ早い時間だよ。
「お呼びでしょうか殿下」
「こちらのオーレンタ辺境伯爵子息を客間にお連れして」
「は、かしこまりました」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさいファーリィン殿下」
アズールのお休みの挨拶がよそよそしいのはちょっと寂しいよね。
騎士がいるのだからしょうがない。
魔法で湯を入れた風呂に入って、寝巻に着替えた後、ライティングテーブルに向かう。
デューク様、また冒険者になったよ!
お手紙を出せる日が近づいて来たんだ。
俺がまた転生したって知ったらびっくりする?
いや、黒猫リィンが死んでから五十八年経ってるから、そろそろって思ってる?
そんなお手紙を今日の出来事と共に日記のように書いて丁寧に畳み、地味な封筒に入れる。
「親愛なるデューク・ラ・フォレスティオーザ様、リーンより」
一番上の引き出しを開け切って、奥に仕込まれた隠れた引き出しを出す。
そこにはぎっちり束ねた数年分の手紙。
これを全部ポストに入れようか、今日のだけにしようか。ちょっと悩むけど。
紐を一旦緩めて、また束の上に新しく重ねて締め直す。
手紙たち、はやく読んでもらえると良いね。
引き出しに一緒に入れてあった香木の木片も入れ替える。
そして再び内緒の引き出しを奥に押し込んで、普通の引き出しも閉める。
マトンのシチュー食べたくなってきちゃった。
皆さんのランチのご飯は何ですか?
さて、また明日もランチ時にお会いしましょう!




